雛菊×ビリー



『あの子!ビリーさん、あそこに小さな女の子が取り残されています!』

西部の無法地帯地域、荒れ果てた土地の中で彼女が視線を向けた先には少女がいた。ここにいるのは僕と雛菊ただ二人だけで、大勢を相手にするのが苦手な僕一人ではあの子を助けることなんてできるわけがない。せめてロビンや藤丸がいたらなんとなかったかもしれないが、二人しかいない今、彼女を助けてかつここを切り抜ける手段はなかった。

「…本当だ。でも助けに行ったら二人とも全滅するかもしれない、ここは一旦引いて人員を確保しよう」
『それじゃその間にあの子が殺されてしまう可能性があります!』
「そうだけど、でも今は僕たちが生き残ることの方が優先だ」

ビリーは合理的に、淡々と述べた。彼の中に少女を助けるという提案はハナからなかったのだ。幸いまだ敵のケルト兵からはビリー達の姿は見つかっていないため、このままあの子を見捨てて向かえば二人とも傷一つなく藤丸の元まで帰還することはできるだろう。けど、見つかってしまったらここを切り抜けるのは難しい。それほどまでに楠川雛菊はビリーにとって荷物でしかなかった。

『それは、そうですが…』と濁す雛菊に苛立ちを感じて。瞳を細く尖らせた。ああ、もう引きずってでも連れて行こうと考えた時、雛菊が『わかりました』と意を決した様子を見せた。

「うん、じゃあ急いでみんなと合流  
『じゃあ私だけでも行きます。ビリーさんは先に戻って助けを呼びに行ってください!』
「……は?」
『それなら平気ですよね、もし私が負けてしまってもビリーさんが生き残っていますから!』

言葉を被せるように言い切った雛菊に、ポカンと間抜けな顔を晒すことしかできなかった。    この子は何を言っているのだろう。君は僕と違って生身の人間だろ、と。魔術師としての知識はあるとはいえ、英霊無くしてこの場を切り抜けることなんて出来るはずがない。それなのに彼女は凛と立ち上がる。そのままビリーに一切目を向けず敵の中をどう切り抜けるか思考を巡らす雛菊の瞳には決して諦念の色は見えなくて、そんな彼女の姿にビリーは思わず息を飲んだ。

ああ、なんて愚かなのだろうか。この中で単騎で向かうなんて、自ら命を投げ捨てにいくようなものだ。ひき止めようにも彼女のはっきりとした意志の強さに凍りついたように腕が上がらなかった。

『藤丸さんによろしくお伝えください』

そう言って笑った雛菊の笑顔は眩しくて。途端に胸に何かが刺さったような気がした。自分はいつから忘れていたのだろうか、いつから胸に秘めた正義心に蓋をしていたのだろうか。雛菊の姿はまるで昔の自分を見ているようで、自分が酷く霞んだ人間のように思える。ああ、ほんと、敗北だ。

バン!

腰に手を当て、慣れた動作で取り出したコルト式回転銃から煙が立つ。目で追えないほどの早業で撃った弾は狙った通り敵の頭に命中し、声もあげずにゆらりと倒れた。銃声に反応したケルト兵達の視線が一気にビリーに集まる。戦場に吹いた風がビリーの柔らかな髪を揺らし、ブーツの踵音をこつりこつりと響かせながらビリーは敵の前に姿を現して。驚いたように視線をこちらに向ける雛菊にビリーは指を三本立てた。

3分だ。3分だけは稼いであげる。だからその間に君はあの子を救出して、きちんと戻ってきて。そう言う意味合いを察した雛菊は大きく頷いて駆け出した。