みのり×辻




『あ』
「!」

一学期の最後の日、終業式の前に大掃除があって。大きなごみを両手に二個持ち校舎の外にあるごみ捨て場まで歩いている最中に、犬飼と同じ二宮隊の黒髪の少年に出会った。彼も片手にゴミ袋を持っていることからどうやらごみ捨て場に向かっている様子で。わたしの顔を見た彼はぺこりと頭を下げただけで口は開かない。

『辻くんもゴミ捨て?』
「……はい」
『そっか!辻くんはしっかり働いてて偉いねえ。あ、ごみ捨て場まで一緒に行こうよ!』

ふい、とわたしから視線を逸らしつつこくりと頷いた彼はどうやらまだわたしには慣れてない様子だった。ふうむ、まだ彼からの親愛度は低いまんまか。それもそのはず、彼とはろくに話したことがないからだ。もしかしたらこうして二人で話すのは初めてなのかもしれない、いつもは犬飼が間にいたからね!

どうやら彼は異性が苦手なそうで、イケメンなのにもったいないなあと思う。というのも全て犬飼から昔聞いた情報なので本当かどうかはわからないけれど。

『夏休みの課題嫌だねー』
「…三年生は、無いはずじゃ…」
『ところはどっこい!ボーダー隊員の推薦組だけあるんだって!自由研究してこいって課題なんだけどね』
「自由研究…」
『うん。穂刈と荒船連れてカブトムシでも狩りに行こうと思って』
「中津先輩らしいですね」

クスリと笑う辻くんに向かっていえいとピースサインを送る。こう話すけれど彼とわたしの間は2mほど空いている。まだ物理的にも精神的にも距離感はあるけれどいつか犬飼みたいに話せるようになるかもしれないなって思って一歩だけ横に進んで彼との距離を詰めた。

一個下の後輩なんて三上ちゃんしか喋れる人いないから新鮮だ。今度犬飼に辻くん攻略法を聞いておこう…恐竜が好きだという話を聞いたことあるからそれも勉強して…今のわたしじゃティラノサウルスしかしらないし、このにわかファンめって怒られちゃうだろうから。

そういえば昔鳩ちゃんも言っていたな、ってこんなタイミングで彼女のことを思い出してしまった。鳩原未来という名前はわたしの中でタブーになっていたはずなのに。

鳩ちゃん元気にしてるのかなあ、なーんて。彼女が今どこで何をしているのかわたしは知らない。ある日ぱったりと姿を消した彼女の話題はあの日を境に途絶えた。誰に聞いても言葉を濁されるだけで、ああなにかあったんだ、とわたしのちっぽけな頭でも理解することができるくらいに異質な空気のなかで、鳩ちゃんと同じ隊だった犬飼はただただ笑顔を浮かべ続けていたということを覚えている。

荒船や穂刈の前でも彼女の名前は出せない。

スナイパーのことはよくわかんないし、そもそもわたしが口を出すことじゃないもん。それに答えが怖くて聞けやしないのだ。A級で、才能もあった彼女が唐突にボーダーをやめさせられるなんて、余程のことがあったんだろう。わたしのちっぽけの頭では想像もつかないような大きな出来事が。

「みのりんって、虫平気なんだね」
『うん、案外可愛いよ!ほら鳩ちゃんも!』
「ひっ…無理…」
『ええ…』

わたしの記憶の中に残る彼女はいつだってへらりと笑顔を浮かべていた。なんでこんな記憶なのかはちょっとアレでアレだけど、テスト前にわからないところを教えてくれたり、防衛任務帰りに寄り道をしたり、優しくて面倒見がいい彼女とわたしはそれなりに仲は良い方だった。