この世の大体の女性は、小学校中学校の義務教育を終えたら待遇のいい暮らしを求めて中王区の高校へと進学する。それも、憧れの一人暮らしをするならばより待遇のいい場所を選ぶのは当たり前だろう。
以前の政権と全く別物になってしまった女尊男卑のこの世の中では、家庭内でのいざこざが前より増えた気がして、それは私の家もそうだった。
仕事で疲れきった父は何もしない母に家でもこき使われ、最初はあったであろう愛も今では桜桃の種ほども無いように見える。実際、母は私が中学校を卒業したら中王区に住むからと父親と離婚。
私は行かないと言っても、母は特に何も言わず出ていった。
雨が降る日だった。
父もそれが当然であるかのように振る舞い、寧ろ私に「行かなくてよかったのか」と言うほどだ。別に父親に嫌われていた訳でもない。居ても居なくても………いや、居た方が生活は安定するだろうから居た方が良いのだろうけど。それでも"女はそういうものだ"と捉えていたみたいだった。
私を産んでくれた母と私を育ててくれた父だけど、別に両親の事は何とも思っていない。
ただ、私は母みたいに好きになった人を軽々しく捨てるような人間になることだけが嫌だったのだ。
ポツポツと、雨が街を叩く音が響く。
きっと、今なら赤レンガ倉庫もランドマークタワーも人がいない絶好のデートスポットになるのだろうけど、天気のせいで出かける気にもならない。
見たい映画が2本あるのに。
せっかくの休日なのに。
それでも、どうしても部屋から出る気にはならなかった。
「………どうかしたか」
「ん?ああ………ちょっとね」
パタンと読んでいた本をガラステーブルに置いて、私の膝の上で寝ていた左馬刻の髪を撫でた。
「別に、何もないんだけどね
雨の日は私の母親が中王区に行った日を思い出しちゃうから」
「…………」
私と左馬刻は小学生からの付き合いで、何だかんだつかず離れずの関係が続いている。
高校を卒業してから私が一般企業に就職して、一人暮らしを初めてからも1週間に1回は泊まりに来るようになった。
「私は、別に愛に生きるとかそういう考えなんて持っていないけれど、母親みたいに好きになった人を軽々しく捨てるような人間になりたくないからさ」
「………それは俺への当て付けか?」
「違います。
左馬刻は、一生懸命生きてるだけでしょう?昔から、自分の欲望に忠実というか、なんというか………」
金、権力、女に酒。自分の欲望に忠実で、それでもそれはきっと必要に迫られたから今の左馬刻がそうなっているだけなんだと私は思う。
全部、まともに生きていたなら彼はそこまで執着しなかった。いや、まともに生きることは人によって違うだろうけど。
「………もしも、左馬刻が一生を誓いたい女が出来たら一番に私に教えてね」
「は?何で」
「え、お祝いするから?」
「……………」
この人の人生に同情なんてしないけれど、やっぱり小さい頃からずっと一緒にいるのだから思い入れはそれなりにあるのだ。応援したいと思うし、祝いたいと思う。もしもその相手が私でなくても、笑いながらおめでとうって言ってやるんだ。
「…………んじゃ、お前も男が出来たら言え。見つけ出してぶっ殺してやるわ」
「はぁ?何それ」
「お前の隣にいる男は一生俺だけでいいんだよ」
ポカンと目を見開いて左馬刻を見ていると、私の太腿においてあった頭を起こしてそっと唇の端に口付けた。
「もしも、お前に俺以外の男ができてそいつと幸せに生きていけるとしても、俺は俺の隣で不幸になる名前を望むぜ。
……ま、俺様以上にお前を幸せに出来る男なんざ何処探したって居やしねぇよ」
「………左馬刻らしいなぁ」
「うっせ」
ふいっと顔を背けて、また太腿に頭を下ろして目を閉じた。
私はそんな左馬刻の様子に頬を緩めて、ただ雨の音を聞きながら左馬刻の手を握っていた。
「でも、無茶だけはしないでね。
私を幸せにしたいなら、心配させないでよ」
幼少期から一緒にいるとはいえ、彼の全てを知っている訳では無い。けれど、案外この人はわかりやすいものだからそれについつい答えてしまう私はとっくに手遅れなレベルでこの男に惚れているのだろう。
まだ言ってあげないけれど。