さよなら夢花火

「お前、まだアイツに言ってなかったのか?」
「………うん」

 昼休み。机に突っ伏して寝ていると、前の席に我が物顔で座った光来が話しかけてきた。
 光来とは幼い頃から付き合いがあり、何をするにも一緒だった幼馴染。家が同じマンションにあり親同士も仲が良くて交流もあるから、私が夏の終わりに転校することが決まったことも光来にはすぐに知られてしまった。

「夏休み始まったら会う機会も無くなんだろ。アイツ、一軍だしな」
「………光来も、控え?なんだから忙しいんでしょ」
「俺はギリギリまで会おうと思えば会えるだろうが。でも幸郎は家遠いから寮入ってるし無理だろ」
「うんん…………」

 光来の言うアイツとは私の想い人である昼神幸郎君のことだ。
 昼神君とは1、2年生の時同じクラスで、体育祭や修学旅行などの学校行事で次第に打ち解けていった。
 いつでもバレーに真っ直ぐで、少しも妥協しない姿とか。周りに厳しいけれどそれ以上に自分に厳しくもあるところとか。とっつきにくいと思われがちだけど話してみるとそうでもなく、寧ろ人当たりが良い好青年だったりする。
 そんな彼は男子バレーの強豪であるこの学校でも活躍する選手らしく、少しの間切羽詰まったように暗い表情をしていたけれど、それも3年の春になると元の穏やかな彼に戻っていた。
 初めて会った時のことなんて覚えていないくらい、いつの間にか話すようになってからは仲の良い男友達になっていた。でも、好きだと自覚したのはつい最近のこと。
 親の仕事の都合で転校が決まってすぐに私の頭の中に浮かんだのは「昼神君に、なんて伝えよう。どうしよう、嫌だな」だった。
 他にも離れたくないと思える友人はいる。受験だって控えているから、中3の夏という中途半端な時期に転校なんてしたくない。 でも、私はずっと、昼神君のことばかり気にしている。
 夏休みは何をするのかとか、高校はどこに進むのかとか。そんなありきたりな会話にも笑って誤魔化して、いつも何を話していたのかわからないくらい普通の私でいられなかった。
 そんな私を見た光来に「お前、幸郎のこと好きなのか?」と言われたのだ。目ん玉飛び出るかと思った。そこまで分かりやすかったか聞けば、そういうわけではないけれど、と言葉を濁していたけれど、気が気じゃない………。

「………昼神君の進路、聞いた?」
「鴎台だろ?県内の強豪といえばそこだしな」

 「俺もそこに行く」と言った光来に視線を向けて私はため息をついた。
 私だって、行きたかったよ。昼神君はこの先もバレーを続けるけれど、それ以上には進まないと断言した。自分はそこまでバレーが好きではないのだと。
 でも、私は彼が好きで。彼のそばにいたいと、長年時間をかけて培ってきた努力の行く末を見てみたいと思っていた。

「…………いいなぁ、光来は」
「幸郎が、名前に進学先教えてもらえないってぼやいてたぞ。俺に聞いてきた」

 早く教えるべきなんだろう。教えないとダメなんだろう。
 でも、私は彼と離れることは勿論だけどそれ以上に伝えることによって微妙な空気の中で残りの日々を過ごすことの方が嫌だった。とはいえ、敏い彼に進路も夏の予定も誤魔化すことは難しくあるので既に微妙なところではあるけれど。
 光来は「行くまでには自分で伝えろよ」とだけ言って自分の席へ戻っていった。
 そう簡単に言えるならとっくに伝えてるよ。きっと誰よりも早く。それでもそれができないのは、離れることで私のこの淡い恋心も押し殺したいと思っているからかもしれない。

 好きだと自覚したのは離れることが決まってからで、それでもこの気持ちを本人に伝える気は全くなかった。
 だって、どう転んでも離れることに変わりはない。振られるのはもちろん嫌だけど、付き合うにしたって遠距離恋愛なんて続く気がしない。
 それから着実に時間が過ぎるとともに日に日に暑さも増していく中で、夏休みが始まる二週間前のことだった。

