今ではもう日常となりつつある相方とチビッ子二人で挑むナワバリバトルが、今日だけは何やら様子がおかしいと気付いたのは始まりのスターターピストルがデカライン高架下に響き渡ってしばらく経過した頃だった。
「あ、あれ…?」
液晶端末でマップを見る限りこちらのチームが優勢である事は把握していたものの、バトルの残り時間が半分を切ったにも拘わらず、唯一相手チームへと割り振られてしまった相方の姿が何処にも見当たらない事にようやく気付いた。長距離ブキであるスプラスコープをいつものように担いでいる自分に対し、彼は同等の飛距離を持つヒーローチャージャーを手にしていた為、至近距離で対峙する機会はなかなかないと分かってはいたものの、それにしても姿さえ見当たらないとなると不安が生じてしまう。
結局そのバトル中には一度も会う事もなく、虚しいホイッスルと共にステージを退場し、不思議に思いながらも控室の壁に掛けられた液晶画面に映し出されているリザルトを確認してみると、ずっと抱いていた疑問の答えがそこには確かに記されていた。
「ニーチャン落ちちゃったっぽい」
バトル中にステージを塗っては塗り替えした分のポイントがそれぞれに表示されている中、相手チームにいたはずの相方だけがゼロポイントとなっていて、これはつまり、何らかの理由で転送装置からステージへと送られる際に不具合があったせいで棄権と見なされ、ナワバリバトルに参加出来なかったという事である。こればかりは不運としか言いようがなく、早々と落ちてしまったらしい彼はおそらく不満そうな表情を掲げながらも大人しく観戦をしていた事だろう。そう思い、イカスツリーを出た先の広場を三人で見渡してみたものの。
「…いない」
「いないねー」
いつもならば先にバトルを終えた方が広場で待っているという暗黙の約束事があり、てっきり今回もそのパターンだと思い込んでいたものだから拍子抜けしてしまった。
とりあえず外にはいないようだったので、イカスツリーの中へと戻り、先ほど出てきたばかりの控室へと戻ってみるとナワバリバトルを中継しているテレビ画面の周りにざわざわと人だかりが出来ているのを見つけた。不思議に思い、飛び交う話に耳を傾けると、どうやら先程参加したナワバリバトル以降何かしらの問題が発生し、デカライン高架下でのバトルが中断となっているらしい。
「…なにか、あったのかな」
「二人はそこで座って待ってろ。アイツの事もあるし、ちょっと聞いてくる」
はーい、と声を揃えて返事をしたチビッ子二人を控室のベンチに座らせ、忙しそうに部屋を出たり入ったりと駆け回るスタッフらしきインクリングのボーイに声を掛け、一体何が起きているのかと問い質してみる。
「あの、すみません」
「はい、なんでしょ」
「その…一体、何があったんですか?」
最早幾人会う度、既に何度も同じ事を聞かれて飽き飽きしているのか、小さく溜息を吐きながら開いた彼の口から飛び出してきたのは以外にも今まさに探している人物の名前で。
「さっきバトルに参加する予定だった、マサキさんって人なんですけどね」
頭をぽりぽりと掻きながら、まさしくお手上げ状態だとでも言うように両手を掲げた彼が続けた言葉はあまりにも予想外であるもので危うく聞き逃してまいそうになる程にするすると零れ落ちていったのだった。
「システム上の不具合なのか、まだ原因は分かっていませんが、リスポーン地点に閉じ込められちゃったみたいなんですよ」
「へぇ、マサキさんが、ねぇ…って、えぇっー!?」
ようやく現状を理解する事が出来たその瞬間に飛び出した叫びは控室さえ飛び出してイカスツリーの隅々までに響き渡り、目を丸くしてはうるさいと尻を叩いてきたチビガールと、悲哀の瞳で見上げてくるチビボーイに小さく頭を下げながら、その問題となっている彼の知人であると必死に伝えると、仕方なしではあるもののステージ内へと連れて行ってくれるらしいスタッフのボーイの後をいそいそと三人で付いていったのだった。
***
「まぁ、つまり…そういう事だ」
「いや、ごめん。さっぱり分かんないからもう一度初めからご説明願います」
