「お疲れ様です」

ドアを開けて事務所を見渡すと、同じ班のメンバーはベンチで雑談しており、その中の一人が「お疲れ」と言った。
タイムカードを切ろうとして、勤務時間がオーバーしていた事に気づく。ああ、やっちゃったな。まぁ時々あるし、仕方ない。
今は月の半分ある夜勤の期間で、19時から翌朝7時まで働いてるのだ。この生活が4年続こうが明日もそうだろうが、体のだるさに慣れる気はしない。えっちらおっちらとパソコンの前に座り、現場で見てきた生産数を打ち込む。睡魔に襲われて視界がぼやける。
クソ眠い。何で点数券とか棚卸しとかあるんだろうか。

「あ、朝日奈さん!点数券の出庫伝票って出しましたか?」
「んー………やった」
「ありがとうございまーす!」

2つ下の女の子がそう言ったのに少しの苛立ちと呆れをおぼえて、それを払拭しようと深く呼吸をした。お前、それで私がしてなかったとしてもやらないだろうが。
心の中で職場の人間を殺しまくりながらカタカタとキーボードを弾くこと数分。数字の列には赤や黄色の表示もなく、珍しく何の問題もなく確定を押せた。

「お待たせしました。終わりましたよ」
「おう。江藤、終礼」
「え〜〜何もないっすよ……帰りましょ」

特に手伝うわけでもなく談笑するなら、気が散るから早く帰れよ。そう思いながらも手荷物を抱えて、皆さんの後を追いながら事務所を後にした。


別に、今の仕事は好きでも嫌いでもない。………嘘。普通に嫌い。
でも、福利厚生はしっかりしてるし残業が多い分給料もいい。高校を卒業して独り立ちした私にとっては、きっとこれ以上ないくらい良い生活をしているのだろう。
仕事は残業が多いしそもそも勤務時間が半日というアホなのかなってレベル。しかも係長とひとつ下の後輩が不倫するほど職場の人間関係がクソだし精神的にも肉体的にもキツいけれど、お金を自分で稼いで好きなものを食べて思う存分推しに貢ぐ。うん、最高だ。

でも、ふとした瞬間。例えば、寒い夜なんかに「このままでいいのだろうか」なんて考えることがある。
中学時代からの友達と電話した夜。元同僚の同士とお茶した帰路。
ずっとこのままなんてありえないという恐怖に襲われ、それでも自分から何かを動く勇気もなくただただ「あの頃に戻りたい」と学生時代を思い出すのだ。
戻るとすれば、記憶があるまま………できれば保育園から。いや、いっそのこと中学、高校でもいい。高校って何年前だっけ…………5?いや、高校入学だったら8か??ヤッベ足し算できない……
「ああなりたい」「こうなりたい」「できれば推しと」という妄想癖があるから夢小説を書いている。小学生から続く長年の趣味だ。だから転生とかトリップとか逆行とか、腐るほど読んだし何ならおすすめとかあったら教えてほしい。
そうして悶々と今この瞬間昔に戻れたらという妄想に浸り、ハッとして覚めるのだ。

「…………何考えてるんだろ」

夢は夢だし、過去に戻るなんてこと絶対にありえない。無いな。
でも、もし…………もしも戻れるとしたら、私はちゃんと彼と向き合えたんだろうか。
そう考えて、ふと好きだった大きな背中が目に浮かんだ。ああ、嫌だな。割り切ったはずなのに。
そう思いながら布団に潜り込んだ。



ジリリリリリリリリリ……という煩い目覚ましの音を不快に思う。煩いな………この音、何だっけ。私の目覚ましって電子音だったと思うんだけど。
社会人になってからなんとなく愛用していたデジタルの目覚まし時計は、高校卒業の時文化の部で記録を残した学年代表に送られる文化連盟の記念品だ。謎すぎる。泣いた。金券が良かった。

