あるかも知れないハッピーエンド

※4thライブ記念作品です。



「お前ら、明日時間あるか」

ライブが終わって、撤去作業もそこそこにホテルに戻った俺たちは、各自部屋に戻る前に左馬刻さんに明日の予定を聞かれた。
連日ニュースでライブと丁度被ってしまう台風の影響で今晩や明日の午前中には帰れると思っていなかったし、ディビジョンバトル関連のことは学校も公欠になるし仕事も有休が取れる。
明日新幹線が動けば夜までに池袋に帰って、と考えればもう大丈夫だと俺は即答した。乱数や寂雷先生もメンバーの予定を聞いて立て続けに了承を出す。

「でも、どうしたんスか急に」

唐突に明日の予定を聞くなんて、どうしたのだろうか。一緒に大阪観光するとかか?俺ら兄弟は前々から行きたいと思っていた大阪のテーマパークに遊びに行く予定だったのだが。
でも、左馬刻さんは関東に帰ってから時間が欲しいのだと。

「明日15時頃の新幹線で関東帰って、呑み行くぞ」

場所ならもう取ってる。そう言ってスマホを揺らした左馬刻さんに俺はすかさず「ゴチになります!」と叫んでやった。TDD時代はこのネタで彼に奢ってもらった回数もかなりあったが、今回は12人だし、ネタだと笑いながら。それでも彼は「おう。」としか返さず18時までに新横浜駅な。と言って自室に向かった。

「……っえ!?左馬刻どうしちゃったの?」

ワンテンポ遅れて乱数が騒ぎ出すと、寂雷先生も顎に手を当てて考え出す。

「っしゃー!何か知らねぇけど運がいいぜ!!タダ飯にありつけるってことだよな!?」
「これ、帝統。口を慎みなさい。
それにしても……碧棺左馬刻は随分羽振りが良いようですが、これは昔からなので?」
「いや、4人の時は俺らが悪ノリして左馬刻さんに奢ってもらった時はあったっすけど」
「左馬刻が奢って当然って顔するの、中々珍しくない?4人ならともかく12人だよ!?」

成人男性に、育ち盛りの未成年ともなれば酒も飯もそれなりの量を注文することになる。
それに加えて消費税も男だから高いわけで………

「確かに……幾ら碧棺さんでもこの人数分支払うっていうのは………いや、まず終わった後無事で居られるのか……?」
「てかてか、呑むってひょっとしなくても酒じゃね??中坊高坊、センセェって揃ってっけどまともなアフターになんの?」
「お酒、か………」

一二三さんの言う通り、寂雷先生に酒を呑ませたらダメなことは昔からよく知ってる。それに俺ら兄弟は未成年な訳で。TDDの頃は大人3人と居酒屋に行ったりはしていたけれど、二郎と三郎が居る手前、左馬刻さんからの誘いといえど行く場所によっては参加NGって事にもなりかねない。

「……ま、俺ら未成年だしな」
「でも、碧棺左馬刻がその辺り考えてないことはないと思いますが。
理鶯さんと入間さんは何か知らないのですか?」
「小官は行ったことはないが、検討はつく」
「私は話だけなら少し。まぁ、行ったことはありませんが左馬刻のことですし、大丈夫だとは思いますよ」

三郎のもっともな意見に対して2人が大丈夫と言うのであればそうなのだろう。銃兎さんは警察だし、幾ら身内といえどその辺は……いや、この人の性格的にグレーだ。

「入間さんの言う、その碧棺左馬刻の話というのは?」
「何でも、幼馴染が経営しているBarがあるそうで。都合が良ければと左馬刻がボヤいているのを耳に挟んだ程度ですが」

ライブ前に電話している所を喫煙所で聞いたのだと銃兎さんは言った。
そこで左馬刻さんの幼馴染と聞き、パッと昔の記憶が浮かんだ。


‘‘一郎君が成人したら、仲のいい友達でも誘っておいで’’


「………ひょっとして、」
「Barをしてる左馬刻の幼馴染って、あそこしかないよね!僕、会うのひっさしぶり〜!」
「ん?乱数達は知ってんのか」

帝統の問いに乱数は軽く手を振りながら笑った。理鶯さんと銃兎さんは会った事がないとなると彼女と面識があるのは元TDDだけなのだろう。
 
「えっへへ!昔一度だけ左馬刻に連れてってもらった事があるんだよ〜
お酒も食べ物も美味しいんだよね!」
「俺が高校ん時だったんで、店貸切にしてもらって……ああ、そうか。そこなら未成年でも大丈夫か」

