velonica

桃太郎機関の研究員である桃宮唾切は、日々研究所に搬送される鬼を淡々と解剖する毎日を送っていた。
ただただ、鬼をこの世から殲滅するためだけにメスを握り、人間の平和な世の中を守るために鬼を殺す。それが楽しいと思ったこともないし、辛いと思ったこともない。戦場が普通より身近に存在しようと、両親が鬼に殺されたあの日から志した仕事内容がそうだっただけだとしか言いようがない。とはいえ、両親は機関の人間で忙しかったので家族らしい記憶など無いが。

『おい!お前、俺の下に来い!』

そんなある日、唾切は桃部真中という男に人生をへし曲げられた。
突然の人事異動に勤務内容の変更。散々だと思ったが、真中はただの研究員である唾切より階級が上の戦闘部隊の隊長格。おいそれと反論などできる筈もなく、元の生活に戻す事もできないどころかそんな面倒なことを行う気もなかった。
流されるがままに前線へ足を運ぶとこの手で細菌を操り、死体を操り鬼を殺す。そんな生活が始まって1週間経つ頃だった。

「お前、能力以外は本当に全然だな」
「………つい1週間前まで研究員だったからね」

窓の外が朝日に照らされて明るくなる早朝、仕事を終えて桃太郎機関京都支部の廊下を歩きながら二人は話していた。

死体に細菌を入れて操る能力を持つ唾切は、戦闘時に真中が殺した鬼の死体を使う。当たり前と言っては何だが、その力の扱いは研究所にいた頃に修得したもので、それ以外の戦い方など考えたこともなかった。
死体がなければ操ることができないので、死体を手に入れる。つまりは鬼を殺すことから始めなければならない。だが、桃太郎機関に所属しているとはいえ元は研究所勤務。戦闘経験など無いに等しい。
真中は唾切を自分の元に引き入れた以上面倒は最後まで見る気でいるが、戦闘に不確定は憑き物だ。だからこそ、唾切には強くなってもらわなければならない。常々そう考えており、彼に的確な戦闘訓練を授けられる人物にも心当たりはあった。

「カッカッカッ!お前ならそう言うと思ったぜ」

真中は勝手知ったる様子で真っ白な扉を開け放った。勤務外の付き合いだと自宅に呼ばれることはあったが、他の隊長室に向かうことは仕事意外で初めてだった。

「邪魔するぜ!名前」
「いませーん」
「いんだろうが潰すぞ」
「やってみなさいよ殺すぞ」

もとより仲間からの信頼が厚く人付き合いが良い真中だったが、そこにいる彼女とはより親密な気がした。唾切は真中が開け放った扉を閉め、座り心地の良さそうな革張りのソファーに浅く腰掛けて漆塗りの机に足を伸ばしている彼女に視線を向ける。
足蹴にしている机に負けないくらい黒く艶のある長髪に、それを引き立たせる白い肌。切長の瞳にはブラウンのアイシャドウが控えめに色づき、黒く細いアイラインが引かれている。赤いリップが引かれた形のいい唇のすぐ右下には黒子が一つあり、桃関の指定スーツからははち切れんばかりの豊満なバストがのぞいていた。
誰がどう見ても彼女を美女だと称賛するだろうが、部屋に訪れた二人の男は顔色1つ変えやしない。真中に名前と呼ばれた彼女は本を読んでいたらしく、スピンを挟んで閉じるとそれを引き出しの中に仕舞って顔を向けた。

「この前話したろ、こいつ俺の新しい部下」

真中に挨拶しろと促され、唾切は所属と名前を淡々と告げる。
彼女は足を机から下ろして立ち上がると唾切の正面に向き合った。座っているとわからなかったが女性にしては高身長らしく、唾切と然程変わらない位置で目線が交わる。

