伊藤ふみやの先輩

※ネームレス短編集です。

【淪落】



 高校に入学してすぐ、気になる人ができた。好きとか嫌いとかではなく、何となく気になる人。
 特に接点もなく、学年も性別も違うが校内でふとした瞬間に目で追ってしまう。すれ違った時の香りを覚えてしまう。そんな、2つ年上の人。



「何してんの」
「ん?ああ、花を摘んでる」

 裏門の脇にある椿の木の下にしゃがみ込んで何かをしている彼女に声をかけた。
 1月初旬の冷たい空気の中外にいるなんて、と。気にならないわけがない。

「なんで?」
「必要だからかな」

 花瓶に活けて写真を撮るのだと彼女は言った。なるほどな、と思うものの手伝うこともせずただその姿を後ろから眺める。が、落ちている椿を拾うだけにしては時間が掛かっている気がして、たまらず声をかけた。

「枝がね」
「枝?」
「いい枝だな、と思って」
「欲しいんだ?」
「うん。迷うよね、折っちゃうか」
「折っちゃえば?」

 そうだね。と彼女は言った。

「でも、私が今これを折れば、来年の今頃に伊藤くんは折っちゃえば?なんて言わなければよかったって思うでしょ?」
「は?」
「思うでしょ?」
「思わないよ」
「そう?」

 ならいいか、と彼女は躊躇わず椿の枝を折った。その枝に咲いている椿を落とさないように。それ以外はどうでもいいとでも言うかのように。

「寒いね。校舎に戻ろうか」
「うん」

 特に用事はないけれど、何となく一緒に歩く。椿の枝と椿が入ったビニール袋を手にしている彼女に、通りかかった教師がどうしたんだそれはと声をかけた。

「写真を撮ろうと思って。落ちていたので拾ってきました」
「写真だと?勉強はどうした。共通テストは今週末だろ」
「専門なので。もう決まってますよ」
「そうか」
「はい」

 本当は写真を撮る為に枝を折った。
 本当は共通テストも受ける予定だし、専門学校への進学予定はない。
 俺はそれを知っていながら何も言わず、こうやって平然と嘘を吐く彼女の隣を歩く。
 美術準備室のテーブルに椿を並べて撮影の準備をする彼女を眺め、疑問を口にした。

「何で嘘をついたんだ」
「伊藤くんなら正直に言った?」
「んー………」

 彼女はある程度のセッティングが終わったのか、一眼レフのレンズを嵌めながら言った。

「この世には規則や法律で縛らなければいけないことがある。
 殺人、強盗、沢山のしてはいけないことがあるからね。
 正直は美徳だとも言うけれど、知らない方が良いことだって沢山ある」

 人の命を奪ってはいけないとか、人のお金を奪ってはいけないとか。
 でも、大切な人の敵は取りたいし、貧困に喘ぐくらいなら盗みだって働くでしょう。

「私達はこれから、きっと色んな人と関わる。そしてその中で、自分にとっての善悪の区別をつけていくんだ。駄目な事と良いことの理由を探してね。

 いつか、答え合わせをしよう。
 君が何を大切にするのか、何を切り捨てるのか。それを私に教えてくれるかな。私もきっと、同じだけ話すから」

 彼女はそう言って写真を撮る。角度を変えて位置を変えて何枚も。
 角度が違えば物の見え方は変わる。それは、人間にだって言えることだ。立場が変われば考え方も変わる。
 1枚とて同じ写真を撮る気がないように、人の流れに自ら合わせることをしない人だった。反発し続けることもないけれど、ただ流されるだけでもない。きっと、彼女の中にも規則があるのだろう。


 2年後の冬。ふと思い立って椿を見た時彼女が言っていた通りに俺は後悔した。
 彼女が良いと言った枝が無い事にも、その枝があった所に新しい椿が咲いていた事にも。
 まるで、あの時間が無くなったかのように思えて。

