立ち寄った居酒屋で軽く腹を満たしてから帰宅するつもりが、随分と日が落ちるまでの時間まで引き留められてしまった。危うく知人であるヤマビコボーダーを着たボーイにハシゴをしようと連れ回されそうになるも、それだけは勘弁してくれと頑なに且つ丁重にお断りさせて頂き、後日また付き合うという条件をつけてようやく解放してもらった時はもう既に日付が変わる寸前の真夜中だった。
 持っていた合鍵で玄関の扉を開き、中へと足を踏み入れた瞬間には既に部屋全体へ蔓延していた甘い匂いの正体が何であるかは見当がついていた。やれやれと肩を落としながら奥へと進んだ先には、ほんのりと頬を赤らめている相方がちびちびと手に持った缶の開け口から匂いの正体である飲料を口へ含み、大した面白くもないバラエティ番組を眺めてはげらげらと声を上げ、一枚のティッシュペーパーの上に広げられた柿の種をひたすら手に取っては貪っていた。

「…おい」
「あっ、おかえり。遅かったなぁ」
「酒なんて買っておいた覚えはないが」
「あぁ…これ、なんとなく飲みたくなっちゃって。近くのコンビニで買ってきちゃった」

 大きく欠伸を漏らしながら海色の瞳を蕩けさせ、へにゃりと柔らかな笑みを零す彼を見て、どの箇所よりも下半身が先に反応を示した自身の正直さに小さな溜息が漏れる。
 既に意識が朧気になっている中で話を聞いてみれば、どうやら一人自分の部屋で過ごしていた最中、空も厚い雲に覆われ始め自然と暗くなり始めた周辺、どんよりと重くなりつつある空気につれて気分も落ち始め、あと数時間後には二人きりで会う約束だったというのに晴れない表情のままでは申し訳ない、と悩んだ結果が飲酒だったらしい。時季的に雨の多い今の季節、気分そのものが天気に左右されやすい事は自分も同じではあったものの、まさか特に好きでもない酒を自ら購入して一人で飲んでいるとは想像もしておらず、少しでも明るさを保って自分を迎えたいと考えた挙句の果てに辿り着いた苦肉の策だったと説明をされたからには怒る事も出来ない(他にもっといい方法はあったのでは、と助言はしないでおく)。

「ほら、オマエの分もあるぞ」
「…あまり腹が減ってない。明日に回す」
「えぇ〜? なんだよ、せっかく買っといたのに。ノリ悪ぃの」

 ふらついた足取りで冷蔵庫から冷えているらしい酒の缶を取り出そうとしたところで制止すれば、不機嫌そうに眉を顰める彼の表情が目の前で浮かび、小さく溜息を吐きながら再びソファーベッドへと戻っていく相方の背を追っては隣りへと腰を下ろす。
 普段以上に浮ついた雰囲気と柔らかな海色の瞳、今にも横になってしまったら意識を沈ませてしまいそうな程に船を漕ぐ肩を抑え、俯きながらへらへらと零した笑い声と共に呟かれたごめんの声、しかし何も言葉を返さない自分を不思議に思ったのかゆっくりと見上げたその顔と、目の前に差し出されたぷっくりと淡く浮かぶ唇にすかさず口付けた。

「んっ…う、ふぁ…」
「っ…酒くさい」
「あっ…待、って…だめ」

 つんと鼻につくアルコールの匂いがゆっくりと脳を蕩けさせ、視界がふんわりと浮きそうになってそっと彼の体を突き放しては瞬きをして振り払う。それが気に入らなかったのか、目を細め頬を膨らませながら腕を掴み顔を寄せ、首元に沈ませたかと思えば肩口に声が漏れる程の痛みが生じ、軽く頭を小突いてやれどその表情に反省の色などありはしなかった。

「…この、酔っ払い」
「オマエの帰りが遅いのが悪いんだろ、ばーか」

 ふんと目線を逸らしつつ、細められた目でこちらを見据えてはにやりと口元を歪ませながらハラグロラグランに浮き出る腹筋を撫でるように指先で辿られ、ぴくりと小さく体が震えた事が嬉しかったのか、そのままスパッツの上から膨らみかけていた下半身をぐりぐりと指の腹で撫でてくる相方を眺め、思わずあからさまな溜息を大きく吐き出した。
 背はソファーベッドに預けたままに、彼自身が太腿の上を跨ぐように伸し掛かって来ては互いに反応をし始めているそれをスパッツ越しに密着させるように首の後ろへと腕を回して甘い声を漏らしながら頬ずりをする。まるで猫のように(といえど実物はジャッジくん以外に見た事はない)付き纏う彼の腰を掴んではお返しだとでも言うようにその首元へと強く吸い上げるように口付ける。

