「はぁ………ねぇ、ダノッチ。これ絶対忘れてると思わない?ねぇ、そうだよね???軽く凹むわ〜〜」
「うるせぇ」
ダノッチ、と呼ばれた男────無陀野無人に絡みながらもブツブツと一人でああでもないこうでもないと京夜は呟いていた。
本土より遠くに位置する鬼門島、通称『鬼ヶ島』。そこには人知れず鬼が生活しており、彼らが通う羅刹学園と呼ばれる学校がある。だが、それも只の学校ではなく、彼らの生活を脅かす存在『桃太郎機関』と戦える鬼を育てる軍隊学校だ。
京夜と無人はその学園の同級生だった。
仲が良いかと問われれば京夜は笑顔で応えるだろうが無人はそうでもなく、京夜が一歩的にベタベタしているかと思えばそうでもなく。付かず離れずの距離感にいた。そんな彼らには、ある同級生の女子生徒がいる。
「あ〜あ。一人だけ学長に許可もらったからって本土に行っちゃってさ。何してんのかね」
「………出て行ったのは三日前だろ。そろそろ帰ってくる」
「だと、良いけどね」
「………」
世界中、どこに居たって明確な敵が存在する限りは安全な場所なんてありはしない。一体いつ死ぬかもわからない世の中だからこそ、一分一秒を大切に過ごしたいんだ。自分の好きな女の子と。
それも、自分の誕生日なら尚更。
無人や名前のように戦闘向きではないが治癒能力の向上と促進という希少な能力を持つが故に、京夜は滅多なことがない限り羅刹学園に拠点を置くことを強いられている。そこで、対処や自分の体の使い方を日々学んでいるのだ。
戦場には何度も行った。仲間の死も敵の死も何度も見てきたし、きっと今後それが慣れることはない。
『Save you from anything』
傷ついて戦場から帰ってくる彼女を、待つばかりの身にもなって欲しいものだ。
「オラ、教室戻るぞ」
「はいはぁい」
寝転んでいた草原から状態を起こし、岩山を背に構えた学校に戻った。
「あ、お帰り」
名前は何食わぬ顔で制服を身につけ、自身の定位置の机に座り、緑茶を啜っていた。
何故に湯飲み……と思わないことはないが、彼女のそんな姿を見るのも初めてではなく、もう聞くことすらしなくなった。
「おかえりじゃないよ!もう!!帰ってたんならラインしてよ〜!」
「だって、私のスマホ大破しちゃったから。もうスマホ持つの辞めよっかな〜作り直すのだるいし」
「お前と連絡が取れなくなるのは非効率だ」
「うん、まぁ無人とはよく任務バッティングするしなぁ」
名前の机に置かれた茶請けの中から煎餅を一つ取り出して、それを「食べていいよ」と促される。今回彼女が当たっていた任務は桃太郎機関に襲撃を受けた地区の応援であり、先輩らに指名されて向かったのだと。
血を流して戦う彼女を支えられる存在になりたいと、あの日から京夜はずっと考えていた。
彼女が任務で両腕を失って帰ってきたあの日から。
決死の思いで輸血をし続けて名前の腕を時間をかけて元通りに戻して、京夜は彼女が横になっているベッドに腰掛けて話していた。
『もう、女の子が傷なんて作っちゃダメだよ』
『無人と真澄ならいいの?』
『意地悪な言い方』
『ごめんごめん』
決して仲が良いわけでは無いけれど、彼らの中心は名前でできていた。熱し易く冷めやすい彼女はいつだって戦場に身を置く彼らを温め、時には高まりすぎた熱を覚まさせてくれる。
言葉にはしないけれど大切な仲間で、名前を失ったら自分達の何かが変わるのだろうと思ったのが今回の任務だった。
彼女の負傷を見た二人は現在その現場に自ら向かっている。
『こうでしか生きられないんだから、仕方ないよ。それとも、京夜でも治せない傷を残したら、私には価値なんてなくなるのかな?』
『そんなことないよ!!ってか、そんなことさせないし!!』
『声、大きい』
『あ、ごめん………』
深夜の病室で騒ぐものではないとたしなめられて尻すぼみになる京夜に、彼女は言った。
『Save you from anything』
『?何、それ』
ふふ、と柔らかく笑った彼女が治ったばかりで包帯を巻かれた腕を上げて京夜の頬に触れた。
『私は殺すことでしか戦えないけれど、京夜はそうじゃないでしょう。貴方には貴方の場所がある。戦う場所がある。傷を作ることだけが戦いではないと、私に教えたのは君だよ。
だから、京夜は誰よりも優しい』
