出発進行
「お、お父さん」迷っている父親を見兼ねて、ハヤトはおずおずと声を掛ける。しかし、声を掛けたはいいがどう言葉を続ければいいのか。彼は考え込むような顔で俯くと、ゆっくりと口を開いた。
「よく分かんないけど……俺、お父さんの役に立てるの?」
ハヤトは俯いていた顔を上げ、真っ直ぐ父親を見つめる。
「もし俺にお父さんを助ける力が本当にあるんだったら――俺、お父さんの役に立ちたい!」
「ハヤト……!」
彼の力強い言葉にハッとする。
迷っている暇はない――ホクトは覚悟を決めたようで大きく頷いた。
「ハヤト、シミュレーターの感覚は覚えているか?」
「えっ? う、うん」
ホクトはしゃがんで彼と目線を合わせると、頭に手を置く。そして、ポケットから先程とは違うShincaを取り出し、ハヤトの手にしっかりと握らせた。
「よし、行くぞ!」
「うん!」
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それから、どこかへ向かってしまった速杉親子を見送ったアサヒは、気付くと一人帰りぞこねてしまっていた。自分だけ場違いな感じがして、慌ててパタパタと父の側に駆け寄る。
「ねえ、お父さん」
そして今ここで何が起きているのか、状況を少しでも把握しようと疑問をぶつけた。
「あの黒い怪物って本物……なんだよね? 一体何が起きてるの?」
そう訊くと、マサキは真面目な顔付きになり「そう、だよな」と言い淀む。少し悩むそぶりを見せた後、意を決したのか一度息を吐いてアサヒに向き直った。
「アサヒ、お母さんには絶対言わないって約束できるか?」
本当は巻き込みたくなかったのだが、見てしまったものは仕方がない。
ややあってコクリと頷いたアサヒに、彼は窓ガラスの向こうで暴れ回る巨大怪物体の姿を見ながらゆっくりと口火を切った。
「あの黒い怪物――巨大怪物体がこの地に初めて現れたのは、10年前のことだった」
事の始まりは10年前、宮城県松島湾近海にて最初の未確認巨大怪物体が出現した時からだ。大群で出現した奴等は半径約1kmに及ぶ範囲に攻撃を加え、僅か一分後に姿を消した。
それからというもの、巨大怪物体は毎回姿形を変えて日本各所に出現しはじめるようになった。
「何が目的でそんなこと……!」
途中、弾かれたように声を上げたアサヒに、マサキは分からないという風に首を振る。
「巨大怪物体は未だに何者の手によるものなのか解明されてなくてね。何が目的なのかも分からないんだ」
分かっているのは、人間の知識では計り知れないテクノロジーを持ち合わせていること。そして未知なる脅威がせまっていること。
そこで、次世代のテクノロジーを研究していた超進化研究所に白羽の矢が立った訳だ。
「でも、倒すってあんな大きいのどうやって」
先程から適合者やらE5やらと言っているが、アサヒには何のことかさっぱりだった。
首を傾げる娘に、マサキはこれから起きることを説明しようとする。しかし、小学生にはまだ難しいかと困ったように頭を掻いた。
「まあ、実際に見た方が早いか」
そう言ってモニターを指した時、ちょうど画面が切り替わった。
「ハヤトくん!?」
そこには、パイロットスーツを着用し、E5系の運転席に座ったハヤトが映っていた。
アサヒが目を丸くして彼の名前を呼ぶと、ハヤトと一緒にどこかへ行っていたホクトが駆け足で戻ってくる。
「聞こえるか、ハヤト?」
インカムを装着し、落ち着かない様子のハヤトに声を掛ける。どうやら、そのインカムを通してあちら側と通信ができるようで、ホクトは彼に大丈夫かと尋ねた。
いきなり声がして驚いたのか、ハヤトは小さく肩を跳ねさせると、吃りながらもうんと答える。
「いいか、ハヤト。お父さんがこれから順に教えていく!」
『うん!』
「まずはShincaを超進化マスコン・シンカギアにタッチして、シンカリオンE5を発車させろ!」
言われた通りに手順を踏んでいき、レバーを引いてE5を発車させる。
ハヤトの『シンカリオンE5、出発進行!』という掛け声と共に、E5は動き出した。
「"シンカリオン"……?」
アサヒがただのE5系の新幹線だと思っていたそれは、奴等に対抗するため、日本の最先端テクノロジーが集結する新幹線の技術を駆使し開発されたシンカリオンという物だった。
しかし、新幹線でどうやって巨大怪物体と戦うのか。不思議そうにする彼女の目の前で、更に驚くようなことが起こった。
『チェンジ! シンカリオン!』
――E5は超進化速度に到達すると、ハヤトの掛け声と共に新幹線の姿から変形し、一体のロボットになったのだ。
「これが、シンカリオン……」
