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子供のころは、たいがい誰とでも仲良くなれたような……、そんな記憶が頭の隅の方にはあった。大人になると、もう、だめだ。誰かに話しかけるより以前の問題で、目が合えばこの人は私を害するか否か……想像の上で判断して口をつぐみ、次に当たり障りのない会話だけを、泥と水が分離している水稲の中から上辺を取り出すようにして数分続けるだけで、それより深い仲になるなんてことは一切なかった。
高校時代。あの時代こそがまさに自分の臆病さを顕著していたのではないかと思う。巷でも不良(これは男女区別するいことなく)の集まりだという高校に通っていた高校時代、周囲は常に敵か…あるいは無関心かの違いでしかなかった。日本人の特有の縦に流れる髪を、海外の映画をまねしてウェーブを付けた女子高校生が隣で話しかけ、騒ぎ立てるときほど苦痛なものはなかったし、斜め後ろにいたひときわ大柄な不良に至っては、存在自体が恐ろしく、たまらなかったのだ。
どうしてそんなことを思い出しているのかといえば、そう、同窓会。大人になってから、過去のしがらみをもう一度より強固たらしめる悪習。そこには歴然とした人の成功例と失敗例が顕著に並び建てられ、あるものは控えめのブランドで身を固め、あるものは横にゆるやかなカーブをたたえて微笑み、あるものは軽薄な笑みを浮かべては、挑発的に過去をさらけ出して、人の記憶を捻じ曲げようとする。
ここで壁の花となってだんまりを決め込みながら、時折南蛮漬けとカクテルをもらいに行くこと一時間。すでに会場は酒の匂いが充満していて、右手はしびれてきていた。

「ジョジョ、来なかったねぇ」
甘ったるく、子供のころのテンションが戻ってきたようなしゃべり方で膝の力を抜き、壁際に並んだ椅子に座ったのは、ファッション誌に顔を飾る女だった。かつてはギチギチとした触り心地の髪を見せかけのウェーブでごまかして、「ジョジョ、ジョジョ」とめまいがするほど黄色い声を上げていた少女だった。そうして、放課後、大人びた諦めの顔をしながら、一緒に帰ることのあった子だった。
「空条…さん?」
「うん、そう。あんたの隣の…」
「斜め後ろの人」
「そう、あんたがあんまり見なかった人」
「怖くって、仕方なかったんですもの」
「どうして?カッコいいじゃない」
予想外の告白に目を瞬かせ、唇を少し開けたまま問いかける彼女に、わずかな認識の違いを感じ取った。
「でも、怖かった。子供のころはずっと怖かった」
「私はあんたがうらやましかったのに」
「みんなに席を替わってほしくてたまらなかった」
「惜しいッあんとき気づけばよかった。」
「うん…私も、言えばよかった」
先生にでも。とは口に仕舞い、後悔の余韻だけがじんわりと広がっていた。
「あんたの席ってさ」
「うん…」
「ちょうど、ジョジョが黒板を見る視線にかぶっててさ」
「そうだったね」
「見てないのにわかるの」
「大体は」
「そういやあ、あんたはいつもびくびくしてたね」
今もしている。とは言えず、あいまいに唇を横に引く。気づかないのか、あるいは気づいていて、それを指摘しないのか、幾分か大人になって顔つきがエキゾチックになってきた彼女は少し寂し気な笑みを浮かべた。しかし、その瞳には理性と、それを囲った悪意のある知性とが精神のブレを正し、私に強い殺意を向けていた。
「ジョジョが、後ろからずっと見てるって思ってたの…あんたを、熱心に」
「それは……おそろしい勘違いだね」
「でしょ、でもあのときはね、女子が全員、思ってたことなのよ。今でも…思ってる人はいる。だから、よかったわ、空条さんがここにいなくて。そうしたらあんた、もしかしたら殺されてた、か…も?」


おそろしい勘違いを聞いた後、彼女はまた赤い顔をした男に連れ去られるようにテーブルの方へ向かっていった。ピンクとベージュを混ぜた靴の音を小さく響かせながら、悠然と周囲の視線を集めるのはプロ意識のように感ぜられる。
まるで先ほどの殺意と悪意の告白とは無関係であるといわんばかりの女王の風格には、素直に恐怖を感じた。女の意地というか、屈辱を浴びせられたからこその復讐心というか、そういう、まがまがしくも美しいものに変容する何かが、彼女にはあったのだ。
ああ、やはり、私は人に害されていたのだ。人に、他人に、同級生に。子供のころに薄ら感じていた虚の悪意の答えを聞いてしまった時の鼓動が、ひどく速い。

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