生き残った者たち
完全に夜は明け、これだけ日が出ていれば鬼が現れることもないと判断した蒼志は、隣でぼんやりと座っている善逸へ顔を向ける。あれだけ泣き叫んでいた彼も大分落ち着いたようだ。そろそろ行っても大丈夫かなと立ち上がり、彼に声をかけた。
「じゃあ、私はこれで行くね」
「えっ! ずっといてくれるんじゃないの!?」
慌てて足にしがみ付いてくる善逸に、蒼志は落ち着くまでと言ったはずだと困ったように頭を掻く。
「だって、ずっと一緒にいたらちゃんと評価してもらえないかもしれないしさ」
「そ、そうかもしれないけど……」
それに、あれだけ強いのなら一人でも大丈夫だ。そう言うが「いや、俺は弱いから」と全く信じてくれない。
愚図る善逸を諭し、ようやく身体を離してもらえる。蒼志は数歩前に出ると言い残したことがあったのか、思い出したように振り返った。
「選別が終わったらまた会えるといいね」
じゃあねと手を振り、今度こそ茂みの向こうへ消えていく。
善逸は無意識に引き止めようと伸ばした手を下ろすと、彼女の名前を確かめるように呟いた。
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善逸と別れてから三日が経ち、今日が最終選別最後の夜になる。
他に生き残っている参加者もいるためか、山の中にいる鬼も大分減ったようだ。そのおかげで鬼と遭遇することも少なくなり、何事もなく最後の一夜を乗り切ることが出来そうである。
(体が重い……)
七日目にもなると、身体もボロボロで倦怠感も強さを増していた。そんな身体を引きずり、山を降りて最初に集合した場所へ向かう。
そして、遂に七日目の夜が明けたのだった。
「着いた……」
早朝、案内人の双子が待つ場所へと辿り着いた蒼志は、へなへなと地面に座り込み安堵の息を吐く。
蒼志を含めるとまだ五人しか集まっていないようで、その中に目立つ金髪がいることに気が付いた。蒼志はふらつく足取りで彼の元へ向かう。
「善逸、生き残ったんだね」
顔から血の気を引かせ、俯いてブツブツと死ぬ死ぬ呟いている善逸に声をかけると、彼は蒼志を見て驚いたように目を見開いた。
「蒼志ちゃん! 良かった、全然来ないから心配してたんだよ!」
「まだこれだけしか戻ってきてないんだね」
抱きついてこようとした善逸を華麗に躱し、蒼志は周りにいる面々を確認する。今の時点でこの場にいるのは蒼志と善逸、顔に傷のある少年、髪を横で結んだ少女、そして初日に最後に来た狐の面の少年で五人だ。
まだこれだけしか戻ってきてないというよりは、これだけしか生き残っていないという表現の方が正しかったようで、案内人である双子が口を開いた。
「お帰りなさいませ」
「おめでとうございます。ご無事で何よりです」
どうやら、蒼志が最後の合格者だったようだ。初日にいた20人程の志願者の大多数が死んでしまった、ということである。そのことに内心驚いていると、童子たちは説明を始めた。
「まずは隊服を支給させていただきます。体の寸法を測り、その後は階級を刻ませていただきます」
最終選別合格者には隊服の支給、そして階級が与えられる。
階級は十段階あり、上から甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸となっている。現在、蒼志たちは一番下の癸だ。
「刀は?」
顔に傷のある少年が急かすように童子に尋ねると、白髪の方がそれに答えた。
「本日、刀を造る鋼――玉鋼を選んでいただきますが、刀が出来上がるまで十日から十五日かかります」
「その前に、今から皆様に鎹鴉をつけさせていただきます」
童子が手を叩くと、待ちわびていたように空から鴉が降りてくる。一人に一羽ずつ与えられるようで、其々の差し出した腕に留まった。
「鎹鴉は主に連絡用の鴉でございます」
「鴉? これ雀じゃね」
困惑したような声が聞こえ、隣にいる善逸の方を見ると彼の掌には雀が留まっていた。一人だけ可愛らしい雀だという滑稽な姿に蒼志は思わず吹き出してしまう。
蒼志が善逸から顔を背けて小さく笑っていると、突如怒声が聞こえてきた。
「どうでもいいんだよ鴉なんて!」
腕に留まった鴉を叩き落し、顔に傷のある少年が白髪の童子の髪を掴み上げて詰め寄る。
「刀だよ刀、今すぐ刀を寄こせ!! 鬼殺隊の刀、色変わりの刀!!」
「ちょっ……」咄嗟に蒼志が止めに入ろうとするよりも早く、狐の面の少年が彼の腕を掴んだ。
「この子から手を放せ。放さないなら折る!」
