銀杏の道で

 大学からの帰り道。見事なイチョウの並木道があったから、ちょっとした気紛れでそこを歩こうと提案をした。大した時間もかからないし、すぐに帰宅するような用事もなかったからとあっさり頷いた彼が自分の手を取る。バイト生活で少しざらついた荒れている手から伝わる温もりが愛おしい。綺麗に色づいたイチョウは、視界を鮮やかに彩る。彼の瞳よりも薄い黄色は、同じ中学だった友人の姿を思い起こさせた。
「征十郎」
「……なんだい?」
「謎の間! それよりもほら」
 彼が声をかける。親しみと少しの思慕が混じった柔らかな音で、自分の名前を呼ぶものだから驚いて数拍固まってしまう。しかも普段苗字なものだから尚更。
 その反応が面白かったのか、それとも別の何かなのか。ふと湧いた疑問を口にしようとした矢先、眼前に突き付けられたソレ。しかしあまりにも近くて逆にぼやけてしまう。思わず眉間に皺が寄れば、それに気付いた彼が適度に距離を取る。正体は、あまりにも綺麗な形で残っていたイチョウの葉だった。脳内を様々な情報が走る。
「ここまで綺麗に残っているのも珍しいよな」
「そうだね。でも君には少し似合わないかな」
「はぁ!? 普通に失礼じゃん!」
「事実を言っただけだろう」
 これまで得てきた知識を隅へ退かしつつ、呑気に笑っている彼へ軽く毒づいた。いつも通りな活きのいいツッコミが返ってくる。流石だなと思いながら、薄く笑む。さりげなく銀杏を避けながら、逆に彼が踏むように誘導する。
 紅葉などが入り乱れている訳ではないから、色彩としては単調だが。それもまた一興。11月にしては低めの気温が頬を撫で、青空が隙間から覗く。
「うぎゃっ! 銀杏踏んだ!」
「本当に踏むとは」
「赤司さん!? さてはオレを誘導したな!」
「してないよ。偶発的な事象で人を攻撃してはいけない」
「いやいやいや無理があるって!」
 景色を楽しんでいると硬い物を踏んだ音と共に独特な匂いが鼻腔を通る。大学生にもなって銀杏の匂いごときで負ける訳はないが、彼はそうではなかったらしい。「くっせぇ」と悪態を吐く姿は、自分の知っている彼とは少し違う。今日も今日とて知らない側面を引っ張り出せた。
「ほら、早くしないと置いてってしまうよ」
「どうせ帰る場所一緒なのに?」
「気分の問題かな」
「はいはい」
 今日もオレの勝ちだ。どこか拗ねた様子の高尾の手を引き、空いた手でイチョウの葉を遊ばせながら家に帰るため並木道を後にしたのだった。