「オマエ、真夏なのによくそんな格好でいられるよなぁ」
事の発端は相方のその一言からだった。袖なしのキングタンクマリンと更には素足で風通しの良いデルタストラップネオン、一番裾の短いスパッツを履き二本の髪を一つに纏めた見るからに涼し気な格好の彼と比べ、寒い季節と変わらないフクを着ているせいか、どうやら見た目が暑苦しいという遠回しのクレームのようで、それでも頑なに脱ごうとしない自分にげんなりと肩を落としながら目を細めていた。
そんな日常から数日が経ったある日。ハイカラスクエアでナワバリバトルをした帰りにふと目に入ったのは、エスカベース内に並んでいる、クラゲのビゼンが営むフク屋のフエール・ボン・クレーで、ガラス製の扉越しに見えた店内に飾られているフクが不思議と目に焼き付き、普段からファッションに関しては特に興味がない自身には珍しく足が止まっていた。隣りを歩いていた相方がそれに気付いたのか、不思議そうにこちらの表情を窺っていて、ふと何かを思いついたらしく突然腕を掴んできてはそのまま引きずるようにフク屋へと連行されてしまった。
「何で」
「何でって、ほら。いつもバトルばっかりだし、たまには買い物もいいだろ」
お洒落に興味がないのはお互いさまの癖に、と心の中で呟くも何故だか至極楽しそうな表情で店内へと駆け込むものだから、少々不思議に思いながらも口には出さずにそのまま飲み込んでおいた。
一軒家に引っ越しをしたものの、それから買い物という買い物をまだまともにしておらず、以前住んでいたアパートで荷物を纏める際、ついでに不要なものは捨ててしまおうと一気に整理をしてしまったものだから引越前よりも物が格段に減ってしまい、気が付けばフクやクツさえも必要最低限の数しかないどころか最早買わないとないような状態まで陥り、さすがに断捨離にも程があったかと思っていたところではあった。それは相方も同じだったようで、どうやらせっかく新天地であるハイカラスクエアまで来たのだから、新しいフクを購入してみてもいいのではないかという考えらしい。
「…あ、ほらこれ。オマエに似合いそう」
「そうか?」
「んー、こっちも…どうだろ。たまには半袖とか着てみたらどうだ?」
「それは御免蒙る」
「あっ、そう」
どことなく落ち着かない雰囲気が漂う店内にはシンプルなシルバーのハンガーラックに初めて見るものばかりのフクが掛けられ、その中から相方がいくつかピックアップをするもののいまいち気に入ったものは見つからず、そのうちセールで割り引かれたものを適当に漁ればいいかと諦めかけていた頃。あ、と零した相方の一言と共に掲げられた綺麗な水色が視界に広がった瞬間に思わず目を奪われてしまった。
「それ…」
「ちょっと腕、広げてみろよ。…ほら、結構似合うじゃん!」
そのフクのデザインそのものは以前からシリーズ化していたもので、しかしここまで色鮮やかな、まるで彼のインクの色のような空色は初めて見たような気がした。
「マウンテンフローズンだって。この露出少ない感じ、オマエ好きそうなヤツだよな」
どこか嬉しそうな表情を浮かべながら体にフクを当て、一歩離れた場所から被っているサファリハットの端、そして履いているトレッキングライトの足先まで舐めるように眺め、こちらの意見など何一つ伺わないまま一人頷くと、背後で待機していたビゼンにそのフクを手渡していた。
「おい、それ買うなんて一言も」
「いいや、今の顔は気に入ったって顔だったぞ。今日は俺の奢りだからさ、たまには甘えておけって」
知らぬ間に声にも出していなかった感情を読み取られてしまった気がして小さく溜息を吐くも、何故だか奢ってもらう本人よりも嬉しそうな相方につられて笑みを漏らしているうちに自然とその悔しさはどこかへ消えていってしまった。
数時間後。二人にしては珍しく長い時間を買い物に費やしてしまったもので、今日はバトルに参加する暇はないと判断してはすぐさま帰路を辿りつつ、ついでに夕飯の買い出しをしようといつも立ち寄っているスーパーへと足を運んだ。入口に所狭しと押し入れられたカートを一台引っ張り出している間に慣れた手つきで相方が買い物カゴを乗せ、そのまま押し進めながら必要な食材を迷いなく詰め込んでいく。
