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こちらはBLD(ボーイズ・ラブ)の作品です。
僕ら秘密の恋をした様に寄稿させていただいたものを書き直したものです。







「エスティー、今日は満月だ」
「あ、ほんとだ」

満月が、ぽっかりと、浮いていた。 誰があの皿を落としてしまったのか。ずっと昔、そんなことを問うた気がするのだが、その答え、言葉を思い出せないでいる。もしかしたら、俺の中の幻想というか、夢というか、そういう無自覚なところでつくりあげた捏造された記憶なのかもしれない。どんよりと灰鼠色の雲が伸びている。藍紺の空が広がり、きらきらと、針で突いたような鋭い光が幾何学的にも規則的にも散らばって、矢張り、満月は堂堂と浮かんでいる。満月の日だけは羞恥しみを忘れたかのように、きらきらと橙色の光を帯びて輝いているのだ。

「クロロ、芒忘れた」
「別にいいさ、団子ならあるから」
「わあ、祝う気零」
「文化に触れるだけでも充分だろう」

クロロ曰く。
俺は、月の子であって、人でなしであるらしい。白くて凹凸少なく平たい額はすべすべとしているのが魅力的だと婦人かの如く云うや、「お前のここに、月が宿っているんだ」と真底、真面目腐った顔でのたまうのだ。その深海魚の口から拾い上げたような瑞瑞しく、深い色合いの黒真珠の眼で、じっと見詰められながら云われると確かにそんな気がしてくるのだが、俺が人でなしという理由が、クロロの言葉だけであるから、俺が信用する冪ではないと思う。では、なぜ月は、己の子を流星街なる全ての芥が集まる場所へ落としてしまったのかという話になる。クロロは、月に生まれ、月の上で育ち、縫い目のなく人の心よりもふわりふぅわりと軽やかな金の衣と瑠璃の腰紐を緩く結び紅のさしもので唇と目元を彩る月人は、心の根っこがひんやりと冷たくて、そして神々しいらしいから、そしてお前が本当に誰よりも美しいから足蹴にされて落とされたのだと謂うが、仲間を蹴落とすのはいかがなものかと思う。あと、見た目が美しいのに心が貧しく醜いってどうなのかともう。月人のくせに、姫様を落としたり、俺を落としたり、割りと現実的じゃないだろうか。

月は、病めるほどに美しい。
満月は、殊更、皿のようにまんまると美しい。手をぴい…んっと、リボンを結んだバレリイナのように伸ばしてみるが、糸を張ったように伸びをしても届かないし、そんなことをしてもただ浮かんでいるだけの月は赤子をゆりかごに戻すような気だるく甘いことをしているわけではない。ただ、落とし児の額を白々と輝かせてしまうだけだった。


「クロロ」
クロロの眼が、黒い。紺碧よりも黒くて、暗闇より暗くて、深海魚に食べられてしまうのも無理はない黒さだ。クロロはよく寝物語りに、「俺の眼は深海魚に一度食われてしまって」と始めて、シャルナークたちと一緒に海にもぐり取替えして眼に当て嵌めたという、オリジナルに満ちた、下衆と愉快と滑稽さと、知恵の搾り出して子供向けにやわらかく装飾された(*あくまでも流星街の常識を基準とする)冒険譚をする。
子供の頃は純粋に海の深さを想像して、細い二本の足が冷えてしまうぐらいの恐怖と、それでも勇敢なクロロへの憧憬れというものが募ったが、流石に今は、それがただの御伽噺で、いうなれば嘘の話だから、心の奥底でひややかな心持が残されて静かに透明な根を張る。
つるりと撫でればいっそう艶やかそうな、ひんやりとした心が、俺はやはり月の子なのではないかという焦燥がこみ上げる。不安に駆られている人でなしの表情を誰よりも知っているクロロは右の手を伸ばし、腕の中にしっかりと閉じ込めてから、耳の淵にはりついた黒子を撫でて「何だ」と問いかける。
「カーテン、閉めようか」
その気だるく甘ったるい声と海月の融けそうな熱は、空の上をひんやりと浮かぶ月よりも甘く感じられた。

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