「ホラヨ」

 今日という日も何事もなく、昨日と同じ一日が終わるはずだった。夕刻の帰り際、唐突に背後から迫ってきたフデオロシから押し付けられたのは小さなポチ袋だった。何が何だか分からないうちに、彼女は満足気ににやりと口元をあげながらしっかりと手渡した事を確認すると、背を向け歩きながら軽く手を振ってはまた人混みの中へと姿を消した。
 あまりの突然の出来事に呆然とその場に突っ立っていると、再び後ろから声を掛けられ振り返ってみれば照れ臭そうに目線を外して紙袋を提げていたパッチンがいた。

「あ、えと…これもどうぞ」

 差し出されて思わずその袋の取っ手に腕を通すと、フデオロシ同様、彼はどこかほっとした表情を浮かべながら手を振りどこかへ走って行ってしまう。
 次から次へと怒涛すぎる展開に頭がついていかず、一体何を何故貰ったのかも分からない上、気付けば礼さえも言えないまま無言で全てを受け取ってしまっていた。

(何なんだ、一体…)

 頭がこんがらがったままとにかく落ち着こうと広場のベンチへ腰を掛け、とりあえず意図せず手に入れてしまった謎のプレゼントを開封する作業へと移る。まずはフデオロシから渡された小さなポチ袋を開けてその中を覗いた。すると一枚の折りたたまれたメモが入っていて、逆さにして縦に振りそれを手の平へ落としてそっと開くと、お世辞にもきれいとは言えない殴り書きの文字で一言、それは記されていた。

「……十八時、ハイカラシティから下り線の三番目停車駅で降りろ…?」

 三番目の停車駅、といえば特に用事もなくあまり降りた事もない駅だったが、そういえばどこかの誰かさんの住むアパートから最寄りである場所だったので数える程であるが何度かは降りた事はある。

(もしかして、アイツの家に行って来いっていう事か…)

 そうだとしても、こんな回りくどいやり方をする必要が何処にあるのかは正直よく分からない。考えたところで正解を導かせるのは不可能だと察し、今度はもう一つ正体不明であるパッチンから渡された紙袋へ手を出す事にした。高さ二十センチ程度の小さなその中にはまたもや小さな小箱が入れられている。リボンのように結ばれた紐を解いて蓋を開けるとそこには銀色のシンプルな鍵が入っていた。デザインからしてどこかのアパートの一室の鍵のように見える。

(やっぱり、そういう…)

 ただ今の時刻は日も落ち辺りが暗くなりつつある午後五時半頃。これからすぐにやってくる電車に乗れば指定された時間には余裕で辿り着く事はできる。三人(当然アイツも絡んでいるであろう)が一体何を考えてこんな真似をしているのかは今はまだ分からなかったが、無視をした方が後々面倒な事になりそうな気がしてならない。

「……土産でも買いながら、行くか」

 確か駅前にチェーン店の洋菓子屋があったはずだ、とそう遠くない過去の記憶を掘り起こしては、今夜は何故だか寝かせてもらえないような嫌な予感を胸に抱きつつも重い足取りで駅へと一人向かったのだった。


***


「ありがとうございましたー」

 ハッピーパースデー、自分。なんて無意識にも誕生日ケーキをホールで購入してしまったあたり、どうやらこの身体はそれ程にも疲労し甘いものを求めていたらしく、一人そう思うと何故だか切なさが一層と増してきてしまった。と言えど、今日が自分の誕生日であると気付いたのはつい先程の事で、店頭に並べられた真っ白なショートケーキに乗っているチョコプレートの文字を見てはっとした。

(…こっちに来てから、そんなの気にした事もなかったしな)

 小さな頃はよく父と母、双子の兄妹に祝ってもらってたっけ、なんて懐かしい記憶を脳内で振り返りながら当時の幸せを噛み締める。それから今までの間に色々な事はあったけれど、以前と比べ割と毎日が楽しいと思えるようになった気がするのはおそらく気のせいではない。
 駅から徒歩五分。取っ手の付いたケーキ箱を振らないよう慎重に提げながら見慣れたアパートまで辿り着いた時、玄関口に知らない小さなボーイが立ち尽くしていた。クロブチメガネにフデオロシと同じマウンテンオリーブをぶかぶかに着たそのボーイは、不安そうな表情で視線を落としては地面を滑る枯葉をぱりぱりと踏み、どこかの誰かが来るのを待っているようにも見えた。

「おい」
「え、」
「どうした、一人か」
「あの、えと…その、人を、待ってるんです」
「人? 母親か」
「いや、その、お会いした事はなくて…ハットさん、って呼ばれてる人…」

 ぐ、と腹の底から何かが出てきそうになる程にとても驚いた。まさか知らない子供の口から自分の渾名が出てくるとは思ってもみなかったので、危なく持っていたケーキの箱を落としそうになる。

「そろそろ、来ると思うんですけど」

 子供のボーイはそのまま話を続け、ある人に部屋まで連れてくるようにとお願いされているとの事だった。それは明らかにこちらの友人からのお願いに違いない、と確信すると急にずきずきと後頭部が痛み始めた気がした。