【理非】



 高校に入学してすぐ、気になる人ができた。好きとか嫌いとかではなく、何となく気になる人。
 上履きの色からして三年生なことと、制服のデザインや体の凹凸から女子生徒だということしか知らない。
 体育館での集会の時に見かけたのが最初。校庭で体育の授業を受けている姿とか、休み時間や放課後に見かけるたびに「あ、」とついつい目で追ってしまう。すれ違った時の香りを覚えてしまう。
 そんな彼女と始めて話したのは、入学して1週間経ったくらいの、4月中旬のことだった。

「その本、図書室のものだよね?バーコードついてる。
 一年生?貸出手続きしよっか」
「え、あ、はい」

 図書室に足を運んだ際、受付カウンターで本を読んでいたのが彼女だったから声をかけられた時驚くことはなかった。

「手続き無しで持っていくの、係が私じゃない時はやってもいいけど、私の時はやめてね」
「なんで?」
「学校の規則ではダメ。だけど、私が受付じゃなければどうでもいいかな」
「どうでも……」
「だって、係じゃない日は貸し出し図書の管理なんて仕事の範囲外だもの。私が怒られなければいい。あと、この会話も秘密にしといてね」
「なんで?」
「私の範囲外で悪いことをして誰かが怒られるのは私にとって不利益にならないからオッケーだけど、そんな事を私が話してたと知られれば、学校の秩序は乱れるからね。そしたら結局、私の不利益になる」
「ふうん。わかった」

 悪を叱ることもなく、善を押し付けることもない。自分にとってそれが良いか悪いかで判断している。その様子が何となく自分と重なり、だから気になったのか?なんて。
 身長は俺と同じくらい。制服は大きく着崩してはいないものの規定を守ることもなく。胸元で揺れる黒髪を眺めていた。

「クラスと名前教えてくれる?」
「1年1組、伊藤ふみや」
「いとう、いとうふみや……伊藤くん、ね。見つけやすい」

 貸し出し手続きは図書室にあるパソコンで行うらしい。生徒一人ひとりに割り振られているバーコードをスキャンし、その後貸し出し図書のバーコードを読み込んで終わりという簡単なものだ。

「本はよく読むの?」
「まあ、」
「何系?」
「なんでも。図鑑とか、新書とか……伝記とか」
「ふうん」
「先輩は?」
「私も何でも読むよ。最近はミステリーが多いけど」

 ほら、これとか。そう言って手渡したのはつい最近発売されたと広告で見たことがある推理小説だった。

「読みたいなら貸したげる」
「え、いいの」
「うん。貸し出し期限が1週間だから、1週間後に持ってきて」
「わかった」

 持ち出そうとした一冊と一緒に、先彼女から借りた本を脇に抱える。

「あ、先輩のクラスと名前は?」

 入学してすぐに見かけて、気になっていた人。そんな彼女と話せて、情報も手にできてらしくもなく上機嫌だった。
 借りたミステリー小説はたしかに面白かったけれど、一番初めに出てくる犯人の名前の横に「こいつが犯人」と付箋が貼られていた事だけが気に食わなかった。
 何だあの人。

【思慕】



 夏休みに入ったものの、午前中のみ夏期講習が設けられていたために学校に来ていた。
 あついしだるい。早く帰ってアイス食べたい。重い足取りで生徒玄関に向かっていると、タイミングよく階段を降りてきたのは彼女だった。

「先輩」
「伊藤くん」

 いつものようにそこそこの会話をしながら歩いていると、彼女はこれからカフェで読書に勤しむと言う。「一緒に行く?」と聞かれてしまえば行く以外の答えなどなかった。

「一組の男女が食事に行くのは、デートだと思う?」

 そう口にした彼女は器用にシーザーサラダをフォークで口に運んでいた。レタスとか、葉物ってなんだかフォークだと取りづらいんだよなと思いながらプチトマトにフォークを突き刺す。

