バツン、と大きな音がした気がした。
観覧車で組織との銃撃戦により力の入らない身体を水面に叩きつけられた瞬間、FBIに入って思った数百回目の「あ、死んだ」が頭に浮かんだ。ぼこぼこと気泡が浮かび上がるのをうっすらと視界に入れ、酸素を取り込もうと水面をめざして水をかき分ける。
しかしどうしたことか。水面から顔を出すとそこにはボロボロになった東都水族館ではなく、見覚えのある灰色の城。
「……………は?」
主な内容は説明するのが面倒臭いから省くけれど、私が居たのは城を取り囲む湖でそこを丁度通りかかった人に助けられ城へ行き事情を説明した。その人物、アルバス・ダンブルドアは城に勤める教師とのことで、彼の遠い親戚ということで今年の夏から編入が決まっていた。そう、荘厳な城だと思ったが、なんと学校だった。しかも魔法学校。
ここはハリーポッターシリーズの世界だった。相棒がシャーロキアンで、ミステリー小説をよく進めてきたが、私は専らファンタジー路線。むしろ何でも気になったものは読むので、シリーズは全作、勿論呪いの子とファンタスティックビーストまで熟読しているため内容も事細かに覚えている。
ははっ、笑えねぇ。観覧車で戦っていたはずなのに気づいたらホグワーツ入学決定て。おい。
ダンブルドア曰く、私は人より魔力があるらしく、勉強すれば立派な魔女になれるらしい。そんな事が分かるものなのかと驚いていると、「アジア圏の外見じゃが、英語も難なく通じる様じゃしの」と優しい笑を浮かべていた。
それは元から9カ国言は話せるからです。はい。
しかし、得体の知れない突然湖から現れた人間を匿ってくれており、このまま魔法界の事を勉強していると元の世界に戻る方法もわかるのかもしれない。
入学後は原作同様4つの寮に振り分けられ、注意事項やらが学校長から話される。ただ、私がよく知るハリー・ポッターやドラコ・マルフォイなどの人物はいなかったが、その親はいた。
新入生が1人ずつ組み分け帽子の前に並び名前を呼ばれるのを待つ時に聞こえた数人を、私は知っている。彼らがどのようにして人生を終えるのかを………知っている。まあ、そこまで干渉するつもりもないけれど。
はやく、戻らなければ。何としてでも。
ちなみに私の寮はレイブンクローだった。知識欲に富んだ生徒が多いので、以前の常識では考えられない魔法を扱うけれど、なんだかんだ楽しい学校生活を送っていた。
普通の学生としてホグワーツでの生活を楽しむ中で、私は魔法界についてひたすら勉強をしたものの、私がこの世界に来た原因は解らず、ただただ要らない知識が増え、いつの間にか学年首席。閉鎖されたこの学校では色んな噂が飛び交い、広まるのも必然的に早いため、テスト前の期間は最悪だった。
そんな時、質問攻めから逃げるために入った人気のない空き教室で、彼は1人で縮こまって座っていた。
「………、セブルス・スネイプ」
「………」
思わぬ偶然にポツリと零していた言葉を拾われていたのか、サッと教室から出ていこうとした。そんな彼の腕を、掴んでしまった。
「………離せ」
「……待って、スネイプって闇の魔術に詳しいんだよね?」
「、何処でそれを…「私、どうしてもしたいことがあるの。
だから、闇の魔術に関する事、教えて」
なんでだろ。確かに色んな文献を手当たり次第に漁ったものの闇の魔術に関する情報は少ない。けれど、主要人物の腕を引っ掴んででもする会話なのか?これが。
「……ダメ、かな?」
あんなに、関わりたくないと思っていたのに。
「…………………ダメじゃない」
何故か、彼を1人にしたくないと思った。
「ほら、この本だ」
「ありがとう」
あれから、空き教室や人気のない森の近くで私はスネイプに勉強を教えて貰っていた。ぶっきらぼうで中々他人に心を開かない彼だけれど、未来で立派な魔法薬学教授になるのもわかると思えるほど、教えるのは上手だった。
ゆっくりではあるけれど、確実に少しずつ、距離は縮まっていると思う。
そんな時、いつもなら聞こえない足音がした。
「?どうした」
「………誰か来る…2人、いや………4人?」
「、」
何故そんなことがわかるとでも言いたいような顔をしたスネイプが居たけれど、彼は案外周りのことには疎いのか。噂とか、気にしているなら最もらしい反応を示した方がいいと思う。
やってきたのは、ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックをはじめとするあの4人組。
原作でも映画でもあったシーンだ。ここでジェームズ達にバカにされたスネイプがリリーに「穢れた血め」と言ってしまうのだ。私が介入したら、未来が変わってしまうのか………
「まさか、スニベルスがレイブンクローの才女様に勉強を教えられているとは!どんな汚い手を使ったんだ?」
逆なのに、私が教えて欲しくてこうしているのに。とふつふつと怒りが湧いてきた。
スネイプを嫌に煽るポッターに、私はムカついて、スネイプが何かを言う前に言った。言ってやってしまった。
「ハッ真実を見抜けない……見抜こうともしないクソ野郎ね、ジェームズ・ポッター…
たかが噂に踊らされている貴方達を見るのは凄く気分がいいな」
「、おい」
スネイプが止めるような視線を向けてきたが、構わず続ける。
「……今のはどういう事だ?」
「あら、難しかったのかな?
