「ただいま」

 壁を挟んだ先の玄関から聞こえた扉の締まる音、重めの足音が次第に大きくなってはその姿が視界に入った後、自然と部屋に落ちた言葉に不思議な感覚を覚えたのは初めてではない。
 お互いに別々の部屋を借りていた二年前の自分に、今はひとつ屋根の下に四人で暮らしているのだと言っても到底信じる事は出来ないだろう。何せ今でも実感が沸かないでいる自分が確かにここに存在するのだから。故に、相方である彼が至極当然のように掛けてくる言葉は勿論間違いではなく自然な事であるものの、違和感が拭えないのはただ単に自身がいつまで経っても不慣れなままに過ごしているからで。とはいえ、決して今の生活に不満がある訳ではなく、長々と口答えをしてきたが結局は照れくさいの一言に尽きる、ただそれだけの事である。

「お、かえり」

 そしてぎこちなく溢れる自身の声にげんなり肩を落とすも、彼としては返事が返ってきた事の方が嬉しかったようで、そっと口角を上げては側を通り過ぎた彼は持っていた買い物袋をシンクの上へ置いた。
 この暑さの中でも平気そうな顔つきで纏った色鮮やかな水色は、去年に珍しく二人で買い物へ出かけた時に見つけて彼が気に入ったもので、誕生日であった事もありプレゼントにと自分が贈ってあげたものでもある。物持ちがいいのか、それとも大切に着てくれているのか、今でも新品同様に見えるそれを見かける度に思わず顔がにやけてしまい、チビガールに笑顔が気持ち悪いと罵られたのは数知れない。しかし、言葉にせずとも行動で示してくる彼の気持ちには気付いているつもりで、心の中で一人ほくそ笑んでは夕飯作りに勤しむ彼を手伝おうと空っぽになったコップを持ちながらキッチンへと向かった。

「今日は…っと、肉じゃが!」
「正解」
「へっへ〜ん。食材見ただけで分かったぞ」
「それ、自慢になるような事かよ」

 元々食べる事に関しては周りと比べて関心が強かったものの、毎日彼の料理を口にするにつれて日々の献立の種類も自然と覚えていたので、今ではスーパーで買い物している時にカゴの中身を見るだけでも食卓に何が並べられるのか予想が出来る程である。そもそも一人暮らしだった時から度々手作りの夕飯をご馳走になっていて、その頃から特に気に入っていた料理は今でも頻繁に作ってくれているので、今ではすっかり馴染みの味となっている。
 ところが、シンプルなエプロンを身に纏い、さっそく食材の下ごしらえを始めた彼に邪魔だと一蹴されてしまったので、渋々リビングへと戻っては遠巻きにその様子を眺めてみる。普段外では必ず外さないサファリハットも今は玄関に置かれたポールハンガーに掛けられ、シンクの側でじゃがいもの皮を剥く表情は至って真剣、しかしナワバリバトルをしている時とはまた違う、柔らかさを纏う雰囲気に思わずつられて口角が上がる。
 普段から無表情でいる事が多い為か、一見近寄りがたい雰囲気を持っているが故に彼の笑顔を知る者は少ない。そもそも笑う事などあるのかと思われているようだったが、それなりに付き合いの長い自分にとっては特に珍しいものではなかった。もしかしたら、今こうして悠々と眺めている彼の優しい表情も恋人である自分の前だけでしか見せない顔なのだろうか、と少々調子に乗った考えを募らせてみれば、どうやら顔に出ていたのか、キッチン越しににやにやするなとお叱りを受けてしまったのだった。


***


「今年はちゃんと欲しい物、決めてるんだぜ」
「飯以外にしろよ。被りはなしだ」

 そんなに自分は食べ物のイメージが強いのだろうかと、一瞬食べる量を減らそうかと考えている中、電気を消した寝室の布団の中でもぞもぞと体を寄せる相方の腕の中に引き寄せられ、まだしっとりと水気を帯びたままの胸元に顔を押し付けてみる。すりすりと頬を擦り付けながらそっと耳を寄せると、どくどくと彼の鼓動の音が頭の中で反響しそっと瞼を落とせばうつらうつらと静かな心地良さに襲われ、大きな手に撫でられる頭、じんわりと体を包むぬくもりと芳しさに思わず顔が綻んでゆく。

「…もう手に入っちったなぁ」
「まだ何もあげてない」
「いや、その…なんというか。今この瞬間がもう、プレゼントっていうか…へへ」
「…変なところで無欲だな、オマエは」