「デート……ではないんじゃない?友達同士とか、家族とか。男女といっても色んな括りがあるだろ」

 空調が効いている店内は、ランチタイムは終わっているだけはあって人は疎ら。テーブル席に向かい合って座る二人の会話はやけに大きく聞こえる。
 彼女は納得したのか「ふむ」と呟いて再度疑問を振った。

「じゃあ、デートの定義ってなんだと思う?」
「デートの定義………?」

 何だそりゃと思っていると、水を一口飲んで話を続けた。

「友人同士、兄妹、家族間だとデートとは言えずとも、どちらかが相手に恋愛感情を向けていればそれは成り立たないでしょう?
 友人だと思っているものにはどこまで行っても友人だし、恋愛感情があるのならただ出掛けるというのも違うんじゃない?」
「ああ、確かに」
「デートかデートではないか。決定的に違うのはやはり気の持ちようだと思うんだよ」

 つまり、何が言いたいかというと、と自分を真っ直ぐに見て言った。

「これはデートってことだよ」

 皿に張り付いていたレタスをフォークでつつく手を止めて、正面の彼女を見る。
 いたずらっ子のように目を細めて微笑むその顔に、自分の気の持ちようが動かされているのを感じた。

「気の持ちよう、ってデートだと思えるかそうでないか?」
「とも言える。後は仲良くなりたいとか、お近づきになりたいとかいう下心じゃない?」
「………え、先輩って俺のこと好きなの」
「そうだね、かわいい後輩だと思ってるのは確かだよ」
「下心は?」
「そうだな………仲良くなりたい下心ならある。
 私は男女間の友情は成立しないと思ってるから、これもデートだと思っている」
「そこに恋愛感情は?」
「あってほしい?」
「…………質問に質問を返すのはどうかと思う」

 むっとしながら言うと、楽しげに彼女は笑った。

「伊藤くんは、結構女の子にモテるでしょう」
「え、そんなことないよ」
「そう?まあ、告白されたことはないにしても影できゃあきゃあ言われてそう。雰囲気がミステリアスで、なんとなく惹きつけられる」

 俺を引き付けておいて、それをお前が言うのか。などと心の中で思いつつも声に出すことはない。

「性の差は大きいよ。差別だって生まれる。成長スピードも体の作りも何もかも違うからね」
「性、か………」
「好きにも種類はあるし、その人と何をするかにもよる」

 好きの種類、と聞いて少しだけ考える。
 見かけて、気になって、会話を重ねて。
 俺は彼女のことが好きなのだろうが、このぬるま湯に浸かるような時間が心地良くもある。

「先輩は、俺がセックスしたいって言ったら相手になってくれるの」

 彼女は思考をまとめているのか、ランチメニューのパスタをフォークに巻きつける動きをジッと見つめ、口を開いた。

「少なくとも、私が二十歳になるまではない」
「先輩が二十歳になったらいいの?」
「そうだな………その時もう一度誘ってみてよ。下心があるんですけどって」

【干渉】



 木曜日の放課後。それが、彼女が貸し出し図書の受付を担当する時間だった。図書室の入り口横にあるカウンターが定位置で、人がいない時に返却された本を棚に戻しているらしい。
 だが、今日は金曜日。彼女はいつものように椅子に座って本を読んでいた。

「昨日いないと思ったら、今日はいるんだ」
「昨日は三者面談があったから。代わってもらったんだ」

 学校に保護者を呼んで行う担任と生徒との三者面談。学校での様子なども話すけれど、三年生だと特に重要なのは進路の話になるのだろう。

「先輩は、高校卒業したらどうするの」
「そうだね………決めてなくて」
「決めてない?」

 夏休みも終わり、季節は秋に変わった。半袖では朝夕が少し寒いかな、と思うこの頃になってもなお。

「担任には大学を進められたけど、親としては完全に就職って決めてるみたいで。それで、お前はどうしたいんだって話をされてね」

 今までも少し思うところはあったけれど、彼女の家庭環境は少しだけ複雑らしい。

「学びたいことも特にないし、かと言って就職もそこまで考えてない。けれど、家は出たい」
「………難しいな。金がないと生きてはいけないだろ」
「そうだね。だから、消えてしまいたい」
「死にたいではないんだ」
「自殺とか?」