個人経営のBarなのであの人はちゃんと人に合った飲み物を出してくれるから二郎と三郎がいても平気だろう。
けれど、それでも心配は残るようで寂雷先生はちらりと一二三さんを見て言った。

「ふむ………あそこならお酒の問題は無いだろうけど、女性ですから。一二三君はどうしたものかと」
「女、の子………」

一二三さんの顔色が若干青くなった気がするが、そういえばこの人はどうしようもないレベルの女性恐怖症だ。
アフターでも別人格のGIGOLOになるのはやっぱキツいのだろうか。

「名前君は素敵な女性なので害は無いのですが、一二三君がキツイのであれば………」
「いえ!大丈夫っス!」

少し心配そうにする寂雷先生に一二三さんは明るく言った。それに対して独歩さんが呆れたように咎める。

「大丈夫ってお前なぁ……「俺は、女性恐怖症のせいで出来ないことが増えんのも、仕方ねぇって諦めんのも嫌なの!店じゃ仕事になんなくなっからどうしようもねぇけど……折角のチャンスだと思ってこの機会に少しずつ慣れる!」

フンスっと気合いを入れるように腕をまくる一二三さんは、それにと続けた。

「独歩と先生が居んなら何とかしてくれるって信じてっし!」
「まったく………しょうがないな」
「フフッ………それじゃあ、左馬刻君に言われた通り明日18時までに新横浜駅集合かな」
「遅れないようにね、一郎!」
「乱数達もな!!」

それぞれが泊まる部屋へと向かう中、久々に会えるであろう彼女の事を俺は少しだけ思い出していた。



18時。
新横浜駅に予定どおり到着した俺たちは左馬刻さんとこの車に分かれて乗せてもらい、みなとみらいから少し外れた場所にあるBarに来ていた。
車から降りた俺たちは地下へ続くビルの階段を降りる。

「荷物は乗せたままでいいから貴重品だけ持ってけ」
「………closeになってますが」
「いいから、………入んぞ!」

渋る銃兎さんの後ろから入ってきた左馬刻さんが少しの躊躇いもなくcloseのプレートが掛かったドアを開けた。
店内はさほど広くもないけれど12人なら余裕で入れるくらいのスペースがある。
4人がけのテーブル席が3つと7席のL字型のBarカウンター。カウンターの奥には多くの酒瓶が並んでおり、暗い店内を暖かみのあるオレンジが明るく照らしていた。
カウンターではアップテンポの邦楽に乗せてボトルやシェイカーを投げている。

「思ってたより早く来た………適当に座ってて」

以前見た時よりどこか大人びたような、静かな水面を連想させるような彼女がそこにはいた。
黒くて艶のあるショートカットに、ギャルソン風の服をキッチリ着こなしている。

「………ンだよ、イメチェンか?」
「切ってないよ、ウィッグ。女性恐怖症の彼がいるからね、女性らしさ皆無で行こうと思って。どう?」
「どうもこうもねぇんじゃね?」

昔は肩につくくらいの長さだったよな、と思っていたけれど、ウィッグで隠しているだけで今でもそれくらいはあるみたいだ。一二三さんの方を伺うと、既にスーツのジャケットを羽織っていた。

「はじめましてだね、子猫ちゃん。僕は伊弉冊一二三。
僕のことは左馬刻君から聞いていたのかな?僕のことは気にせず君らしくいてほしいな」

手をギュッと握りウインクを飛ばしながら言う一二三さんは完全にGIGOLOモードになっている。
新宿No1ホストなだけはあり、こういうので女性はキュンとくるものなのだろうが、名前さんは「おっふ……」と謎のため息をこぼしていた。
頑張るつもりではあったのだろうが、一応とジャケットを持ってきていた彼の事だから、やはり女性恐怖症は簡単には治らないらしい。

「‘‘子猫ちゃん’’なんて初めて言われた………!」
「おや、可愛らしい反応をしてくれるね」

一二三さんのキラキラしたイケメンオーラに圧倒されている中、乱数と夢の先生が小さな声で話している声が聞こえた。

「………乱数、もしやとは思いましたが彼女は碧棺左馬刻のコレなので?
彼、顔が強張っていますが」
「んん、そのピンと伸ばした小指、今すぐ折りたたんだ方がいいと思うよ幻太郎……
あの二人の関係って、恋人以上どころか最早夫婦なくせして未だ付き合ってすらいないビックリするほどドロドロなんだよねぇ」
「何適当なこと言ってんだ乱数」

