STARGAZER

時刻は夕方を過ぎた頃。辺りはすっかり薄暗くなり、ざあざあと勢いよく降り出した雨は地面を容赦なく叩いていた。一向に弱まる気配のない雨に、街を歩く人々は思わず急ぎ足になる。
その中で一人、何かに釣られたように足を止めた女性がいた。

「あれは……」

彼女の見上げる先にあるのは街頭ビジョン。そこには、先日行われた大型野外ライブイベント『RAIZINフェス』の映像が映し出されていた。
当日の天候は最悪。今よりももっと酷い嵐だった。そのため、出演者の誰もがステージに上がるのを躊躇していた。しかし、その嵐をも吹き飛ばすようなライブでトップバッターを飾ったグループがいる。

丁度映像が切り替わり、その男性アイドルグループが登場した。

「――"B-PROJECT"だ」

女性は彼等の名前をポツリと呟くと、ふらふらと惹かれるように街頭ビジョンの方へ近付いていく。
画面の中では十人十色、様々なアイドルがステージに現れ、その歌声を披露していた。

「すごい……」

大雨にも屈せず、キラキラと輝く彼等のパフォーマンスに目を奪われ、時間も忘れてつい見入ってしまう。
各ユニットの曲が終わり、最後に全体曲である『鼓動*アンビシャス』が始まると、不意にポケットから携帯の着信音が鳴り響いた。

「あっ!」

画面に表示された名前を見た彼女は、その人物からこの後呼び出されていた事を思い出し、目を見開く。青ざめた顔で慌てて電話に出ると、目の前に居もしない相手に何回も頭を下げた。

「す、すみません、夜叉丸さん! すぐ戻ります!」

そう言って電話を切り、人混みの中を忙しない様子で走り出す。
この時は、まさか自分が彼等と関わることになるとは微塵も思っていなかった。


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「遅れて申し訳ございません!!」

都内某所、業界大手のレコード会社『ガンダーラミュージック』――その会議室にバタバタと駆け足でやって来たのは、営業部社員である宮寺巡だ。
彼女は荒い呼吸を整えながら、到着を待っていた人物――ガンダーラミュージック取締役の夜叉丸朔太郎の元へ向かった。

「せ、せっかく貴重なお時間を割いて頂いてるのに、お待たせしてしまい……」

こういう時の謝罪ってどう言えばいいんだっけ――頭が真っ白になりながらも、入社前に読んだビジネスマナーの本の内容をなんとか思い出し言葉を紡いでいく。
しかし、夜叉丸からの反応は一切なく。巡が恐る恐る顔を上げると、彼はこちらに背を向けて座ったまま一言も喋らずにいた。

「あ、あの……夜叉丸さん。それで、お話とは……」

このまま無言の状態はキツイため本題に入ると、彼はやっとこちらを振り返って巡と顔を合わせる。しかし、その表情は見たことのない程の重々しいもので、巡の顔は思わず引き攣った。

「こちらこそ、忙しいのに急に呼び出してごめんね巡ちゃん。今日は貴女に、とっても大事なお話があるの」

「座って」と促され、彼と向かい合うようにして椅子に腰掛けた巡は、ただならぬ雰囲気にゴクリと唾を飲む。

「大事なお話、ですか」

わざわざ上司から二人きりで会議室に呼び出されるような事などしただろうか。最近の行動を振り返るが、思い当たる節がない。
口を開くも、言いづらそうに目を伏せる夜叉丸を見て、巡の頭には"クビ"の二文字が去来する。緊張した面持ちで次の言葉を待っていると、彼は持っていた一枚の紙を差し出しながら、こう言った。

「実は、巡ちゃんにB-PROJECTのA&Rをやってほしいの!」
「……え?」

虚を突かれたように、巡はポカンとした顔で呆けた声を漏らす。
差し出された紙には、内示書という言葉と共に営業部から制作部への異動を発令すると書かれていた。

「A&Rって……私がですか!?」

A&Rとは、レコード会社の立場でアーティストの育成、音楽制作、宣伝企画、そして時にはマネージャーのような業務も担当する職務である。
B-PROJECTのA&R――聞き間違いではないように巡がもう一度確認すると、夜叉丸はコクリと頷いた。

「で、でも、Bプロって確か、夜叉丸さんともう一人A&Rがいましたよね?」

「澄空さんでしたっけ」曖昧な記憶を頼りにそう言えば、訊かれると思っていたのか、彼はやや俯くと「確かに」と言葉を続ける。

「Bプロにはアタシとつばさちゃんがいるわ。でもほら、最近あの子たちも忙しくなってきたじゃない?」

B-PROJECTにはキタコレ、THRIVE、MooNsの3つのユニットが所属している。彼等の活躍やこの間の『RAIZINフェス』の影響もあって、最近はB-PROJECTとしては勿論、各ユニットとしても徐々に仕事が増えてきた。

「Bプロは今、A&Rがマネージャーも兼ねててね。つばさちゃんも頑張ってくれてるんだけど……」

夜叉丸は他にも仕事があるため、彼等に付きっ切りという訳にはいかず――要するに、彼女一人で全員を担当するのが難しくなってきたという訳だ。

「それで、もう一人A&Rを増やすことになったんですか」
「そういうこと」

キタコレ、THRIVE、MooNsを合わせると10人はいる。あの人数を相手に、彼女が忙しそうに走り回っている姿が目に見え、巡は納得したように頷いた。

「でも、何で私が」

ここで、一番気になっていたことを口にする。何故営業部の、まだ入社二年目であるキャリアの浅い彼女に声がかかったのか。
訊かれたくなかった質問に夜叉丸はギクリと肩を揺らすと、困ったように首を傾げた。

「多分、若手の育成だと思うんだけど……。実はアタシも詳しくは知らなくて。あ、でも、社長直々のご指名よ!」
「社長がですか?」

詳しい理由は不明だが、社長直々の指名で選ばれたそうで、巡は余計に理由が分からなくなる。考えても本当の答えが分かるはずもなく、それ以上は追求しないことにした。

「まあ、急にこんなこと言われて困るのは分かるわ」

「でも、お願い!」両手を合わせて必死に頼む彼に、一瞬たじろぐ。それから少し考えた後、テーブルの上に置かれた紙に再び目をやり、それを手に取った。

「お役に立てるか分かりませんが……」

突然の異動には困惑したが、これも良い経験になるだろう。
そのように前向きに考えたようで、巡は真っ直ぐ夜叉丸を見つめると、不安気な彼を安心させるように微笑んだ。

「これから、よろしくお願いします」

決意表明をするように一言そう告げれば、夜叉丸はホッと息を吐く。緊張が解け、肩の力が抜けたのが目に見えて分かった。

「ありがとう、巡ちゃん」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」

こうして、巡はB-PROJECTのもう一人のA&Rになることが決まった訳だが――正式に制作部へ異動になるのは二週間後になる。
きっと、これからもっと忙しい日々を過ごすことなりそうだ。そう思いを巡らせながら、二週間後を迎えるのだった。
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