筋力トレーニングという名のダイエットを始めて、なんと二日で諦めた。寧ろ、二日も持った事を褒めて欲しいとも思った。そんな一連の流れは今回が初めてという訳でもなく、やっぱりねと周りに呆れられるくらいには既に何度も経験済みで「おにいちゃんの言う、今度こそって言葉ほど信じられないものはない」と言わしめてしまうくらいなのでつまりそういう事なんだと思う。
 悔しい。そういった感情は一応腹の底から生まれてくるので恐らく気持ちはまだ腐り切ってはいない。そもそも何故今更になって体を絞りたいと思ったのかというとそれなりの理由は存在していて、一言で言ってしまえば周りにいるインクリング達が結構な割合で素晴らしい身体をお持ちである故に自身のだらしなさの自覚してしまったから、である。

「おにいちゃん知ってる? そういうのって、ちゃんと食事制限もしなきゃダメなんだよ」

 その非情なる妹分のお言葉で幾度となく決意を砕かれてきたが、今度こそは続けられるという謎の自信が今回は確かにあったのだ。一日三食しか食べていないし、ナワバリバトル以外の運動もしようと公共機関を使わず全て徒歩で移動したり、途中コンビニに寄っておやつを買い足そうなどという愚行もしなかったし、何より毎日決まった時間に腕立て伏せと腹筋、スクワットだって定めた回数を行っていた。それなのにたった二日で諦めた。情けない。家族同然の三人にどれだけ貶されても文句ひとつ言い返せない。勿論、柔らかいぷにぷにのお腹もほとんど変わった様子はなく、摘まめば摘まむ程悲しみが溢れかえるばかりだった。

「そんなに痩せたいなら糖質を取るなと言ったろ」
「米食えないってなんだ、俺に死ねって言ってんのか」
「こりゃ望みは薄いよ。ニーチャン、諦めよう」

 悔しい。正しい事を言っているはずの彼らの言葉を素直に受け取る事すら出来ず、ただただ自身の我儘で再び継続不可となってしまう不甲斐なさに涙が出そうになる。そして、誰にも聞こえないくらいの声量で溜息を零したあと、呆れた顔で隣りに腰を下ろした相方が、周りに聞こえないくらいの小さな声である一言をぼそりと耳打ちしてきたものだから思わず彼の脇腹に肘打ちを入れてしまったのだった。


***


「他にいいダイエット法がある。尤も、夜限定にはなるが」

 言ったその時は冗談のつもりだった。しかし、よくよく考えてみれば意外とそれは効率の良い方法であったのかも知れない。
 そもそもの話、相方のヒナタは運動があまり好きではない。ナワバリバトルであれば意気揚々と足を運びスプラスコープを肩に担いで出向いてはいるが、それ以外となれば話は別である。何せナギと二人で暮らしている時から、それどころか聞けば一人だった頃から家に籠もっていた日も多く、滅多に料理もしないので日々コンビニ弁当で済ませてしまう事も多かったらしい。過去に浸っているうちに、互いのアパートを行き来していた時も作ったおかずを土産に遊びに行った時もあれば、材料を持ち寄ってその場で調理していた事を思い出した。その頃と比べれば幾分か規則正しい生活を送っているかのようにも見える。だからこそ食事、睡眠、あとはやはり、運動が不足しているという事を彼も自覚しているのだから後は実行あるのみで、どれだけ苦手意識を持たせずに上手い事カロリーを消費いていくかにかかっているのだ。

「オマエ、バカじゃないの?」
「割と真面目に考えたつもりなんだがな」
「じゃあ何で最終的な考えがこういう事になるんだよ!」

 時刻は夜。チビッ子達もすっかり寝静まった時間、朝の天気が良い中で干したふかふかの布団を背に体を沈ませ、心地良い匂いと柔らかさに包まれながら今、相方である彼は仰向けに寝ている自身の腹の上に跨り、顔を真っ赤にさせて座り込んでいる。がっしりと両手で腰を掴んでいるので、余程の抵抗がなければおそらくは逃げられない。そもそも、逃げる気は端からないようだったけれど。