ペシっと乱数の頭を叩いて、左馬刻さんはカウンターの方に回った。

「お前もずっと手ェ握ってんじゃねぇよ」
「一二三さんのイケメンオーラに圧倒されてた。
でもまぁ、一二三さんの事情は左馬刻から聞いているので一二三さんの過ごしやすいようにしていてくださいね。

皆さんも、外暑かったですよね。すぐにお出しするので、適当に席についていてください。長旅でお疲れでしょう?」

とりあえずビールで。と言いながらニコニコと笑いながらもそれぞれの目の前にコースターを投げつつ黒か生かオーダーを取ると真剣な顔つきで素早く飲み物を作っていた。
その間左馬刻さんは勝手知ったる様子でカウンターに入り、冷蔵庫から作り置きされていた食べ物を適当にテーブルに並べる。
成人男性が多いから酒のつまみになるようなものばかりかと思ったが、小さいサンドイッチや丸っこい寿司、更には良い香りが漂う肉まで出てきた。
途中から出てきたそれらによって視線が持っていかれ、手元をまったく見ていなかったのだけどジョッキに並々と注がれたビールと酒が飲めない俺たちの前には大きめのグラスに入ったジュースが置かれていた。
左馬刻さんは黒らしくジョッキを持って音頭を取る。

「んじゃ、飲み物も回ってきたところで?今夜は好きなだけ騒いでくれて良い。許可は出たしな
ライブの成功を祝して」

「乾杯!」と声を出してガツンと手に持っていたグラスをぶつけ合った。



軽く自己紹介をしてから、それぞれの様子を見つつ追加のカクテルを作る準備をする。
んん〜〜〜。流石に今をときめく各ディビジョンの代表チームのメンバー12人が集ると壮観だなぁ。とローストビーフを切り分けて帝統君に手渡した。
バトルの時は激しくディスりあっているものの、実際はまぁまぁ仲が良いらしい。

「チェイサーお出ししますね」

お酒を飲んでいる大人組に氷の入った水を配り、追加のオーダーを取る。

「久しぶり!元気してた?」
「うん、乱数は相変わらず元気だねぇ」

ジョッキが既に空になっていたから何か飲むかと聞けばさっきは生だったから黒!と言った。それに続いてローストビーフやら小鞠寿司を沢山皿に取っていた帝統君が俺も同じの!と言うのでまた作る。
テーブル席の方に座ってもらい、カウンターに並べた料理をビュッフェ方式で取ってもらっている。

「おまたせしました」
「おおサンキュ!」
「小生はあまりお酒は嗜まないが、ここのお酒は美味しいですね」
「ありがとうございます、夢野先生」

ゴクゴクとジョッキを傾けていた観音坂さんも少し気になると言ったふうに会話に入ってきた。

「確かに、いつも飲んでるビールとは違った味だよな……いつもより飲みやすい?」
「そうなのかい?」
「寂雷先生はお酒は飲んじゃダメですよ」

寂雷先生は柔らかく微笑みながら手元の細身のグラスに入ったグレープフルーツジュースを煽って左馬刻と乱数に話を振る。

「私はお酒は飲まないからよくわからないけど、飴村君や左馬刻君は強いからガンガン飲んでるしね」
「まぁ、基本カクテルだしな」
「Barだしね、もはや飲みやすくて当たり前?」
「カクテルって事は、最初に出したビールも……?」
「カクテルですよ。
生ビールの方はジンジャーエールを入れた『シャンディガフ』。黒ビールはコーラを合わせた『トロイの木馬』を。
台風が去った後というのもあって外は随分暑そうでしたし、1杯目に強いのを出したら酔いも早くなるので」

9月に入ったとはいえ気候はまだ夏真っ盛りなのだ。酔って、脱水症状にでもなったら堪らない。

「へぇ………!ビールにコーラって合うんすね!」
「一郎君はコーラ好きだったね、成人したら飲ませてあげるよ
でも今はこっちね……はい、『コーラのモヒート』です」
「ありがとうございます!」
「コーラってお酒と合うからカクテルにも多いの。これはコーラにミントとレモンを入れるだけだから家でも簡単にできるよ
一郎君は来年二十歳だっけ。そしたらお酒を飲みに来てね」
「!覚えてたんすね」
「私から言ったもの。お酒が飲めるようになったら、下手に巡ってダメな体験する前に勉強しにおいでって」
「はは、左馬刻さん、あれ以来全然話しないっすから会いたくても会いに行けねっすよ」
「だったら左馬刻に頼んでおかないとね……」