基本的に冷蔵庫の中身は自身が把握している為、不足している物だけを入れていく一方、彼はその時その時で欲しいと思ったものやチビッ子が好きなものをどんどん乗せていくものだから、会計が終わった後で購入していた事に初めて気付く品物も少なくはない。
「…きんぴら」
「今日は色んなとこうろうろして疲れたし、少しお惣菜様に甘えようぜ」
ゴボウと人参ならまだ家に残っているのに、と一瞬考えたものの、ここのスーパーの総菜は非常に味がよく、真似しようにもなかなか同じ味付けに近づけないのは確かで、もしかして好みである事を知っててカゴに入れたのだろうかとそっと横目に彼の様子を窺うも、特にそれ以上引き出せるものはありそうになく、あっという間にエコバックへ詰め終わった荷物を持ち上げては既に暗がりになりつつある店の外へ出たのだった。
「荷物、一つ貸せ」
「いいよ、そんな重くないし」
「だが」
「そんな焦らなくても、オマエにもちゃんと持ってもらうヤツが他にあるから心配すんなって」
橙色の日差しに照らされる中でにやにやと厭らしい笑みを浮かべる相方に少々苛立ちを募らせながらも、再び引きずられるようにがさがさとエコバッグを揺すりながら向かった先は四人で何度か足を運んだ事のある和菓子屋だった。食後のデザートでも買っていくのだろうか、と彼の腹に存在する底なしの胃袋に小さく溜息を吐きながら渋々入店し、奥から見慣れた顔のご高齢のガールがゆっくりと顔を出してはいらっしゃいと一言にこやかに呟いた。
「おばあちゃん、アレ。アレ取りに来たんだけど」
「…あぁ、そうだったね。今持ってくるから少し待っててちょうだい」
普段であれば少々年季の入ったショーケースに並べられている和菓子を数個買って帰るというのに、今日はどうやら知らない間に何かを注文していたらしく、再び店の奥へと消えた店主の婆さんが何か小さな箱のようなものを抱えて戻ってきたのはその数分後の事だった。
「お代はいらないよ。この間、いい仕事してもらったからね」
「やったー! それじゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう、ばあちゃん」
待ってましたとばかりにその箱を受け取らされては少しもゆっくり過ごせないままに背中を押され外に出ると、今度は何故だか急かされるように早く家へ帰ろうと促され、今日は普段よりも不思議と彼に振り回されていた感覚があったせいか疲れが出ていた事もあり、夕飯にはまだ少し早い夕刻、帰ったら居間のソファーでひと眠りするかと考えながら二人手を繋ぎ帰路を辿る。
左手に持った小さな箱はそれなりに重みがあり、振っても良いけど落とすなよと苦笑する相方に対し、そっちこそ袋落として卵割るなよ、などと冗談を言い合いながら当たり障りのない話をしているうちに気付けばもう家の前へと着いていた。ジップアップカモのポケットに突っ込んでいた鍵を取り出して、手首を回しがちゃりと音を立てた途端、扉の向こうから留守番をしているであろう二人のばたばたと廊下を駆ける音が段々と近付いてきて、そっと腕を引いたその直後、そこには想像していなかった破裂音が目の前で弾け飛んでいたのだった。
「ニーチャンおかえりおめでとー!」
「おかおめ〜」
「……何だ、これ」
宙を飛び交う色とりどりのカラーテープ、心臓が止まりそうになる程に数回玄関に響き渡った音の正体はどうやらクラッカーのようで薄らと灰色の煙が香ばしい匂いと共に辺りへ漂っていた。これは一体どういう事だと視線だけで隣りの相方へと訴えてみると、不思議そうにチビッ子達と顔を見合わせては、それはもう今までになかったくらいのにやりとした嫌な笑顔を浮かべていたのだった。
「なんだよ、まだ気付いてなかったのか」
誕生日おめでとう、サキ。そう耳元でそっと呟いた相方と、空っぽになったクラッカーを宙へ投げ捨て玄関先にも関わらず飛び込み抱き付いてきたチビッ子達を荷物を持ったまま辛うじて受け止めつつ、大成功と言わんばかりに祝われた本人よりも嬉しそうに喜んでいる彼につられて無意識のうちに自身も笑みを零していた。