 抑揚のない声で、彼女は淡々と言った。

「死にたいとかは考えたことないかな。自分がしたいことだって沢山あるし、私は内罰的な性格ではないから」
「したいことって何?」

 例えばこれ、と彼女は手に持っていた本を掲げた。本の虫だから読みたいのだろう。それとも、将来書き手になるのだろうか。その場合は俺も読みたいけれど。

「ただ、人に何も思われたくないの。
 進学にしろ就職にしろ、人に何かを言われたくない。気にかけてもらえることは嬉しいんだけど、そうだな………
 私は、私がすることとか私の生活に口を出されたくないんだ。だから、誰にも干渉されたくない」
「難しいだろ。人は一人ではいきていけないんだから」
「そうだね。実際伊藤くんは変わらず話を続けているわけだし」
「………え、俺に話しかけるなって言ってたの」

 彼女は何も言わずに読書を再開した。

「ダメだよ。二十歳になったら、先輩の処女くれるんでしょ」
「あれ、そうだったっけ。そんな約束した覚えないんだけどな」
「2年後、先輩を誘いに行くから。ちゃんと生きててよ」

 無干渉を要求されても、過干渉する。

「世界のどこにいても探しに来てくれるんだ?」
「その気になれば宇宙にだって」

【負荷】



 図書委員の仕事は、図書室にある書籍の貸し出し手続きだけではない。まず、図書室の掃除。返却された本の整理や、カバーの補修。そしてたまに、上級生で新刊を購入しに大型の本屋へ向かうらしい。

「新刊、多くね?」
「今回は下級生の子も付いてきたから。
 いろんなジャンルがあっていいでしょ」

 実際に本屋へ向かったら数人の班に分かれて物色。最終的に先生が学校に持ち込んでいいのか、被っていないかをチェックをして郵送してもらうのだとか。
 郵送されたと見られるダンボールは貸し出しレジの背後に大きいのが一つと、彼女の足元にその半分ほどの大きさの物がある。
 ライトノベル、親書、図鑑、イラスト集、漫画、シナリオ本と、ジャンルも様々な多くの本が入っているそこから一冊ずつ、バーコードを貼りビニールのカバーを掛けてと図書委員の仕事をしていた。

「先輩1人でやるの」
「ん?まあ、出来る範囲でね」

 1年の頃から図書委員で、今年で3年目。年に数回のその作業は手慣れたもので、丁寧だからと教師に頼まれたのだとか。確かに気泡も少なく、手に持った紙の本の感触がいい。

「一応全員でやるようにってなってるけど、私も係の時にしかしないよ」
「それでもだいぶ残ってるみたいだけど」
「みんな、選ぶだけ選んで読むこともしないからね。まあ、読む人は読むから先生もその人の趣味に合わせたものを多く購入してる。
 一般生徒の利用って時期によるし」
「時期?」
「学校発表会前の数カ月間とか、文化祭前とか。本好きな人は週2とかで来るでしょ?伊藤くんもそうだし」

 ほら、これとか好きそう。と、彼女は少し前に流行っていたミステリーの本を取り出した。

「数は多いけど学校から出てるお金だし、絶対にどこかに需要はある。だから無問題」
「ふうん…………でも、先輩だって周りに任せちゃえばいいのに」

 本を読むことに集中したい人だから、話しかけられると栞を挟んで会話をする。だけど、こういった単純作業時は目を見ることはない。

「仕事が好きってわけじゃないし面倒も嫌いだけど、自分がしておいた方が楽なことだってあるでしょ。
 実際これは、人の為じゃない。自分が読みたい本からやってるよ。全部私が借りるために購入したんだし」
「……ん、じゃあこれは?」

