幼馴染兼恋人である彼は少しばかり素直になれないところがあり、所謂天邪鬼な性格というやつだったが、それは生粋のものではなく少なからず共に過ごした幼少期にそのような兆候は見られなかった。といえどお互いに紆余曲折のある人生を過ごしただけあり、それなりに年齢も重ねてきたのだから社会の波(それもただの波ではなく、荒れ狂った大波である)に揉まれて多少ひん曲がってしまうのも珍しい話ではないものの、何故だか自分に対してだけは異様に態度が悪い、というかあまりにも対応がつっけんどんなのである。恐らく、ただの照れ隠しだと思うのだけど。
数年前ならば考えられないような平穏な日々を過ごしている今、時々前触れもなく過去の記憶が夢となって映し出される夜もあれば、朝目を覚ますといまいちその内容が思い出せず、しかし重苦しい虚脱感を拭えぬまま一日を過ごす事もある。そんな時でも、明らかに普段とは様子の違う自身を問い質す事無く、あくまでも自然に接してくれる幼馴染はやはりありがたい存在だった。
「今まで経験してきた事や過ごしていた場所は違ったかも知れないけど……一応さ、俺もヨリの気持ちは分かってるつもりだしね」
そう苦笑しながら零す幼馴染もまた、辛い思いや悲しい気持ちを抱き続けていたインクリングの一人であり、側にいて力になってやりたいと思っているし、この先何があったとしても二人で共に乗り越えていけばいいと自負している。そして今ではこうして言わずとも互いの胸中を察し、何も特別な事はせずとも自然な形で支え合うようになっていた。といえど、やはりきちんと言葉にしなければ伝わらない事も当然あって、そういった場合は勿論向き合って単刀直入に話すのだが、自身はそれで良くても幼馴染はそうもいかない。何故なら前者で申した通り、知っているインクリングの中でも彼は随一の捻くれ者なのである。
「……で。なにがどうしてこうなったって?」
「それ、言わないと分かんない?」
「分かるか、ンなもん!」
そして今。銭湯の営業時間が終了し全てが落ち着いたところで布団に足を突っ込み寝入ろうとしたところで彼からのストップがかかり、自身のフクの裾を摘まんでは引っ張るものだから何事かと思えば、微かに頬を赤らめながら視線を落としている。勿論幼馴染も床に就くつもりだったので寝間着姿であるし、店の片付けや家事は全て熟した後だったので今日中にするべき事はもう残っていないはずだ。だのに、こうして物欲しげに、しかし遠回しのような形で何かを訴えるその様子に疑問符が浮かぶばかりで。
「ったくよー……まぁいいや。とにかくそのままじゃ風邪引くから早く布団入れよ。今日はいつも以上に忙しかったんだから、早く寝てゆっくり休まねえと」
「だ、だから! その、前に……」
「何か忘れてたんなら俺が明日の朝やっとくよ。心配すんなって」
「朝じゃなくて今! 今、し、シたい……ん、ですけど」
ここまで言葉を交わしてようやく裏に含まれた意味を理解した後、数秒遅れて火が出るかと思うくらいに顔が熱く火照ってゆく。声を萎ませながら、最終的に顔を逸らして小さくだめですかと呟くものだからますます質が悪い。
(恋人からそんなかわいい誘われ方されて断るバカ、この世にいるか?)
風呂場に少し泡が残っているのを見つけてちゃんと流してって言ったじゃんと文句をつけてきた強気な姿とは裏腹に、今になってこのような恥じらう姿を見せつけられては堪ったものではない。そもそも、よく考えてみれば多忙続きの日々で最後に彼と身体を重ねたのはもう何日も前の話だった。決してしたくなかった訳ではないが、欲よりも積もり積もった疲労が先行していたせいですっかり蔑ろになってしまっていたのだと思う。それに気付けなかった自身の相変わらずの疎さに小さく溜息を吐きながら、項垂れる幼馴染の手をそっと取りゆっくりと握り締めた。
「……えと、その。ほら、こっち、来いよ」
「あっ……え、いい、の?」
「お前の頼み、今まで俺が断った事あったかよ」
そっと腕を引くと無抵抗なまま胸の中へと落ちる幼馴染の頬はまだ赤く染まったままだった。握った手も薄ら汗ばみ仄かに温かく、不思議と感じていた心地良さに思わず目を細めてしまう。
「今夜は寝かせねえぞ」
「んー、明日に響くから程々がいいんだけど」
「そういう難しい注文をするなっ」
どうやら調子を取り戻したらしい幼馴染の天邪鬼さにがっくりと肩を落としながら、けらけらと浮かんだ目の前の優しい笑顔へと触れるようにそっと口付けを落とした。
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