「ううっ。一体誰だよ、セックスは運動とか言い出したやつ……」
「実際に一時間行ったとして、その消費カロリーはランニング十五分相当のものであると言われているらしい。つまり、下手にやる気のないまま外を走り、途中で欲に負け買い食いしてしまうよりかは余程効率的というわけだ。俺は何か間違った事を言っているか?」
「い、いいえ……全て理に適っているかと思われます、ハイ……」

 既に諦めたかのように肩を落とすヒナタを他所に、にやりと口角を上げれば微かに体が震える彼の陰茎の根元をそっと手で握る。緩急をつけながら上下に扱き上げると少しずつ呼吸が乱れ始め、熱い息と熱に浮かれ目を細めるその表情に思わずごくりと息を呑んだ。
 普段であればその時にならなければ自分で後ろを弄る事は互いになかったが、今回優先すべきは性交によりどれだけの運動量を増やせるかであった為、速やかに事を運べるように相方には風呂場で既に奥まで解すよう指示をしてある。実際、人差し指をそっと後ろから押し入れ素直に埋もれていく感覚に、すべき事はきちんと熟したようであった。

「上手くなったもんだな」
「だ、誰かさんのおかげでなッ」
「ローション、オマエが買ってきたのか。よくも、まあ」
「通販に決まってんだろ! ツ、ー、ハ、ン!」

 ふと視界の端に映ったソープディスペンサーにたっぷりと入った透明な液体を既に中へと注入した、しかもヒナタ自身が見えないところで自分の穴に指を入れ塗り込んだのだと思うと、情けない事にそれだけで勃起してしまいそうになり慌てて頭上に浮かんだ想見をかき消した。
 しかし、どうやら全てを隠しきれなかったようで、突然言葉にならない唸り声を静かに上げながらゆっくりと腰を上げると、ヒナタはびくびくと小刻みに震える亀頭をずぶずぶと飲み込むように沈ませていった。

「あ、んっ……ふ、ぅう」
「ッ、長く保たせないと意味ないぞ」
「わ、わかってるってば、っ、く……ばかこの、オマエは動くなッ」

 今夜ばかりは弛んだ相方の体を極力動かすのが目的のため、もとより好き勝手するつもりはなかったが、悲しいかな、いざこのような状況に陥ると我慢しろと言う方が酷なもので、必死に耐えようと歯を食いしばりながらも歪んでいく彼の顔を見上げてはつい腰を突き上げてしまう。いい加減にしろと少々苛立ちを見せ始めた彼に渋々動きを止め、静かな空間でニュクニュクと厭らしい水音を立てながら上半身を上下させている景色を眺めている事しか出来ないというのは寧ろ体に毒のようにも思えた。

「はっ、ぁ……ん、これ、ほんと……結構、消費して、るかも……」
「腹でも減ってきたのか?」
「いくら何でも、そんな、すぐには、ぁッ……ん、俺だって減らない、っての……ひッ! う、こ、こ……気持ちぃ、んっ……」

 辛い。一体自分は何を見せられて、何故行動を制限されているのだろう。勿論自ら提案しているのだから文句を言えるような立場ではない。それでも、目の前で恋人でもある相方が一糸纏わぬ姿で腰を浮かせ、腰を上下に動かしながら息を乱す様子を見せつけられている状況にその場で耐えろと言う方が無理という話であって。

「ぁっ……ン、アぁッ!? ばか、浮かせ、んなっ」
「手伝ってやっているだけだが」
「それじゃ、意味ないんだって、の……ッ、や、だめ! ひ、あぁっ!」

 普段より遥かに上擦った声に反応をしない訳もなく、抑えも効かずに強く腰を突き上げればびくりと体を震わせ、落ちまいとしがみ付く姿に思わずごくりと息を呑む。海色の瞳に小さく涙を浮かべながらも、当初の目的を忘れていないのか腰を動かす事はやめず、負けじと中で擦り上げてくるものだから相変わらず侮れない。

「ッ、は、あっ……なん、だよ。随分、デカくしてんじゃん、へへっ」
「好きなヤツの乱れた姿を見てりゃ、誰だってそうなる」
「ふうん……ま、否定はしない、けどっ……は、ぁ、っく」