「悪い、それ多分、私の事だと思う…」
「…あぁ! そうだったんですね、会えて良かったです。それじゃあ、ぼくについて来てください」
「はぁ」

 名乗った直後ににんまりと笑顔を零した子供のボーイは嬉しそうにアパートの階段をぱたぱたと駆け上ってゆく。その背中を追うように駆けながらそれとなく話をしていると、どうやら彼の名前はエイというらしい。友人との面識は今まであるのか、と聞くと今日初めて会いました、との事だった。話をすればするほど何が何だか分からない。相変わらず頭上に疑問符を無数に浮かべているうちに予想していた通りのパッチンの部屋の扉の前へ到着した。

「鍵、持ってますか?」
「あぁ、持ってる」
「それ使ってください」

 クロブチメガネの奥できらきらと輝く瞳に促され、それ持ってますね、と少々邪魔になっていたケーキの箱を両手で抱えてもらい、ポケットに入れておいた鍵を取り出してはがちゃりと穴に挿し込んだ。恐る恐るドアノブを捻って押し開けながらその隙間から中を覗くと、何故だか妙に部屋全体が薄暗い。もう日が沈みかけているせいもあるが、それにしても暗い。

(電球切れてんのか?)

 自分に続き、エイもひょこひょことアヒルの子のように後ろをついて歩く。靴を脱ぎ(何故だか雰囲気的に)足音を立てないようリビングへ続く廊下を進んでゆくと、暗闇が少し怖いのか腰辺りのフクの裾を掴まれている感覚を帯び、どうにも慣れないが不思議と最近顔を見せていない双子の弟妹を不意に思い出した。

「…行くぞ」
「は、はい」

 引戸になっている部屋の前にぶつかり、一瞬迷ったものの手すりを掴み、思い切って力いっぱいにスパーンとその扉を開ききったその瞬間。

「うわっ!」
「ヘイヘヘイヘイヘーイ! らっしゃいらっしゃい!」
「ハッピバスデ〜トゥーユー、オウイエ〜」
「ハットさん、お誕生日おめでとう!」
「…………な、何だこれ」

 一斉に解き放たれた無数のクラッカー、弾ける爆音と散らばるリボンと白煙が全方向から視界が埋まるくらい一斉に飛び込んできた。ようやく明るさを取り戻したリビングには先程会ったばかりのフデオロシとパッチン、そしてもう一人の友人である焼きイカがこれでもかというくらいに胸元へと飛び込んできたので、抱き留めた直後に勢いもあってか思わず反射的にそのまま背負投げを食らわせていた。

「ウエェエッ」
「悪い、つい癖で」
「オメーもなかなかえげつネェ事しやがンな」
「いや、まぁ、突然飛び込んで来たから防衛本能が…」

 そのままクッションの山になっているソファーに頭を突っ込んで動かなくなった焼きイカはさておき、落ち着いて再度部屋の中を眺めてみると居間のど真ん中にコタツが置かれテーブルの真ん中には土鍋が鎮座している。それ以外に特に変わった装飾などはないが、シンプルな真っ白の包装紙で包まれた小さな箱がパッチンの手の平の上に忽然と姿を現したのだった。

「ハットさん。さっきは、突然ごめんね。オロシちゃんに今日がお誕生日だって聞いて、居ても立ってもいられなくてさ。みんなで慌てて準備して、ちょっとしたサプライズ…にならなかったかも知れないけど…その、これみんなの気持ちだから」
「…あ、ありがとう…」
「あは、ハットちゃん照れてる?」
「照れてねぇよ」
「いいからオラ、早く開けてみろヨォ」

 気付かぬ間に復活を果たした焼きイカと後ろからにやにやと怪しく口元をあげているフデオロシ、そして熱くなった頬に気付かないふりをしつつ、パッチンから手渡されたそれを破かないよう丁寧に包装紙を剥がしてその中身を見てみると中に入っていたのは一枚の紙切れだった。

「鍋奉行権利譲渡券、とは」
「アタシとオロシちゃんの手作りチケットです」
「うわっ、いらねぇ」
「そうだよね…そうだろうなとは思ったんだけど、俺一人の力じゃ止められなくて……」
「発案者ダーリンの突然のウラギリに動揺を隠せないヨォ、ワッハッハ」

 いや別に期待はしていなかった、勿論。普段からカネがないと騒ぎ立てている二人から高級なプレゼントがもらえるなどとはなから思ってもいない。といえど、それにしてもプレゼントにしては酷過ぎるような気もする(たとえこの券を利用したところで実際に奉行するのは目の前のこいつらである)。
 色んな意味でがっかりと肩を落としていたその時、いつの間にか姿を消していたエイがキッチンから何か大きなものを抱えて戻ってきていた。

「何だ、それ」
「その、甘いもの、好きだって聞いたので…とりあえずバニラアイス、家から持ってきました」
「うわっ…券より百倍くらい嬉しい。初めましてだってのに、ありがとう」
「ぼくも好きなんです、バニラアイス。後でみんなで食べましょう」