***
お互いに記念日というイベントに対して執着はない。子供の頃からその度に祝った事も少なく、そのような恵まれた環境に身を置いていた訳でもなかった為、特に印象強い記憶や思い出がないままに自然と年を重ねては現在に至る。そもそも自身の年齢そのものに興味もなく、誰に縛られる事もなく日々を平穏に過ごせる中でその隣りに大切な人々の幸せそうな笑顔を拝めさえすれば他に何もいらないとさえ思えた。
そんな考えを常々頭の中で巡らせていた最中、どうやら共に暮らしている三人は喜ばしい事に自身でさえすっかり忘れてしまっていた記念日をしっかり覚えていたらしく、午前中に用事を済ませようと自身が家を空けていた間に、どうやら慣れない料理に三人で四苦八苦しつつも夕飯の支度をほとんど済ませていたとの事だった。台所でそんなガチバトルが行われていたなど知る由もなく、昼前に帰宅した後に珍しく留守番をすると言っていたチビッ子達(今思えばこの時点で妙な違和感はあった)を置いて二人でハイカラスクエアへと買い物へ行く事になり、そして話は冒頭へと戻るのである。
「はー、食ったなぁ。もう大満足」
「どっちが主役か分からないくらい、美味そうに食ってたよなオマエ」
「えっ、いや、その…え、遠慮はしてたぞ! 一応!」
「…ははっ、そういう事にしておいてやる」
結局自分達だけで作っておいた品数だけでは到底足りず、ちょうど買い物もしてきたところで材料は豊富に残っていた為、やれやれと肩を落としながらもいつも身に付けているエプロンに首を通し、三人が望むおかずを追加で作っては食べさせ、最後に誕生日ケーキの代わりのつもりだったらしい和菓子ケーキを夜が更け始めた頃に食べてようやく満足したのか、すっかり空っぽになった皿を片付けながら腹を摩っている相方を眺めては小さく苦笑した。
満腹感と慣れない仕事を完遂したせいか既に眠気を催し始めたチビッ子二人を先に風呂へと入らせ、その間に全て片してしまおうとようやく動けるようになったらしい相方が台所へと皿を運んではそれを受け取りシンクで手早く洗っていく。そして最後に台拭きでテーブルに飛び散った汚れを綺麗に拭き取れば全て終了である。おまけにもう一手間で、汚れがこびり付く前に布巾を洗剤で除菌洗浄してしまえば次の日の仕事が楽になる為、最低限の水を出しながら少々中腰になりながらもごしごしとシンクに押し付けた布巾を擦り合わせていると、ふと感じた背中の重みに振り返らないままぼそっと声を落とした。
「…腹、苦しいなら座ってていい」
「あ、いや…その。なんとなく、こうしてたいなぁ…なん、て」
そっと腰へ回された両腕、丸まった背中へと顔を乗せぐりぐりと頬ずりする相方の声はどこか照れ臭さが残っているもののその耳当たりの良い甘さにどくりと心臓が唸る。チビッ子がおらず二人きりの空間で普段ではあまりみられない素直さに直面するとどうしてももっと彼を欲してしまいたくなるが故、それは相方も同様のようで微かに触れる下半身が既に膨らみ始めている事に気付いた瞬間だった。
「う、わっ」
自分でも驚くくらいのスピードで蛇口の水を止め搾った布巾を干した後、ぐるりと体を反転させ向かい合い、掴んだ腕ごと気が付けば引っ張り込んだ彼の体を胸元でしっかりと抱き留めていた。
「おい、急にそんな事したら危ないだろ」
「…煽ってくるオマエが悪い」
「そ、そうやってすぐ人のせいに…っ、あ…ちょ、待って…」
不意を突かれたせいかバランスを崩し両肩を必死に掴み、そうしている間にイカホワイトVの裾からするすると手を滑り込んでは柔らかな素肌を揉むように撫でていく。あ、と小さく漏れる甘い声、聞こえなかった振りをして未だ残る左脇腹の青黒い痣をそっと指先で触れればびくりと震えを帯びる体ににやりと口角を上げた。
「精の付くようなメシを作った覚えはないんだがな」
「べ、別に…そういうアレじゃないしっ」
「…覚悟しとけ。今夜はきっちり責任取ってもらうぞ」
「おいおい、責任って…たまに滅茶苦茶言い出すよな、オマエ」
「今日ぐらいいいだろ。…誕生日、だしな」
壁を挟んだその奥できゃあきゃあと楽しそうに騒いでいる二人の声が微かに聞こえる。腰に回していた右手をそっと頬を撫でるように当てながら、そのまま寄せたぷっくりと膨らむ唇へそっと触れるだけの口付けを贈り、今にもリビングへ再び嵐を巻き起こすであろうチビッ子達を待ちながらやんわりと頬を赤らめる相方にそっと細い視線を送る。珍しくそれで察したのか余計に帯び始めた熱を振り払うようにぶんぶんと首を振る彼がおかしくて思わず笑みを零したのだった。