「っ、ん…あ、跡、つけた…?」
「あぁ」
「えへへ…そっか」

 余程酔っているらしい彼の声はいつにも増して艶やかさを増し、凭れるように体重を掛けてきた体を支えつつ太腿の上に乗る肉付きのよい臀部を解すように揉みしだいた。その度に耳元へと落ちる小さく細やかな嬌声と普段ならば必ず一度は拒否をする左脇腹の痣へ触れる行為も、どうやら素直に快感を受け入れているのか今夜だけは拒まれる様子もなかった。

「あ…や、あぁっ、ん! サキ、俺…もう、我慢できないっ」
「どうした、いつにも増してだらしないな」
「うっ…だ、だって…しょうがない、じゃん。その、えと…」
「…?」

 今までとは打って変わって尻すぼみに消えてゆく言葉の最後、耳元でそっと囁くように呟かれた、寂しかったから、というあまりに素直で子供っぽい、しかし自分を欲してくれていたという事実に胸の奥がじんわりと温かみを増してはそのままゆっくりと引き寄せるように背に腕を回してしっかりと抱き締めていた。

「っ…く、苦しい、ん、です、けど」
「…するのかしないのか、はっきりしろ」
「あっ…う、うぅ。し…シたい、です…」

 アルコールのせいだけではないと見てすぐに分かってしまう程に、じわじわと染まってゆく彼の頬へそっと口付けて、暑かったのかすでに半分ほどジッパーを下げていた彼の身に付けている部屋着のスクールジャージーをさっさと取り払い、スパッツのウエスト部分から手を差し込んではにやりと口角を上げる。
 素面であると言えど部屋の中の甘い雰囲気と漂う酒の匂いで酔ってしまっていると言われれば、答えはノーと言い切れない状況へ陥っている事に間違いはない。なんせ今日のように一人の寂しさ故に半ば自暴自棄気味に酒を飲み、結果勢いに任せるような形で言い寄っては、普段は素直になれと言っても素直にならない彼が自ら体を重ねたいと要求してくるとなれば興奮しない訳などなかった。
 中途半端に脱げかけていたスパッツと下着がその足首から床へするすると流れるように落ちてゆく様、そして露になった既に膨らみ始めている陰茎をそっと掴み上げ、親指の腹でぐりぐりと亀頭を撫でまわしながら空いたもう片方の手で青紫に滲む左脇腹をぐにゅりと肉ごと揉み上げる。荒く熱の籠もる息遣いと必死に声が漏れないように食い縛り、苦しそうに詰まらせては肩に顔を埋め、無意識に爪を立てながら腕にしがみ付いていた。そんな中、手の動きを速める度びくりと震える体にどくどくと鼓動が強くなっていく自身の胸の奥の正直さに思わず苦笑し、ぐちゅぐちゅと音を立てながら扱き上げた、いつ出てもおかしくない大きさまで勃起したそれから一度手を離し、先端で漏れていたそれを指先へ擦り付け、臀部の下へと潜り込ませてはまだ閉じたままの入口へぐりぐりとほじくるように挿し入れた。

「あっ、や、あぁ…ひ、うぅ!い、たいっ、このばかっ! あれ、ぬるやつ、はっ」
「…ちゃんと濡らしてある。取りに行くのも面倒だ、これで我慢しろ」
「め、面倒って…あぁもう、そりゃそうだけど…っ」
「…我慢出来ないのは、オマエだけじゃないって事だ」

 何度も抜き差しを繰り返しながらその度に部屋に響く厭らしい水音と力なく落ちては、目を細め浮ついた意識の中で彼の目の前でスパッツを強く押し上げている陰茎へそっと触れるように握る。深く息を吐いた後、ゆっくりと体勢を低く落としながらその隔たりを剥がし取ると、ぶるりと勢い良く露になった血管が浮き出る程に誇張する自身を眺める彼の眼はいつにも増して蕩けていた。