 先程俺に手渡した本は彼女が先に読むのかと差し出す。

「それは、伊藤くんが先に読んでいいよ。次に貸してね」
「あ、そう」

 確かに、任せられる仕事も選んでいるらしい。

「そんなに本が好きなら、図書館司書とかになればいいのに」
「いや、私が本を読むのは知識を取り入れたいだけ。今は学生で、何処にも行けないからね」

 なんとなくではあるけれど、彼女の家庭は少し複雑で進路に関しても簡単には行かないらしい。
 俺の前ではいつだって飄々としている人だからそんなことはおくびにも出さないけれど。

「はたらきたくないとか、勉強したくないとかではないんだよね」
「人間は、ある程度の負荷がないとだめになってしまうからね。楽はしたいけど、ニートになる気はないよ」
「働いてる先輩って、簡単にイメージできるのに。いざ、何をするかって考えたら何もでてこないのが不思議だよね」
「うーん……まあ、簡単に社会に服従するような性格もしてないしね」

 本はまだ多くあり、今日は俺に視線を向けることは無さそうだった。
 読書は好きだ。彼女に負けず劣らず何でも読むし、それについて話すのも楽しいと思う。
 だから、好きな読書を中断して彼女が目を合わせて話す。それがどんなに自分の中で唯ならない事なのか。
 彼女に差し出された本を借りると、そのまま図書室を出た。

「声もいいけど、やっぱ目だな」

【遠出】



 師走。日々強まる寒さに身を縮こませつつも、クリスマスやお正月といった明日からの冬休みのイベントを思い浮かべる。学校に来るのは年明け2週間後になるからと、校内の何処かで写真を撮っているだろう彼女を探していた。
 写真部の唯一の部員である彼女は3年生だから、来年には廃部になるんだろう。いや、ひょっとしたらもうないのかもしれないけれど。

「あ、いた」
「伊藤くん」

 無人の教室で何を撮るのかと思えば、彼女はありふれた、等間隔に並んだ机や椅子を撮っていると言う。

「なんで?」
「なんとなく。でも、教室の写真って割と需要があるんだよ」

 角度を変えて、立ち位置を変えてパシャパシャとシャッターを切るが、毎日見ている風景の何が面白いんだろう。

「先輩、外行かない?」
「え、何で」
「俺がつまんないから」
「なにそれ」

 前にも思ったけれど、カメラで写真を撮る彼女も当たり前ながらこちらを向かない。だから、ムッとしてしまう。

「帰ればいいのに。冬休みだーって、みんなウッキウキで帰ったよ」
「………冬休み中、先輩は何してるの」
「え、私?私は特に用事ないけど…」
「ふうん。まあ、俺もそうだから」
「いや。そうだからなんなんだ………」

 用事がないと、会いたくなってしまうから。

「冬休み、先輩と会いたい」
「………特に用事はないって言ったけど、どこにも行かないわけじゃないよ」
「は?」
「ちょっと遠出するだけ。だから伊藤くんとは会えないかな」
「いやいやいや」
「いやいやいや、じゃなくてね」
「まあまあまあ」
「まあまあまあって何よ」

 そう言って彼女は撮った写真を確認しているのか、数度ボタンを押す。
 反発とまではいかないけれど人に流されることがないから、一度決めたことは絶対に曲げないから。だから、たまにこの人の全てを奪ってしまいたくなる。

「遠出ってどこ行くの?」
「ん?そうだな………青春18切符で、どこか」
「5日間くらい?」
「そう。だから、とりあえず今しか撮れない学校風景でもってね」
「ふうん………」