 こう見えて売られた喧嘩は買う方で、ましてや無自覚に自身へと効果のある煽りをしてくる相方に堪らず胸の奥に沈めていたはずの火は勢いよくごうごうと燃え上がっていく。
 にやりと口角を上げ静かに上体を起こすと、下を向いたまま目を細めている彼の陰茎を根元からそっと握る。慌てて手を重ね止めようとするのも無視して上下に扱き、空いた左手で顔を引き寄せて噛み付くように口づけた。

「ん、うッ……ぁ、や、らっ」
「……大概だな、お互いに」
「そんなの、始める前から分かってたろ」

 中ですっかり温くなったローションのどろりとした感覚と熱さに視界が濁り霞んでゆく。短く切れる息と腰を突き上げるたびに漏れる甘い声にぞくぞくと背筋が震え、気付かぬ間にびっしょりと汗をかいた体を掻き抱いた。それからは身体を重ねた理由など頭の中からとうに失念していて、飢えた獣のようにヒナタを求め自身でも気付かないうちに彼の背へ腕を回し繋がりはそのままに、既に力の抜けた上半身を皺の増えたシーツの上へと沈める。抵抗はなかった。それどころか迎え入れるように両腕を広げ、そのまま首へと回す様はこれ以上壊してしまいたくない程の様式美さえ感じ、汗ばんだ手のひらでその赤みを帯びた頬を静かに撫で上げていた。

「あっ……は、ずかしい事、すんな」
「綺麗だな、って、思っただけだ」
「それが、っつってんだ、よ……ん、は、ぁあッ」

 とっくに解放されたヒナタの陰茎は既に先から漏れ始め、快楽に意識を寄せているせいか、無意識のままたらりと垂れた白濁が内腿へと滴ってゆく。そして奥へと挿し入れたままの自身もそれは同じ事だった。自然と口走った彼への言葉に今になって照れ臭さが生まれ、しかしそれは同時にあの表情を見た瞬間の純粋かつ素直な気持ちが言葉として溢れただけであり何も恥ずかしがる事はない。

「……嘘じゃない。知らないうちに、口から出てた」
「そ、んなの、どっちだって、」
「どんなヒナタでも気持ちは変わらん。それだけは、自信を持って言えるさ」

 堂々と言い切った手前もう後戻りはできない。そう思った直後、目の前でケラケラと上がる笑い声に思わず目を丸くしてしまい、尚更相方の笑いを誘ったようでムードもクソもないのが現状で、不満げに頬を膨らませていると彼は慌てて上体を起き上げて申し訳無さそうに小さく頭を下げていた。

「ご、ごめん、ごめんって。へへ、何かアホらしくなってきちゃってさ」
「オマエ、いつからそういう……」
「違う違う! そうじゃなくて、ダイエットの話!」

 傷付けまいと必死に話を始めた相方の言い訳は正しく目から鱗が零れ落ちるような意外なもので、そもそものところ、彼がダイエットを急に始めた事には理由があった。一つは勿論、周知の事実ではあるが周りと比べてしまうが故にだらしない体型をそろそろどうにかしたかったという事、そしてもう一つが予想だにしていなかった事で。

「……この間、した時さ。なんていうか、その。腹、さり気なく掴んだじゃん。オマエ」
「は?」
「だ、だから! えと、ちょっと気にしてたっつーか。も、もうすぐ誕生日だし、それを目標に頑張ってみようかなーとか、なんて思ったり、して……」

 自ら話し始めておいて段々尻すぼみになっていく声に笑いを堪えていたのに、そのあまりにも仕様もない、しかしどこか可愛げのある姿に堪らず小さく声を上げてしまった。笑うなと弱々しい文句が何度か飛んでくるもその言葉に力も効果もない。それどころか危うく頬を緩みそうになって、なんとかそこで持ち直したところでようやく彼の真意を理解した。

(つまり、俺に見せる前提でその重い腰を上げたってワケか)