「なぁ、一緒にこれ行かない?」
「、へ」

 転校の手続き関係で職員室に向かっていると昼神君に話しかけられ、ちょうど同じ方向に用があると途中まで一緒に行くことになった。
 バレー部は全国大会まで駒を進めたため、3年生といえど引退はまだ先のことらしい。そんな、他愛無い会話をしている時に昼神君が視線を向けたのは廊下に貼られていた七夕祭りのポスターだった。

「七夕祭りか………来週の土曜?」
「うん。部活あるから夕方になるけど。
 光来君に、名字がお祭り好きって聞いたからさ」
「あはは……お祭り好きっていうか、屋台が好きなだけだよ」

 でも、もうそれが最後の思い出になるかもしれないし。
 光来も行くなら全然大丈夫だろう。

「行きたいな」

 もっと大きな夏祭りは下旬にあるし、七夕祭りはそこまで大きい規模のものじゃ無いから誰かに誘われることもなかった。大した予定も入ってなかったし、部活終わりなら二人とも余裕だろう。

「やった。じゃあ、そうだな……夕方6時に橋のとことかは?」
「うん、わかった。楽しみにしてるね」

 光来とは何度も遊んだことはあるけれど、仲の良い男友達といえど昼神君と出かけるのは初めてだなぁなんて浮かれきっていた。
 その日を最後にするなら、ちゃんと自分から言わないと。そう暗い気持ちになりつつもお祭りと考えれば気分は上がるし、浴衣で行こうかなとか、髪型はどうしようかとかそんなことばかり考えていた。


「お待たせ……!」
「全然待ってないよ」

 お祭り当日。今日は土曜日ということもあって私は朝から準備に勤しんでいたはずなのに、いざ浴衣を着て髪を纏めて軽くメイクをしてといつにもまして気合を入れて待ち合わせ場所に向かうと、すでに昼神君は到着していた。
 当たり前だけど、彼も私服だ。なんてことのない膝下までのハーフパンツにTシャツという普通の格好だけど、普段制服やジャージ姿しか見てこなかったから新鮮に思える。

「あれ、光来は?」
「え、光来君?」

 二人して顔を見合わせたままポカンとしていると、昼神君は何かを察したように悪戯っぽく笑った。

「光来君は誘ってないよ。今日は二人だけ。……嫌だった?」
「え、い…!?いやとかでは!全然!?」
「あはは、ほんと?」
「ほんとほんと!ただ、え………なんで?」

 本当に、それしか出てこなかった。
 彼らは同じ部活でありながらも接点がそれくらいしかなかったらしく、仲良くなったのは2年の終わりらしい。だけど、3年になってからは割と話している姿を見かけるし二人の口からはお互いの名前をよく聞いている。だから、遊ぶなら光来も来るのだろうと必然的に思っていた。

「なんでって………俺が、名字と二人で行きたいなって思ったから?」
「えぇ………」

 柔らかく笑っている昼神君は楽しそうではあるけれど何を考えて言っているのか読めなくて、私は妙に緊張して自分の体温が上がったような気がした。
 そんなこと言うの、やめてよ。変に期待してしまうから。
 昼神君は、いつも私を喜ばせることしか言わない。口喧嘩もしたことがなく、本当にいつも笑顔でいられるからこそその言葉に他意があるのではと期待してしまうのだ。そんなもの、あるはずがないのに。
 何を考えているのかわからない。からかわれているのかもしれない。でも、嫌われていないことはわかるし嫌でもないから、彼のことを知りたいと思っている。

「お腹すいたし、そろそろ行こうか。何か食べたいものとかある?」
「とりあえず焼きそば?」
「あはは、良いね〜」

 通りの道沿いに屋台が立ち並び、大勢の人がそこを歩いている。
 夕暮れの空は赤から濃紺に変わりつつあり、少しずつ冷えてきそうな中で爛々と輝く提灯や屋台の食べ物の香りで普段より一層華やかに見えた。