 真っ白なシーツが擦れる音と上から落ちる声が堪らなく気持ち良く、互いに一糸纏わぬ姿で抱き合っている状況に照れくささは残るも胸の奥はじんわりとぬくもりで満ちてゆく。

「無欲というか、俺、よく分からなかったんだよな。自分に足りないものとか満たしてくれるもの」
「それは物の話ではなく、か」
「うん。ナギとオマエら二人と出会って一人だった毎日が段々賑やかになってさ…まさかこうして四人で暮らす事になるなんて、あの時は思わなかっただろ。慣れてはきたつもりだけどやっぱりまだ不思議な感じがして」

 ハイカラシティでバトルを嗜み始めてから、今思い返してみても驚く程に運命的とも言える岐路に立たされたのも数知れず、その中でもダントツに寝耳に水だったのは勿論、突然訪れた彼との関係性に変化が起きたあの日の衝撃は今でも忘れられなかった。しかし、様々な戸惑いがあったとはいえ、互いの気持ちが通じ合い結果的に良い方向へ落ち着いたのだから勿論後悔などしていないのだが、何か勘違いをしているのか、そっと視線を外し肩を落としている相方に慌てて足りなかった言葉を紡いだ。

「お、おい…そんな顔すんなって。確かにさ、オマエに突然前触れもなく、好きだって言われた時は驚いたけど」
「それは…もう言うな」
「へへっ。でも今は、ちゃんと自分の気持ちも理解してるつもりだし。俺だって、その…好きな相手じゃなかったら、こうしてひとつ屋根の下で毎日一緒に過ごしてないっての」

 どんなに通じ合っているとしても、言葉で伝えなければ分からない事は勿論ある。出会ったばかりの頃のように恐る恐る探りを入れる訳ではなく、知りたい事はきちんと本人に直接問い質せる程に相手を知る努力をしているつもりだった。だからこそ、彼の目を見てはっきりと答えた自身の言葉は確かに相方へと伝わったようで、安心したかのように胸を撫で下ろす姿に思わず声を出して笑った。

「…ったく」
「う、おおっ。何すんだよ」
「それは誘ってると解釈して良いんだな」
「えっ。いや、その…いやあ、俺もう誕生日プレゼントもらっちゃったしなぁ。これ以上欲張るのも良くな…」
「今年は特別だ。貰えるもんは貰っておけ」
「な、何だよそれ…っ、ん、う」

 澄まさなければ聞き逃しそうになるくらいに小さな声で一言、おめでとうと耳元へ落とされた言葉と共に降り注がれた口付けは酷く柔らかく、そしてとても温かかった。薄い布団一枚に包まれる中で相方の大きな手が額から首、鎖骨をなぞりそのまま胸元、腹へと流れるように撫でられ、もう片方の手でむにむにと頬を揉まれてはゆっくりと繋がりを解かれてゆく。少しだけ距離を置いて視界に映った彼の表情はえらく得意顔になっていて、してやられたような感覚にもどかしさばかりが募った。

「っ、今に見てろ。オマエの時には同じ事してやるからな」
「そりゃあ楽しみだ。出来るもんならやってみろ」
「あ、言ったな。二言はなしだぞ、後悔、しても知らな…っ、ん、っく。あ、もっ…焦らすなよ!」

 にやりと口角をあげながらゆっくりと体を起こし、揺れる影に包まれた自身に最早逃げ道はない。両足首を一纏めに片手で掴み上げられ、ぴたりとくっついた太ももの裏にひたりと宛てられたものが一体何なのかすぐに勘付いてしまい、じんわりと伝わるその熱にごくりと息を呑むと、知らぬ顔のまま少々力づくでその隙間に押し入れてきたものだから居た堪れない。
 しかし、柔らかな肉同士の狭い谷底へ無理矢理挿入された相方の陰茎の熱さに不思議と鼓動が高まりつつあるのは事実であり、いつしか高揚し始めている事を彼にはすっかりバレていたようで。

「とっておきは…っ、最後に取っておくもん、だろ」
「それ別に、上手い事言えてる訳じゃな、ぁっ…ん、やぁ! ば、ばかっ、後ろいきなり穿るな…!」

 ぐちゅぐちゅと厭らしい音を立てるのは太腿だけで收まらず、空いたもう片方の手の指先を臀部の下へ沈ませながら後孔を穿るように押し入れた。まだ解されていないその中へと二本の太い指はぐいぐいと掘り進み、恐らく指の付け根が隠れる程に沈んだ後、最早熟知されてしまっているある一点を掠めてはびりびりと全身へ広がる快感に思わずびくりと体が震えた。耳を塞ぎたくなる程の甘い声が嫌でも自身の口から漏れ、何度も襲いかかってくる絶妙な痺れからようやく解放されたかと思えば、太腿の間で熱を持った太く固い陰茎の先からぽたりと白濁が溢れては腹の上へじんわりと広がってゆく。

