「だから寝る前にちゃんと言っておいたのに」
そのまま寝ないでねって。そう無情にもチビガールより厳しく指摘された言葉に反抗する術など持っているはずもなく、ただただその場で項垂れては力なく返事をする他なかった。
発端は至極シンプルなもので彼女を怒らせてしまった原因は全て自身にある。昨夜一人リビングでゲームに嗜み夜更かしをしていたところ、気付かない間にそのままソファで寝落ちてしまったらしく、その際に腹を出し、勿論布団など掛かっているはずもなく横になっていたところ今朝方突然の腹痛に襲われて飛び起きた。心なしか寒気もしたが痛みで気にしている余裕などなく、しかし朝から長時間便所に籠もっている訳にもいかず、少しでも早く片を付けようと嫌な唸りを上げる腹との壮絶な戦いを経て現在に至る。どうにか勝利を収め粗方痛みも落ち着いてきたので、すっきりとした表情を浮かべて狭いトイレから出ると、目の前には目を覚まし二階から降りて来たらしい相方とまだまだ幼い妹分が眉間を皺に寄せ如何にもといった不満げな顔で一言、ぼそりと零したのだった。
「おにいちゃん、くさい」
因果応報、身から出た錆。今の自身にぴったり当てはまる言葉は探せばもっと溢れてくるに違いない。しかし今は、今だけは本当の妹のように可愛がっている彼女からそんな言葉を浴びせられたのだから正常な思考など出来るはずもなく。身体を貫かれるような痛みを感じる程に衝撃を受けた自身の体はがっくりと膝から崩れ落ちていた。
(精神的な傷跡は残ったままだったが)体調が万全に戻りつつあった昼前。自覚症状もなく気分転換にナワバリバトルにでも出向こうかと思った矢先、一応病み上がりなのだからとホットミルクを出してくれた相方に今日くらいは家にいろとしっかり釘を刺された。不愛想だが彼は彼なりに心配してくれている事はよく知っている。未だ憂鬱は晴れないままだったが、そんな遠回しの優しさこそきちんと受け止めねばと思い、再びソファへと腰を下ろしたのだった。
「……アレでも一応、オマエの事を気にかけてるぞ」
「えっ」
「下痢止めの薬を買ってくるとだけ言い残して、ユウマと二人でさっき出ていった」
苦笑混じりにそう話す相方は何故だか酷くご機嫌で、すぐ右隣りへと腰を下ろし仄かに香る緑茶の優しい匂いが自然と重い空気を晴らせてくれている気がする。そして、空いた左手がぐるりと腰へ回り、先程まで痛みのあった脇腹を大きな手のひらが宥めるようにそっと撫でてくれた。
「つまり、もう夜更かしはするなって事だ」
「は、反省はしてるけど。それとこれとは話が……」
「……眠れない訳じゃない、が。なんとなく、落ち着かないらしくてな」
「えっ、あ……はい?」
何処か言葉を濁らせる相方を不思議に思っていると、無自覚に向けていた視線に耐えられなくなったらしい彼の腕に力いっぱい引き寄せられ、情けない声を漏らしながら雪崩れ込むように身体が沈んだ。ぐっと距離が縮まって逃げる余裕もない程にぶつかり合った先に灯る赤、自然と相方がいつも着ているジップアップカモの胸元を握り締めながら呆気に取られていると、静かに目を細めたその表情とは裏腹に、突然噛み付くような口付けが落ちてきてたちまち息を乱されていく。
「っ、ば、ばか……このッ! まだお天道様昇ったばっか!」
「昨晩あのデカいベッドで一人寝かされた俺の身にもなれ」
「……あ、えと。ははぁ、つまり、そういう……」
「今は我慢しておいてやる。ただし、夜は覚悟しておくんだな」
「げ、げげっー。鬼、悪魔ァ……」
「言ってろ」
ようやく解放されて大きく息を吸っている間にもにやりと口角を上げる相方の表情に、せっかく補給した酸素も吐いた溜息と共に全て逃げ出していった。その上、朝から何も食べていないせいか腹の底からぐうと響いた情けない腹鳴にがっくりと肩を落としては大人しく頷く他ない。
「……夜更かしは、しないんじゃなかったのかよ」
「お望みであれば今すぐでも構わんが」
「あっー、やっぱり何でもないです! 前言撤回、ごめんなさい!」
些細な抵抗のつもりが単なる墓穴を掘る羽目になり背に嫌な汗を流しつつも、何故だか楽しそうにくつくつと笑う相方を見て、あと数時間後という長いようであっという間に過ぎゆく時間の先を想像してはぐったりとソファの背に凭れたのだった。
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