おにいちゃんは少しだらしないけれど、とても優しくていつもにこにこ笑ってて太陽のいい匂いがする大好きなおにいちゃんだった。だった、なんて言い方すると誤解されちゃうけれど、本人の目の前で言うのは恥ずかしいから言葉にしないだけ。今だって変わらずおにいちゃんのことは大好きで、家族とも呼べるほどに私にとって大切な存在になっている。
おにいちゃん以外でずっと前から仲良しなのは、少し目つきが悪いけど割とお茶目で変なところが抜けているニーチャンと、年下なのにバトルが上手くてすごく頼りになるし、いつも一緒に遊んでくれる優しいユウ。今は毎日同じ家で一緒に暮らしている。朝起きてニーチャンが作ったご飯を食べて、ユウや他の友達とナワバリバトルして、帰りに夕焼け空に照らされる中二人で一緒に大判焼きを食べながら家に帰る。そしたらニーチャン特製のご飯を食べて満足そうなおにいちゃんと温かいお風呂に浸かったら、お日様の光でふかふかになったベッドでぐっすりと眠る。幸せだなあと、何度思ったことだろう。あの日おにいちゃんに出会わなければ、おにいちゃんの手を振り払っていたら、その場を後にして逃げてしまっていたら。そう考えるだけでぶるりと体が震えることもある。
「ナギも随分、お姉ちゃんらしくなってきたよな」
ふとした瞬間に、おにいちゃんにそう言われて胸の奥がほっこり温かくなる。そりゃそうだよ、成長期なんだから。そういう意味で言ってるんじゃないことくらい分かっていたけれど、ついついそんな突っぱねた態度で返してしまう。それでも何も文句ひとつ言わず笑ってくれるおにいちゃんは、街中で見つけたアイスクリームのキッチンカーを見つけるとすぐさま腕を掴み、店の前へと引っ張って駆け寄っていく。
「なあ、どれにする?」
「あのさあ、今お昼前だよ」
「これくらい食べたところで別に変わんないって。あ、ほら。限定のクリームソーダたこ焼き味とかある!」
「ぜーったい、いらない」
世話の焼けるおにいちゃんと一緒にいるのは疲れるけど本当はとても楽しい。こうして二人きりで買い物へ行ったり買い食いしたり、でも今はやっぱり、どうしても物足りない気持ちは確かにあって。
「ぼく、あずきがいい」
「バニラも一つ追加で」
「げっ。なんだよ、俺が払うの?」
「こっそり食べようとしたおにいちゃんが悪いんでしょ。あ、私イチゴとチョコミントのダブルね」
楽しかった気持ちが四人揃うともっと楽しい気持ちになる。財布を開きながらがっくりと肩を落としているおにいちゃんは困っていたけれど、でも少しにやけた顔をしていて、きっと今の私と同じ気持ちなんだと思うと堪らず頬が緩んでしまった。
***
「おねえちゃん」
一階のリビング、テレビの前のソファーに二人並んでお菓子を食べいると、ふと隣から声をかけられて視線を外さないままに小さく返事をする。すると、ユウはポケットから何かを取り出してそのままこちらへと手渡した。
「……これ、手紙?」
「うん。あの、でもまだ、中身は真っ白で」
「誰に書くつもりだったの?」
「えと……その、ニーチャンに、書きたかったんだけど」
既に封筒に入れられていたその手紙は、まだ真っ白のままで折り目だけが深く刻まれただけだった。ニーチャン、と言えば。思い当たる節は勿論ある。
「ははーん、なるほど。誕生日だな?」
「う、うん……こういう時じゃなきゃ、感謝の気持ち、伝えられないなって思って。でもぼく、普段書かないし、文字にするのあまり得意じゃないから」
