012



「夏といえば海って、単純」
「いやっほーーーい!!!」
「海、いいね」

佐久間が全速力で砂浜を駆け抜けていって、ウキウキしただてさんがその後を追っていく。
ギラギラした太陽が夏本番って空気を出していて、パラソルとレジャーシートを広げてた阿部ちゃんが目を細めた。

「まあ、佐久間の思考回路なんて単純だよ。誘ってもらえて嬉しいけどね。仕事だけで夏終わるかと思ってたし」
「よく6人も休み取れたよな」
「今日は大丈夫じゃない?普段研究ばっかりしてる教授が全員現場立ってくれたし、六音の方でもヘリ対応してくれるし。万が一なんかあれば、ここから病院まで近いしね」
「目黒たちも同じ日に休み取ると思わなかったけど」
「阿部ちゃん!ラムネ!ラムネ4つ頂戴!」
「え、なんで?」
「あの子たちと飲むから!」

阿部ちゃんが動くのが待ちきれないのかクーラーボックスから勝手にラムネ持ってったふっかの先には翔太と水着の女の子が2人。
俺が買ってきたラムネをナンパの材料にすんなよ!
ノリが軽い。
大学生かよ。
顔緩み過ぎ。

「お兄さんたちなにしてる人?」
「みんな友達?」
「俺ら、こう見えて医者なんだよねー」
「えー?ほんと?」
「お姉さんたち2人で来てんの?よかったら、」
「えー?お兄さんたちお医者さんなのー?」
「私も遊びたーい」
「ラウ!?康二!?」
「え、なんでいんの!?」

やけに身長高い3人が来たから、女の子たちの連れかと思ってびびってたらラウールと康二と目黒。
あいつらも休みとってたけど、まさか同じ場所に来てるなんて。
呆れた顔した目黒が翔太の肩をぽんって叩いた。

「翔太くん、まじでやめた方がいい。後悔するよ」

その言葉の意味を理解したのはすぐで、海から上がっただてさんが俺と阿部ちゃんの前を颯爽と走り抜けた時。
こいつら3人がいるってことは、

「ちょっと!なんでみんな先に行っちゃうの!?」
「海未ちゃん、俺が持つよ」
「え!?涼太くんなんでいるの?」

おそらくこっちに来るために3人に押し付けられたであろうジュースを腕に抱えた海未にだてさんが駆け寄っていく。
パーカー着てるっていってもその中はおそらく水着で、普段見慣れない姿に俺でさえもちょっとドキドキする。
あんな脚出すなよ。
水着だから仕方がないけど。
髪纏めてるから白い頸が見えて、思わず翔太をガン見してしまった。
お前、どうすんの?
だてさんは真っ先に動いたけど。

「翔太、お姉さんたちいいの?」
「…うるせえ」
「海未はいいの?」
「よくない。全然よくない」

乱暴にラムネを4本クーラーボックスに突っ込む翔太の横顔は耳まで赤い。
バッチリ見てちゃんと照れてんじゃん。
俺らに逆ギレって、小学生か。

「なんでなんでなんで!?みんなどうした!?海で揃うとか運命的じゃね?」
「僕らの荷物もこっち持ってこようよ!」
「俺取りに行くわ!」
「俺も手伝うよ!行こうぜ!」
「場所どこやっけ?めめも行こう!」
「あっちのオレンジのレジャーシートんとこね」
「海未、それここに入れときな。冷やそう」
「ありがとう、阿部ちゃん」

わあって騒がしくなって、荷物を取りに行く組が抜けたらまた静かになる。
ほんと、医局でもここでもテンション高いな。
クーラーボックス開けて中にジュース入れ終わった海未と、隣に立ってた翔太がバチって目が合って、俺の方が緊張する。
あの居酒屋で聞いたこと、俺は知らない方が良かったかも。
やばい、顔に出る。

「あれ?翔太ピアスしてたっけ?」
「え、あー、まあ、休みだし」
「ふーん、そうなんだ」

左耳についたフープピアスは確かに病院ではつけていない。
太陽の光を受けて鈍く光ってる。
照れてチラチラ視線を動かす翔太とは裏腹に、海未はいつもと変わらない顔で話してる。
緊張も照れもない?
昔一緒に住んでたら、水着なんて見慣れたもんなのか、そこまで意識してないのか。

「海未ちゃん、こっちおいで。日陰だから」
「ありがとう」

やっぱりだてさんのが上手だよな。
さすがって頷いてたら、阿部ちゃんも大きく頷いてた。






シーズン真っ只中なのか、海は人が溢れてる。
さっきまで海の中で遊べてたけど、人が多くなれば泳ぐことも出来なくなって。
少し離れた砂浜の場所を陣取って、佐久間くんはビーチボールを取り出した。
ご丁寧にネットも用意して。