***
「あと…五分、かぁ」
あれだけ賑やかだった家の中もすっかり寝静まりつつある深夜。チビッ子達が布団に包まれながら夢の世界へと旅立った後、二回の寝室に置かれたダブルベッドの上で乱れに乱れ、互いに汗まみれになりつつ熱く荒い息を交じらせては全てを出し切ったが故にぐったりと体を重く沈ませる相方は少々寂しそうに正面の壁時計を見上げながら小さくそう呟いた。
特に意識はしていなかったものの、いざ名残惜しそうにそう言われてしまうとどことなく寂しさを感じて、と言えどたまたま今日は自分がこの世に生まれた日であっただけの事で日常となんら変わる事は何一つない。寧ろ変わらない日常そのものが今の自分にとって最高の贈り物であり、大切なものである事に間違いはなかった。
あれだけ息を乱し胸を上下させ熱の浮かんだ部屋の中はいつの間にか静まりつつあり、しかし未だ繋がったままに自身の胸元へ背中を預け横になっている相方が名残惜しそうな声を漏らすものだから、その首元、項へ顔を埋めては思わずぐりぐりと顔を押し付けると、照れ臭そうに小さく笑みを零していた。
「…っ、ちょ、あははっ。くすぐったい…ん、ぅ」
普段は気にしもしない秒針の進む音と再び速くなっていく鼓動が重なり合い、自身が中を徐々に押し広げていく感覚に我ながら自制が効かないものだと苦笑する。腰に回していた腕をそっとその先へ手を伸ばし、勃ち上がりかけているものの根元を握ろうとした瞬間、首を振りながら手首を掴んできた彼の表情は見えずとも赤く染まっているのが分かった。左肘を付きゆっくりと持ち上げた上半身、被っていた布団が離れ繋がったままに自然と俯せになってゆく相方の体に覆い被さるように体勢を整えながら、力なく離れていく手を絡め合わせそのまま顔の脇へと引き上げてゆく。
「ぁ、んっ…も、無理、だって…っ」
「俺の欲しいもの、何でもくれるって言ったのはオマエだぞ」
「だ、だからって…ぁ、ばか、そんな急に動く、なって…ひ、あぁっ」
蹲るように膝を付き宙にぶら下がった彼の陰茎をゆっくりと空いた左手で扱きながら、既に硬くなりつつある根にそっと口角を上げては、そのままゆっくりと腰を前後に動かし中を乱してゆく。
「ん、サキッ…」
「…っ、もう一回だけ…いいか」
「あっ…だ、だめ…も、誕生日、終わっ…ぁ、ひあぁっ!」
皺が出来る程に枕を握り締め、上半身が沈み切らないよう肘を付き辛うじてこちらへと振り向いた相方の海色の瞳にうっすらと涙が浮かんでいて、何度も奥へと突く度に吐かれた熱い息と共に部屋の中に響く甘い嬌声に彼の弱々しい制止など聞こえるはずもなく。そっと両手を離し、相方の体を覆い被りながら顔を寄せ気付けば貪るように艶のある唇へと口付けていた。
「あっ…んぅう」
「……っ、口、開けろ」
「は、ぁ…や、ぁん…ば、か…この、しつこいっ」
苦情を言いつつも拒まない相方の素直さに聞こえないふりをしながら、再びそっと距離を置き彼の肩を掴んで無理矢理仰向けに体を返たその時、入ったままの陰茎が中でぐるりと擦れる感覚に甲高い嬌声と自身さえもどくりと心臓が疼く程の快感に思わず声が漏れていた。
頭の後ろへそっと右手を差し入れ、纏められた二本の髪の間に中指を通し、そのまま一気にゴムを抜き取ってははらりと顔の脇へと落ちた黄緑色に染まる先、インクリング特有のぷっくりと凹んだ吸盤へとそっと舌先で舐めてやる。じゅるじゅると吸うように舐める度に震える体、それ以上は耐えられないと必死に首を振る彼の熱に浮かされた表情に最早我慢の限界に到達しようとしていた。
「や、だっ! そこ、舐めるの、変な感じ…ん、やあぁっ」
「気持ちいいなら、気持ちいいって素直に言ってみろッ…!」
「うっ、んうぅ! は、あぁあっ、き…気持ち、い…気持ちいからぁ! も、早く、来てっ…」
腹の底で唸るような高波が迫ってきているのがひしひしと伝わってくる感覚と、互いの胸元が隙間なく重なって直に感じられる彼の陰茎の膨らみに今にも欲が溢れてしまいそうなのはお互い様なのだと察して、相方の両足を持ち上げながら前後に動かしていた腰を更にぐいぐいと押し入れていく。浮いた腰を他所に顔を寄せれば自然と首の後ろへ回った腕、返事の代わりに自身の腕も彼の首の後ろへと潜り込ませてはしっかりと体を抱き込み、ふわふわと斑に溶け始めた意識の中、耳元に口を寄せてはそっと呟いたのだった。