小さく噛みしめるように呟いたアサヒは、次々と起こる超常現象にまるで夢を見ているようだと立ち尽くす。
それはハヤトも同じようで、彼も目を見開き驚いているのが見て取れた。
「いいか? ハヤト」
そして、格納庫に到着したシンカリオンE5はようやく巨大怪物体と対峙することになる。
お互いに見合ったまま動かないのを確認し、ホクトは指示を待つハヤトに声を掛けた。
「後はシャショットに従って目標を撃退するんだ!」
『シャショット?』
次の指示はシャショットに任せ、彼はひとまず息を吐くとハヤトたちの様子を見守る体勢に入る。
「頼んだぞ、ハヤト……!」
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「目標撃退……」
その後、ハヤトはシャショットの指示に従い、シンカリオンE5の武器『カイサツソード』で早々に敵を撃退させることに成功した。
その交戦時間は僅か10秒という異例の早さに皆が唖然とする。
「これが、適合率96%のすごさか……」
出水は眼鏡のブリッジを押し上げると、何か考え込むような素振りを見せた。
戦いを終えて研究所に戻ってきたハヤトを一同は拍手で出迎える。
「よくやったな、ハヤト」
「お父さん!」
皆からありがとうとお礼を言われ、ハヤトは「なんか恥ずかしいな」と照れ臭そうに笑った。
「まあ、俺は時間と言ったことは守る男、だからね!」
いつもの調子で言われた彼の口癖に、ホクトは肩の力が抜けたのか「そうだったな」と微笑む。続けて右手をかるく挙げると、二人でハイタッチをした。
「ハヤトくん」
彼等の様子を眺めていたマサキが、タイミングを見計らってハヤトに声を掛ける。
「あ、アサヒのお父さん」
「ちょっとした検査をしたいんだけど、今からでも大丈夫かな」
「はい、大丈夫ですよ」そう返事をもらい、マサキは近くにいた部下に指示を出す。それから隣にいるアサヒにも声を掛けた。
「アサヒは、あんまり遅くなるとお母さんが心配するし帰ろうか。送ってくよ」
そう言っても返事がなく、マサキが「アサヒ?」ともう一度名前を呼ぶと、ボーッととしていた彼女はそこでようやくハッとする。
「あ、うん。もう帰るよ」
「アサヒ、また学校でね」
「うん、バイバイ」
研究所の職員に連れられていくハヤトと別れ、アサヒはマサキに送ってもらいようやく家へ帰ることになった。
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その帰り道、父の車に揺られながらぼんやりと外の景色を眺めるアサヒは、先程の出来事を思い返していた。
(シンカリオン……か)
超進化研究所のことや、巨大怪物体、シンカリオンのことなど知らないことばかりだった。
一旦頭の中を整理しようと考えるが、難しいことが多く収拾がつかなくなる。いっそのこと夢なら良かったのに。
「びっくりしただろ、アサヒ」
微妙な沈黙をやぶったのは父だった。
アサヒが「そりゃあ驚くよ」と苦笑すると、彼も「そうだよな」と笑った。
「E5が出動するのは初めて見たけど、ハヤトくんカッコよかったなあ」
マサキは先程の戦闘を思い浮かべ、そう溢す。ピンチの時にやってくる、まるでヒーローのようだったと目を輝かせた。
「じゃあ、シンカリオンって他にもいるの?」
彼の発言からして、他にもシンカリオンはいるのだろうか。アサヒが見たのはE5のみだったが、そもそも今回が初めての戦闘ではないのだから、今まで敵を撃退させていたシンカリオンもいるはずだ。
アサヒの予想は当たっていたようで、父は頷く。
「他にもE6やE7とか、あとE2もいるんだよ。でも、この間の戦闘での損傷が激しくてメンテナンス中なんだ」
「へえ、E2もいるんだ……」
新幹線に詳しくないアサヒでも、父親やハヤトからよく聞く名前が並び感心する。
その中でも、父親が前に好きだと言っていた新幹線が気になったのか、その名前をポツリと呟いた。
「もしかして、アサヒも鉄道に興味がでてきたか?」
「えっ、いや別にそういう訳じゃ……」
そうこう話しているうちに家に着いてしまったようで、車が止まる。
「着いたよ」マサキはアサヒを車から降りるよう促し、続けて釘を刺すように一言。
「今日のことはお母さんに内緒だからな」
「分かったよ」彼はアサヒの返事を聞くと、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんな、巻き込んでしまって」
大丈夫だよとアサヒは微笑むと、再び研究所まで戻って行く父の車を見送る。そこで、そう言えば――と朝のことを思い出した。
訊きそびれてしまったが、今朝見ていた動画にあった『謎の新幹線』は今回の事と何か関係があるのだろうか。