「達也!和花那!起きなさい!」

ぼうっとしていると少しの呆れを含んだ怒号が聞こえ、一気に意識は覚醒した。
たつや………、は、達也!?
一気に意識が覚醒して、布団を蹴り上げた。

「お兄ちゃん………?え、実家!!」

分厚い瑠璃色の遮光カーテンは開けられており、白いレースカーテンからは燦々と朝日が降り注いでいる。天井に母と取り付けた赤いクリスマス仕様のカーテンも然程意味なく部屋は明るかった。少しでも動くとギシギシと音を立てる私が小学2年生の頃から兄と共同で使っている二段ベッドも、部屋の3分の1の面積を占める勉強机を並べて置けないからとダイニングテーブルを中央で仕切った机も、兄が就職で出ていくまでのそのまんまの部屋だ。私は兄が出て行ったその日にこの部屋を大幅に模様替えしたことも覚えている。
紛れもなく、私が保育園の頃から高校卒業するまで暮らしていた家だ。
久々の二段ベッドを怖く感じながらもそろそろと梯子を降りると、まだパジャマ姿の母が「さっさと準備しちゃいなさい」と言った。

「やけにリアルな夢だな………」
「何言ってんだお前。おはよ」
「はよ。………お兄ちゃんって今何歳?」
「17」

何を突然年齢なんぞ聞いてくるんだ。そう思いつつもおざなりに答えるあたり、会話がめんどくさいのだろう。我が兄ながら私と似ている。
にしても、17。兄は1月生まれだから机の上のカレンダーが3月の辺り、この春から高校3年。つまり私はこれから高校1年生ということになる。

「…………保育園がよかったな」

まぁ、いいか。夢はいつか覚めるだろうけれど、ここまで意識がしっかりしている夢っていうのもない。思う存分好き勝手させてもらおうじゃないか。そう思いながら洗面台へと向かった。

「………は、」

鏡に映る自分の顔を見て戦慄した。
外見に気を使い始めたのは高3で彼氏ができてからだけど、ここまで……そうか。いや、もう何も言うまい。今日からまともな生活を送れば美人になれずとも幾分かマシになることを私は知っている。そう思いながら、気持ち多めに洗顔フォームを手に取った。

…………高校の頃の私って、ここまでブスだったっけ。


朝の支度といえば身嗜みを整えて朝ごはんをお腹に入るだけ入れること。私は朝からガッツリ食べる人間だ。
ところで、何の準備をすればいいのか。この頃私はカレンダーに何も書かないタイプの人間だったので何もわからない。だが、きっと朝だらけるために夜しっかり準備をしている筈だ。そう思い机の上を見ると、中学の指定バッグが置いてあった。流石私。
使い古された紺色のそれを手に取り、中のクリアファイルやノートを開く。中学の指定バッグの中に入ってるとは何事だと思えば、今日は高校に物品の購入に行くらしい。
はんはん。何となく思い出してきたぞ。ここで体操服を買ってなかったから遠足の時に一人だけ中学の体操服で行く羽目になるんだよね。………ちゃんと買おう。
今日の予定がわかれば問題はない。中学の制服をキッチリ着て、めちゃめちゃ荒れている肌に絶望しながら薬用リップだけを乗せた。寝癖をヘアアイロンで伸ばして髪型を整えれば、まぁまぁ大丈夫だろう。
漫画買うの少しやめて、化粧品とスキンケアに力入れないとな………。そう思いながらお母さんが用意した朝ごはんを食べる。

「…………おいしい」

朝炊き上がったとわかるツヤツヤの白米は粒立っていて、その上にのせた納豆の味を際立たせている。だし巻き卵は私好みの味で、鶏肉の照り焼きの香ばしい匂いは食欲を増加させる。そして、なんと言っても味噌汁。少し肌寒い体にじんわりと暖かさを与える。
家を出ないとこの苦しみはわからないと思うのだけど、朝食を用意するのってすっっごくダルい。私は基本前日の夜炊いた米にふりかけとか何か乗せて食べていたけれど、おかずもさるのとながら味噌汁まで。そして極めつけは、茶葉から淹れた緑茶。至福である。
働きだしてからは朝が早いから起きて30分で支度して出ていたのだ。それはもう両親のありがたみを感じた。