「苦しかったら、無理はしなくていい」
「だい、じょぶ。俺がやりたい、だけだから…ん、うぅ」

 片足をソファーベッドから落とし、出来るだけ咥えやすいように大きく開いては、その間で蹲るように顔を埋めて俯せのような体勢でじゅるじゅると音を立てながら裏側を舌で舐め、握り締めた手で扱き上げながら貪るように吸い尽くす度に全身へと流れだす快感に危うく声が漏れそうになる。背もたれを脇に、ひじ掛けを背にしてすぐ目の前で小さく呻くような声を漏らしながら口の中で扱く彼の頭をゆっくりと撫でてやると、それが嬉しかったのか、喉の奥まで押し込んでいた陰茎をそっと外へ出し、舌先でびくびくと奮えを帯びるそれを撫でるようにくまなく舐め上げ、そっとこちらを見上げてはぼそりと艶やかな声を零したのだった。

「…これ、早く、中に挿れて…!」
「ヒ、ナ」
「っ…もう、俺、待てな…ぁっ」

 細められた青に浮かぶ透き通った雫、口元からだらりとはしたなく喉を通り胸へと落ちていく唾液、天井へと上がる吐息が心臓を唸らせては自然と伸ばした腕で彼の体を引き寄せては、こちらを背に胡坐を掻いたふくらはぎの上へと座らせる。そして、有無を言わせぬままに膝の裏から足を持ち上げ、既に緩くなったその入口が露になったと同時に、今まさに途轍もなく恥ずかしい体勢を取らされている事に気付いた彼の頬が急速に赤みを増していった。

「や、やだっ! こんなの、恥ずかし…!」
「オマエから誘ったくせに今更それか」
「だ、って」
「…今夜は、寝かせるつもりはない」
「さ、サキっ…ぁ、ひう、う! や、あぁああっ!」

 臀部の窪みに宛がった、自分でも苦笑してしまう程ぱんぱんに膨らんだ陰茎をじわじわと入り口まで摺り寄せ、ひたりと先が侵入を果たそうとした瞬間に勢い良く捻じ込むように奥へとめり込ませた。

「あっ、ら、め…は、あぁ、んっ…!」

 必死に腕を掴んでは揺さぶられる体への衝撃に耐えるよう歯を食いしばり、突き上げる度に一つに纏められた二本の水色の髪が捲れるようにぶるりと揺れる。恥ずかしさからか、顔を見られないように下へと俯き、ふるふると首を振る目の前の愛しい存在をもっと啼かせてやりたい、快楽へと堕ちていく様を見たいと腹の底から沸々と込み上げる支配欲に堪らず息を呑みながら、首筋へと立てた歯に少しだけ力を入れて吸い上げれば、耳元へと跳ね上がった甘い声が落ち、下半身に帯びた熱がみるみるうちに高鳴っていくのを感じた。

「は、あっ、ん…あ、あぁっ…熱い…!」
「どうしたっ…まだ、物足りなさそうな顔、してるな…!」
「そんな、事、な…っ、あ、やぁ! そんな、急に動いちゃ、だめ…あ、んっ…やらぁあ!」

 腰から下を膝が胸に付くくらい曲げている体勢のせいか、自身の中にずぶずぶと何度も挿入を繰り返されているのが視界に入り、文字通り目も当てられないのかぶるぶると首を振りながら嫌だと声を上げる彼の我儘を仕方なく聞き入れる為、ふくらはぎの上へ深く座らせていた体をゆっくりとソファーベッドへと押し倒し、うつ伏せになるような形で腰を掴み膝をつかせては、繋がったままに臀部を浮かせながら再びびくびくと奮い立つ陰茎を何度も打ち付けるように押し入れていく。

「は、あぁあ、あっ…ひ、うぅっ! ふ、かっ…ぁ!」

 この時、後々お見返してみれば数分間はまともな意識を保てていなかったようにも思えた。彼に煽られてじわじわと染み込んでは高まる欲情のままに腰が激しく動き、疲れを知らぬ自身はそのまま寸前を迎えるまでいつしか俯く陰からすすり泣くような声が聞こえていた事に気付けなかった。慌てて挿入していた陰茎を抜き腕を掴んでは、力ずくで振り向かせてみるとそこには透き通った涙をぽろぽろと蒼い瞳から零しながら枯れつつある声で名前を呼ぶ彼の表情が見えて、あれだけ暴れ回っていた心臓が一瞬止まったようにも感じた。

