綾菜×スクアーロ



頭を使った戦いは得意よ。戦術を練ったり、地形を使って有利に持ち運んだり、相手と裏の裏の裏を読み合うようなやり取りが好き。
でも、近接戦闘は不得意だった。なるべく正面で戦うことは避けていて、何かで有利を得られないときは逃げに徹することもある。力もなければ、それを補うような速度もないから、そういう面では確かに私はヴァリアー幹部の中で1番弱いと言えるでしょう。
――あくまで幹部の中では、だけれど。
「案外できるものね」
剣は最初こそ重たくてたまらなかったけれど、慣れたらそうでもなかった。上手く体重を乗せれば力のない私でも通るし、剣の使い方はいつも間近で見ている彼をイメージして真似てやれば自分が想像しているよりもずっと動けてしまった。速さが足りない分は、持ち前の頭脳と毒を混ぜ込んで相手を弱体化すれば何も問題がない。
……なんて簡単にはいうけれど、普通の人間ではこんなことできない。それこそ天才でなければ。それを容易くやってのけてしまった自分が正直怖いとは思う。でも今この場で1番怖いのは私ではなくて、きっと目の前の敵の方。
「ひ…ッ、な、なんだお前……ッ!直接戦闘に持ち込めば勝てると聞いていたのにッ!!」
「残念ね。私だってヴァリアー幹部だもの、そう簡単にいかないわ」
仲間の屍が転がった敷地内でたった一人生き残っている彼。戦えない女だと聞いていたはず。だからこうして私の苦手分野に持ち込んできたのでしょう。それなのに、剣を巧みに使い仲間を切り刻んでゆくようすを目の当たりにして、わかりやすく絶望が顔に出てしまっていた。カタカタと震えながら必死に私に向かって銃を向けている。
あとひとり倒せばみんなの元に帰れる。あとひとり、なのに。……どうやら血を流し過ぎてしまったみたい。
「……駄目ね…」
何度か攻撃を受けてしまったから、足や腕は傷だらけ。焦点も合わなくなってきた。これまで気力で立っていたものの、とうに限界は超えていて。
(……流石に、複数人相手はきつかったわ)
カランと手から滑り落ちた剣が床に落ち、軽快な音を立てて転がった。足元に力が入らなくなってぺたんと座り込んでしまう。まだ意識はあるけれど、それも時間の問題ね。私の意識を手放す方が先か、この男が私を撃ち抜く方が先か。――それとも。
「ふふ。残念ね、あと少しだったのに」
「あ……はは、はははは!!」
倒れた私を見て勝利を確信した男が笑う。私に狙いを定めて、指に力が籠った。――その途端。
ドカッと音を立てて背を預けていた壁が勢いよく壊れた。そして、ゔお゙ぉい!!と声が鳴り響く。見知った銀髪が視界に入り、私の横に立った。
「綾菜、無事かぁ!!」
「……もう。凄いところから登場するのね。私まで切れていたらどうするつもりだったの、スク」
彼の登場と共に飛んでいった壁の破片が当たったのか、目の前の男はもうすでに気を失って倒れていた。
本当に、残念ね。あと少しだったのに。あと少し引き金を引くのが早かったら、倒れていたのは私の方だった。最後が私の毒でもスクの剣でもなく、壊れた壁だなんて、可哀想。
スクが来ていたのは知っていたから、だからなるべく時間をかけて、彼が来るまで時間を稼いでいたの。想定より遅かったけれど、でも、間に合ってよかった。
私の持っていた剣を拾ったスクは、刃こぼれをしたそれを見て「やるじゃねえかあ」と笑った。
「……ふふ、頑張ったの。でもやっぱりスクのようにはいかないわね」
「オレの技は簡単に真似できるような代物じゃねえからなあ!!」
とどめを刺すように剣を敵へ向かって投げ捨ててから、私を持ち上げて。血がついてしまうのも御構い無しで自身へ引き寄せる。
「まさかスクに初めてお姫様抱っこをしてもらうのがこんな色気のない場所だなんて思わなかった」
「はっ、言ってろぉ」
スクの匂いがして、緊張していた心が落ち着いてゆく。こんなに命をかけて戦ったのは久しぶりだし、凄く疲れてしまった。しばらく休暇が欲しいくらい。
「ね、スク」
「なんだぁ?」
声をかければ優しく耳を傾けてくれるスク。その優しい声が大好きだから。……ああ、ずるいわ。
「もう私に剣を持たせないでね、その役目はスクだけでいいもの」
「……だったらオレのそばから離れねえことだなぁ!」
このまましばらく休みを頂戴と伝えるつもりだったのに、口から出た言葉は全くの別だった。スクは驚いたように僅か目を丸めたけれど、すぐにふっと笑って言いのけた。ふふ、なあに、そんなのまるで、
「プロポーズみたいね」
「ゔお゙ぉい!!そういうことじゃねぇ!!」
「あら、照れてるの?」
「照れてねえ!!」
そうは言うけれど、私今あなたの胸に身体を預けているんだから、心音が早くなったことくらい気づけるわ。なんて言ったら拗ねるのかしら。落とされても困るから言わないでおきましょう。
「もう黙って寝とけぇ」
「……ええ」
そうね。彼の言葉に甘えることにした。次に目が覚めたら、どこにいるのかしら。このまま連れ去られてもいいけれど、スクはそんなことしないのでしょうね。スクが来てくれて嬉しかった、ありがとう。最後にお礼を言って、彼の腕の中で意識を手放した。