「ビーチバレー?」
「対決しようぜ!10人いるし、グッパーな!」
「泳ぎに行かないの?遠くまで泳げば人少ないよ?」
「俺はビーチバレーでいいよ」
「照、泳げないもんな」
「え!?岩本先生泳げないんですか?」
「嬉しそうな顔すんなよ」
「意外やな!なんでも出来そうやもん!」
「照先生にも出来ないことあるって、なんか勇気持てる」
「わかる」
「なんでだよ!」

みんながチーム決めで盛り上がってる時、翔太くんは砂浜をぱんぱんサンダルで踏んでた。
固さを確認してる?
ぐにぐにしてるから、かなり歩きにくい。

「翔太くん?」
「結構滑りやすいから気をつけてな」
「うん」

気をつけて、はきっと俺じゃなくて海未に、だろうな。
本人はチーム決めに参加してて聞いてないけど。
やる気満々だけど、男女の差があるからどこまで勝負できるかわかんないよ。
案の定、ゲームを重ねたら海未の動きは悪くなっていく。
負けず嫌いだけどなめられるのが嫌だって分かってるからこっちが手を抜くわけにもいかず、何ゲームか終わった時には海未はバテてた。

「もう無理!私得点係になる!」
「あっちで休む?大丈夫?」
「そこまで疲れてないから大丈夫だよ」
「あ!じゃあさ!俺らの車に浮き輪あるから持ってきてくんない?浮き輪があれば照も海入れんじゃん!」
「そうじゃん買ったんだった。こっちに持ってくるの忘れてたわ」
「浮き輪はまじで欲しい。マストで欲しい」
「行ってくるけど、車どこに停めたの?」
「そっか、場所わかんないか」
「勝負しようぜ!6人で勝った奴が行く!」
「お!いいね!」
「じゃあ俺らは下がってるわ」
「頑張れー」

新人4人が抜けたらコート上には6人が残って、明らかに目の色変えただてさんにちょっと笑ってしまった。
みんなで遊ぶのは楽しいけど、2人になるチャンスなんてないもんな。
おい、海未。
呑気に髪結び直してる場合じゃねえから。

「はい、行くよー。……あ、」
「ああ!?」
「ちょっと待ってそれあり!?」

さっきのゲームからの流れでたまたまサーブ権持ってた翔太くんが打ったビーチボールは、ゆるーく張られてたネットの上に当たってそのまま佐久間くん側のコートに入った。
これ、翔太くんが勝った?

「いやいやいや!これはなしでしょ!」
「どうだろう?入ったといえば入ったからね」
「ルール上は得点だね」
「お前!さては狙ったな!」
「入ったのはまじで偶然!ほんとに!あんなん狙ってできるわけないだろ!」
「これは翔太の勝ちじゃない?」

わざとかどうかはわからないけど翔太くんが勝ったのは事実で、照先生はポケットから出した車のキーを翔太くんに渡した。

「じゃあ、行くか」
「うん。佐久間くん、浮き輪はトランクだよね?」
「そうトランク!お願いしまーす!」
「はーい」

ひらひらこっちに手を振った海未の足元を見て、ちゃんと前見ないと危ないって翔太くんが声かけてた。
心配してたの伝わって良かったね。
海未は本当に変わったかもしれない。
翔太くんの隣に並んでも2人っきりになっても俺らの前と変わらないし、むしろ翔太くんの方が意識してる。
康二くんが言ってたこと、分かるかも。
シンプルで余計なこと考えてなくて、真っ直ぐに翔太くんのこと見てる。






意識してない。
なにも考えてない。
そんな演技が私も上手くなったんだなって自分でもびっくりする。
きっと蓮も気付いてない。

「俺ら来たの遅かったから結構遠いとこ停めたんだよな。海未は?」
「康二が近くに停めてくれたよ」
「まじか。帰りそっちの車で帰ろうかな。荷物運ぶの面倒くさい」

平静を装ってチラッと見たけど、金色のフープピアスが見えてサッと視線を逸らした。
少しだけ歩くスピードを落とせば、見えるのは背中だけ。
背中だって普段見ないから本当は耐えられないけど、目が合うよりずっといい。
水着なんて、昔何度も見たことあるのに。
お風呂あがりに上半身裸でうろついてたことだってあるのに。
今はこんなにも無理。
無理以外の言葉が出てこない。
私、こんなに語彙力なかったっけ。