まさかビールを頼んだらカクテルで出てくるとは思っていなかったのか、ポカンとした大人組はこぞって先程頼んだものと別のものをオーダーした。

「あの、お水貰っても良いですか?」
「はい、どうぞ」

三郎君は中学生だからとジュースを追加していたのだけど、確かにジュースばかりだと喉も乾く。氷を入れたグラスに冷蔵庫から出したばかりの水を入れて渡した。

「……!おいしいです。水にもこだわりが?」
「水はスーパーでも買えるミネラルウォーターよ。違うのは氷
まず水を沸騰させ、カルキなどの不純物を飛ばした後低すぎない温度でゆっくり凍らせます。
氷は不純物が少ないところから凍るので、3分の2凍ったら水を捨て新しい水を足す…こうすることで氷が滑らかな味と舌触りになり、ゆっくり溶けるのでカクテルの味を変えにくいんです」
「へぇ………」
「家でもできるけど、少し手間がかかるよね」
「でも、ここの氷は全てそうして作られているんですよね。凄いです」
「ありがとう、三郎君」

中学生可愛いなぁと和んでいると理鶯さんがやってきた。

「すまない、左馬刻が何時ものを、と言っていた。」
「はい、理鶯さん。………幾らリーダーと言っても左馬刻はチーム内で一番年下なんですから甘やかさなくて良いんですよ?」
「いや、いい。貴殿の料理は美味しいからな。取りに来たついでだ。
少年はどうした?」
「ジュースばかりでは喉が乾くので、お水をいただきに」
「そうか。いつか三郎とも酒を酌み交わしたいものだな」
「その時は、ぜひ!」

三郎君と理鶯さんの会話に和みながら手を動かして二つのグラスをカウンターに乗せた。

「おまたせしました。左のロックグラスが左馬刻ので、右のカクテルグラスの方は理鶯さんへです」
「すまないな」
「いえいえ!理鶯さんの協力あってのことですから。本当に助かりました」

三郎君は丸くて大きい目をパチパチと瞬かせて言った。

「そういえば、理鶯さんはお知り合いだったんですか?
昨日も検討がつくって言ってましたが」
「ああ、私が欲しい食材があったから、協力してもらったの」

聞き耳を立てていたのか、その声に反応して左馬刻と銃兎さんがこちらにやってきた。

「左馬刻、自分で取りに来なさいよ」
「待て待て待て、聞き捨てならねぇ言葉が聞こえた」
「この場で出す物に理鶯が協力したと?」
「はい、そうですけど」

肯定した瞬間2人は眉間に手を当てて「嘘だろ……」と呟いた。

「そこまでガッカリしなくとも、理鶯さんの料理は独特ってだけで美味しいからいいじゃないですか」
「よくねぇよ何言ってんだ」
「しかも美味しいのは当たりの場合だけでしょう……!」
「三郎君はよく理鶯さんの手料理を食べるの?」
「はい、時間さえ合えば独歩さんと帝統も集まってます」
「へぇ!仲良いね3番手。私もお邪魔して「良くねぇわ。来んな」左馬刻酷くない?
というか、銃兎さんまで。私は見たことないですか、って理鶯さんに聞いたらあるからと案内されただけですよ」
「理鶯さんのカクテルはなんて言うんですか?」
「『村雨』」

村雨と聞いてあまりピンと来なかったのか、説明をする。

「村雨とは、アメリカでいうところスコールのことですよ」
「なるほど、短く強い雨か」
「はい。よければ銃兎さんと左馬刻も飲んでみますか?」

お互いに顔を見合わせて決心したように一つ頷いたのを確認した。三郎君は理鶯さんが協力したというのに興味があるのか、説明を聞くみたいで水を飲みながら作業を見る。

「村雨は口に含んだ後スカッとくるシャープな味の焼酎のカクテルです。
材料は麦焼酎、リキュールの「ドランブイ」、レモンジュース。本来は軽く混ぜて作ったカクテルですが、今回はシェイクしロックグラスではなくカクテルグラスに入れます。
リキュールで使う「ドランブイ」は糖度が高く沈みやすいのでロックグラスで飲むうちに上層は氷の水分で薄くなり甘いリキュールが底に溜まりやすくなります。
理鶯さんはハーフですし、普段森で生活している為平地にある大阪ではかなり暑かったのではと思い、暑いとそれをくどく感じると思ったのでシェイクし、カクテルグラスならショートで呑みきれるのでお出ししました。
そして、これですね。理鶯さんにご協力いただいた月下美人です。
一年に一度、一晩だけ咲く花なのですが、月下美人は焼酎に漬け込むことで開花した姿のまま保存することができるんです。香りづけに良いかと。」