「初めまして、桃宮君。私は桃部名前、真中の従姉妹にあたるんだ。………一応ね」
「はぁ」

なぜ真中は彼女に自分を紹介したのだろうか。従姉妹だからなのか。そう唾切が思った直後、またも真中という男は彼の人生をへし曲げたのだ。

「名前に稽古つけてもらえよ」
「………は?」

疑問符が口からこぼれ落ちたのは唾切だけで、名前はにっこりと笑みを向けた。



真中に唾切の事を聞いていた名前は、早々と訓練室を借りた。
鬼の殲滅に勤しむ桃太郎機関にはトレーニング施設や研究室が多くあり、隊員であればその使用は認められている。本部となればその規模は大きなものになるが、京都支部も十分な広さがある。そしてそれは、隊長ともなれば使用目的に関係なく手続きさえすれば自由に扱えるのだ。

「ももみやくん、ももみや…………うん、唾切」
「………」

初対面より十分足らずで名前呼びである。遠慮がないなと思いつつも階級は名前の方が上なので唾切は無言で受け入れた。

唾切は人間・鬼問わず死体に細菌を入れて操る能力を持つ。そして、対象が桃太郎であればその人物の能力を使用することも可能だ。だからこそ真中は訓練をお願いしたいと名前に事前に話していた。
名前は桃太郎機関の中でもトップクラスの体術使いで、能力と合わさってその戦闘は凄まじい。入隊してからはとんとん拍子に隊長の座に上り詰めた実力者で、彼女に憧れる女性隊員も少なくない。だからこそ、遠慮もないが躊躇もない。唾切が今まで研究員だろうが、決して容赦はせず扱いた。常に死が隣にあるからこそ優しさ故の厳しさだ。

「ううん、研究員だったことを除いても体力からかなぁ………死体を操って戦うにしても対峙した鬼が接近戦で来られたらひとたまりもないだろうし。唾切の場合、死体を常に所持しておくとか鬼を殺す武器を作るとかを考えておいたほうがいいんじゃない?」
「武器、ね」
「うん、論文読んだよ。いいじゃんアレ。アグリだっけ」

研究の一環で作り出した犬、猿、雉を組み合わせた対鬼専用の怪物は機関内でもその外見と佇まいから難色を受けていた。だからこそ、それを作り上げた唾切に対して名前が軽蔑も皮肉も何もなく称賛したのが意外で目を丸くする。

「苦手なことは克服するに限るけど、やっぱ命かけてるんだからどうせなら好きなことしてたいよね」
「桃部さんは……」

名前でいいよ、真中と被る。そう挟まれながらも質問をした。

「好きなの。戦闘」
「ん?んー………いや、そうしなければいけなかっただけだよ」

彼女が何故機関にいるのかはわからないが、何も知らずに来たわけではないだろう。それ相応のものを背負っているとわかる。

「はっはー……そんなにモチベーションが上がらない?」
「真中がいるしと思って」
「そりゃそうだ。真中は頼りになる」

大好きかよと名前は笑い、それならと提案をした。

「じゃあ、私に一本でも入れられたら何でも1つ言うことを聞いてあげる」
「…………なんでも?」
「うん、何でも。私を一度だけ好きにして良い。何かを奢ってほしいとか、どこかに連れて行ってほしいでもいいし、実験体にしてもいいよ」
「!」

それは彼女が負けることがないという意志の現れなんだろう。唾切は何よりも研究が好きで、鬼を研究対象として捉えている。それは職場が変わろうとその思考も何も変わらない。誰に何を思われようと突き進んでいくのだ。
唾切はいい機会を得たとニヤリと笑って名前に再度向き合った。

「取り消し、ききませんからね」
「臨むところ。
とりあえず、一撃で相手を殺せる様になるのを目指そうか。相手に気づかれず背後に回り込むことと、ナイフの扱いから。メスは握りなれてるでしょ?」
「まあね」

どんな状況下だって冷静で、何にも流されない。唾切を変人だと、不気味だと言う人が機関内にいることを名前は知っていたが、どこまでも真っ直ぐなその姿勢を好ましく思っている。
従姉妹である真中に相談された時は話半分だったけれど、それでも対面してからは少しずつでも理解したいと思っていた。