つい先程の来たばかりのデカライン高架下。自陣の青色のインクに浸るリスポーン地点とは正反対の場所に位置する敵陣のオレンジ色へと四人で歩いて向かった先に広がっていた光景はあまりにも不可思議で、せっかく必死に笑いを堪えていたのにチビガールが遠慮なく声を上げるものだから慌てて後ろを振り向いて唇を噛み締めた。
その態度はまずいだろうとフクの裾を引っ張っては首を横に振っているチビボーイの頬もどうやら緩みかけているらしく、一度全員で大きく深呼吸をして心を落ち着かれてから、今頃眉間に皺を寄せているであろう縮こまっては小さく収まっている彼のすぐ傍へと駆け寄った。
本来ならばナワバリバトルの開始前にチームである四人のインクリングが転送されるその場所に、狭そうに身を潜める相方が確かにそこにいた。通常は相手チームのインクによる攻撃が降りかかった際にそれを防ぐ瞬間のみ発生するバリアが常に張られており、外側からは勿論、内側からも固く閉じられているらしく、何度叩き割ろうとしても弾かれるばかりでびくともしない。それは内側も同様のようで、自分よりも力のある彼がどれだけ体を打ち付けてもそのバリアは破られる事はなかった。
「ほんとに、閉じ込められちゃったのか…」
「だから、さっきからそう言ってるだろう。何度説明されれば気が済むんだオマエは」
「ま、まぁまぁ…そう怒るなって。これでも心配してるんだから」
「…ふん、どうだかな」
三人総出で腹を抱えてしまったのが不服だったのか、不機嫌そうに眉を顰めそっぽを向いている彼が胡坐を掻きながら背中を向ける様子はなんとも緊張感がなく、それどころか少し可愛いとさえ思えてしまったものだからにやけた顔を隠すのにとにかく必死だった。
スタッフのボーイによると、転送装置の修理さえ終わればすぐにでも解放してもらえるようだったが、それまでにどれくらいの時間が掛かってしまうのかは未だ不明のままだという事だった。
既に日は傾き始めていて、夜更けまでチビガールとチビボーイの二人をここへ残しておく訳にはいかず、本人達も不本意であるようだったが、明日また広場で落ち合う事を条件に今日ばかりは先に家へ帰るように促した。
「まさか、このまま一夜を過ごすって事はないよな? ははは」
そんな冗談のつもりで言ったはずの言葉が誠に残念な事ながら文字通り現実となり、彼をこのまま一人置いて帰る訳にもいかず、許可は得たものの一晩デカライン高架下にて野宿をする羽目になってしまうとは隣りにいたスタッフのボーイも、ましてや数時間前の自分は思いもしていなかっただろう。日が落ち辺りが暗くなってきた頃、どうやら気を遣わせてしまったのか、一度イカスツリーへと戻った彼が温かい毛布と水の入ったペットボトルをわざわざ用意してきてくれたらしく、大変申し訳なく感じたもののせっかくのご厚意を無駄にはしない方がいい、と相方からも甘んじるよう薦められたのでここは有難く受け取らせてもらう事にした。
そして事故発生からリスポーン地点の中で膝を抱えて狭そうに縮こまる彼の隣りで毛布に包まりながら修復を待つ事数時間。疲れからかそろそろ眠気が生じ始め、何度も欠伸を繰り返してはだめだだめだと耐えていた頃。
「…おい」
「ふあぁ…何?」
「オマエは中に入れないのか」
「えっ…いや、その」
張られているバリアの中は寒さを感じないのか、平気そうな顔でこちらを見遣る彼が未だ不満そうな表情で痛いところを突いてくるものだから思わず言葉が詰まる。
触れてみたところ、恐らく入る事は簡単に出来るものの、問題はその後に出られなくなってしまわないかが非常に不安な点で心配して迎えに来たというのに最終的にどっちも閉じ込められました、では今頃暖かい家でぬくぬく過ごしているであろうチビッ子に合わせる顔がない。
「…もしもの事があったら嫌だ」
「別にいいだろ、どうせそのうち直る」
「いや、だから…俺がスタッフさんにも怒られるんだけど」
「いいからさっさとこっちに来い。同じ場所にいるなら、出られなくなろうがなんだろうが一緒だろ」