「……ヒナ、ヒナッ…!」
「あ、んうぅっ! サキ、も、だめっ…俺、イッちゃ…ぁ、は、うぅっ…や、あぁあっ!」
熱と涙を浮かべた白い肌を伝う雫がぽろりと枕元へ落ちたその時、物凄いスピードで溢れた自身の欲で満たされていく彼の中、同時に勢い良く外へと飛び出し腹の上へと散った白がぽたぽたと垂れているのも気にせず、力を込めた腕に応えるようにしっかりと抱き付いていた相方を見下ろして、今この瞬間を少しでも長く感じていたいと思ってしまう程、胸の中は愛おしさでいっぱいに満たされていた。
「っ、は、はぁ…ん、っく…」
「……ヒナタ…」
「な、にっ…」
「……延長料金、払わないとな」
「…あ、ははっ。そうだな、そんなに言うなら払ってくれよ。…明日の昼飯で」
そっと見上げた先の時計の針は既に日付を跨いでいて、そういえばもう我儘を言える時間は終わってしまったのだと気付いた途端、急に寂しさと申し訳なさが胸の奥に募り、それが顔に出てしまっていたのかふにゃりと力なく目尻を下げながらも苦笑する相方につられてそっと口角を上げた。
「ラインナップ、オマエに任せるからな…っ、く」
「ぁ…ん、うぅ……はぁ…。後悔、すんなよ。一品二品じゃ満足しないぞ、俺は」
「…そんなの、とっくの昔から知ってる」
ぐちゅぐちゅと厭らしい水音を立てながらゆっくりと自身を抜き取り、同時にぼたぼたと垂れる白濁が布団に染みを作っていく様を見下ろしつつ、そのまま相方の隣りへと倒れ込みながらそう呟くと、だよなとけらけら笑いながら返された返事をする彼をそのまま抱き留め意識を沈めた。
次の日の朝。危うくベッドの上の惨状をチビッ子達に目撃されてしまいそうになって慌てて飛び起き、そして朝食を食べている時も二人共汗臭いとチビガールに苦情までぶつけられ(昨夜は暑さだけでなく、溺れる程に運動してしまったものだから余計である)、お互いさすがに色々と未処理のままであった体を清めておきたいと思っていたのでその言葉に素直に頷き、どうせならと湯を張った湯船に二人で体を沈ませた。
「ほぁ…最ッ高に、気持ちいい…」
「朝から何言ってんだ、オマエ」
「…オマエこそ。まだ頭沸いてんのか、この…アホッ」
風呂釜から勢い良く溢れ出す並々の湯、日々の疲れが抜けていくような気持ちの良い感覚に冗談を一つかましてみるも幸せそうな相方が微妙な表情へと変えただけの不発に終わり、それどころか股間を蹴られて無駄な痛みを味わう羽目になった(自業自得ではある。それでもそっと両腕を差し出せば目を細めながらもその体は胸の中へと落ち、背を預ける形で身を寄せてくれる彼に気持ちが昂らずにはいられないのだった。
「…あ、の。昼飯、考えたんだけど」
「言ってみろ。何が食いたい」
「えっと…とりあえず、炒飯。それと…サバの味噌煮と豚しゃぶのサラダにゆで卵乗っけたやつ…あと、塩辛と餃子にアサリの味噌汁で…あ、そうそう。それ作ってもらってる間に俺、おやつにみんなの分のたい焼き買ってくる。こ、これでどうかな…」
想像以上に細かく献立を考えていたらしい相方に相変わらず飯が好きなヤツだと心の中でそっと呟いた。しかし、どことなく馴染みのあるそのラインナップに不思議と疑問が浮かび、そもそも普段であればもっと別の料理を希望してくるものだとばかり思っていたが、ゆっくりと振り返り、照れ臭そうに薄らと頬を染めながら零した彼の言葉にようやくその意味を理解して堪らず腕に力を込めてしまったのだった。
「うわっ! ちょ…くるじいっ」
「………お望み通り、全部作ってやる。オマエでも食い切れないくらいな」
「あっはは。俺の辞書に飯を残すなんていう言葉はないぞ」
「…まぁ、確かに。冷蔵庫のモン、全部使っても残らないだろうな」
寧ろ、こっちの分もちゃんと残しておいてくれよ。そう心の中でそっと呟きながら、けらけらと声の響く浴室の中で二人腹を抱えて笑っていた。
(小さな幸せ/2018.08.22)
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