「い、たい……も、や…だ…っ! あっ、ん、うぅ」

 抑えていたはずの欲を身勝手に押し付けた結果とその上で自身を拒否する確かな言葉がずきりと胸の奥を突き刺して、止まらないその涙を視界から隠すように彼の身を引き寄せては胸の中へと抱き留めた。

「はぁ、は…あぁっ…」
「…ヒナ」
「ひ、ぐっ」
「すまな、かった。もう、二度としない。だから…」
「だ、だめ…お願い、だから…待てって!」

 こうして抱き締める事も体全体で感じるぬくもりと心臓の音で得る安心も自身の我儘である事を理解し、このまま甘える資格は今の自分には無いと言い聞かせながら、これ以上彼の中の恐怖を煽る訳にはいかないとそっと腕を離してすぐさま距離を置かねばと一歩後ろへと下がったその時。
 どれだけ今の自分の表情が凍り付いていた事だろう、目を細め虚ろな表情だった彼が意識を覚醒したかのように見開き、すぐさまソファーベッドに手をついていた腕を掴み上体を持ち上げて再び目の前へと顔を寄せたかと思えば、一つも声を上げる暇もない、おそらくたった数秒間の中で彼はそっと、だらしなくも呆けていた顔の頬へと薄い唇を押し付けてきたのだった。

「あぁ…?」
「っ…え、と、ご…ごめん。ごめん、な…誘っておいて、俺…今、酷い事言った。だから、ちゃんと謝る。サキ、ごめんな」
「っ…でもそれは、俺が力ずくで」
「…いい。それで、いいっ」

 オマエにだったら何されたっていい覚悟があるから。そう顔を赤く染めては照れ臭そうに、まるでその全てが爆弾であるような言葉を短く切りながらぼとりぼとりと落として彼を目の前にして、普段の冷静さを取り戻す事など最早不可能に近かった。自身の底に未だ潜む熱がむくむくと再び陰茎に太さを帯びさせて、このまま押し倒してしまいそうになるもふるふると首を振られてしまった。やはり今夜はやめた方がいいのだろうか、今一度頭を冷やして落ち着きを取り戻すべきなのだろうか、と一人ぐるぐると頭の中で悩んでいる間に、伸ばしていた両足を跨ぐように彼が覆い被さってきたかと思えば、ゆっくりと腰を落とし荒々しくも既に拡げられていた入り口へと自ら陰茎を押し入れていった。

「あっ…は、あぁ…ん、ひ、うぅう! お、く…ぶつか、あ…ん、やぁっ」
「くっ…ヒ、ナタ…!」
「は…あ、ふあぁっ! あ、あんっ、さき、のっ、おっき…だ、だめぇ!」

 ずぶずぶと音を立てて彼の中へと沈んでいく自身の陰茎はいつにも増して血管が浮く程に太く膨らみ、彼の腰の動きに合わせて突き上げてはいつの間にかゴムが解けて肩からだらりと垂れる一本の髪と、腹から左脇腹の痣へと撫でるように手を這わせながら何度も何度も打ち付けていく。自然と首へ回った彼の両腕と、耳元に浮かぶ熱い吐息と悲鳴のような嬌声にぞくぞくと体が震えては今にも全てを吐き出しそうになっていた。

「そんな、激しく、したらっ…出ちゃ、あ…っ! や、あぁ! さ、きっ…さきぃ!」
「…っ、どうした! もう、おしまいか…!」
「ひ、うっ! うぅ! お、願い…もっと、もっとサキが、欲しっ…ぁ、あぁ!ふ、あぁ…ひ、うぅう!」

 電流のように伝わる快感の波が全身へ押し寄せる中、肩口に歯を立てながら声を震わせる彼の頭をそっと撫でるように手のひらで抑えながら、ついに決壊を果たした熱が中で勢い良く溢れては浮ついた意識がゆっくりと覚醒していく。