「う、うぅ…や、だっ、そこ、触るな、って…ッ、んうっ!」

 零した熱など気にする様子もなく、その上から擦り付けるように左脇の痣を白濁ごと撫で回しながら、ようやく解放された足の間から身を乗り出し、反論を吐き出す間もなく気が付けば噛み付くように口付けられていた。先程とは違う、ぬるりとした赤い舌先が中へと侵入し、絡み合う互いに息を切らせながらも頬に添えられた腕に負けじと必死にしがみついてみる。すると、数分前に達したはずの彼の陰茎は再び復活を遂げていて、それどころか膨らみを増しているその先端を、しっかりと解されたその後孔へと宛てがわれていた。

「あっ…ま、待って」
「…焦らすな」
「そ、そうじゃなくて…その、その前に、あの…」

 このまま流されていたら恐らく行為が終わった頃には今日という日が終わってしまう、そう気付いた直後に自然と溢れた自身の言葉の意味を理解するまでに恐らく数十秒はかかった。互いに不思議そうな表情を浮かべる中、無意識に訴えてしまった甘えを思い出して次第に赤く火照る頬、それでも未だにクエッションマークを頭上に掲げる相方に仕方なく途切れたままの言葉を再び繋いだのだった。

「うっ…えと、ご、ごめん…大した、アレではなく…」
「何だ、言ってみろ」
「…も、もうすぐ終わっちゃう、から…」

 ふと視界の隅に入ってきた見慣れた壁掛けの時計、その針先がいつの間にやら頂点を越えようとしていて咄嗟に発してしまった事に後悔が生まれるも最早誤魔化せそうにもなく、しかしそれ以上は恥ずかしさで思わず俯いたままになっていると、鼻を掠る落ち着く匂いとぬくもりが自身を包み込んでいて、耳元で落とされた優しい彼の声にふと目を見開いた。

「誕生日、」
「あっ…」
「おめでとう、ヒナ」

 かちりと二本の針が重なった直後、ゆっくりと相方の体が前屈みに沈み、首元へぐりぐりと蹲る橙、そしてぬぷりと狭い空間へ侵入する太く熱い陰茎が体を揺らし、しかし逃げる隙間は与えられず悶え震える自身はただただ甘い声を上げるしかなく。とても短く、しかし熱の籠もった彼の言葉が延々と頭の中で繰り返されては、じんわりと胸の奥で広まる愛しさがじくじくと視界を滲ませた。

「あっ、あうぅっ! さ、サキ…そんな、だめぇ…!」
「つ、は…っく、逃げるなッ…もっと、オマエを感じたい」
「ひ、やぁっ、奥、当たって…あ、あぁっ、んやぁ! っ、おかしくな、ちゃ…ッ!」
「…俺の前でくらい、我慢しないでおかしくなっちまえッ…!」

 前にだらりと垂れる相方の長いゲソに熱く籠もる顔を隠すように埋め、彼の頬と自身の頬が擦り寄る形で密着し、そのまま腰を突き上げられる度にあっ、あっ、と抑えきれずに溢れる声は止まる事を知らず、中が擦れて熱が帯びる感覚にゆっくりと意識は淡く蕩けていった。

「や、あんっ! そこ、やだ、って…は、ぁうぅ!」

 見えない影で胸元を指先でくにくにと抓り、脇腹から垂れる白濁など気にも留める余裕は互いになく、クーラーで冷えていたはずの部屋の中で流れる程の汗を掻いてはぽたりと落ちた雫が一つ、また一つとシーツに小さく染みを作ってゆく。

「ヒナ、ヒナタッ…もう、いいかッ…!」
「ん、っくうぅ…俺も、も…イッちゃ、ぁ…っ!」

 突然腕を取られ上体を起こされると、太い両足が太腿の下へと潜り込み、繋がったままに膝の上へと乗せられると自身の体重で相方の陰茎がより一層奥へと沈み、堪らず悲鳴のような嬌声を上げた。息をするだけで精一杯の中、ようやく見えた彼の表情も普段では絶対に見られない、全く余裕のない必死な赤の視線が青へと突き刺さり、口角を上げ頬を染めながらにやりと剥き出しになった犬歯に目を奪われ、瞬間、強く腰を突き上げられてはばちりと辺りが白く弾けた。

「やだ、だめっ…さ、きぃ…ッ…ひ、あぁあっ!」

 自身よりも重い体にしっかりと抱き締められ、全身へと流れる快感から逃れられる訳もなく、ただただ体を捻っては抵抗するも彼が欲を一気に中で放ったその直後に、がちがちに反り立った陰茎は相方の腹目掛けて勢いよくその熱を吐き出した。気付かない間に背と頭の後ろに腕を回された体は荒い呼吸で胸が上下し、その乱れた息を閉じ込めるように押し付けられた唇はいつもと同じ、酷く柔らかでそのぬくもりは優しさのようにも感じた。