色々な面で吹っ切れてしまったのか、言っている事があまりにも滅茶苦茶である。バリアの内側からバンバンと壁を叩くように目を細めながら訴えてくるものだからそのまま無視をする事も出来ず、若干引き気味になりながらも仕方なくずりずりとすぐ傍へと体を寄せる。薄い層を挟むような形でぴったりと肩を合わせるまでに留めていれば、暴れはしなくなったもののすぐ横から突き刺さる痛い視線がぐさぐさと刺さり、数十分は平気な振りで無視を続けたものの、段々と見るからに萎み始めた寂しそうな表情に根負けし、そっとその中へと足を踏み入れた。
「…あぁもう、仕方ないなー!」
「ふ、俺の勝ちだ」
「またそうやって俺の優しさを踏み躙る! ちくしょー!」
一瞬、次元を跨ぐような感覚にごくりと息を呑み、数時間振りの彼のぬくもりに危うく今し方生まれたばかりの怒りがいとも簡単に静まりそうになる滲む甘さが心底憎い。
腕を引かれ膝を立てて座っていた彼の両足の間にすっぽりと体が収まり、自然と腰へ回って来た腕がより背と腹を密着させ、一人毛布を被っていた時よりも遥かに暖かい現状だけは正直に言ってしまえば大変喜ばしいのだが。
「…あー、ほら。出られなくなっちゃったじゃん」
「ざまあみろ。外で面白おかしく人を笑うからだ」
「ひっでぇ事言うよ、ほんと」
そっと内側からバリアの層をこつこつと叩いてみると、案の定彼と同様に外へと出られない状態へ陥っており、明日仲良く二人で閉じ込められているところを見たチビッ子達にげらげらと声を上げて笑われるであろう、あまりに惨めすぎる未来の光景を想像してはげんなりと肩を落とした。
しかし元々の性格上、一度閉じ込められてみれば入ってしまったものは仕方がないと諦めと共に小さく溜息を吐き、スタッフの人々もシステムの修復をする為に夜通しで努力してくれているのは分かっているので、なんとかならないという事はないだろうと軽い気持ちで考えてしまっている自分は確かにいた。
「…寝てる間に直ってるかなぁ」
「直ってないと困るんだがな」
「まぁ、それもそっか…って、ちょ、ちょっと…!」
バリアのおかげで冷たい風は入ってこないものの、暖房機能は勿論付いてなどおらず、膝の上から掛けてどうにか二人で包まっていた毛布の中で身を捩らせていると、左の頬にそっと柔らかい何かが触れたのを感じて思わずじんわりと赤らめてしまった。腰に回り腹の上で繋がった彼の両腕の拘束がそっと緩くなったかと思えば、フクの裾から忍び込んだ右手が肌の上を滑るようにゆっくりと侵入してきて、堪らず驚きびくりと体を震わせると、調子付いたのかそのまま胸の飾りに到達した指先が捩じるように摘まんでいた。
「ひっ! う、こ、こんなところで、何考えてんだバカ…!」
「…耳、真っ赤だな」
「っ、くっそ、う、るさっ…ふ、あぁっ! や、やだ!」
どこで誰が見ているか分からないステージ内でまさかのセクハラを強行する彼に憤りを感じつつも、身体は素直に反応を示すものだからどれだけ拒否の言葉を口で伝えても我ながら説得力という説得力はまるでない。俯き露呈された項に小さく音を立てながら口付け、しかしその間も左脇腹の痣を撫でるように触れる左手、そして既にぷっくりと浮き立ったものをぐりぐりと潰すように指の腹で撫で続けていて、必死に唇を噛み締めこれ以上声を漏らさないように耐える事以外に抵抗できる術はなかった。
「っ…、ん、うぅっ! 頼むから、もっ…!」
「…何日、オマエに触れていなかったと思っているっ…!」
「そ、な事っ…言ったって! ひ、あぁっ」
違和感が生じる程に、静かに息を荒げ珍しく余裕のない様子の彼の言い分は次の通りである。その一、お互いにそれぞれに用事があり、会うどころか話も出来ずに数日が経過していた事。その二、今夜はナワバリバトルが終わったら帰りに銭湯へ寄った後、彼の家に泊まっていく約束をしていた事(見ての通り、おじゃんである)、そしてもう一つ、会う会わない以前に所謂行為自体がご無沙汰だった、という事。
(だ、だからって…外でシていいなんて一言も言ってないぞ…!)
