最終選別

先程までたくさん咲いていた藤の花も、森の中に入ってからは童子の言っていた通り一つも見かけない。月の光だけでは視界も悪く、木々が生い茂った暗い森の中だと鬼がどこから襲ってくるかも予想がつかない。
目を配り、辺りを警戒しながら歩いていると早速、木の影からこちらへ飛びかかってくる鬼の姿が見えた。

「来た来た、久方ぶりの人肉だ!!」

目を血走らせ、口から大量の唾液を流しながら飛びかかってきた鬼を間一髪の所で躱す。
蒼志は距離を取ってすぐに体制を立て直し、即座に刀に手を掛けた。

「全集中――」

大きく息を吸い、刀を構える。心臓がドクンドクンと大きく脈打っているのが分かった。

「結の呼吸 壱ノ型――結目!!」

両手に持った刀を交差させ、まるで紐を結び合わせるように鬼の頸に目掛けて振り下ろす。
頸を斬った感触が伝わり、鬼は悲鳴をあげると共に重い音を立てて地面に転がった。それから、斬り落とされた頭と身体はボロボロと跡形もなく消えていく。

「――はあ」

蒼志は刀を鞘に納めて一息吐くと、ずるずると近くの木に寄りかかった。

「斬れた……」

咄嗟のことだったが、しっかりと反応できて良かったと安堵する。師範との模擬戦とは違う、本物の鬼との実戦に思わず武者震いをした。

「こんな所に七日間、か」

合格条件は七日間生き残ること。つまり、必ずしも鬼を狩る必要はない。
しかし、鬼たちは山から出られないため、普段は人肉を喰らう機会はなく飢えている。それ故にあちらから全力で襲いかかってくるのだ。そういう訳にはいかないだろう。

「長いな……」

蒼志は木々の隙間から見える月を見上げると、軽く目を閉じた。深呼吸をし、震える手を握り締めて再び歩き出す。

こうして、短いようで長い七日間が幕を開けたのだった。

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最終選別が始まって早くも三日が経った。
鬼の弱点である太陽の光が差す日中に食事を済ませ、仮眠を取って体力を回復させる。そして日が暮れてからは遭遇した鬼をひたすら狩ることの繰り返し。
その間に他の参加者と会うことはなく、蒼志は自分だけが生き残っているのではないのかと不安になっていた。

「みんな、どこにいるんだろう……」

そして、嫌でも必ずやって来る日暮れの時間に、蒼志は疲労からか重たい溜息を吐く。

「爺ちゃんのおにぎりが食べたい……」

そう言っても、目の前におにぎりが出てくるはずもない。
温かいご飯と温かい布団が恋しいが、最終選別が終わるまでの我慢だと蒼志は立ち上がった。

「ぎゃああああああああ!!」
「うわっ!?」

瞬間、近くで聞こえた大きな悲鳴に蒼志は驚いて肩が跳ねる。
今のは他の参加者の声に違いない。鬼に襲われそうになっているのか、それとも既に襲われてしまったのか――どちらにせよ、まだ間に合う可能性もある。蒼志は急いで声のした方へ走り出した。

「頼む、間に合って……!」

木々の間を抜けて見えた先に、金髪の少年が鬼から逃げ回っている姿を確認する。その珍しい髪色に思わず立ち止まって見惚れてしまったが、彼の叫び声でハッと我に返った。

「来ないでええええ!! 俺喰べても美味しくないから!! 絶対美味しくないから!!」
「喰ってみねえと分かんねえよ!」
「ひいいぃ!! 死ぬ死ぬ絶対死んじゃう!!」

鬼殺隊志願者とは思えぬ情けない声がその場に響く。追いつかれないように必死に逃げ回る少年は、地面に落ちていた木の枝に気付かず躓いて転んでしまった。
「あ、もうダメだ」彼が死を悟った瞬間、突如鬼の頸が斬れる音がする。

「結の呼吸 参ノ型――風結」
「えっ……」

ふわりと風が吹いたかと思うと、頭を抱えて蹲っていた少年の目の前に鬼の頭部が落ちてきた。彼は突然のことに驚いて悲鳴をあげ、慌てて後ずさる。
蒼志は刀を鞘に収めると、怯えた様子の少年に近付き声をかけた。

「怪我はない?」
「う、うん……」
「そっか、良かった」

そう言って微笑んだ蒼志に、彼は目を見張ると頬を赤らめる。
「す……」少年は蒼志の両手を包むように手を重ね、真剣な顔付きで真っ直ぐ見つめるとこう言った。

「好きです! 結婚して下さい!」
「……は?」

突拍子もない話についていけず、蒼志は目が点になる。何故、今ここで急に結婚の話になったのか。

「それより、まずは最終選別で生き残ることだけ考えよう」
「え、軽く流された……」

せっかくの告白を何事もなかったかのように流され、ショックを受ける少年。
そんなことは気にせず、蒼志は早くここから退散した方が良さそうだと思い彼から手を離す。そして立ち上がろうとした、のだが――