 5日分のフリーパスで気の向くままに旅をして、道中写真を撮るというのは確かに面白そうだと思う。

「俺もついて行っていい?」
「んー………、まぁ………いいけど」
「やった」
「明日の朝4時に最寄り駅集合ね」
「わかった」
「じゃあ、今日は帰ろうか」

 放課後に会うことばかりだったから、休日に約束を取り付けて出かけるのも勿論はじめて。

「伊藤くん、ひょっとしてデートだと思ってる?」
「え、下心があるからそうなんじゃない?」

【高貴】



 校庭にある桜の蕾は徐々に色づき、肌寒いながらもどこかぽかぽかとした陽気が漂う2月末日。明日は卒業式だからと、在校生で準備を進めるから卒業生は既に帰路についていたけれど、彼女はいつも通り学校に残っていた。

「と言っても、すぐ帰るよ。流石に申し訳ないし」
「そうなんだ」

 軽く今日明日のことを話しながら窓の外をぼんやりと見つめる彼女の横顔を見る。

「先輩って、明日が終わればどうするの」
「とりあえず引っ越しからかな。一人暮らしはじめる」
「え、」
「荷物は少ないから作業自体は楽なんだけどね」
「結局、就職するんだ」
「そうなるね」

 学校は受験するだけで金がかかる。入学金、学費、教材費。
 共通テストを受けたものの家族からの支援はやはり見込めないらしく、大学進学は取り消したとのこと。かといって就職先があるわけでもなく、当分は一人暮らしの家賃を稼ぐためにバイト三昧なのだとか。
 成績は良かったらしいので周囲の人間はもったいないと言ったけど、家庭環境に首を突っ込んでいける程の教師はいなかったらしい。まあ、彼女の気持ちもあるんだろうが。

「伊藤くんの写真、撮って良い?」
「え、」
「嫌ならいいけど?」
「嫌では、ないけど」

 彼女と放課後を過ごす為に毎日学校へ通った1年だった。木曜日だけは図書室で本を読んで、それ以外は写真を撮る彼女について回ってと。だけど、人物を撮るなんてこと、今まで無かったから。

「ハイ、チーズ」
「え、あ、うん………」

 一眼レフではなくスマホを構える彼女を意識せずにはいられない。
 常にこっちを向けと思っていたから、レンズ越しに見つめられていると思うと、どこかムズムズとしてしまう。

「伊藤くんの目って紫なんだね」
「超今更だな」
「いいじゃん、紫。平安時代だと1番高貴で」
「そんな理由?」

 履歴を確認しつつ彼女は顔が良いね。なんて笑う。

「俺も先輩の写真ほしい」
「え」
「スマホで撮るね」

 思ったところで即行動。ポケットからスマホを取り出して、すぐにカメラを起動させると彼女へ向けた。

 パシャシャシャシャシャシャ……

「何で連写?」
「まあまあまあ」

 確認してみると案の定数枚ブレていたけれど、まあいい。撮った写真を全て保護していると、彼女が言った。

「私のスマホでも撮って」
「………先輩を?」
「そう」
「何で?」

 誰かと撮るでもなく自分の写真がほしいとは、自分の容姿に対してそこそこの自信や好意、自愛的な感情があるのだろうか。

「伊藤くんが撮った写真がほしいんだよ」
「………なるほど」

 いつも通り平坦な表情で、何でもないように言う彼女に「うわ」と思った。
 先輩にスマホを借りてアングルや画面の収まりを考え1枚だけ撮る。

「前に、善悪の区別をつけたら答え合わせをしようって話してたじゃん」
「うん」
「2年後、伊藤くんが卒業した頃に話せたらいいね」
「卒業したら、すぐ探しに行くから」

 はいはい。と笑って帰路につく。
 次の日の卒業式では、姿を見かけたものの特に言葉をかわすことはなかった。
 高校に入学してからずっと、彼女を見ていた。何となくではなく、好きな人。
 学年も性別も違うけれど、接点を作って毎日話して。目線の高さとか、色んな声とか、クセや仕草とかを覚えてしまう。そんな、2つ年上の先輩。

 次に会うのはいつになるんだろう。

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