「ねえ、かっこよくない?」
「わ、ほんとだ」

すれ違った女の人たちが呟いたのが聞こえた。
分かる、すごく分かるよ。
わかるけど見ないでほしい、なんて、自分でもよくわからないわがままなことを考えながら後ろをついていく。
もし話しかけられたら翔太は女の人についていくのかな。
さっきも深澤先生とナンパしてたの、見えてた。
女の人に声かけられたら嬉しいだろうし、水着なら尚更だし、スタイル良ければもっと好意を持つに決まってる。
パーカーを脱がないのは偶然じゃなくてわざと。
最初にあんなナンパ見ちゃったら脱げないよ。
あれ、おかしいな、私こんなに自信ない人間だったっけ?
昔から負けず嫌いだし、それなりに努力もしてきたつもり。
なのに何でこんなに弱気なんだろ。
そういえば、女の人とキスしたって言ってた。
翔太は私以外の女の人をナンパしたり、キスしたりするんだ。

「どうする?話しかけちゃう?」
「えー1人なのかな?」

歩みが遅くなって距離が空いたから女の人が翔太に近づく。
翔太は男として見てって言ったけど、私のことは女として見てるのかな。
ただの幼馴染で、妹みたいに思ってるのかな。
もしそうなら私、すごく嫌だ。

「あの、」
「海未」

偶然かもしれない。
女の人が話しかけたのに、私の手を取ってくれた。
『こっち』って駐車場の方へ引っ張ってくれて、それだけで少し心が軽くなった。
掴まれた手はそのままで、翔太は何も喋らない。
私もなにも喋れなくなって、そのまま、車まで歩いた。

「トランクってこっち?」
「あー、いいよ、俺開けるわ」
「ありがとう」

ガコッて音がして翔太がトランクを開けてくれる。
真夏の太陽のせいで車の中は熱々で、もわってした空気が顔にかかった。
暑いな、帰り大変そう。

「あった!これ?」
「何個かあるから全部持って行こう」

手を伸ばしてトランクの奥から浮き輪を何個も引っ張り出す。
全部で5つ?
これは翔太についてきてもらって良かった。
1人じゃ運べないよ。

「あ、これボート?」
「みんなで乗りたい!って佐久間が買ったやつね」
「へー!面白そう!全員乗れるか、っ、」
「ん?」

しまった、油断した。
パッて顔を上げたら目が合った。
翔太がトランクの天板に片手かけて、私の手元にある浮き輪を覗き込んでて、少しでも動けば肩が触れそう。

「海未?」

ずっと我慢してたのにこれはもう無理だった。
一気に顔が熱くなる。
これは夏の暑さじゃないって絶対翔太もわかってる。

「え、どうした?」
「や、やめて!近づかないで!」

咄嗟にパーカーのフードを被って後ずさったけど、車体に当たってそれ以上下がれない。
心配そうな顔した翔太が近づくけど、そんなの逆効果だ。
やばい、心臓、出そう。

「気分悪い?熱中症とか?」

本気で心配してくれてる。
なんて答えたらいいのか分からなくなって、頭の中ぐるぐるしてきて、体調じゃないって伝えたくてなんとか首を横に振って。
フードと自分の腕で視界を遮れば、翔太を見なくて済む。

「…俺、なんかした?」
「…した」
「え!?した!?え、なに!?」
「…ピアス」
「ピアス?」
「…ずるい、だって、そんなの知らなかった」
「穴開けてたのは知ってたでしょ」
「そうじゃなくて、そんな、ピアスしたらそんな、……かっこよくなるなんて」
「っ、」
「近づかないでほしい、ほんとに、」
「無理」
「わっ、」
「顔見せて」

手首を掴まれて顔の前にあった腕がどかされる。
嫌だって抵抗した反動で頭からフードが外れた。
太陽の光が眩しい。
それよりもっと、翔太の視線が痛い。

「違う、これ、こんなんじゃない、私、こんなつもりじゃ、」
「んー?」
「ちょ、翔太!楽しんでるでしょ!にやけないで!」
「ふはは、」
「やめてってば、」

両手を掴まれたままジーって顔を覗いてくるから必死に逸らすのに、ずっと視線は突き刺さったまま。
手だって離してくれない。
顔見なくてもわかる。
声が楽しそうだもん、絶対からかってる。

「嫌だ、泣く、もう泣く」
「え!?嘘でしょ?ごめんって!泣かせるつもりじゃ、」
「翔太酷い、ほんとに酷い」
「だからごめんって」
「悔しい、私だけドキドキしてる。男として見てって言ったくせになに。むかつく。……私のことは全然女として見てない」
「……」
「他の女の人のこと見てるし、ナンパしてるし、……キスするし」

手首を掴む力が強くなった。
翔太を纏ってた笑いの空気が消えて、冷たくなる。
視線がもっと痛くなったけど、目は見れなかった。
私の口から出た言葉は悪かったかもしれないけど、全部本音だ。
翔太だって男の人だし、ましてや私の彼氏でもない。
だからナンパしたっていいしキスしたっていい。
他の女の人とキスしたって前に言ってたし。
でも、キスしても私のことを考えてくれてたって言ってたのに、もうそれは過去のことなのかなって不安になる。