「おもしれーやつだろ、アイツ」
「そうだね。真中が気に入るだけはある」

名前が住んでいるマンションまで車を走らせながら真中は気分良く笑った。
唾切の家族の話を聞いて彼の心を動かしたいと思っていた彼は、自宅へ唾切を呼ぶなどして少しずつでも確実にその開いた距離を埋めていた。そして、同じ職場に名前という唾切を理解したいと思ってくれる人間がいることもいいことだった。
名前は人と仲良くなるのは早いが、過去の事から常に一定の距離を置きがちなところがある。
だからこそ、二人にとってお互いがどこか無視できない存在に変化しつつあるのだろうと真中は思っていた。

「鬼に大切な人を殺された人間が多いからね、機関には」
「お前だってそうだろうが」
「………違うよ」

頑なな名前を一瞥して真中は正面を向いた。
名前と真中は従姉妹ではあるが、二人が対面したのは高校生に上がってからのことだ。幼少期からの思い出があるわけでも血が繋がっているわけでもない、『一応』の従姉妹。それでも真中は名前を家族のように思っていたし、名前もそうでありたいと思っていた。

「唾切には話したのか?」
「言ってないよ。機関でも知ってるのは真中と上層部くらいだしね」
「アイツが知りたがっていても話す気は無いのか?」

手合わせは行わずとも毎日顔を合わせる程度の仲にはなった。研究以外に興味関心を示さなかった唾切が、と驚く者は多かったが彼女は唾切のその変化をいいように捉えていた。
たとえ実験台にしたいと思われていようと。

「熱心だよね、ほんと。真っ直ぐすぎて焦げそうだよ」
「………そうだな。お前に対して熱心だよな」

ほれ、到着。真中はつい溢れてしまった意味深な言動を掻き消すかの様に言った。
路肩に車を寄せてもらうと、名前はシートベルトを外して車から降りた。

「ありがとう、真中。奥さんと娘さんによろしく」
「おう。お前もたまには飯食いに来いよ」
「時間があればね」

それが、二人が交わした最後の会話だった。



名前が事の顛末を聞いたのは、その日の夕暮れだった。
鬼の所在を突き止めた桃部真中隊は家宅捜査に踏み込んだ。その際、鬼の子どもを外に取り逃がしてしまいその子が暴走。場は騒然となった。夥しい量の血痕と積み重なる死体。激しい戦闘痕が見て取れて、平穏な住宅街だったはずのそこはそれはもう、筆舌に尽くし難いほど酷いものだったらしい。
そして、運の悪いことに桃部真中の家族が巻き込まれた。鬼は倒したものの真中は重症を負って死亡。奥さんと娘さんも庇いきれず息を引き取った。

名前は報告を聞き、すぐに唾切のもとへ向かった。
心配だった。
鬼と戦う桃太郎機関は常に死と隣合わせの生活をしている。派手な白い縦縞のスーツを身に纏い、隊長格はその上にファー付きのコートを羽織っている。それも、民間人に被害を出さず桃太郎だと自ら正体を明かしている証拠だ。白い服装で黒い細菌を操りながら黒に身を潜め血を操る鬼と戦う。決して鬼の方が優れているなど考えたことはないが、それでも護るものは平和な世界そのものだ。

「唾切っ」

名前を呼べば、彼は普段と同じ感情を表に出さない目で名前を見ると思った。いや、そうであってほしいと願っていたのかもしれない。或いは、真中が亡くなったことを悲しんでほしかったのか。
だが、唾切は名前に名前を呼ばれても口元を引き結んだまま振り向かなかった。口に咥えていた煙草のフィルターを潰してしまい、苦い味が広がる。

現場にいたのは自分だ。唾切は真中の補佐であり、部下であり、右腕だ。自分がいたのに何故真中が、と名前に責められることを彼は恐れていた。
何のために訓練を積んでいたんだ。とてもじゃないが顔向けできない。
真中に引き抜かれて戦闘隊員になった。体術を鍛えるためにと真中に彼女を紹介されたが、きっとそれも真中の『思い』から取った行動なのだろう。流されていたが、悪い気はしなかったのも事実だ。
毎日のように機関で顔を合わせ、組み手をしなくても世間話をする。唾切の話を真正面から受け取る名前との距離感が終わると思うと、背筋が冷えた。
確かに他人との関わり合いは窮屈だが、それでも彼らが自分に教えたものは計り知れない。そう、失って気づいた。