月下美人を漬け込んでいる焼酎が入った瓶を見せる。

「凄い、珍しいですね。ここで月下美人を見れるとは思いませんでした」
「そんな珍しい花なのか?」
「ワシントン条約で保護されていますからね。絶滅の恐れがある動植物なんですよ」
「まぁ、たまたま見つけただけだからな。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。お口にあったようで良かったです」
「そう言えば、左馬刻が頼んだ物は?」
「そちらは、『オールドファッション』と呼ばれるウイスキーカクテルです。
左馬刻はBarでは大抵これを頼むので」

茶色い、ロックグラスに入ったそれは度数もそれなりに高いのだが、左馬刻は強いし口に合うらしい。

「私も別にもう一杯頂いていいですか?」
「はい。銃兎さんには、そうですねぇ……少し、時間がかかるのでお席でお待ち下さい」
「食い物の減りが早え」
「うーん、さすが食べ盛り………」
「あっ!オイ二郎!それ僕も食べるんだからな!!」



「寂雷先生、お久しぶりです」
「うん、久しぶりだね」

男性にあまり使う言葉ではないけれど、それでも言わずにはいられない。
相変わらず美人だ。
先生の前にグラスを置きながら話す。

「……うん、美味しい。いつもは記憶がなくなっちゃうから飲めないんだけど、ここでは飲めちゃうから不思議だなぁ」

一二三さんと独歩さんが目を見張る。この2人も寂雷先生がお酒を飲むと大変なことになるのは知っているみたいだ。

「あはは、ノンアルコールなので
『ジントニック』はジンとトニックウォーターを混ぜてライムを添えるのですが、先生にお出ししているのはジュニパーベリーというジンの香りづけに使うスパイスを使ってお酒に偽装したただのトニックウォーターです。
先生はアルコールがダメなだけだったようなので」
「先生が普通にお酒を飲めるお店なのに、あまりきたことがないんですか?」
「うん、1回だけだよ。左馬刻君が住所を教えてくれないからね」
「エッ……そうなんですか」
「左馬刻君にとって特別なんだろうね。何にも代え難い存在というと、独歩君と一二三君と少し似ているかもしれない。
ほら、ふたりもよく‘‘アレ’’とか‘‘それ’’とかこそあど言葉で話すだろう?」
「確かに、明確な言葉にしなくても一二三の事ならなんとなくわかるんだよなぁ」
「仲良いんですね、独歩さんと一二三さん」
「独歩君とは幼い頃からの幼馴染だからね」

麻天狼は平均年齢が一番高いから落ち着いた雰囲気だけど、どこか子供らしい一面もあるような不思議なチームだ。
まぁ、この3人だからこそこういう空気になるのだろうけど。

「飲み物のオーダーはいつでも大丈夫ですので、気軽に声をかけてくださいね」

とりあえず食べ物はつくっていた分を温め直して、その間に銃兎さんへのカクテルを作る。
作業は多いけど、このメンバーだし左馬刻がいるから、自分がしたいことができる。
料理の追加をお皿に盛って、銀色のお盆にグラスを乗せてドリンクを配る。

「お待たせしました。銃兎さんには、こちらを『トム&ジェリー』です」
「珍しいですね、ホットカクテルですか」
「いつも左馬刻がお世話になっています。
警察の方で、ライブ会場には中央区の2トップの方もいらっしゃったのでおつかれかと……」
「トム&ジェリーなんて、いつもおいかけっこしてるお前にピッタリだな」
「ああ!?おい、そりゃ「左馬刻」
「へいへい……」

左馬刻から喧嘩を吹っかけると咎めるように名前を呼べば、絶対に引き下がってくれると知っている。でもそれが理鶯さんと銃兎さんには珍しかったのか、2人は顔を見合わせた。

「にしても、このカクテル。ブランデーとラムがうまく活きてるのにマイルドですね」
「卵が入っていますので」
「……卵ですか?」
「はい。……お嫌いでした?」
「いえ、予想外すぎて……」
「それなら、もう一度お作りしましょうか」

カウンターへと戻り、先ほどと同じように説明をしながら作る。

「……卵は全卵を使いますが、泡だては別です。白身をツノが立たない程度まで泡だてます
ブランデー、ダークラム、シュガーシロップを入れた黄卵はツヤが出るまでよく泡だて卵白と合わせます
そしてかきたまにならないよう攪拌しながらゆっくりと熱湯に……
これで完成です。理鶯さんも飲んでみますか?」
「ああ、いただこう」
「カクテルというよりもはや料理ですね」
「まぁ、人が多いと滅多に作りません。手間がかかるので1人では回せなくなりますしね。
でもまぁ、左馬刻が居ますしこのメンバーなので」

