メア×イトリ




CCGのビルの前で大量の喰種が面を投げ捨てる様子を高台から眺めながら、メアは凄いなぁと単純に思った。その現場の様子もだが、その中央に存在する永近に対してだ。一方は平和を望み、一方は愛する王を助け出す、カネキケンという利益の一致に、相容れないもの同士が手を組ますだなんて。

誰かを守るため、誰かを救うため、  そんなことで赫子を振るうことなどこれまでメアは考えたことがなかったのだ。彼女の原動力は美味しい食事をすること以外になかったのだから。しかしメアはもう知っていた。大切な人を失う恐怖を、救い出すためなら藁にも縋りたくなる気持ちを。メアは知っていたのだ。

そろりと立ち上がった時に背後から物音がした。見知ったヒールの音色からそれが腐れ縁の道化師の1人だとメアは振り返らずしてわかったが、あえて振り返ってみる。

『いとり』
「………決めたのね」

やはりそこにいたのはイトリだった。そよぐ風に髪を揺らしながら流れるように問いかけられたイトリの言葉にメアはにこりと笑顔を浮かべた。それが彼女なりの返答だった。いつも浮かべている歪んだそれではなく、可憐な少女のような、慈愛に満ちた笑みに対してイトリはただ淡々と「そう」と返す。全く、この子がこんな風に笑うだなんて、ニコが見たら大喜びするわね、なんてイトリは嫁ぐ愛娘を見送るような気持ちを携えながら内心ふふふと笑った。まあ、メアとイトリは歳も大きく離れてはいないのだが。

『いーちゃ、いままでありがと』

いーちゃん。昔の呼び方を唐突にされむず痒く感じつつイトリはふ、と笑った。これが永遠の別れではないし会おうと思ったら会えるのだが。それでも今まで通り道化師の仲間として好き勝手することはないだろう。頭の悪いメアでもそれはわかっていたのだ。人間の男を選ぶということはそういうことだ。それもただの人間ではなく、捜査官の  宇井郡を選ぶのならば。

「……あんたの間抜け面が見れなくなるのは残念ね」
『メアまぬけじゃないよ』
「間抜けよ、いつも宇井宇井って、恋する女の子みたいなあんたは」

メア普通の女の子だもん、と口にしながらくるりとイトリから背中を向けたメアは、そのままブーツの踵を鳴らしながら歩いてゆく。コツリ、コツリ、まるで乾いた空気をかき混ぜるかのように。紫髪は月の光を浴びて揺れ艶めく。闇夜に咲く花はまるで小悪魔のような色香を残し、やがて溶けて消えていった。

そんな腐れ縁の少女の背中を見送って、あんたほんと昔に比べていい女になったわね、とイトリは素直に思ったが。それを口にすることはなく、彼女もまた妖艶な色香を携え闇夜に溶けるように消えた。