「何、どうしたの?」
「や、別に」

学生時代はお金がないから何もできない。早く大人になりたいとばかり思っていたけれど、大人になったら仕事に忙殺されてこんな穏やかな朝なんて平日は全くと言っていい程無い。いや、今日土曜だけど。
お兄ちゃんが部活だと言うことで家から歩いて30分のところにある市立の工業高校に送り届けた後、私は母の職場の近くにあるからというなんとも言えない理由で選んだ音駒高校に来ていた。
中学の夏に行われた進路相談の時点ではお兄ちゃんと同じ工業高校に進む予定だったけれど、私は直前になってそれを変更した。それも思うところがあったけれど、試験は難なくクリアしたし問題はない。入学時点では音駒高校にこだわりがあったわけではないのだ。オープンスクールに行っていたのはその工業高校と私立の女子商業高校と都立の音駒高校だけで、受験勉強しなくても入れる学力だったし。

私はこの学校で過ごす3年間がペラッペラのものになるのだと知っている。
自分の意思を貫き通すことができたのは2年の春から入った美術部だけで、なんとなく他人に流されながら生活していた。そんな無味乾燥な高校生活を、社会人になって死ぬほど後悔した。だから、今回はちゃんと生きたい。

「フーッ………」
「何物品の購入に力入れてるの?」
「え、いやそんなんじゃ……」

母の職場に車を停めて、徒歩で音駒高校へ到着した。
新入生とその両親は体育館に集められており、どことなく緊張感が漂っている。同じ中学だった子や親御さん同士で少しばかり会話をしているけれど、寒い体育館がそうさせているのか。私と同じ中学だった子もいるけれど、私はただぼーっとしながらステージを見つめていた。
懐かしい。新入生としてこの体育館に来るのは初めての筈だけど、私にとってここは3年間集会や体育の授業で何度も利用した。暖房設備も何もないこの体育館は運動部が使用しており、コートのラインも所々張り直されている。
本当に、これが夢なのかな。逆行なら、このまま生活したとして私の未来はどうなるのだろう。そう悶々と考えていると時間になり、手元のプリントを見ながら物品の購入の仕方が説明された。
この体育館と武道場、1階の教室に男女分かれて、授業で使う教科書と体操服やシューズ、ローファーを購入する。制服の採寸を含めて全部行えば終わりだ。
サクサク行こう。とプリントに目を通しながら母と物品を見て周り、手当たり次第購入してチェックをつけていく。鞄の中に入れた教科書の束が重い。この日持って帰らないのは採寸だけ行う制服と名前の刺繍が入る体操服だけで、シューズやローファーもあるから手荷物がエグい。そして、それを今年入学する約二百人とその親が持って移動しているのだ。更衣室なんかは大混雑になる。
そして、全ての買い物が終わった私はくたくただった。なんか、イベント会場のアガるテンションが無いまま流された気分。

「昼から夕方まで仕事だけど、和花那どうする?帰る?」
「帰らない場合ってどうなるの……?」
「近くの公民館で何かするとか?」

そういえば、そんな施設もあった気がする。筆記用具も持ってきているし、調べ物とかするにはちょうどいいかなと夕方まで待ってると答えた。買い忘れはないよな、なんて考えながら歩いていると、一台の車が横付けしてきた。

「ひょっとして、朝日奈さん……ですか?」

そう言って運転席から顔を覗かせたのは母と同じくらいの壮年の男性だった。母はその人の顔を見るとあっ!と声を上げた。

「黒尾さん!?お久しぶりです〜!ひょっとして、鉄朗くんも…」

黒尾さん、と呼ばれた男性は助手席に視線を向けてそうです。と言った。
助手席にいたのは黒い学ランを着てケータイを弄っていた男の子で、視線が合った瞬間「あ、」と声が出そうになった。思わず開いた口を隠すようにキュッと口を引き結んで軽く会釈をする。
そのまま私たちの受験のあれこれを話す2人は仲が良く見える。それもそのはず、黒尾鉄朗君と私は保育園が同じで交流があったのだ。私の通っていた保育園は母の元職場の近くで、小学校に上がる時同じ保育園の子はいなかった。だから高校で会う可能性はあったし、彼以外にも数人母に声をかける人がいた。つまり同じだ。