観光地から少し離れた場所にあるこの店は知る人ぞ知るというようなBarになっている。
人が頻繁に出入りする訳ではないけれど、やはりアルコールが入ると人格が変わる人というのはある程度居るのでクレームやトラブルは怖いのだ。個人で経営しているのなら尚更。

「何かあったらすぐ呼べよ」
「わかってるよ、ありがとう左馬刻」

昔………小学生の頃は私がそのセリフを言ってたのに。年を重ねるごとに彼は周囲と壁を作り強くなっていってしまった。
それが寂しいなんて、言えないけれど。昔から私の隣に来てくれることだけは変わらないから嬉しくもある。

「インスタアップしていい?住所つけないから!」
「いいけど、乱数何か飲む?」
「なんか映えそうなのよろしく!」

ある程度食べたのか、可愛らしいスマホで写真を撮りながら店内を歩き回りいろんな人に絡みに行く乱数は相変わらず自由奔放だ。

「んなアバウトな………」
「大丈夫なんですか?」
「まぁ、見た目重視のある意味超邪道なカクテルならあります」

帝統君と夢野先生はそんな乱数に振り回されつつも何だかんだ楽しんでいるみたいだ。

「お酒と一口に言っても材料によって味も色も重さも変わりますからね。
比重の重い酒から順に混ざり合わないようゆっくりと積み上げカラフルな層を作るカクテル『プースカフェ』です。
見た目重視の分味は二の次なので、かなり甘いリキュールを多数使用しているので普通のBarでは中々見ないものですよ」

7色重ねたそのカクテルは確かに映えるのだろうが、中々飲み干そうとは思えないほど甘ったるい。
比重が重いお酒は、砂糖や蜂蜜が多く入っているのだ。

「へー!んなことできるんだな!じゃあ俺も、賭場で当てそうな酒!」
「さすがはギャンブラー……でも、20歳になったばかりだからあまり強くない方が良いのかな」
「まあまあ飲めるぜ!」
「とか言って、さっきから食べてばっかりだよね、帝統ってば」
「どちらにしても嬉しいよ。
はい、ジンをベースにスイートベルモット、パイナップルジュースをシェイクしたピンク色のカクテル『ミリオンダラー』です」
「高そうな名前だな…ん?上に乗ってる白い泡って」
「卵白です。100万ドルのカクテルという名前ですが、カクテルひとつひとつにカクテル言葉というメッセージが秘められています。ミリオンダラーのカクテル言葉は‘‘栄光’’です。
栄光を掴むことができますように」
「ほう……中々的を得ていますね」

感心するかのようにカクテルを見る夢野先生に、帝統君に出すかどうか迷ったお酒を出す。

「飲み慣れない方に無理に度数の高いお酒を進めるのもいけませんし。
もう一つ、出そうか迷ったものがありまして……金色のカクテルと呼ばれるものです」
「金色の?」
「こちら、どちらかというと夢野先生寄りになります。
桜宵という短編集の中の旅人の真実という話で出てきたカクテルになります。
方々のバーで「金色のカクテルを」と無茶振りに近い注文をする男がおりまして、それが望むものでないと「バーなんて名ばかりか」と捨て台詞を吐いて帰るんです。
その後、男が望む金色のカクテルを作ることができたんですが……度数が高くて」
「なるほど……帝統の様な男ですねぇ」
「俺はそんなことしねぇよ!」
「ジン、ジョーヌを混ぜてカクテルグラスに注ぎ、ドランブイをマドラーを使って底に沈めてあります。
『金色のカクテル』です。あまりお酒は飲まないと言っていたので無理に飲まないよう……一応、チェイサーも用意しておきますね」
「ふむ………カクテルにも色々あるんですねぇ。」
「私はカクテルが出てくる小説は柳広司のパラダイス・ロストにある失楽園が好きです」
「ジョーカー・ゲームシリーズですね」
「スパイものとか、好きなので」
「賭け事といえばこの男………もしや、乱数から会話が一周するように?」
「さすが夢野先生」

乱数のイメージカラーであるピンク色のお酒を帝統君に出し、お金に関するカクテルを夢野先生に出してジョーカー・ゲームの話を振る。この3人は一見可愛らしくて仲が良さそうでいるのにどこか一線引いたかのような他のチームとはまた違う雰囲気がある。