「さすがに人多いね……」
「夏休み始まったしね。逸れるよ、ほら」
「あ、ありがと」

 なんだか、デートみたいだ。
 繋いだ掌から鼓動が伝わってしまうんじゃないかなんてドキドキしたけれど、いつも通りの彼で。何もないように、当たり前のように手を差し伸べてくれるのが嬉しい反面憎らしい。
 きっと彼は、私以外の女の子にだってそうする。気合を入れておろしてきた椿が咲いた浴衣にも無反応で、やっぱり友達としてしか見られてないんだよなと実感した。

 焼きそば、たこ焼き、りんご飴。目につく食べ物を買ってからは花火の時間までどこか落ち着ける場所で食べようと話した。

「少し外れたとこに小さい公園があるから、そこ行ってみる?」
「うん、良いよ。道案内よろしく」
「オッケー」

 履き慣れない下駄を鳴らしながらゆっくりと歩く私の歩幅に合わせてくれるように昼神君は隣を歩いた。
 周囲を見渡すと私同様浴衣に身を包んだ人は少なくなく、友人らで来ているのか数人で固まって写真を撮っている女の子や小さな男の子を連れた落ち着いた雰囲気の女性、甚平を着て団扇を仰ぎながら歩く男性が見える。

「わっ」
「っと、大丈夫?」
「うん、ありがと」

 よそ見をしながら歩いていたからか、すれ違う人にぶつかってよろけてしまった。バランスを崩した私の手をすかさず昼神くんは引っ張って肩を支えてくれた。

「ビックリした。人、多くなってきてるね」
「そろそろ良い時間帯だもんね」

 そう話していると、後ろでまとめていた髪が一房落ちてきた。先ほどぶつかってしまい飾りがずれてしまったんだろう。自分の不注意とはいえ最悪だ。朝から悪戦苦闘してきたのに、暗がりの中で編み込みをして飾りをさして、なんてできないしと悶々とする。

「あぁ、解けちゃった?」
「うん………ま、仕方ないけどね。どこかにゴムとか売ってたら良いんだけど」

 最悪コンビニとかのものでも良いかなと思いながら不格好になっているであろう髪を思い浮かべる。すると、昼神君はショルダーバックから大振りのパールがついた水色の髪ゴムを取り出した。

「かわいいね、お姉さんの?」
「いや、あげる」
「………え?」
「行く途中で雑貨屋さん見つけて、なんとなく目についたから買った。
 まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかったけど………まぁ、渡すタイミングとか迷ってたし良い機会だったかな」

 いつものように笑う昼神君はそれ以上の言葉を言わず、早く行こうと私を急かした。

 ああ、本当にこういうところが。
 愛おしくて、憎らしい。いつだって彼は私が欲しい言葉をくれるし欲しい行動をしてくれる。それが嬉しくてたまらないのに、肝心なことは言わないからずっと一人で期待して、落ち込んで。 思わせぶりな態度を取って、楽しそうに笑って。
 ………私一人で盛り上がって、馬鹿みたいだ。

 隠れスポットなだけあって公園には人はほとんどいなかった。
 街頭に照らされポツンと置かれたベンチに座り、買ってきた食べ物を広げる。私は髪飾りとヘアピンを外して巾着袋に直し、髪を解かしてサイドで三つ編みにすると昼神君にもらったゴムで結んだ。

「うん、似合ってるよ」
「そう?ありがとう。大切にするね」

 花火が始まるまでは残り40分程度。食べ物を分け合いながら他愛無い会話をして過ごしていた。夏休みは何をするかとか、課題の話とか、部活のこととか。話題は尽きなくて、食べ物がなくなっても花火がよく見える手摺り付近に立つだけでまた学校の話を続ける。

「高校、どこに進むか決めた?」

 その言葉に一瞬だけ息が詰まって、それでも観念して昼神君の方を向いた。はぐらかせないと知っているから、少しだけ切なさを感じながら話すことに決めた。昼神君はなんてことなさそうにしながら丸い瞳を私に向ける。

「9月から、親の仕事の都合で東京に引っ越すの」
「…………は、」
「ごめん、ずっと言えなくて。教えたくなかったわけじゃないの。ただ、私が………」

 伝えたら、昼神君と過ごす時間の終わりを実感しそうで、寂しくて。
 なんて口に出せるわけがない。
 そろそろ始まる時間帯なのか、パラパラと花火の音が聞こえ始める。それでもこの場所はそんな騒がしさとかけ離れていた。