「こら、無視するなよ。唾切」
「っ………」

名前が自分を責めるだろうと思っていた唾切は、その声にようやく名前と視線を合わせた。
どうして、そんな表情でいられるんだ。
名前は唾切の行動に内心安堵していた。家族のことを聞いていたからこそ真中を失った唾切が嘗ての自分のようになるのではないかと思っていたから。
何から話そうかとしていたところ、唾切が一服しているのを見て名前は言う。

「一本、貰っていい?」
「………吸うんだ」
「禁煙してたんだ。真中の奥さんが妊娠してから」

胸ポケットから取り出した箱を唾切が差し出すと、名前は煙草を一本引き抜いた。ライターは、と渡そうとしたところでグイッと胸ぐらを掴まれる。名前が咥えた煙草の先端と唾切が吸ってたものが触れ合い、火種が移る。その一瞬がやけに長く感じて、それでいて熱かった。火を焚べたのは自分なのに、焚べられた気分になる。
名前は唾切の襟から手を離すとそれを軽く伸ばしてから咥えていたタバコを指で挟みフーッと宙に白煙を吐き出した。

「時々思うんだよね。まるで死神にでもなった気分だって」
「……え?」
「守りたいものが多いのに、それはいつだって掌からこぼれ落ちていく。
全く、嫌になるよ」

ハッと吐き捨てるように言った名前に唾切は視線を向けてずっと聞きたかったことを聞いた。

「名前は……どうして機関にいるの?」

いつだったか、名前は「そうしなければいけなかっただけだ」と言った。それが唾切はずっと気にかかっていた。

「………私の父親は桃太郎だったんだけど、母親が鬼でね」
「、」

唾切の家系がそうであるように、桃太郎同士の子どもは確実に桃太郎が生まれる。それは鬼同士や人同士の場合もそうだが、鬼と桃太郎、そして人との子どもとなるとその確率は半々だ。能力には個人差があるのでいつ、どの状況で出現するのかわからない。

「幼少期に母と父が戦って、それで父親が死んだ。私は桃太郎だったけど、母はそれでも私を育てようとしていたんだ。でも、そうもいかなかった。………私の目の前で暴走して父を殺したのに、気も許せるわけないじゃない?」

一年後、母が再婚して新しい父親ができた。鬼の両親に桃太郎の自分。いつ殺されるかわかったものではなく、毎日怯えていた名前は能力を密かに扱えるように特訓していた。
そして、父親が残した一枚の名刺に電話をして母が鬼だと密告した。自ら両親を明け渡した。

「………もちろん二人は私を殺そうとした。だけど、私は生き残った。その腕が見込まれて桃太郎機関に入隊したの。面倒を見てくれたのが真中の両親で、その時従姉妹って括りにしたんだ。大人の都合ってやつでね」
「………」

全てを語り終えて口を閉じた名前の横顔を唾切は眺めていた。
自分の領域にズカズカと上がり込んできた挙句躊躇も遠慮もなく踏み荒らすような人だ。複雑化していく人間関係を不快に思っていたけれど、それよりも自分が不快だと感じていたのはきっと二人が……名前が抱える闇を自分は知らないことだった。
勝つために調べていた。見ていた。それなのに何も掴ませやしないから、イラついていた。

「………、」

唾切は短くなった煙草を足元に捨てて踏み潰すと、先程のお返しと言わんばかりに名前のスーツの襟を掴んだ。
突然の行動に完全に不意をつかれた名前は、そのまま唾切にされるがままに柵に預けた背中を離して指に挟んでいた煙草を取り落とした。

「んっ」

唇に感じた柔らかい感触と、至近距離にある白く長いまつ毛。色素の薄い髪をこそばゆく思いながらも、押し返すこともなく唾切のキスを享受していた。
ほんの一瞬唇を合わせただけだ。唾切が顔を離すと、名前は目を見開いたまま固まっていた。そんな彼女の表情に途端に苛立ちは霧散した。