見かけに寄らず堪え性のない相方は自分の言葉など耳に入っていないらしく、彼を止めようと腕を掴んだ手など物ともせずに、胸元を弄っていた右手がするするとスパッツの中へ入り込んでいる事に気付いて慌てて振り向くと、目の前にはにやりと口角を上げた厭らしい表情と、ごくりと息をのんだ直後にすぐさま口を塞がれにゅるりと中へ侵入してきた赤とそのまま流されるように自然と自分の舌を絡ませた。
「んっ…ふ、あ、んうっ」
「……っ、どうした。随分と乗り気だな」
「う、くっ…だ、だめ! 手、はなし…っ、ひ、あぁ!」
嫌でも耳に入るぴちゃぴちゃという水音に尚更脳内が焼けるように蕩けては視界に霞がかかり、熱に浮かされたぼんやりとした意識が下半身から痺れるように全身へと快感が伝わるたびに覚醒し、毛布に包まれたスパッツの中で上下に扱かれた陰茎は今にも欲を吐き出す寸前まで膨れ上がっていた。
「こ、んなの、やだっ!」
「我慢しなくていい、そのまま出せ」
「は、あぁっ、ん…く、うぅうっー…!」
どくどくと震えを帯びて奥底から湧き出るように決壊した熱が、亀頭を隠すように手のひらで包んだその中へと勢い良く放たれていった。息が荒れ胸を上下に起伏させながらかくんと項垂れて、次第に重くなっていく体のだるさに座っているのもままならず、まるで仕返しだとでも言うようにずっしりと背中を預けた。
「…重い」
「っ…、うっ…さい…。はぁ、はぁ…も、最悪…」
「まだ満足してないって顔だな」
「あのな、何、言って…っ! あっ、く…な、に…!?」
汗だくの体のままようやく呼吸が落ち着きを見せ始め、結局彼の手の中に出し切ってしまった白濁をどうしてくれようかの悩んでいた最中だった。気付かないうちに既に至る所が白く汚れ汗でべたつき肌に密着していたスパッツをそのまま無理矢理に脱がされていて、慌てて阻止しようと試みるも太ももを掴み上げられ体勢を崩された後、その拍子に今まで隠されていた後孔が前からしっかりと見えてしまう程に外界へと晒され、にやりと怪しい笑みを浮かべた彼は汚れたままの手の指先をずぶずぶと切り開くように押し入れていた。
「これなら、痛くないだろう」
「う、うそっ…あっ、ふ、あぁんっ! く、るし…ひ、うぅっ!」
「…声、もっと、聞きたい」
「あ、あぁっ! お、く…そこ、やだっ! だめ、だって…あっ、ふあぁ!」
ゆっくりと奥へと沈んでいく太い指先である一点をぐりぐりと押し撫でた直後、腹の底からびりびりと痺れるような快感が一瞬で下半身を巡り、その度にびくびくと震えていた身体が跳ねては不規則に押し寄せる波の衝撃から耐えるように唇を噛み締めた。
「う、ぐっ、うぅ…! この、やろっ…あとで、覚えてろよっ」
「…もう、十分我慢をした。今夜くらい、好きにさせろっ…!」
「するならするで、先に言えっ…ひ、あぁあっ!」
ぎちぎちと肉壁を内側から剥がしていた指がようやく抜けていったかと思えば、そのまま腰を掴み体を浮かせられ、ぎんぎんと背後で反り勃っていた、自分にも付いているものと同じとは思えない程の大きな陰茎が、まるでその入り口が狭いとでも主張するかのように音を立てながらずぶずぶと奥へ奥へと入っていく感覚に思わず無意識のままに悲鳴のような声を上げた。