「あっ…あ、ぁ…なか、熱い…は、ぁ…は…っ」
「嫌、だったか?」
「…うぅ、ん。すごく、気持ち、良かっ、た…」

 脇から腕を差し入れて体を持ち上げては奥まで挿入された陰茎をゆっくりと抜き、共にだらりと零れ落ちる白濁に小さく苦笑しながら既に夢の中へと旅立ってしまったらしい相方を横に抱き上げては、すっかり凸凹の跡が付いてしまった肩をすりすりと撫でながら狭い浴室へと向かった。


***


「………はっ!」

 突然に意識が覚醒して飛び起きたその時は、もう既に太陽が空へと昇り切る寸前の事だった。辺りを見回すとテーブルの上にあったはずのお菓子や酒缶はきれいさっぱり無くなり、あれだけ乱れていた衣服もきっちり着せられている上に、どうやら眠っている間に汗まみれだった体もすっきり綺麗にされていたものだから実に恐ろしい。そっとすぐ隣りを見下ろしてみれば先日からの疲れが残っているのか、珍しく深い眠りについている相方が同じ布団を掛けて横になっており、どうやら昨夜はその彼に腕枕をしてもらいながら、このソファーベッドの上で一夜を共にしていたらしい。

(はぁ…こ、こんなはずでは、なかったんだけど)

 アルコールが抜けないのか少々痛む頭をぼりぼりと掻き毟りながら、予定とは違う展開になってしまった事にがっくりと肩を落としてしまうのも無理はない。実はというと普段飲み慣れない酒を衝動的に口にしたのは、自身のちょっとした嫉妬心と照れ臭くて言えずにいた言葉を伝える為の鼓舞であり、この際言いたい事を言ってしまおうと試みた結果、想像していたものとは違う方向へと勢い付いてしまった訳である。

「ま、いっか。結果、オーライだし」
「…何がオーライだって」
「う、うわ! 突然起きるなよ! びっくりするだろ!」

 心の中で呟いていたはずの言葉は気付かない間に声として零れてしまっていたらしく、ゆっくりと上体を持ち上げてはまだ眠そうに目を擦る彼に小さく溜息を吐いた。

「ったく…疲れてるならまだ寝ててもいいぞ。昨日、帰り遅かったし。その、夜も色々…無理、させただろうから」
「…ヒナタ」
「あ、え…何…」
「怒っているのなら、謝る。すまない」

 散々我儘ばかり言ってしまった記憶があるので、今日ばかりは頭が上がらないだろうと覚悟をしていた事もあり、まさか彼が先に頭を下げているところを見せられてしまうとは思ってもおらず、一瞬脳内が真っ白になっては硬直してしまい、ふと飛んでいった何かが戻ってきた直後に慌てて声を掛けた。

「…な、何でオマエが謝るんだよっ」
「何で、って…そりゃあ、随分と寂しがらせちまったみたいだし」
「いっ」
「夜まで一人にした事と、帰りが遅くなった事に関しては本当に悪かった。そのうちヒカルの店にもまた連れてってやる。…アイツがいない時にでも」
「い、いや! だから、それはそういう、アレではなくて」

 まずい。にやにやと口角を上げながら怪しい笑みを浮かべてそう話す彼には既に、自身が何故にあのような暴挙に出てしまったのかすっかりバレてしまっているらしく、慌てて口を押えようと試みるもやはり到底力では敵わず、そのまま腕を引っ張られ胸の中に抱き留められながら、耳元で話を続けた彼の言葉に一瞬で頬がほんのりと染まっていった。

「…昨日みたいなエロいオマエを、もう一度見てみたい気がしないでもないしな」
「ぐっ! こ、この…黙ってりゃ言いたい放題言いやがって、畜生ー!」
「安心しろ、襲うのは二人きりの時だけにしてやる」
「当たり前だろ! …あ、当たり前?つか、それ以前に酔っ払いを襲うなー!」

 あまりに直球過ぎる言葉を浴びせられ、照れ臭さが限界に達してはただただ彼の胸板をぽかぽかと叩く事しか出来ず、しかしくつくつとどこか嬉しそうに笑みを零す相方の表情を見上げているうちに不思議とその感情も落ち着きを見せて、つられるように自然な笑顔をいつしか自身も掲げていたのだった。


(甘い誘惑/2017.08.22)



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