「いい話が書けそうです」
「僕は頭が良い女は嫌いだけど、深く関わってこないから好きだよ」
「本当?それなら顔見知りでいなきゃね」

ううん、闇が深い。

「子猫ちゃん、『シャンパンコブラー』をお願いしていいかな。独歩君は?」
「えっと………」
「飲みたいものがあればお作りしますよ」
「………そうだよな、Barってお酒詳しい人が来るもんだよな、メニューとか無いよな……はは、こういう場に来ても碌に注文もできない俺…!」
「観音坂さんは好きなお酒とか、飲み物などございますか?」
「あ、コーヒーならよく飲みます」
「それならカルーアかな。『カルーアミルク』で!」
「おい一二三!またお前は勝手に……」
「ふふ、仲が良いんですね」
「一緒に住んでるしね」
「29にもなって野朗と同居とか、将来真っ暗すぎる……」
「僕以上に独歩君のことわかってる人なんていないさ!」
「なんだかんだ観音坂さんも一二三さんから離れていないとおいうことはそういうことなのでは?
私も全然左馬刻と縁切れないですよ」

カウンターに戻ると、そろそろ落ち着いてきたのか、料理も減って会話が多くなっている。

「お待たせいたしました。シャンパンコブラーとカルーアミルクになります」

『シャンパンコブラー』はクラッシュドアイスを使うので夏にぴったりのシャンパンカクテル。シャンパンにレモンジュースとキュラソーを混ぜてある。

「うん、おいしい!普段は振る舞う側だけど、人に作ってもらうというのもまた良いものだね」
「…!美味しい、甘ったるくない!」
「混ぜ方を変えています。カルーアミルクはグラスの中で軽く混ぜるかコーヒーリキュールにミルクを浮かべるのが通常のためリキュールの濃い甘さが舌に残りやすいんです。
あらかじめミキシンググラスでしっかり混ぜることで味が均一に近づきくどくならないんです」

確かに一般のカルーアミルクは甘ったるいからと男性は中々頼まないかもしれない。

「独歩って、ひ弱そうなのに酒は割と飲むんだな」
「うっ………ひ弱って、まぁそうだけど」
「独歩君は営業だからね。接待とかでもよく飲むのさ」

麻天狼の幼馴染コンビと一緒のテーブルについていたのは二郎君と三郎君だ。
一郎君と寂雷先生を目で追うと、TDDで集まっているのが見えた。

「はい、三郎君ノンアルコールのモスコミュールです。別名、『サラトガクーラー』
ライムとジンジャーエールを混ぜたもので、爽やかな味だけどお好みでガムシロップもどうぞ」
「ありがとうございます」
「これにウォッカを入れたら定番のモスコミュールになるの」
「へぇ……ちなみにこれのカクテル言葉はなんですか?」
「ふふ、後で調べてみて?三郎君は知識欲が高いんだねぇ」
「気になったことはなんでも調べちゃうので」
「二郎君は昔からスポーツしてたって聞いたことがある。サッカーだっけ」
「そっす」
「じゃあ友達とファミレスのドリンクバーで飲み物混ぜたりとかするのかな
最近の子ってそういうことしない?」
「まあ、しますね」

私はあまりファミレスとか行ったことないけど、学生時代友達と行った時はそんなことして遊んでた記憶がある。

「『バージンメアリー』です何を使っているか当ててみて」

二郎君は恐る恐ると言った風に口をつけた。

「トマトジュースと、……何だ?」
「お、トマトジュースは当たり。一二三さんはわかりますか?」
「『バージンメアリー』は確か、トマトジュースと、タバスコ」
「は!?」
「そこにレモンジュースとウスターソースを入れて、混ぜたら出来上がりです」
「そんな、カクテルもあるんですね……」
「カクテルはお酒を美味しくする為に組み合わせたものですからね」
「名前さん、カクテルって何種類くらいあるんですか?」
「スタンダードカクテルで数百種。それ以外も含めると数千以上…かな。
世界中にはいろんなバーテンダーがいて、その数だけ味があってアレンジも違う。それこそ、香りづけのスパイスが違うだけで名前が変わることもあるからね
それも含めると星の数……」
「凄い……深いんですね」
「ふふ、一郎君と同じこと言ってる」
「え!?」
「初めて一郎君がここに来た時も同じ会話をしたことがあるんだよ。やっぱり兄弟だね」



楽しい時間はすぐに過ぎると言うけれど、本当にあっという間だった。
大阪までライブに出ていたことや未成年、明日も仕事の社会人がいるためと名残惜しくも解散になった。
人がいなくなったBarはシンとしていて静かだ。
そんな時、closeのプレートがかかっていたはずのドアが開いた。