「………これ、一本に入る?」

フッと口角を上げて言った唾切にハッとしたが、いたずらっ子のような行動と哀愁を帯びた視線が不釣り合いで目を逸らせない。
ああ、くそ。内心で悪態を吐きながら名前は言った。

「うん、入るね。完全に不意打ちだった」

目的のためならば手段は選ばない卑劣な男だ。いくら気が許せる仲になろうといつだって攻防を制してきたのに。

「やったね」

ふふふ、と表情を緩めた唾切はそのまま名前の腰に手を回して抱きしめた。
なんでも一つ、お願いを聞いてもらえる。最初は何も考えていなかったし、ご所望通り実験台にしてやろうかとも思った。でも、今唾切が名前に求めているのは一つだけだ。

「一生、傍にいてほしい」
「、」
「お願い、聞いてくれるんだよね?」

にっこりと上機嫌にそう言った唾切に名前は目を見開いたが、まぁそれでもいいかと諦めたように笑って言った。

「ん、わかった。でも、一ついい?」
「ん?」
「それは師として?元上司の従兄弟として?友人として?それとも、他に特別な感情があるのかな」

名前の言葉に唾切は目を見開いた。
まっすぐに、手段を選ばず馬鹿正直に「自分の下につけ」と言った真中だった。関係を表す明確な言葉を欲しがる点だって、血の繋がりはなくとも二人の似ている所だと思える。
きっとこの世で二人だけだ。自分を変えられるのは。

「……師とか、真中の従兄弟とか、関係ないよ。
俺が名前の事を離したくないんだ。君の一番傍に居て、そんな君の一番でありたいよ」
「、」

この感情が、きっと愛なのだろう。



人は生きて死ぬ。本来はシンプルな一本道だ。人との関わりで人生は迷路になっていく。
それでも、関わりたいと思ってしまった。弱点になっても、手放したくないと思ってしまった。

「名前………ッ」

あの日のことは二度と思い出さない。忘れることなんて二度とないから。

だから今、炎に焼かれ、血を流し、体が鉛のように重い状態で君の元に帰れないことをどうか許してほしい。
自分と家族になる事を決めてくれて嬉しかった。自らの手で殺した母親と同じ立場になった時、彼女がどんな表情をするのか知りたかった。一番近くで、見ていたかった。守りたかった。

「ごめん」



損傷した唾切の遺体が安置された部屋を前にして、名前はグッと拳を握った。
そして体に入れていた力を抜くとゆっくりと一歩ずつ近寄る。遺体はそのままの状態で桃草蓬が保管していた。血は黒く乾き、汚れを知らないスーツは煤で汚れ、穴が空き所々破けている。目は閉じられていた。

「先輩、…………っ」

桃草蓬はなんと声をかけたらいいのかわからなかった。唾切が隊長になった際副隊長に指名を入れてくれたのが名前であり、元々蓬は入隊したての頃名前の隊にいたのだ。
涙を流すことも許されない空気の中で、蓬はその背中をジッと見ていた。

「ごめんね、蓬。少し二人にしてほしい」

そう告げた声は普段通り凛としており、余計に苦しくなる。

「はいっす………」
「うん、ありがとう。連れ帰ってきてくれて」

死体になってなお真中と共に戦い続けた。信念を貫き通した。真中を操る度に彼の死を誰よりも実感していた彼は、どんな気持ちだったのだろう。真中は一ノ瀬四季の炎に焼かれて灰になった。もう、顔も何も判別できない状態にある。
血で汚れた唾切の額に手を滑らせると、石のように冷たく生気を感じない。ああ、もう唾切はいないのだ。そう実感して唇を強く噛んだ。いつから、彼のことをこんなにも想っていたのだろう。
開けられたままの瞼に手をやり、髪に唇を寄せる。
目的の為なら手段を選ばず、非道で卑劣な行為も何度も行った。世界の平和のために、手を汚し続けた。だから、もう二度とそんなことをしなくてもいいのだと喜ぶべきなんだろう。

「おやすみ、唾切」

また次に一緒になれるなら、鬼がいない世界がいいな。普通に出会って、普通に過ごしていたかった。
何気ない毎日が、とても大切で大好きだった。

「私も、君の一番傍で生きていたかったよ」

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