「や、やだっ! そ、んな…一気、に…ん、ふ、あぁっ!」
「っ、く…! ど、した…外でするのが、そんなに興奮するか…!」
「はっ、あ、あぁ…! ちが、そ、じゃな…っく、うぅ! そん、な…奥、までっ…だ、めぇっ!」
太腿の後ろに回った両腕が自身の胸へと膝が付く程に両足を持ち上げられ、そのまま自然と広がっていく後孔と伴って白濁で滑りの良くなったその奥で、彼のぎんぎんに固くなった熱が何度も前後に突き上げていくと共に漏れる互いの甘い息と嬌声が脳内で響く度に残されていた理性を削り落としていった。
「ひっ! あ、うぅっ、も…む、りっ! むり、だってばぁ!」
「…は、っ…く! このまま、出して、いいなッ…」
「ぁ…ん、うぅっ! ふ、あぁ…あ、やら、も…ん、うぅ」
沈んでは突き上げられ揺れる体、最早自分を支える力さえ残っていない腕は、彼の着ているジップアップカモの袖を掴み全身に流れる刺激から耐える事しか出来ず、しかし声は抑えられないままぼやけた視界の中で背けるように振り返れば、からからに乾いた薄い唇を潤すように重なった優しい匂いに浮ついた脳がゆっくりと蕩けていく。
「ん、うぅ…は、ぁっ…さ、き…!」
彼の今にも溢れだしそうな欲が自身の体を震わせ、貪るように口付けながら力一杯に引き寄せる両腕が酷く愛おしく感じ、呼吸をするのもままならないまま、一気に自分の中を満たしていった熱い波、しかしどこか心の奥底まで浸透していく心地良さにゆっくりと重い瞼が下がってゆく。
「あっ…そ、ままが、いい…」
「…分かった」
ぐったりとリスポーン地のインクに沈んでいく下半身と、自分よりも遙かに逞しい両腕がそれを引き止めるように抱き締め、気付かないうちに重ねられていた右手をそっと握り返すように力を入れると耳元で小さく微笑む彼の声を聞いた気がした。
電灯もなく真っ暗闇に包まれたデカライン高架下の中で、星の降る夜空を二人だけの狭い空間から見上げながら、べたべたになった下半身など気に留める余裕もないままに彼の腕の中で揺れた意識は静かに底へと沈んでいった。
***
結局繋がったままの状態で朝を迎え、さすがにどうにかしなければ色々な意味で大変な事になると察した互いは、とりあえずリスポーン地のインクの中へイカ状態で浸れば多少なりとも拭う事は出来るのではないか、というなかなか無茶苦茶な提案をしてきた相方は、こちらの有無を聞く前に颯爽とフクを着ないまま真下へと潜り(これは…)、しばらくその中で小さく苦しげな声を漏らしていたかと思えば、ゆっくりとその体を浮上させた。
酷く気だるげにヒトの姿へと戻った彼の姿は、意外にも下半身は体を重ねる前の真っ白な肌のみにリセットされていて、ここで危うく風呂でションベンを垂らす小さな子供みたいだな、と苦笑しそうになるもさすがに怒られてしまいそうなのでそこは静かに呑み込んでおく事にした。