「………左馬刻、どうしたの」
「無茶言ったからな、手伝う」
「そんな、いいのに」

食べ残しは私のご飯にするとタッパーにまとめたし、テーブルも拭いて椅子は上げた。

「ほら、食器溜まってんだろ。洗っといてやっから他のこと全部済ませちまえ」
「………わかった。お願いします」

こうなった左馬刻は中々強情で引かないから諦めて任せる。それに、わざわざ送ってから戻ってきたって事は泊まるのかもしれない。
床を箒で軽く掃いてゴミを外に出しに行く。お金は出した分のカクテルを考えると思っていたよりも安い。
実は今日のアフターは左馬刻から店を貸して欲しいと言ってきたのだけど、私達からのおごりだ。
大阪城ホールに行けなかったファンはライブビューイングに行ったのだけど、みなとみらいの映画館であるそれに友達と行った私は、終わった後その場にいる熱を持て余しているであろう個人参加と思われる人に片っ端から声をかけて、来れる人だけでアフターをしたのだ。今までの楽曲をシャッフルで流しながら食事を楽しむその場では多分みんな「尊い」しか言っていない。
左馬刻の幼馴染で、と溢してから左馬刻がここでアフターをしたいと言ってることを話すと我こそはと財布を叩きつけてきた。
なので、それに対して彼女達にはお返しをと考えていたのだけど、左馬刻は後日好きな奴のサインを書かせるとのこと。
多分、教えてないんだろうなぁ。教えないでちゃっかり書かせて私に持ってきたんだろうなぁ。
百均で買えるような小さい色紙にはそれぞれのサインが入っており、本当にどうやって書かせたのか気になるところだ。

「ねぇ、左馬刻。これって……」
「あいつらの送り迎えさせた舎弟に頼んだ。ファンで、とか言ったんだろ」
「おお、さすが………ありがと」
「お互い様だろ?」

左馬刻のファンだと言う子は数人いて、幼馴染だと溢した瞬間の視線が痛かったのは仕方がない。
彼女達にとって彼は憧れであり、好意を持っているのだ。そりゃ、好きな人に手が届く距離の女が目の前にいるとなれば態度も変わるだろう。
それでも、私だって、こればっかりはどうしようもない。
彼がいるから私がいて、私がいるから彼がいる。
そう思えるくらいに強く惹かれているし、これからも離れるつもりはない。
全く、私はいつからこんなダメな女になってしまったのか。

「ん?どうした」

最初はここまでじゃなかった。それでも、元TDDでヨコハマディビジョンの現リーダー。名前が売れて、ファンが増えて当然だ。
彼はとても魅力的で、恋するどころか心酔する人がたくさんいるのも仕方がない。仕方がないけれど、

「遠いね」

ずっと隣でみてきたから左馬刻がどんな思いをしてきたのかわかる。わかるから誰よりも幸せになってほしくて、彼を幸せにしてくれるのなら私じゃなくてもいい。そう思っていたのに、いざ目の前に私の方が、と言う女の子が現れると寂しくて仕方がないだなんて。
洗い物を終えた左馬刻の隣に立つ。

「左馬刻、カウンター座って」

私は左馬刻のサポートの元このBarを営んでいるけれど、昼の間は知り合いのホテルでレストランのヘルプにも入っている。
個人経営だからこそ自由に動けるのだ。
だから、彼の隣にこれからも立ち続けるためにも成長しなければいけない。学ばなければいけないことが沢山ある。
カクテルは混ぜたりシェイクしたりしてお酒を美味しくするけれど、それを‘‘魅せる’’パフォーマンスもある。
それがフレアバーテンディング。これをできるバーテンダーは少ない。バーテンダーは誰にでもできるけど覚えることも多いし、フレアバーテンダーは日々パフォーマンスの練習もしなきゃいけない。
フレアっていうのは‘‘炎’’ではなく‘‘自己表現’’。自分なりのパフォーマンスでお酒を作ることがフレアバーテンディング。
簡単なものなら、火をつけたウイスキーと熱湯、レモンジュース、蜂蜜入りのマグを交互にスローイングして作るホットウイスキー。

「『青き炎(ブルーブレイザー)』です。」
「甘……」
「ベースがリキュールだから。……私は、嬉しかったよ」
「あ?」

最初からやってきた12人だもん。初めてライブで12人揃ってホールで歌えて。
新ディビジョンが増えるから最初で最後の12人だったけど、帰ってきてすぐにお店に来てくれて。

「‘‘記念の日に’’、乾杯」
「……ん」
「ふふ」

いつかこの人の隣から離れる日が来たとしても、私はいつまでも彼もことを思い続けるんだろう。


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