 そしてとどのつまり、目標を以てしても日頃の食欲からは勝利を掴む事は出来なかったのだ。

「あまりにも、オマエの飯が美味いのが悪い……」
「人のせいにするな」
「したくもなる!」
「……まあ、いい。残されるよりは食ってもらった方が助かる。それに、」

 ぶにっと、そこはかとなく減ったような気もする脇腹の脂肪を指先で摘まみながらヒナタの耳元に顔を寄せ一言静かに吹き込むと、すぐさま飛んできた拳を咄嗟に掴み再度体を押し倒しては皺だらけのシーツに沈ませ、力任せに腰を押し込んでゆく。足を肩に担ぎ、露となった接合部と、まだまだ元気そうな己の陰茎を見下ろして堪らずにやりと口角を上げた。

「食われてばかりじゃ分が悪い。たまにはこの鈍った身体できちんと払っとけ」
「え、あっ、ちょ……そんな、めちゃくちゃなー!」

 嫌々と首を振りながらも奥の締まる感覚で確信し悲痛な声を聞かなかった事にする。相方が誰かに対して素直に甘えられない事は出会った頃からよく知っていた。相手が恋人となれば尚更で、迷惑を掛けると分かりきっている感情は隠したまま表に出そうとしない事が多い。勿論、嘘をつくのはいつだって苦手のようだったけれど。

「……ヒナタ」
「ひっ、う、なに……」
「ナカ、出したい」
「あっ……う、ん。も、来るならさっさと来いっ」

 どくどくと波打つような熱が全身に勢い良く流れ込んでくる。引いたはずの汗はいつの間にか全ての肌をしっとりと潤していた。いつもより滑るようなぬらつきが一層強い快感を呼んで今にも決壊してしまいそうになる。

「俺の方が、痩せっちまうかもな」
「そう、思、なら、少しは我慢しろぉ! ……ぁ、っく、うぅう」

 伸びてきた腕、頬を摺り寄せながら絡む視線に握る手に力が籠もる。瞬間、中に満ちてゆく自身の欲が一気に広がって、同時にすっかりと抜けていった互いの体は重なったままゆっくりとベッドに沈んでいったのだった。


***


「いっただっきまーす」

 昼時。窓の外を見ると雲一つない晴天が空には広がっており、叶う事ならビニールシートを敷いて清々しい空気を吸いながら食べたいと思ったくらいである。メニューがメニューだったのでさすがにそう簡単には持ち運べそうにはないが、せめて食べている時だけでもピクニック気分でいようと思う。
 隣りの席にはいつもの通り、すっかり自分に食欲が追い付きかけているナギが熱々の味噌ラーメンを頬張っている。勿論、乗っているチャーシューは四枚だ。その勢いに呑まれ、置いていた箸を再び握っては真っ白な湯気が浮かぶ中で掴んだ太麺を一気に口の中へと掻き込んでゆく。

「うまいっ」
「相変わらず美味しそうに食べるよね、おにいちゃんって」
「……なんか、いつもより嬉しそう」
「そりゃ……なあ?」
「俺に振るな」

 メンマを一つ頬張りながら溜息を吐く相方を他所に、すっかり心も体も満足したところで残りのスープも全て飲み干した。
 ちなみに、結果としてダイエットは成功していた。そもそも、ダイエットなんて一キロでも減れば成功となるので、つまりそう、詳細については各自察して頂きたいという所存である。好きなものを我慢してまでするような事でもないと自身の中で決着をつけたのだ。他の誰かからも求められていたわけでもないし、不用意にストレスを溜めるのも健康に良くないと判断して、早速今日から好きなものを好きなだけ、嫌いな運動はそっちのけに一日を過ごしている。

「いやほんと、これが何気ない日常の幸せってやつだな」
「その幸せとやらの代償として、またとんでもない額の食費が嵩んでいるわけだが」

 都合の悪い話も、今日だけは耳を傾けない事にする。ごちそうさま、と空っぽの丼をキッチンの流しへ片付け、ちょうど腹ごなしがしたかったところで玄関に立てかけておいたスプラスコープを布袋に入れたまま肩に担いで外へと飛び出した。そして、踵を潰したデルタストラップネオンのつま先を地面で蹴ると、家の中から可愛らしい怒声が聞こえて堪らず誰にも聞こえないくらいの小さな声で笑ったのだった。


(誘惑に負けない/2021.08.22)



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