馬鹿な女だったから実は恋人だと思われていないことに気づかなかった。気づいたのは、男の隣にいる自分より年上の女に「セフレ」と紹介された時だった。
アンデスノオトメは八月から十月頃に咲く黄色い蝶形の花を咲かせる小さな花だ。花の形状はマメ科特有で、調べてみるとエンドウやミヤコグサなんかも似ている花を咲かせた。近所に住んでいる若い夫婦の育てている花を、男が勝手に摘んできたものだ。
謝ろうにも、夫婦との接点がなく、バレないうちは黙っておこうとジャムの瓶に水を入れ、ひっそりと玄関口に飾っていた。男を𠮟りつけてみたものの、最初はへらへらとするばかりで、あまりにも強く追及すると、お前への手土産だと怖い顔をして言うのだった。
こんど男が来たときは、うちには入れないようにしよう。
強い口調で自分にそう言い聞かせる。何度か言い聞かせて、それでも破ってしまいそうだったから紙に書いた。裏面にはテレビで見て走り書きしたのだろう、何らかのレシピが書いてあった。工程が2のしし唐のへたを落とすところで止まっていた。
思考も呼吸も、一瞬止まった。辺りはすっかり暗くなり、安い電灯の光が部屋を照らしていた。ピンポンとインターホンが鳴る。インターホンを鳴らす客人はめったにいない。誰だろうかと数人、顔を思い浮かべて、立ち上がる。ゴンと鈍い音でドアを叩く。数人の顔が消えて、一人だけ残った。
「いれないわよ」
ドアのまでやってきて、自分でもわかるほど緊張した声で言った。
動揺したような気配を感じる。迷った挙句、ゴン、と撲つ。
「何度叩いたって、入れない」
「入れてくれよ、ビール持ってきたんだ」
「それを持って帰ったらいいわ」
「いつのまにそんなに冷たくなっちまったんだ」
ドアに挟まれて、いやに曇って聞こえた。
「もう、入れないことにしたの」
「何かあったのか」
「気が変わったの」
すぐに返事を返す。沈黙が続き、男はため息をついた。
「また来る」
そう言い残し、今度は足音が聞こえた。マットの上を歩く音とザリザリと砂利の上を歩いた音だった。それが遠のいていく。息をつく。ずるずると座り込み、視線が上に向いた。空き瓶の中に水が揺蕩っていて、茶色く変色したアンデスノオトメがあった。