雛菊×ビリー



楠川家は昔から妙に悪の英霊に縁があった。それはきっと、血縁者である私も同様なのだと思う。

でも私はその言い方があまり好きではなくて。いえ、あまりではなく好きではない。悪と言っても、皆が皆悪い人だというわけではないから。過去にどんなに悪い事をしてきたからって、それには大抵何か理由があるものでしょう。良い英霊だっているってことを私はよく知っているから、まあ  勿論全てがというわけではないけれど。

薄らと記憶に残るそれは、もう10年以上前のこと。幼少期の私が唯一"友達"と呼べた人物が不意に目の前に浮かぶ。きっと夢なのだろう、だって彼はもう兄とともに消えてしまっているはずだから。兄の英霊である彼は、兄の妹である私にも良くしてくれて。…でも、最期まで名前を教えてはくれなかったなと、そんなことを思い出した。

  マスター、起きて、朝だよ」
『う…ん…』
「起きないと朝ごはん無くなっちゃうよ?」
『…それは、だめ…エミヤさんのご飯…、』

温かい記憶を夢に見ていたのも束の間、ゆらりと揺らされ目を開く。眩い光とともに映し出されたのは私の友達であり相棒で、私の好きな人でもあるビリーの姿だった。のし、と私のベッドに腰掛けるビリーに揺さぶられて起こされるのももう慣れたものだ。ビリーと契約したばかりの頃は部屋に自分以外の人がいるという状況が落ち着かなくてたまらなかったけれど、慣れは怖いなあ、とひとつだけ小さく欠伸を零しながら体を起こす。…慣れたとは言っても、寝顔を見られるのは今でも恥ずかしいのは恥ずかしいけれど。

『ビリー、おはよう…』

寝ぼけ気味で言えば「Morning、雛」と綺麗な発音で返され、その発音の良さにドキリとひとつ胸が高鳴った。ああ、これもなかなか慣れないなあ、と。

英霊は近くて、遠い。手が届きそうで、届かない。いくら仲良くしていたって、いつか消えてしまう存在なのだ。だから、間違っても恋なんてしてはいけない。しては、いけないのだと  わかってはいたのだけれど。

あの日、あの時。初めてしたレイシフト先で出会った彼が。守ってくれた黒い背中が、銃煙が、彼をしれば知るほど深みにはまって抜け出せなくて。ああ、だめだ、と思った頃にはもう遅かった。