「………そっか。もっと、早くに教えてくれたらよかったのに」
「うん、ごめんね」
「向こうでも頑張ってね。時々でいいから、戻ってきなよ?その時は、会おうよ」
「………うん、そうだね」

 ああ、彼はどこまでも私にとっての友人で、最後の最後まで私が本当に欲しい言葉をくれることはない。
 彼の行く末を近くで見ていたかった。彼の邪魔だけは、したくなかった。きっと、これが最後になる。
 私がいなくなっても彼は変わらずいつもの生活を続けるんだろう。いくら仲が良くてもただの友人で、今はクラスも別だ。

『寂しい。行かないで欲しい』

 ………なんて、言ってもらえることを期待していた。どうにもできないだろうけど、それでも彼には私が必要なのだと思いたかった。

「私、昼神君のこと好きだよ」

 もう、友達でいられなくても構わない。私は彼と友達でいたくない。こんな感情を抱えたままで離れたくない。そんな気持ちが溶け合って、私は情けない震えた声で告白した。ドキドキなんて全くしない、ある意味死刑宣告じみた酷いものだった。
 空に打ち上がった花火には目もくれず、私はグッと手を握りしめて精一杯の笑顔で言った。

「さよなら」

 引き止めて欲しかった。彼なら引き止めてくれると、信じていたかった。



『井の中の蛙、大海を知らずってね』

 その一言が、始まりだったのかもしれない。
 彼女、名字名前とは1年生の時に同じクラスになった。とは言え特に接点があるわけでもなく、同じクラスの美術部の女の子というだけの認識だった。席が近くになれば当たり前のように話すし、同級生ってだけのそれ以上でもそれ以下でもない存在。
 でも、バレーの時ミスをしないようにといろんな本を図書室で借りて読んでいる時だった。

「スポーツ系の本、最近よく出るなって思ってたら昼神君が読んでたのか」
「出るなって……?」
「図書室の本、図書委員が管理してるじゃん?運営費から新刊も買ったりするんだけど、今まで美術部で欲しい画集とかバリバリ買ってたのに最近すんなり通らなくなったからさぁ」

 笑いながらそう答える彼女の腕の中にも俺は触れたこともないようなポーズ集や画集が積まれていて、自分もそうだから好ましいなと思った。何か一つのことに一生懸命になる姿勢が、同じ。全く別のジャンルなのに同じなんて馬鹿げてると思うけど。

「それ、全部読むの?」
「ああ、うん」
「すごいね、昼神君は」
「同じくらい本持ってるのに?」
「私は使うかもしれないものを借りてるだけだよ。今は描きたいものとかないし、次の県展とかコンクールの参考にするだけ」
「ふうん……」

 美術関連のことについては何も知らないけれど、彼女は美術部で賞を取るほど絵が上手いということは知っていた。それも一度や二度ではなく、この前だって集会の時同じ壇上に立っていた。

「私はスポーツとかよくわかんないけど、体力に技術に精神力にって、大変だね」
「………美術もそうじゃない?」
「そうかも?でも、私はほとんど趣味みたいなものだし。一生絵で生きていく気なんてないからさ」
「そうなんだ。いつも賞とかもらってるから美術系の道に進むと思ってた」

 そう言うと彼女は少し驚いたように俺の方を見て、そしてあっけらかんと言った。

「いや、デザイン系の仕事に就きたいとかは考えてなくないけどね?
 でも、思うように手が動かなかったり添削されたりしたらそりゃ凹むし美術一筋でご飯食べるなんてできっこないって思うよ」

 賞を何度も取って成果を出していてもそんなことを考えるのかと不思議に思った。
 俺は両親も兄姉も名門出身のバレー一家で、そんな生活が身近にあるからこそ俺もそうなるのだろうと思っているしそうした方がいいと思っている。だから、どんなに結果を出していても趣味だと言い切ってしまう彼女がなんとなく自由人というか。囚われない人みたいだと思った。