「……はぁー」

深いため息と一緒にこてんって翔太のおでこが私の肩に乗せられて、身体が固まった。
どうしよう、動けない。
吐息が鎖骨にかかる。
髪が首に当たってくすぐったい。

「酷いのは海未じゃん」
「え?」
「俺の水着見たってなんも反応しなかったじゃん」
「それは、だって、……我慢してた」
「なんでだよ、我慢すんなよ、かっこいいって言えよ」
「言えないよ」
「他の誰かに言った?」
「康二とラウールに言った」
「ふざけんなよあいつら、なんでだよ、俺に言えよ」

2人に言ったのなんて、そんな深い意味はない。
更衣室から出てきて、お互いに似合ってるねーかっこいいねー可愛いねーなんて褒め合って。
ほんとにそれくらいで、翔太がこんなに悔しがることじゃないのに。
肩から顔を上げた翔太と目が合う。
あんなに合わないようにしてたのに合ってしまったら逸せなくて。

「言って」
「……へ?」
「俺に言ってよ。我慢しないで、全部」
「嫌だよ!恥ずかしい!それに、……私だけ言うなんて不公平だ」

私だけ男として見ててかっこいいって言わせるなんて、そんなのあんまりだ。
ありったけの敵意を向けて睨んだら、翔太も怒ってパーカーのジッパーを一気に下ろした。

「ぎゃぁぁ!?」

びっくりしすぎて変な声出た。
止めようとしてももう遅い。
私の手を掴んでた時の比じゃない強さでジッパーを掴んでるから振り解けない。
バッて前を開けられて思いっきり水着姿を見られた。
ずっと隠してきたのに。
今度こそ本当に涙が出るかもしれない。

「……見てるよ」
「……」
「海未のことめちゃめちゃ女として見てるよ、てかそうとしか見てねえから。幼馴染だけどそれとは別で、ちゃんと見てるし、……可愛くて、ちょっと、無理」
「っ、」
「水着だって見たかったよ。でもずっとパーカー着てるし、全然脱がねえし、見たいけど見たら俺がやばいだろうなって思ってたし、でも他の奴には見せたくねえし。ほんとに無理」

涙、引っ込んだ。
翔太、本当のこと言ってる?
顔赤い。
耳まで赤い。
赤とフープピアスの金。

「か、……かっこいいよ」
「……」
「いつもの何倍もかっこよくて、無理」
「……俺ら、ボキャブラリー少な」
「無理しか言ってないね」

でも、本当に無理。
翔太の手がパーカーの襟を掴んで脱がせようとしてくる。
さっきみたいに強引じゃなくて、きっと振り解けたけどなされるがままにパーカーを腕から外した。
翔太になら、見せても大丈夫かなって勇気振り絞った。
今日初めて肌が太陽に照らされる。

「おっまえ!バカなの!?」
「な、なんで!?」
「黒はだめだろ黒は!」
「そこはほら、目黒だから」

目黒家はやっぱり黒だよねって蓮と話し合って、私たち双子は黒い水着を選んだ。
今まで見たことないくらい顔赤くした翔太が手で顔を覆ってるけど視線はチラチラ私を見てる。
すっごいムズムズする。

「黒、だめだった?康二達は似合うって言ってくれたよ?」
「なんであいつらが先に見てんだよ、ふざけんなよ」
「こういう形が今流行りなんだよ?」
「流行とかどうでもいいから」

ふざけんなって連呼してるけど絶対怒ってない。
だって顔赤いし口元緩いし私のこと見過ぎ。
少しは女として意識してくれてるのかな?
そうだといいな。
慌ててる翔太が面白くて笑ったら、翔太か頭抱えてしゃがみ込んだ。

「まじ無理」
「なんで?」
「ほんとに、可愛い」
「嬉しい」
「ニヤけんなよ」
「ニヤけてないよ」
「ニヤけてるわ。声でわかる」
「さっき翔太も私で遊んでた」
「遊んでねえわ、さっきも今も本気だったわ。……海未」
「なに?」
「こっち」

しゃがみ込んでた翔太が手招きして私もしゃがみ込む。
2人とももう笑ってて、纏う空気は明るくていつもと変わらなかった。
だからここから変わることはないって思ってたのに。

かぷっ、

「ぎゃぁ!」
「ふははは、声やばい」
「な、な、な、っなにするの!?」
「やっぱり、お前反応がいちいち可愛い」
「酷い!翔太酷い!」

首裏に手を添えられて、引き寄せられて、抵抗する間もなく耳を甘噛みされた。
全身の血が沸騰してるみたいに熱い。
夏の暑さなんか比べ物にならないくらい、熱い。




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