今日を含めてあと七日、つまり一週間後はニーチャンの誕生日で、おにいちゃんも含めて当日は盛大にお祝いしようという話は既にしていたけれど、どうやらユウはユウなりにニーチャンへ送りたいプレゼントを前々から考えていたらしい。つまりそれが手紙で、上手く書く自信がないから一緒にどうかというお誘いのようだった。
「もしだめなら、無理しなくていいよ」
「ううん、もちろん賛成! 一人で書くより二人で書いて渡した方がきっと喜ぶもんね。ちょっと照れくさいけど、ユウの言う通りいい機会だと思う」
「……! おねえちゃん、ありがとう。すごく嬉しい」
少し不安そうだったユウの表情がぱっと明るみを増した時、それと併せて私の気持ちもぽかぽかと温かくなって、溢れた笑顔を交わすと早速と言わんばかりに食卓テーブルへと駆け込んでいつも座っている椅子へと腰を下ろし筆を執る。白の便箋は昨日買ってきたばかりと聞いた。かわいい柄とか無かったのか聞いたら、シンプルで普通の便箋の方がニーチャンっぽいような気がしてと言われ、すぐに納得する。ニーチャンらしいし、ニーチャンが好きそうでもある真っ白な紙に細い線が等間隔に引かれただけの便箋。いつでも真っ直ぐで絶対に嘘はつかない、けれど時々子供っぽいような態度を取ったりする面白いニーチャン。
「……ね、ユウ。書き終わったらさ、見せ合いっこしない?」
「いいけど……ちょっと、恥ずかしいな」
「だいじょぶだいじょぶ、いつも思ってること素直に書くだけだもん。二人がいない時に済ませちゃおう!」
ユウは照れくさがっているけれど、きっと心のなかでは分かっている。これから二人、手紙に書きたいことはきっとほとんど同じ内容になるのだろう。それは勿論日頃の感謝とちょっとした文句、そしてこれからのことと、そして二人の幸せを願う言葉の連なりが並ぶ、大好きな人へ心を込めたメッセージに違いなかった。
***
ニーチャンへ。
今私はユウと二人でニーチャンへのお手紙を書いています。提案してくれたのはユウ。すごくいい考えだと思って私も便乗して書きます。
とりあえずまずはお誕生日おめでとう!
ニーチャンもだんだんオジサンに近づきつつあるけど、でもまだまだ若くてかっこいいから大丈夫だよ、心配しないでね。でもそろそろ、あんまり目立つスキンシップは家の中だけにしておくといいと思うな。見てるこっちが恥ずかしいもん。二人はそんなつもりないかも知れないけど、年頃のガールにとってはちょっと刺激が強いんだよね。
なーんて、そんなことはどうでもいいか。仲良きことは美しきかな、なんて言葉もあるくらいだし。ニーチャンたちが仲良しなのは私たちも嬉しいしね。
きっとこの手紙を読んでいる時はもう、テーブルの上に大きなロールケーキが登場してるんだろうな。今回もニーチャンが好きそうな、甘さ控えめの抹茶と黒豆が入ったおじいちゃんっぽいやつにしたんだって。おにいちゃんってほんと、こういうの探してくるのは得意だよね。私、感心しちゃった。
それにね、ニーチャンのことを考えている時のおにいちゃんの表情ってほんと、呆れるくらい頬が緩んでるというか、自分のことじゃないのにすごく幸せそうというか。あ、これ秘密にしておいてって言われたんだっけ。そういうわけで、これボールペンで書いちゃったからもう消せないし、私が喋っちゃったこと絶対おにいちゃんには言わないでね。約束!