「………俺はこの先もバレー中心の生活だろうけど」
「あはは、最優秀選手だったよね。
 スポーツは、確実に点数がつくからハッキリと数字で結果が出るじゃん?でも、美術は結局個人の趣向の評価だから。今でさえ有名な画家はみんな死後にその作品が評価されてるしね」
「確かに」
「だから、私は好きなものしか描けなくていい。それを描くために技術は磨くけど、生活の中心は必ずしもそれじゃなくていいかなって思う。好きなことを仕事にするのは素敵だと思うけど、好きなことを嫌いにはなりたくないし。でも、遊びでやってるわけではない」
「………」
「昼神君は、バレー楽しい?」
「え、」

 真っ直ぐな瞳で俺を見据えた彼女は「まぁ、どっちでもいいけどね」なんて軽く笑った。

「昼神君の一生懸命で努力を惜しまないところは凄く好ましいけど、もう少し肩の力空いてもいいんじゃない?
 君が楽しいと思えるものはバレーだけじゃないはずだし、大切にしたいこととか学びたいこととか、他にもいろんなものがあると思うよ」

 井の中の蛙、大海を知らずってね。

 少しバレーをするのがきつくなってきた時に光来君に「やめれば?」って言われて軽くなった。でも、それより前に彼女は俺に他の道があることを示していた。
 嬉しかった。上っ面を褒めるだけじゃない、しっかり俺のことを考えた上で自分の思うことをそのままにぶつけてくれたから。
 俺は、もう少しで取り返しがつかないところまで……好きなことを嫌いになるところだったのかもしれない。バレーは俺が命をかけられるほど好きではないと思ってからは力を抜くことを覚えて、身が軽くなった。
 後々彼女が光来君の幼なじみだと知ってからは、確かに少し考え方が似てるかもしれないと思ったし同級生ではなく友人として仲良くなりたいと思った。だから2年になっても同じクラスの時は嬉しかったし、普段の学校生活では一番話す女の子だった。
 好きになるまでに、そこまで時間はかからなかった。

「は?名前の進学先?」
「うん、光来君は聞いてる?」
「………お前、まだ知らないのか」
「うん?」

 どういうことなんだと思いながら光来君を見ると眉間に皺を寄せて丸い目を細くして唸っていた。
 光来君は俺に今のあり方を考え直させてくれた恩人で、友人だ。でも、彼女の幼なじみだから少し彼が羨ましくもあって仲良さげな様子を見ると少し嫉妬してしまう。まだ付き合ってもないのに嫉妬なんておかしいけれど。

「教えてくれないの」
「俺からは言えん。本人に聞けよ」

 それをはぐらかされるから光来君に聞いたんじゃん。そう言うと「アイツにそれとなく伝えとく」と言って逃げられてしまった。でも、夏休み目前になっても教えてもらえる気配はない。
 光来君には言えて、俺には言えないの?幼馴染と、ただの友人だから?
 だったら、もういっそのこと告白でもしてしまおうか。
 そんな思いで彼女を七夕祭りに誘うと、二つ返事で了承してくれた。

 部活が終わると急いで身支度を整えて、早いけれど待ち合わせ場所に向かうことにした。寮住みのバレー部の人は夏祭りに行く人もいないようで、まあ夏祭りは今回だけじゃないし部活ハードだったし気力もないかもなと思いながら浮かれた足取りで歩く。
 街に近づくにつれて祭囃子が聞こえ、ちらほらと露店が見え始める。その際、なんとなく彼女らしいと思ってプレゼントを購入した。渡す方法とか全然考えてなかったけど、迷わずにレジまで進んでしまった。
 嫌われてはないと思うけど、彼女は俺のことをどう思っているんだろう。告白したら、どうなるんだろう。他に好きな人がいるんじゃないかとか考えたけど、光来君曰くいないらしいし。というか、光来君は恋愛のれの字も知らなさそうなのになんで俺が彼女のことを好きだって秒でバレたんだろう。
 もし付き合えたとしても、光来君くらい彼女を知るのは時間がかかりそうだなぁなんて思っている時だった。