日も高く昇りつつある頃、ようやく昨日は顔を出してくれていたイカスツリーのスタッフのボーイから持っていた携帯電話に連絡が入り、修理が終わったので今すぐロビーへと転送をしたいという旨の話をされ、ようやくこの場所から解放されるのかと深く息を吐きながら一言、頼むとだけ告げて電話を切った。その先で待っていたチビッ子二人がにやにやとした笑顔を掲げ、二人同時に転送されて来る事を初めから知っていたかのように、おかえりなさいと声を合わせて見上げながら告げるものだから、相変わらずませているそんな二人の頭をそっと撫でてやると、意外にも心配をしてくれていたのか、チビガールは未だ余所余所しい雰囲気で一人頬を染めている相方の胸の中へと飛び込んでは小さな両手でフクの裾をぎゅっと握り締めている。
「もー…ちっとも連絡来ないから、心配してたんだからね! ばか!」
「ごめんごめん…修復するのにこんなに時間が掛かると思わなかったからさぁ。ほら、オマエも謝れよ」
「何で俺が」
「ニーチャンも謝れー!」
「謝れー」
「…俺が悪かった、頼むから許せ」
昨日の昼に散々自分を笑っていたチビッ子に何故だか謝罪を求められ渋々頭を下げれば、気を遣っているのか不安げな表情でそっと視線を向けていたチビボーイがゆっくりと目の前へ近寄り、その小さな手でフクの裾を掴むと腹の辺りに顔を埋めてはぼそりと呟いたのだった。
「おかえり、なさい」
「…あぁ。ただいま」
「も、こういうの、やだ」
今までにも稀にない程に震えた声でそう零す彼の姿を見下ろして、あれだけ自分を笑い者にしていたものの、意外にもチビッ子二人には結構な心配を掛けてしまっていたようで、そっと顔を上げた紺色の瞳に薄らと浮かんだ涙が見えたその直後に思わず両手を差し出してはそのまま抱き上げ、胸元で小さな体を抱き締めてあげた。
「あはは。なんだか二人とも疲れてるみたいだし、今日はもうオマエんちでゆっくりするか」
「…体もすっきりさせておきたいところ、だろうしな」
「ぐっ! う、うぅ…そりゃ、そうだけど。全く…一言余計なんだよ、ばーか!」
照れ臭そうに頬を染め、チビガールを肩車しながらそっぽを向いてはずんずんと先へと進む彼の背を眺めて思わず苦笑を漏らした。昨日の昼から何も食べていない為か、安心した途端に腹の底から情けない音がロビーの中で響き渡り、胸元から柔らかい鯖の味噌煮、というリクエストが飛び出し、咄嗟に視線を落とすと既に瞼を閉じてすうすうと深い眠りへと陥っていた。
(今日くらいは、我が儘聞いてやるか)
頭の中で一人そう呟きながら、イカスツリーの入り口から外の広場へと出て、随分と先へと進んでしまっていた二人を急いで追い掛けている最中にもぽつぽつと呟かれた追加の要望であるらしい寝言を耳にして、一言了承の言葉を返せばにっこりと浮かべた笑顔につられて無意識に自分の口角も上がった。
「骨は抜いとけ、だと」
「は? 何の話だよ」
「…スーパー、寄ってくぞ。今夜は鯖だ」
言葉の意味を理解していない二人を他所に、ジップアップカモのポケットにあらかじめ入れておいたエコバックの存在を確認しながら、四人で歩く事が日常になったいつもの帰り道を辿っていく。
そして、自分でも気付かないうちについさっきまで意識が遠退きそうになる程の混濁はいつの間にか消え失せていて、とっくの前から空っぽになっていたはずの腹の中までも不思議とあたたかいもので満たされているような気がした。
(2017.02.04)
← →
‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐
★