「ああ? なんだテメェは、やってみろよ!!」
そう言った次の瞬間、ミシッと骨の軋む音が聞こえ、それと同時に傷の少年が呻き声を上げる。慌てて振り払うように手を放すと、痛む腕を抑えた。
事の成り行きを見守っていた蒼志は、本当に折ろうとするとは思わずギョッとする。
「くっ……!」
傷の少年が怨むような目付きで睨みつけると、少年が庇うように前に出た。
「お話は済みましたか?」
間を割って、黒髪の童子は顔色一つ変えず話を進める。彼はもう一人が掴まれていたというのに一切動揺せず、助けようともしなかった。蒼志にはそれが異様に感じた。
「では、あちらから刀を造る玉鋼を選んでくださいませ」
彼等の後方にある台から布を取ると、その上には様々な大きさの玉鋼が並べられている。
鬼を滅殺し、己の身を守る刀の鋼は自分の手で選ぶ――皆の視線が一斉に鋼へと集まった。
(選べって言われても……)
大きさもばらつきがあり、見た目も然程変わらないとなれば、どれが良いのか正直分からない。
悩んでいる間に他の者たちが続々と鋼に手を伸ばし始めたのを見て、蒼志も慌てて自分の鋼を選んだ。
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その後、案内人の説明も終わり隊服を支給された蒼志たちは解散となった。全てが終わった安心感からか、一週間の疲れがドッと彼女にのしかかる。
ここからまた歩いて帰るのかとげんなりしつつ、隊服の入った鞄を担いで藤襲山を降り帰路へついた。
「疲れた……」
既に体が悲鳴をあげているが、立ち止まって休み始めるとそのまま道で寝てしまいそうなので迂闊に立ち止まれない。
道中、ボロボロの蒼志を見てすれ違った人たちから哀れみの目を向けられるが、そんなことを気にしている暇などなかった。
「もうすぐかな……」
藤襲山から歩いてどれだけ経ったのか。気付くと空は橙色に染まり、夜が訪れようとしていた。
歩き続け、ようやく見えてきた一週間ぶりの我が家に蒼志も幾分か早足になる。
「蒼志!」
家の玄関前には宗十郎が立って辺りを見回しており、蒼志の姿を見つけると駆け寄ってきた。
「ただいま、爺ちゃん」
久々に見る祖父に微笑むと、彼は流れた涙を隠すように蒼志を抱きしめる。
送り出す時は大丈夫だと言って全く心配していない様子だったが、やはり不安だったのだろう。ふらふらになって帰ってきた蒼志に「頑張ったな」と優しく頭を撫でた。
「爺ちゃん……」
蒼志も釣られて泣いてしまいそうになったが、タイミング悪く腹の虫が鳴り慌ててお腹に手を当てる。
「お、お腹空いた……」
あはは、と照れ臭そうに笑った蒼志に、宗十郎はほくそ笑んだ。
「そう言うと思って用意しておいたぞ」
「中に入って食べよう」と肩を貸し、二人で一緒に家まで向かう。
蒼志の分の食事を用意していたということは、絶対に帰ってくると信じて待っていてくれていたのだろう。そのことに気付き、蒼志は嬉しくなった。
「そういえばさ」
家に入り用意されていたおにぎりを二、三個食べ終えた頃、蒼志はふと思い出したように話を切り出す。
突然どうしたんだと不思議そうにする彼に、蒼志は口の中の物を飲み込むと話を続けた。
「私、選別中に会った男の子に求婚されたんだよね」
まさか、そんな話題が彼女の口から出るとは思わず、宗十郎の手からおにぎりが零れ落ちる。
「普段は弱気なんだけど、鬼と戦った時は強いところとか兄ちゃんと似ててさ……」
そこまで言ったところで祖父の方に視線をやると、あからさまに動揺していることが分かった。蒼志は慌てて「まあ、冗談だと思うけど」と言うと、彼はただ一言「そうか」とだけ言葉を発した。
そのまま黙々とおにぎりを食べ始めたため、これは信じてなさそうだと蒼志は困ったように頭を掻く。
(それにしても、賑やかな子だったな)
蒼志は善逸の姿を思い出し、小さく笑った。会っていきなり結婚してくれと言われた時は流石に引いたが――今後一緒の任務につくこともあるかもしれないし、また会えるだろう。
そんな期待もしつつ、最終選別で鬼にやられた額の傷に手を当てる。
(私なんて、まだまだ弱い)
あれくらいの鬼に油断してやられていては、任務が始まって更に強い相手が現れた場合すぐに殺されるだろう。
もっと強くならなければ――最終選別を終えてそう実感した。
刀が出来上がるまでの間に鍛え直しだと反省し、再び始まる鍛錬に備えご飯を食べ終えた蒼志は、そのまま布団に入って死んだように眠りに落ちたのだった。