初任務
最終選別後、充分に休息も取ったので鍛錬を再開しようとした蒼志は突如師範に呼び止められた。そこで新たに説明されたのは『全集中・常中』についてだった。「全集中の呼吸を四六時中?」
「ああ」
力を最大限に引き出すのが全集中の呼吸である。それを常時やり続けるのが『全集中・常中』だ。これが出来るのと出来ないのとでは、実力に天地程の差が出るそうだ。
会得するには相当な努力が必要だが、会得すれば身体能力が飛躍的に上がり、更に強くなれるのは確実である。
(と言っても、四六時中って……)
物は試しにやってみるものの、鬼を斬る時にしか使わない全集中の呼吸をいきなり長時間も持続できる訳がなく、すぐに途切れてしまった。
蒼志は荒い呼吸を繰り返しながら地べたに寝転がる。今のままでは全く出来るようになる気がしなかった。
「ぜ、全然ダメだ……」
日輪刀が出来上がるまで約二週間。その間彼女は『全集中・常中』を会得するため、まずは肺活量と集中力を鍛えることにしたのだった。
それから毎日のように走り込み、徐々に持続できる時間を増やしていく。そんな日々が続くが、結局会得できないまま早くも二週間が経ってしまった。
この日はとうとう出来上がった日輪刀が届くということで、蒼志は朝からそわそわと落ち着かない様子で到着を待っている。
「あ! あの人かな」
足音が聞こえ、玄関から顔を覗かせると火男の面を付けた刀鍛冶の者が歩いてきた。彼は蒼志の前で立ち止まると、コクコクと頷きながら名前を名乗る。
「私は鉄穴森と申します。十六沢蒼志殿の刀を打たせて頂きました」
「は、はい。私が十六沢蒼志です」
挨拶も程々に、鉄穴森と名乗った男は蒼志に出来上がった二振りの刀を差し出した。
蒼志は緊張した面持ちで刀を受け取ると、恐る恐るといった様子で抜刀する。
「うわっ!」
日輪刀は別名『色変わりの刀』と言い、持ち主によって刀の色が変わることからそう呼ばれている。それぞれの色ごとに特性があるのだが、蒼志の刀は兄が使っていた物と同様に蒼翠へと変化した。
「ああ、綺麗ですね」
「すごい……」
その美しい色に感動して見惚れていると、外で待機していたはずの鎹鴉がバサバサと羽音を立てて窓から入ってくる。
「十六沢蒼志! 鬼狩リトシテノ初ノ仕事デアル! 北西ノ町ヘト迎エェ!」
鬼殺隊の隊士に求められるのは"鬼を狩ること"。日輪刀が届いたということは、鬼殺隊としての任務も始まるということだ。
蒼志に与えられた初任務の地は北西の町。そこでは毎夜毎夜少女が消えるという事件が起きていた。
「じゃあ、行ってきます」
届けられた二振りの刀を腰に下げ、鬼殺隊の隊服を身に包んだ蒼志は、鎹鴉の案内により初任務の地である北西の町へと出発したのだった。
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北西の町――ここでは、毎夜毎夜若い娘が突如攫われるという奇妙な事件が起きていた。狙われるのは至って十六程の若い娘ばかりで、犯人の姿や怪しい人物を見た者もいないという。
昨晩も里子という娘が攫われたそうで、町の者たちはこの気味の悪い怪奇現象に怯えていた。
「とりあえず、夜まで待とう……」
姿を消すことが出来る鬼なのかは分からないが、出てきてもらわなくては狩れるものも狩れない。
町の人から話を聞き、状況を把握した蒼志は鬼が出るであろう夜まで待つことにした。
(若い娘か……)
十六程ならば自分を餌におびき出せるかもしれないと考えながら歩いていると、後ろから「あの!」と声がかかる。蒼志が振り向くと、そこには同じ鬼殺隊の隊服を着た少年が立っていた。
「やっぱり、最終選別にいた……」
そう言われ、彼の顔をよく見ると見覚えがある。蒼志は思い出したように「ああ」と声をあげた。
「腕を折った人だ」
「い、嫌な覚え方されてる……。俺は竈門炭治郎だ」
「ごめんごめん、私は十六沢蒼志」
炭治郎と名乗った少年は、蒼志の隣に並ぶと一緒に歩き出す。彼の背中に背負われた大きな箱はやや目立っているが、蒼志は大荷物だなと大して気にも留めなかった。
「君も同じ任務なのか?」
「うん、多分そうなるよね」
蒼志が町の人から聞いた情報を炭治郎と共有していると、真っ青な顔で二人の側をふらふらと歩いていく男性とすれ違う。
「ほら、和巳さんよ。可哀想にやつれて……。一緒にいた時に里子ちゃんが攫われたから」
「ああ、嫌だ。毎晩毎晩気味が悪い」
