犬飼if 一節
『こわいよ』
また、誰かを失ってしまうのではないかと。誰かを好きになることが怖くて、こわくて。口にしてしまったら声が溢れて止まらなかった。次第にこぼれ落ちる涙は頬を伝い地を濡らす。
どうしたって、だめなんだ。
犬飼はわたしを好きだと言ってくれるけれど、好きだと気持ちをぶつけられるたびに心が揺れて仕方ないけれど、でもそれでも。一度心に染み付いたこのトラウマはすぐには消えてくれなくて。
だって、だって、ほら。いまだって、どんな時でも。
鳩ちゃんのへらりとした笑みがわたしの脳裏に染み付いて離れないから。
人を好きになることが、こんなに怖いことなんだって思わなかった。…人が離れていくのが、こんなに怖いことだとは。知らなかった。
「中津、ちゃ…」
『…今日はよくても、明日になったら目の前からいなくなってしまうかもしれない。いなくならないって保証なんてない。』
もう簡単に人を信じることなんてできないの、いつからこんなになっちゃったんだろうね
わたしの叫びは涙声で震えてしまって、犬飼の瞳からは困惑の色がうかがえた。
なにもそれは犬飼に限った話じゃない、荒船だって柚宇ちゃんだって、もしかしたら諏訪さんですらあの日以降わたしは信用できてないのかもしれない。誰かを好きに、心の中に入れてしまえばいざ置いていかれたとき自分が傷ついてしまうから。だから無意識にそれを拒絶してしまっていて。
ねえ鳩ちゃん、わたしもうどうしたらいいかわかんないよ。貴方がいないとわたしはなんにもできっこないから、だから、早く。
『鳩ちゃ、戻ってきて…』
溢れた気持ちは痛々しいほどに本音だった。