自分が世界の中心だと勘違いして騒いでる奴は笑えるって言ってるんだけど」
スネイプが止めようとするが、私はもう止まる気は無い。相棒が………赤井さんが、冷静なスナイパーだとしたら私は苛烈な格闘家。基本は私が特攻でサポートを彼が、というスタイルで行動してきたのだ。
「本当に、私は心を殺すことが苦手だ…」
今にも決闘が始まりそうな中で、ポツリと呟いた。
ホグワーツでの生活がどれだけ長くても、私には貴方がいない生活なんて慣れない。
ねぇ、赤井さん………貴方に今すぐ合いたい。
「エクスペリアームス!」
ジェームズの隣にいたシリウスがそう叫ぶ前に、呪文を唱えた。
「ーーーーーー」
強い風が吹き付けるが、私は静かに持っていた勉強道具と杖をスネイプに任せ、青いローブを脱ぎ、シャツの腕をまくった。
「今、何を唱えた」
「説明しても、きっとバカには分からないよ?」
「シレンシオ!」
「すぐに安い挑発に乗って杖を向けるあたり、ほんとうに愚直だな。
……まぁ、私も人のこと言えないんだけど」
「なっ、魔法が効かない!?」
「私を黙らせたいなら、魔法に頼らず実力行使で来なさいな、シリウス・ブラック」
2度足場を確認して飛び出すと、突然の私の行動に驚いたのか何なのか、後ろに後ずさる。やはり本物の喧嘩が何なのか、決闘が何なのかをこの人達は知らない。魔法は基本杖の振り方と発音で決まるけれど、コツさえ掴んでしまえば杖がなくたって、無言でだって発動できる。それを完璧にマスターして、そこに体術も加わればきっと無敵だ。
「チェック・メイト。
私に勝つ作戦でも練り直してきなさい。それとも………次は誰かが挑戦してみる?」
完全にシリウス・ブラックからマウントを取ったまま他に微笑みかけると、そそくさと逃げて行った。張り合いがいがないな。
「ほら、大丈夫?」
「っ、あぁ……腹が痛い」
「内蔵まで届いてはいないでしょ、手加減したからね。
いくらセブルスが気に食わなくても、突っかかってこないで。訂正するけど、彼は私に勉強を教えていたの。友達だから」
「………スニベルスが、友達?」
「次その名で呼んだら、顔の形変えてあげる」
「いや、遠慮しとく」
「ほら、さっさとポッター達のとこに戻りなさい」
少し顔に付いた泥を拭ってやると、ぽかんとした顔のブラックがいた。そんな彼に背を向けてセブルスに向き合う。彼は脱ぎ捨てたローブを拾ってくれていた。
「荷物、ありがとうスネイプ」
「………呼び方」
「え?」
シャツの袖を下に引っ張って、スネイプから受け取ったローブを羽織る。
「呼び方だ、元に戻っている………友人、なのだろう」
「、ふっ……」
「何がおかしい!」
ローブの内ポケットに杖を直し、ボタンを止めた。
「あまりに可愛らしいことを言うものだから、つい」
「………お前は謎だらけだ…
さっきの呪文は?それに、シリウス・ブラックを素手でぶちのめすなど…」
「言ったでしょ、"したいことがある"って………会いたい人がいるんだ」
1人で何でも抱え込んで先を急ぐ彼の隣に、ずっと立っていたい。最愛の、相棒の隣に。
「そいつは…………」
「秘密!A secret makes a woman woman………ってね!」
明るく笑えたつもりだったけれど、セブルスは私をじっと見つめて動かなかった。