それでね、なんだか好きなだけ書き連ねてしまったけど、別に文句があるとかそんなのじゃなくて、きっとユウも同じこと書いていそうな気はするけれど、でも自分の言葉で伝えたいので気にせずに書きます。
最後に、改めてニーチャンへ。ついでに、こっそり読んでいるかも知れないおにいちゃんへ。そして、ユウへ。私と出会ってくれてありがとう。私のこと、家族のように接してくれてありがとう。本当の兄妹のように、一人ぼっちだった私の気持ちに寄り添ってくれてありがとう。今も、これからも私はみんなが大好きで、ずっとずっと一緒にいられたらいいなと思います。
ちょっと恥ずかしくなってきたのでここで終わり。たまにはニーチャンも手紙書いてみてよ。ただし、ラブレターだけはきちんとおにいちゃんに直接渡すこと。照れ臭いから渡しておいてなんて言った日には許さないだから。
ナギより
***
「だとさ」
「こ、心が完全に読まれている……」
誕生日パーティという名の普段より少し豪華な夕飯が終わり、すっかり静まり返った夜更け。今日も一日体力を使い果たしたチビッ子たちは既にふかふかの布団の上で夢の世界へと旅立っている。本日の主役である相方は少々食べ過ぎたのか、珍しく苦しそうに隣りで横になりながら空の封筒を見つめていた。
何度読み返しても目頭が熱くなってしまう文章を眺めているうちに、三人と出会ってからそれなりの年月が経過していることに気付いた。特にナギは他の二人と出会う前からの付き合いで、今ではすっかり本当の妹のように可愛がっているし、彼女自身もなんだかんだ言いながらも自分のことを兄のように接してくれている。その付き合いの長さから、そしてお互いの性格上、普段の気持ちを改めて手紙として記されると気恥ずかしいけれど、嬉しいと感じたことは本当で愛おしさについ頬が緩んでしまうほどだ。
「えと……それで、その。書く予定あんの?」
「何を」
「ラ、ラブレター」
「書きそうな面構えしてるか?」
「いえ、全く」
己の口から吐き出した時点でしっくりきていないのに、ひとり机に向かってうんうんと頭を唸らせながら、所謂恋文というものをを書いている彼を想像するだけで少し笑いそうになってしまった。
そんな自分の様子を察したのか、むっとした表情で腕を引き寄せ、その勢いで持っていた便箋が手から離れ、ひらひらとベッドの脇へ流れるように落ちてゆく。
「そんなに欲しけりゃ書いてやってもいいが。タダでは、な」
腹が苦しいと言っていたヤツの動きじゃないな。そんなことを呑気に考えているうちに、唇を奪われて次第に呼吸が苦しくなっていく。次第に漏れる甘い声が自身のものだと気付いて、恥ずかしさで回した手で大きな背中をバシバシと乱暴に叩いた。
「急ッ、いつも、オマエは、そう!」
「なんだ、なら許可でも取ればいいか?」
「そういうああ言えばこう言うみたいなのも禁止! このおバカ!」
息を荒げながら文句を掲げていれば、珍しくツボにはまったのか、顔を背け吹き出しそうになるのをどうやら必死に堪えている。しばらく呆然と眺めているうちに、なんだか笑われている方までおかしく思えてきて、ベッドの上へ大の字で寝転がった。耐えられずににやける顔があまりにもだらしなくて余計に口元が緩んでしまう。
「あーもう、めちゃくちゃだよ。無駄に疲れたじゃんか」
「誰のせいだ。気を遣ってもう少し面白くない反応しろよ」
「はは、なんだよそれ。俺のせいじゃねー」
笑いすぎて明日筋肉痛になっているかも知れない、なんてどうでもいい心配をしながら、同じく布団へ足を入れた相方を横目に少し距離を詰める。枕の上で距離の縮む視線。何も言葉を交わすことなく、ごく自然にゆっくりと重なる唇。背に回る腕、愛おしささえ感じる温もりを全身に感じながら、いつの間にかどこかへ消えてしまった眠気を他所に、細められた赤い瞳を見つめて囁くような声をそっと落とした。
「へ、返事……待ってる」
ピロリン。充電中の彼の携帯電話に、メールが確かに届いた通知音が寝室に響く。送ってすぐ、少しだけ後悔した。でも今更取り消しも聞かないので、胸の中へと顔を埋めては寝た振りをして難を逃れる。見えなくてもにやついた顔をしている相方の表情が容易く目に浮かんだ。深夜テンションってやつだ、神よ許してくれ。
「……くくっ。約束は約束だからな」
守ってやるよ。その声は明らかに浮ついていて、ずばり調子に乗っている時の声でもある。でも、自分にしか見せない彼の子供っぽさがまた好きなところでもあって、そう簡単には無下にできない自身が今はただ恨めしい限りだった。
翌朝、恐る恐る開いたトーク画面には今すぐ電源を落としたくなるくらい、可愛らしいハートが散りばめられ抱き締めたいと言わんばかりに強めのアピールが含んだ、女の子のキャラクターのスタンプが無言で送りつけられていた。
(隠しきれない幸せ/2022.08.22)
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