「鉄朗くん、随分カッコよくなっちゃって〜!」
「ははは。ありがとうございます」

唐突に名前を呼ばれた彼は人が良さそうな笑みをこちらに向けた。

「3年間よろしくな、和花那」
「………こちらこそ」

保育園時代一緒に過ごしていようと、小学校も中学校も別なのだ。親しかった記憶はあれど、もうどんなことをしたのかは覚えていない。本当に再開した頃ならそこそこ覚えてるかもしれないけれど、もう二十歳も過ぎてしまっては小さい頃の記憶など無いに等しい。

だけど、もう一つ私にとって彼には思い入れがあった。

彼……黒尾鉄朗は、私たちが高校3年生になってから体育祭マジックで付き合うことになる。そして卒業とともに自然消滅した………いわば、未来の元カレなのだ。



それから数日後。高校生活が始まるまでの何もすることがない平日だった。
学校が始まるとすぐに学力試験があるので中学の問題なんぞ覚えてもいないからと教科書を読み直したり問題集を解き直している。赤点だけは取りたくない。
面倒だけど、勉強って面白いなとこの年にして思った。いや、今高校生だけど。社会人になってからは勉強する機会なんて無くなったし知識も消えていく。それでも、今こうして学び直してみるとなかなか楽しい。
丸付けを終えて次の問題へと手を伸ばしたところで、バイブにしていたケータイが震えた。

『今何してる?』

送り主は黒尾鉄朗だった。
文面だけ見れば完全にそういう関係なのかと勘ぐりそうだけど、卒業したばっかりで暇なだけだ。勘違いするなよ。
あの日再開した際にしれっと両親が連絡先を交換し始めたので、その際彼からもその申し出があった。中学の卒業祝いで与えられた、兄のものより世代が新しいミントグリーンのケータイ。それに登録されている連絡先はほとんどが中学時代仲良かった友達の名前で、写真も少ない。個人サイトのアドレスだけはあったけれど。

どう返信しようかと躊躇う。いや、バリバリ勉強してますけど……でも、そうだ。なぜかここで会話が弾んで電話することになるんだよな。昔はネットサーフィンしてる時にそんなことがあったけれど。

『漫画読んでた』

勉強してた、なんて言うと真面目かよと思われそうで。私そこまで頭良くないと思ってるし変にハードル上げられたら嫌だからとそう返した。既読機能なんてないメールではお互いが読んでいるのかもわからないけれど、数分と絶たずに返信がくる。それが余計に片手間ではなく、連絡を取り合っている実感を沸かせる。

『暇だよな。すること何もねぇし』
『それ。でもダラダラできるの最高』

労働はクソだから休日は楽しいのだ。何もすることがなく休みが続くと、逆に何かをしたくなる。嫌なことがあるからこそ好きなことが楽しいのだ。
そう思いつつも24時間きっちり自分の好きなように使えるのはいいよねぇなんて一人頷く。

『電話していい?』

え、何でだ。そう思うも、こいつ変なところで寂しがり屋だったなと付き合っていた頃を思い出した。………いやいや、今は違う今は違う。

『いいよ!』

そう返すと、すぐにコール音が響いた。
実を言うと私はそこまで電話が好きじゃない。中学を卒業するまでケータイなんて持ってなかったし、家は壁が薄いから会話が筒抜けになるのも嫌だ。あと、手が塞がる。
でも、休憩がてらしてもいいかなと思った。兄も部活で両親も仕事の今、家には私1人だから何の問題もない。ペンを置いて是と答えると、その数秒後に着信を告げる。