戦えないから彼らが傷ついて帰ってくるのを癒すしかできない。待つしかできない。そんな自分の能力がもどかしい。そんな思いを見透かされているようだった。
『京夜がいてくれるから心置きなく戦える。貴方の居るこの場所が帰る場所になるの』
『────、』
強くて、可愛らしくて、優しくて。良いところなんて上げ出したらキリがない程良い女の子の同級生だった。
そんな彼女に、本気で恋をした。
自分を帰るべき場所だと言ってくれた、彼女に。
その時からずっと、彼女にアプローチを続けてはのらりくらりと交わされている。誕生日だって、去年は『良い鳥の日』だと安っぽくはあるけれどファストフード店でチキンを奢ってもらったのだ。無人は嫌々のようではあったし真澄は全く笑っていなかったけれど。でも、企画したのが彼女だったからこそ忘れてるなんてことはないはずだ。
そう、思っていたのにいつの間にか時刻は深夜。そろそろ日付が変わろうとする時間にまでなっていた。
授業を受けて、ご飯を食べて寮に向かって。名前は早々と自室に引っ込んだらしく、掌の中でスマホを揺らそうとそれが震えることはない。
「テメェがベタベタウゼェから距離置いたんじゃねぇか」
「まっすーひどい!そんなことしないに決まってるよ!」
「なんでそう断言できんだよ」
ズバズバと心の傷を抉る淀川真澄はテーブルの上で突っ伏している京夜の前でご飯を食べていた。偵察部隊に身を置くであろう彼は日々情報収集に奔走している。
「ハァァ………まっすーもダノッチも冷たすぎる……俺に優しいのは名前だけだよ……」
「ウゼェしキメェ。テメェは重たい女かよ………俺はもう行くからな」
パチンっと音を立てて手を合わせると真澄はトレーを手にしてその場をさった。
一人の冷たい空間に京夜のため息だけが溢れる。
今日、何度ため息を吐いたんだろう。そりゃ任務帰りで疲れてるだろうし、忘れていてもしょうがないかもしれないけれど。それでも………
チクタクと時計の針の音だけが響く食堂内は11月下旬というだけはあって肌寒い。
戻ろうかな、なんて思っているところでペタペタと足跡が聞こえた。
「あ、こんなところにいた!真澄に会わなかったら教室まで行ってたんだけど」
部屋着に着替えた名前が京夜を見てそう言った。探していたのか、自分を。
そう思うだけで体の芯が温かくなったような気持ちになり、不機嫌な気持ちなんてどこかへ行ってしまったと言わんばかりにへらりと笑顔を向ける。
「何、何かあるの?」
「寂しがり屋の京夜君は、私がいない間毎晩枕を濡らしていたんだろうなと思って。それで、これ」
ん、と差し出されたのは掌に収まるほど小さな真っ白な箱。黒のリボンが巻かれたそれは箔押しでどこかの店名が記されてあった。
「誕生日おめでとう、京夜」
「、遅いよ、もう……!」
少し怒ったふうに声をあげるけれど、そんな京夜の気持ちなどまるっとお見通しとでもいうかのように名前は笑った。それが少し気恥ずかしくて、照れ臭くて躊躇いなく黒いリボンを解く。箱の中に入っていたのは、赤ともオレンジとも呼べる小さな石がついたピアスだった。
「京夜、アクセサリー好きだけどピアスは決まってシルバーでしょ。そういうのもたまには良いんじゃないかなって思って………ああ、気に入らなかったら捨てて良いから」
「捨てるわけな…………」
言い切る前に目に止まったものに全ての思考を奪われた。
彼女は能力故にアクセサリーなどの装飾品を好んでつけたがらない。だが、そんな彼女は厚手のパジャマに身を包んだ今鎖骨の中心に小さく輝くネックレスをつけている。
「待って、それって………」
「サンストーンっていう、所謂パワーストーンなんだって。京夜の誕生日プレゼントにいいなって思ったけど、私も買っちゃった」
「おそろいってこと………?」
「そうなるね」
どんな気持ちで選んでくれたんだろう。自分のことを思って彼女が行動してくれるだけでも十分嬉しいのに。ああ、もう本当に。
肩を掴んだまま二の句を告げない京夜に微笑んで、口を開いた。
「Save you from anything
貴方が私の帰る場所になってくれるのなら、私は何度だって君の元に帰るよ。
………お誕生日おめでとう、京夜」
「ありがとう。君が生きて帰ってくれるだけで嬉しくてしょうがないんだけどなぁ」
「うん、ただいま」
「お帰り」