砂月×玲



ずっと、ずっと。生まれた時から奇妙な力を持つ俺は、人から畏怖される存在なのだと思っていた。迅に、ボーダーに出会うまでの俺は心を閉ざし…副作用と呼ばれるそれから目を逸らして、瞳を閉じて、ただ見えないように独りで生きるだけで。"人生なんてつまらない"、SEで視えた幸せを謳歌する人々のデータを眺めながらそんなことを思っていた。

なのに、不思議な人もいるものだなぁと。彼女  桐生玲さんを見て思う。桐生さんは俺のこのSEを知っても臆する事なく、むしろ楽しそうに俺に会うたびに俺に聞いてくるのだ。「私の嫌いなものの欄には何か書いてあるの?」と。

好きなものではなく、嫌いなもの。そんな事を聞かれたのは初めてで。驚きつつも『牛乳がお嫌いなんですね』と返した時に浮かべた桐生さんの悔しそうな表情は忘れないだろう。…ふふ、今思い返しても珍しい表情だなぁ、と。

「神原くん。まだ私の嫌いなものは消えてない?」

完璧主義というか、負けず嫌いというか。自分に出来ないものがあるのなら出来る限り克服したいと考える彼女はそれ以来俺に会うたびにそんな事を聞いてきた。どうやら嫌いなものの欄から【牛乳】という単語を消したいそうだ。そんな気にするようなことじゃないと思うんだけどなぁ、嫌いなものだって他の人にしたら圧倒的に少ない方だと思う。だって何個も、何十個も嫌いなものを書いてある人だっているのだからたったひとつ、控えめに牛乳と書いてある桐生さんはまだマシな方だろう。と、そんなことを言ったって彼女は諦めるような性格じゃないから、今日も俺は『ふふ、まだ薄っすらと残ってるよ』と返す。

「そう、そうなのね…だって美味しくないもの」
『牛乳だけが無理なんです?生クリームとかは』
「それはいけるのよね…あとココアを入れたりコーンフレークにかけた牛乳なら平気なの」
『ふふ。色々な事を試しているんですね』

もちろん、それも視えてはいたのだが。共に打開策を探すためにあえて聞いてみた。そうしたら桐生さんはむすっと悔しそうな表情を浮かべた。