「もしもし?」
『おー………久しぶり?』
「いや、疑問形か」

まぁ、多分勢いで電話したところもあるのだろう。私も何を話したらいいのかあんまりわかってないし。保育園のアルバムを見ながら思い出話でもしてたんだっけ……

『物販で会った時びっくりした』
「そう?その割には驚いてなかったように見えたけど」
『いやいや。体育館にいる時から見えてたし。和花那、身長高いから』

『和花那』と呼ばれるのも好きだった。優しい声色で、人前でいちゃつくことはなかったけれど二人の時とかはそう甘えてくれたから図体がでかい割に可愛らしいなと思っていたし。

「170pです。鉄朗君は?」
『俺はもうちょいで180………』

知ってる。

「高っやばっ」
『運動してるんでね』

知ってるよ。

「へぇ……何の?バスケとか?」
『いや、バレー。ブロッカー』
「凄い。私の中学、男子バレー部無かったから」
『そうなん?まぁ、少ないっちゃ少ねえよな』

全部、知ってるよ。

だって、真っ赤な音駒のバレー部のジャージは目を引くから、いつも帰り際美術室から眺めていた。母親に送ってもらうし校門まででも、一緒に歩けたらいいと思っていたから。
最後までやり抜きたいと受験勉強に精を出しながらも部活を続ける彼らを私は友人として誇らしく思っていた。そして、たまのオフに家に行ってひたすらダラッダラするのが好きだった。私より身長が高くてゴツいのに抱きついてくる様子が、たまらなく愛おしいと思えた。

………何考えてるんだろう。

「じゃあ、高校でも続けるの?音駒って男バレあったよね」
『おう!前まで監督してた先生目当てで受験したんだけど、定年でさ』
「おやまぁ」
『ま、やるからには全国制覇すっけどな』
「音駒って強豪だったんじゃなかったっけ?頑張ってね」

問題集を捲りながらそう答えていると、ふと鉄朗君が何も話さなくなった。いい加減な返答で怒ったか?なんて少しだけ不安になる。

『………茶化さないんだな、お前』
「は?」
『普通、全国制覇って言われてもピンと来ないだろうし無理だって思うだろ』

彼の声はひどく冷静で、先ほどまで夢や目標を語っていた同一人物とは思えなかった。でも、だからこそ夢を見つつも現実に向き合って叶える為に一生懸命ひた走る背中が好きだった。

「正直、私当事者じゃないし。バレーもよくわかんない。
でも、本気で目指してない人は目標を誰かに言ったりしないでしょ」

ましてや、今はどうでもいい他人だ。いや、ただの同級生とでも言った方がいいのかもしれないけれど。

「とにかく私は、鉄朗君が本気で全国制覇を目指すのは笑ったりしないし、友人として応援してる」
『………そっか』

そうだよ。なんて答えて、また先ほどの空気なんてなかったかのように雑談を始めた。保育園の頃の思い出話や、小学校中学校であったこと、高校で何をしたいか。クラスが同じになるかもわからないけれど学校で会えば話せたらいいねなんて笑って、話題も尽きてきた頃に適当に電話を切った。

「…………ふぅ」

なんか、喉乾いたな。お腹もすいたし、パンでも食べるか。
トースターに食パンを突っ込んで、ココアの粉末をマグカップに入れる。話している時は普通に楽しめるのに、話した後でこうして一人の時間がやってくるのが寂しく感じて嫌だ。
彼が本当に良い人だってわかるし、知っているからこそ自分のことが余計に嫌いになる。

「……早く高校はじまんないかな」

どうして私は、私と将来を考えていてくれた彼に自分の未来の話をできなかったんだろう。
どうして最後まで信じ切ることができなかったんだろう。
ちゃんと彼のことが好きだったはずなのに、私は結局自分から何もすることができなかった。いつも甘えるのは彼の方で、話しかけるのもデートも、キスだって。自分からしたことはなかった。
自然消滅してからは笑い話にできるようにしてきたはずなのに、向こうがもう私のことを想っていないとわかってるはずなのに「あのまま関係が続いていたら」なんて妄想して。期待して。

「………永遠の愛なんて、フィクションの中だけだって」

少し緩くなったココアで何も塗っていないトーストを流し込み、勉強再会しようとキャスター付きの椅子に座り直した。



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