「は…ぁ、ばか、この…殺す気、か…っ」
「…っ、ンなワケ、ないだろうが」
「え、へへ…知ってる…」

 互いに力尽き、足を抜いた相方につられてぱたりと横に倒れてはそっと壁を見上げると、長い針は完全に真下を向いていて、あっという間に終わりを迎えた誕生日に思わず小さく苦笑を漏らす。ベタつく体を洗い流そうという気力など生まれるはずもなく、珍しくも早々に眠りについたらしい相方の耳元に顔を寄せては、ぼそりと一言、抱いていた感情をぼそりと落としたのだった。

「…ありがとう、サキ」

 また来年も大切な人々と共に今日という日を迎えられますように。そう一人心の中で続けては、汗ばむ橙をそっと起こさないように触れる手付きでそっと撫でてはふわりと膨らんだ枕に頭を沈めた。


***


「いっただっきまー…あーっむ」
「あっ! ちょっとおにいちゃん、それ私が狙ってたのにぃ!」

 チャーハン、マグロとろろ丼、サーモンの刺身、豚しゃぶサラダポン酢がけ、餃子にさば味噌煮、そして大きな誕生日ケーキ。そんな豪華な夕食から一夜が明け、勿論次の日にその残りと質素なメニューが並ぶのは当然で、最後の一枚だったサーモンをチビッ子達の目の前でぺろりと平らげた相方の後頭部へ拳骨を落としたのは四人で食卓を囲んだ夕飯時の事。
 いつもの通り、夜中の騒動に苛立っていたチビガールから手厳しいお叱りを受け罰として科せられた洗濯を終えた後、あのお祝いムードはどこへいってしまったのか、ぱちりとスイッチを切り替えたかのように驚く程いつもの日常に戻った今日は、それこそ普段通りに四人でハイカラスクエアへと出向きナワバリバトルに参加し、ついでにスーパーで買い物をしては帰路を辿り風呂で疲れを取っては現在に至る。小さな子供と大きな子供がおかずを取り合っているのを他所に、静かにご飯を頬張る自分とチビボーイはそっとばれないように脇から手を伸ばしては、残り少ない餃子を一つ口の中へと放った。
 まるで本当の家族のように四人で暮らす事に相方が未だ慣れていなかったのは知っていた。物心つく頃から両親がいなかったらしい彼にとって、人生において一人で過ごす夜の方が多かったのは仕方がない事で、それでいて親しい間柄だとしても大人数で毎日を過ごすという現状に戸惑いを隠せないのは無理もないと理解をしていた。それでも、いつかこの幸せが彼にとって当たり前だと思えるような日々になって欲しい、ただそれだけが自身にとって一番の願いでもあって。

「…っと、最後か。もらい」
「あっ…あー! ほら見ろ、ナギがワガママ言ってる間に俺の餃子取られたじゃんか!」
「へっへー、ざまあみろ!」
「…おねえちゃん、僕のいっこあげる」
「あっ! ありがとう、ユウ。えへへ、嬉しいな」
「ずっるいぞ! なんだよそれ、さっきのジャンケンの意味は!?」
「…いい加減にしろ。大の大人が餃子一つでギャーギャー騒ぐな」

 人が真面目に考えている時にいつまでも喧嘩が收まらない為に、焼いていないだけで残ったタネは冷凍してある、そううっかり零してしまったものだから二人の目がキラキラと輝き出したのを目の前にしてはがっくりと肩を落とした。早く早くと強請る子供二人の頭を小突きながらも、凍った生餃子をフライパンに並べた自身の甘さに苦笑するも、それも愛情の一部かと無理矢理に納得させながらカチリとガスコンロの火を着けた。

「ここからここまで俺の餃子」
「何よそれー! 大人のくせにちゃんと半分こしないなんて、おにいちゃん幼稚園から人生やり直してきなさい!」
「全くもってその通りだな」
「さすがに酷いぞ、二人共!」

 腰に抱き着くチビガール、カウンターの奥でマイペースにチャーハンを頬張っているチビボーイと共にくすくすと苦笑し、左肩に顎を乗せながらすっかりしょぼくれてしまった相方の頭をそっと撫でながら、今は確かに存在する素朴な幸せに浸りつつ、これから先も途切れる事なくこの毎日が続けばいい、そう心の中で一人呟いては、フライパンに乗った綺麗な金色に輝いた餃子をそっと皿の上へと滑らせたのだった。


(変わらぬ心/2019.08.22)



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