 何故だかぎゅうぎゅうに詰め込まれているヒッセンのバニラアイスボックスに、本来ならば何故これに詰めてしまったと突っ込むところをあまりの感動にそれどころではなかった。

(それにしても、何故こんなにも知り合ったばかりの他人にここまでしてくれるのだろう)

 そう、一人頭の中で考えていたところ、それさえも察知されてしまったのか、彼は重みのあるヒッセンを抱き締めながら、自分よりも遥かに背の高い自分を見上げてどこか照れ臭そうに小さくぼそりと零したのだった。

「…あの、驚きますよね。突然で」
「いや、その…私は別に」
「なんだか、他人の気がしないんです。ぼく達の知らないどこかで不思議な繋がりがあるような気がして。ごめんなさい、変な事言ってるのは分かってます。でも、どうしても皆さんとお祝いしたいなって思って」
「というか、私の事はいつ?」
「さっき、あの黒いおねえさんから、です。理由はよく分からないですが、たまたま外で会って、一緒に誕生日パーティどうって誘われて…」
(それ、ある意味犯罪なんじゃ…)
「でも良かったです。あの、今更といえば今更ですが…一緒にお祝い、させて頂いてもいいですか?」

 三馬鹿とは比べ物にならない程の落ち着きと気の遣われように堪らず土下座しそうになるも、自分を祝いたいと申し出る彼にふんわりと胸の奥が熱くなって、一切迷う事無く深く頷いて見せた。

「…嬉しいよ、ありがとう。こんな素敵なプレゼントまでもらってるのに、駄目だなんて言って追い出す訳ないだろ」
「ハットさん…」
「ほら、それいったん冷凍庫戻して、こっち来いよ。鍋、煮腐っちまうぞ」
「は、はい!」

 サファリハットを深々と被っていなければ、危なく自然と溢れた笑みが見えてしまうところだった。既にコタツに足を入れていた三人に呼ばれて、割と長い時間をぼうっと突っ立っていた事にようやく気付き、頬を熱くさせたまま手招きされるがままにパッチンと焼きイカの間に腰を下ろした。

「もーハットちゃん遅いよ! エイくんと何話してたのー?」
「使えないお前らの代わりに立派なプレゼント貰ってたんだよ」
「本当に頭上がらないです…」
「ま、このメンツでプレゼントなんざ期待する方がアホだワナァ」
「もう少し早く分かってたらイカジャンプ攻略本作ってあげられたのに」
「いらねぇよ」
「あ、これアタシのきりたんぽ…アッー! ハットちゃんひどい!」
「うまいうまい」
「シクシク…さすが本日の鍋奉行マン…」
「はい。ダーリン、アーン」
「オ、オロシちゃ…さすがに丸々一本は……あっつい!!」

 フデオロシとパッチンがばたばたとまた別のバトルを繰り広げ始めた中、後ろから恐る恐る歩み寄ってきたエイに気付いて無言で手招いた。焼きイカと自分の間に無理矢理詰め込んで、しかし少し照れているのか顔がほんのりと赤い。ぽんぽんと頭を撫でて、焼き物の鍋取り蜂に鍋の具を取りそれを手渡すと小さく礼を述べ、はふはふとクロブチメガネを曇らせながら頬張る様子が微笑ましかった。

「うまいか」
「はい! このきりたんぽ、すごく味が染みてて」
「ハットちゃん女子力高っ」
「私が高いんじゃない、お前が底辺なだけだ」
「ぶべぇ…あ、そうだケーキ! ハットちゃんが持ってきたケーキ食べたーい」
「少しは祝えよ。じゃねぇとケーキは渡さん」
「そうか…それも、そうだ。ゴホン…ハッピバースデートゥーユー、ハットちゃーん」
「よし、許可する」
「やったー!」
「てかオメェ、自分で誕生日ケーキ買ってきたとかめちゃくちゃウケるんですケド」
「そういうお前らは何で買ってこないんだよ! 鍋より主役だろ、ケーキ!」

 小さなコタツを囲んで、げらげらと騒ぎながら今日という一日がみるみるうちに過ぎ去っていく。
 ヒッセンに入ったままアイスを食べ始めるフデオロシとそれを止めようと必死になるパッチンとエイ、そして一人でケーキを食い荒らすところだった焼きイカの後頭部をハリセンでぶっ叩く自分。世間でいうまともなバースデープレゼントは無かったかもれないけれど、今日という一日の記憶は色濃く脳裏に残っており、ある種それは呪いのようにも思えた。しかし、そんな呪いであるならば、しばらくかかったままでいてもいいかも知れないと思える程に、充実したなにかを心の奥で感じ取ったのは気のせいではなかった。

「…今日は、その…ありがとう」
「え? ハットさん、今何か言った?」
「ぼくも聞こえなかったです」
「アタシもちょっと最近耳遠くてな〜」
「いやはやホント、全然聞こえナカッタァ〜。ワンモアワンモア」
「えぇい畜生! 二度と言うか、この馬鹿!」


(2016.08.07)


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