近くにいた人たちの会話が聞こえ、二人は顔を見合わせると和巳という男性の後を追いかけた。
「和巳さん!」炭治郎が声をかけると、男性は立ち止まって声のした方を振り返る。
「ちょっとお話を聞きたいのですが、いいですか?」
「昨晩のことについてなんですけど……」
刀を下げ、変わった格好をした二人に話しかけられた和巳は怪訝そうな顔をする。しかし、彼等は揶揄っている様子もないし話だけならと彼は頷いた。
「昨晩、どの辺りにいたか教えてもらってもいいですか?」
「ああ……」
和巳に連れられ、里子が消えたという場所へと向かう。何の変哲も無い道だが、誰にも――彼女の前を歩いていた和巳にも気付かれずにどうやって里子を攫ったのか。
「ここで里子さんは消えたんだ。信じて貰えないかもしれないが……」
「信じますよ!」
炭治郎はバッと地面へ伏せるように顔を近付けると、匂いを嗅ぎだした。
「た、炭治郎……何してるの?」
謎の行動に思わず蒼志がそう訊くと、彼は「俺は鼻が利くんだ」と言って再び地面の匂いを嗅ぐ。
「微かに鬼の匂いが残っているけど、斑というか変な感じだ……」
そろそろ日暮れの時間だが、手掛かりは今のところこの場所だけだ。毎夜毎夜現れているのなら、今晩も現れるはず。
蒼志が炭治郎の様子を伺っていると、彼は突如立ち上がって走り出した。
「匂いが濃くなった!! 鬼が現れてる!!」
「えっ!?」
炭治郎は高く跳んで屋根の上に乗ると、鬼の匂いがする方へ向かっていく。遅れを取らないよう、蒼志も後を追いかけるように走り出した。
「和巳さん、離れると危ないので付いてきて下さい!」
「わ、分かった!」
和巳と共に、炭治郎の姿を見失わないように後ろを付いていく。家の合間を縫うように進み、やっと追いついた時には彼は攫われた女性を抱えながら鬼と対峙していた。
「あれは……!」
鬼は地面から上半身を出して炭治郎を睨みつけている。
異能の鬼――師範に教えられた言葉が蒼志の頭をよぎった。異能の鬼は、普通の鬼とは違い"血鬼術"という特殊な術を使う。
「攫った女の人たちはどこにいる! それから二つ聞く……」
炭治郎は鬼に向かってそう尋ねるが、鬼はギリギリと怒ったように歯軋りを立てながら地面の中へと潜っていった。
「蒼志! 鬼は多分、地面や壁ならどこからでも出てこられる。気を付けるんだ!」
「うん、分かった!」
この鬼の血鬼術は、地面や壁ならどこからでも出てこられる。鬼がどういう方法で誰にも気付かれずに少女たちを攫ったのか、ようやく合点がいった。
「和巳さん、この人を抱えて側に立っていて下さい!」
攫われそうになった女性を和巳に託し、蒼志と炭治郎は刀を構えると彼等を囲むように前後に立つ。
しかし、この鬼は潜っている間も匂いを消せないため、炭治郎の鼻から逃れることは出来なかった。
「来た! 水の呼吸 伍の型――」
炭治郎は地面へ刀を振りかざすが、伸びてきた手は一人だけのものではなかったのだ。
彼は慌てて型を変え鬼を斬るが、途中で型を変えたことにより急所は外れてしまった。
「うわっ!!」
三人の内、一人は炭治郎の攻撃を避けると蒼志の方にやって来る。蒼志は咄嗟に刀を振るうが、頸を斬ることは出来なかった。
「外れた……!」
しかし、急所は外しても攻撃は当たっているため、鬼は再び地面へと潜り回復のため身を隠す。二人は体制を整えると、周囲へ注意を払った。
「三人もいたの!?」
「三人共全く同じ匂いだから、一人の鬼が三人に分裂してるんだ!」
そんなことまで分かるんだと感心していると、次は蒼志に狙いが集中する。周りを囲まれた蒼志は、三人の鬼に目掛けて円を描くように刀を振った。
「結の呼吸 弐の型 帯結!!」
浅い――そう思ったのも束の間、鬼は蒼志たちから距離を取ると急に叫んだ。
「貴様ァアアア!! 邪魔をするなアアア!! 女の鮮度が落ちるだろうがァ!!」
一瞬、吃驚してポカンとするが直ぐに気を引き締め、蒼志は和巳と女性を守るように前に立つ。
「冷静になれ、俺よ」今度は後方から別の鬼が出てきた。
「まあいいさ、こんな夜があっても。この町では随分十六の娘を喰ったからな。俺は満足だよ、と言いたいが……」
鬼は蒼志を品定めするようにジロジロと眺めると、ニタリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「たまには鬼狩りの娘の肉もいいかもしれないな」
舌舐めずりをする鬼を見て、蒼志は背筋に寒気が走る。思わず刀を強く握り締めると、鋭い目付きで敵を睨みつけた。