「待って! 待って待って! 俺を置いてかないでよ!」

今度は腰に抱きつき離れようとしない少年に、流石の蒼志もややうんざりする。がっしりと掴まれて身動きの取れない状態になってしまい、どうすることも出来ず諦めたように彼の前に座った。

「私は十六沢蒼志。君は?」
「お、俺は我妻善逸」

善逸はやっと身体を離してくれたが、蒼志がどこか行くと思っているのかその手は握られたままだ。
男性と手を繋ぐことに慣れていない蒼志は、少し意識してしまい頬を赤らめる。そんな彼女に善逸は話を続けた。

「俺、すげー弱いんだ。君が思っている以上に弱い。だから、いつ死ぬか分からない」

彼は最終選別が始まってからずっと、鬼に見つからないように身を潜めていたそうだ。それでも先程のように見つかってしまった時があったが、気が付くと誰かが倒してくれていたらしい。

「今まで生き残れたのも運が良かっただけだ。きっとすぐ死ぬ。ていうか死にたい」
「善逸……」

ここまで言っている彼が何故、鬼殺隊に入るために最終選別に来ているかは分からない。だが、人それぞれ事情はある。
今はきっと、鬼に殺されそうになった後で弱気になっているだけだ。それと疲労しているのも重なり、精神が不安定になっているのだろう。

蒼志は善逸の目から再び溢れてきた涙を拭ってあげる。彼を放っておける程、蒼志も無慈悲ではなかった。

「善逸、落ち着くまで私が側にいて君を守るよ。頼りないかもしれないけど……。だから死にたいなんて言わないで」
「本当!? ずっと側にいてくれるの? これもう結婚するしかないよね!?」
「いや、ごめん。そういう意味じゃ……」

最終選別中だとは思えない会話に、つい蒼志の気も抜ける。
――その一瞬の気の緩みを突かれた。

「蒼志ちゃん!」
「っ……!」

油断したせいで、横から襲いかかってくる鬼に気付かなかったのだ。
咄嗟に避けたが、少し遅かったようで敵の攻撃が頭に当たる。当たり所が悪かったのか、蒼志は頭から血を流しながらその場に倒れ込んだ。

「蒼志ちゃん! 蒼志ちゃん!」

意識はあるが、頭を殴られた衝撃で視界が眩む。善逸が真っ青な顔で覗き込んでいるのがなんとなく分かった。
守るなんて偉そうなことを言っておきながら、その直後にやられるなんて。情けないなと蒼志は自嘲する。

「ひひ、まずは女から頂くとするか」

下卑た笑いに背筋に悪寒が走る。
蒼志は立ち上がろうとするが、視界がふらついて上手く立てない。こんな所で死ぬわけにはいかないのに。

「善逸……!」

なんとか立ち上がり、彼だけでも逃がさなければと隣を見ると、善逸は気絶しているのか地面に倒れていた。
「ちょ……善逸!」名前を呼びながらふらふらと駆け寄る。すると彼は気絶しているのではなく、すやすやと寝息をたてているだけだった。

「うそ、寝てる!?」
「残念だったな、ここで二人まとめて喰ってやるよ!」

勝利を確信した鬼はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。彼を庇うように前に立った蒼志が刀を構えると、その脇を疾風が駆けていった。

「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」

一瞬だった。
宙に舞う鬼の頸と、支えを失ったように横たわる身体。その向こうには、先程まで後ろで眠っていたはずの善逸の姿があった。
蒼志には何が起きたのか分からず、塵となって消えていく鬼と佇む善逸の背中を交互に見る。

「……善逸?」

長かった夜も丁度明けたようで、彼を照らすように日差しが降り注いだ。鬼の身体が完全に消えても一向に動こうとしない彼を不思議に思い、蒼志は恐る恐るといった様子で声をかける。
すると、彼はまるで今意識が戻ったかのように辺りを見回した。

「あれ、鬼がいない……」

振り返り、ポカンとした表情で突っ立っている蒼志と目が合う。善逸は彼女の額から流れる血を見て、またもや大きな悲鳴をあげた。

「蒼志ちゃん大丈夫!? 痛いよねごめんね! 鬼を倒してくれてありがとう!」
「え、倒したって……」
「俺、気失ってて覚えてないけど、蒼志ちゃんが倒してくれたんでしょ!」

あれはどう見ても彼が倒したようにしか見えなかったのだが、覚えてないとはどういうことだろうか。
蒼志は止血するために頭に布を巻いてくれている善逸を横目で伺う。

「も、もしかして巻き方おかしい?」
「……ううん。ありがとう、善逸」

お礼を言われ照れ臭そうにする善逸に、蒼志は変な話だと思わず笑った。
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