「お待たせ……!」

 普段制服姿しか見ないから、彼女の浴衣姿は全く見慣れなくって。でも、艶やかで扇情的だった。そんな感情を表に出さないようにしながら「全然待ってないよ」と答える。
 光来君も来ると思っていたのか、いないことに驚いていたけどやっぱり俺のことは友人としてしか見ていないのかな。彼女と話していて光来君の名前が出てこなかったのは初めて話したあの時だけだ。いつも二言目には光来が、と口にしている。

「さすがに人多いね……」
「夏休み始まったしね。逸れるよ、ほら」
「あ、ありがと」

 人ごみに流されては堪らないと彼女の手を取ると、滑り落ちたように「デートみたい」と口にした。彼女はそれを口にしたことに気付いていなかったみたいだけど、俺はわざと聞こえないフリをして屋台の話を振る。
 デートみたいって、それ、どういうこと?そう、思ってくれてるんだろうかと期待してしまう。暑さにやられているんだ、多分。そう思い「かき氷食べたい」と話すと「昼神君て、ちょいちょい可愛いよね」と言われてしまった。こんなガタイもいい男にそんなこと言うのはこの子くらいだ。
 男としても見てもらえてないのかなんて悲観して、やっぱり告白もできないかなって自嘲した。だって、浴衣姿を見たって言葉を失うだけで何も言えなかったし。二言目には光来君の彼女に嫉妬しているし。
 俺って案外女々しいのかな、なんて思いながらゆっくりと廻る。
 心の中でならどんなことだってそのまま言えるのに、そばにいたら何もできない。面と向かったら何も言えない。

「…………もっと意識してくれたらいいのに」
「何か言った?」
「ん?幻聴じゃない?」
「かな?人多いと大きい声で話さないと通らないよね」
「あはは、そうだね」

 そのまま屋台で食べ物を買ったり露店を見て回っていると、花火が見える隠れスポットが少し遠いけどあると言うのでそこに向かうことになった。歩いているとよそ見をしていたのか人にぶつかってバランスを崩した彼女を支える。
 咄嗟のことに驚いて手を引いて肩を抱く。小さい手だなぁと思っていたけど肩も薄くて、彼女の香りにクラッとした。

「ビックリした。人、多くなってきてるね」
「そろそろ良い時間帯だもんね」

 意識するなと何度も心の中で唱えながら先に進もうとしていると、巾着袋の紐に腕を通して自身の髪を撫で付けている姿が目に入った。普段は下ろしている髪を上げて淡い桃色の髪飾りをつけていたから、無防備なうなじが目に入って目に悪いと思っていたけれど、これはこれでもったいないというか。
 そこで、行く途中に購入した髪ゴムを手渡した。

「かわいいね、お姉さんの?」
「いや、あげる」
「………え?」
「行く途中で雑貨屋さん見つけて、なんとなく目についたから買った。
 まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかったけど………まぁ、渡すタイミングとか迷ってたし良い機会だったかな」

 ナイスタイミングと言ってはおめかしして来てくれた彼女に申し訳ない気もするけれど、いつどのタイミングで渡そうか悩んでいたからちょうどよかった。
 有無を言わさず手渡して、突き返されないうちにと急かす。どんな顔をしているのか見てみたい思いと見たくない思いが鬩ぎ合って、自分だってだらしない、情けない表情だろうにと自嘲した。
 公園に到着すると彼女は手早く髪を三つ編みにして横に流した。その様子に手慣れてるなぁと感心しつつ、姉が身支度をしていても何も思わないのにどうして髪を編んでいる姿だけでここまで目が離せなくなるんだろうとぼんやり思う。まぁ、好きだからこそなんだろうけど。

「うん、似合ってるよ」
「そう?ありがとう。大切にするね」

 そのゴムを見て、俺のことを少しでも思い出してくれたらいい。
 花火が始まるまでは残り40分程度。食べ物を分け合いながら他愛無い会話をして過ごしていた。夏休みは何をするかとか、課題の話とか、部活のこととか。ほとんどお互いの部活の話で、あまり詳しくないジャンルと言えど話題は尽きずに食べ物がなくなってもそれは続いた。
 乱雑にゴミをまとめて公園の中にある自販機に備え付けられたゴミ箱にまとめて放り込むと、花火がよく見えるように手摺りに寄りかかる。
 人もいないし、告白するなら今かもしれない。花火の音にかき消されるのが定番だけど、なんて思いながら俺は意を結したように聞いた。

「高校、どこに進むか決めた?」

 俺と光来君は早々と県内の強豪校である鴎台に行くと話したことがある。男子校というわけでもないし、一緒だったらいいのにとも思っている。もし違う学校だとしてもそれは彼女が自分の進路のために選んだものだし、部活次第にはなるけど会うことだってできると思っていた。
 彼女は一瞬唇を固く結んで、俺を真っ直ぐに見て言った。

「9月から、親の仕事の都合で東京に引っ越すの」
「…………は、」

 すぐに言葉が出てこなかった。9月って、今年だよね。もう一月もない。光来君は、知っていたからこそ本人に聞けと言ったのか。だったら、彼はいつから知っていた?

「ごめん、ずっと言えなくて。教えたくなかったわけじゃないの。ただ、私が………」

 そろそろ始まる時間帯なのか、パラパラと花火の音が聞こえ始める。それでもこの場所はそんな騒がしさとかけ離れていた。
 ずっと言おうとしていたらしい。でも、なんで言ってくれなかったのかなんてとてもじゃないけど言えなかった。もっと早くに知っていたとして、何になる?「行くな」って言いながら抱きしめて、引き止めていた?余計に困るし、離れ難くなるだろ。

「………そっか。もっと、早くに教えてくれたらよかったのに」
「うん、ごめんね」
「向こうでも頑張ってね。時々でいいから、戻ってきなよ?その時は、会おうよ」
「………うん、そうだね」

 笑顔を貼り付けて去勢を張ってないと泣いてしまいそうで、嫌だという思いを押し殺してそう言った。二度と会えなくなるわけじゃない。きっと、何度だって会える。
 だから、今は寂しくならないように友人として彼女の隣に立っていられるようにとなるべく優しく言葉をかける。
 俺よりも辛い思いをしているだろうし、中3のこの時期に転校って、かなり大変だろう。彼女の手を引いてはいけない。負担にだけは、なりたくない。俺の背中をそっと押してくれた彼女だから、俺はこのままの方がいいと思っていた。

「私、昼神君のこと好きだよ」

 その言葉に、周囲の全ての音が消えたような感覚に陥った。思考が止まる。まさか、彼女の口からそんな言葉が出てくると思っていなかったから。
 ここで「俺も好き」とすぐに返事ができていたなら。
 でも、どうしようもなく臆病な俺は全く動けずに、目尻に涙を浮かべながらも綺麗に笑って「さよなら」と言って去る彼女を追うことすらできなかった。

「行かないでくれ………」

 そう口にした言葉は彼女に届くことはなく、俺は彼女の姿を目に焼き付けていた。
 その横顔があまりにも儚くて、きっと彼女はもう二度と俺の前に現れることはないと悟ってしまった。


「幸郎ー!起きろーー!!」
「………起きてるよ、光来君」
「いいや、声がまだ寝てんな!」

 新幹線の硬いシートに座ったまま腕を伸ばすと、バキバキと良い音が鳴った。そろそろ会場に着く頃かとこの後の予定を思い浮かべる。まぁ、みんなについていけばなんとかなるけど。うちには2メートルという目印があるしと思いながら通路を挟んだ反対の席に座る芽生を横目に見る。

 それにしても、またあの夢を見ていたのか………と新幹線の窓から流れる景色を眺めていた。
 あの夏が永遠に終わらなければいいのに、と思いながら俺の妄想だけで形取られたその先のことを思い浮かべる。あの後すぐに彼女を追って返事をしていれば。抱きしめて、「行かないで欲しい」「好きだ」と伝えていれば。そう思わない日はない。
 今となってはどこで何をしているのかもわからないし、また会えるのかもわからないけれど。

「東京かぁ………」

 せっかく、彼女が住む土地に行くのに探すこともできない。
 会いたいと、心の中で呟いてあの日の彼女の横顔をまた思い浮かべた。

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