綾菜×こすず



「そういえば、負けたらしいわね」
こくり、紅茶を一口飲みながらそう言えば「そうよ、本当に悔しい」とすずは不機嫌さを隠すことなく言いのけて、カップケーキを口に運んだ。一口サイズでひとつひとつ可愛くデコレーションされたそれはイタリアで有名なパティシエのもの。すずの選ぶお菓子はいつも可愛らしい。
ちょっと付き合ってと突然誘われたお茶会はいつものこと。私が誘う時もあれば、こうしてすずから誘われることもある。今日声をかけられた時点ですずが何を話したいかはわかっていた。
近々ボスの守護者が身につけるリングを巡る戦いがあるらしく、その守護者を選任するために候補者のベルフェゴールと咲耶こすずが戦っていたのだ。……ジャンケンで。
それで、どうやら選ばれたのはベルだったらしい。マーモンが面白おかしげに私に報告してきた。
「まさか守護者候補がジャンケン一つで決まっていたなんて。向こうの十代目候補の子達が知ったらどう思うのかしら」
「どう思われてもいいわよ。あーほんっと悔しい!なんであそこでパーを出したのかしら!」
正直どちらが選ばれてもおかしくなかった。ボスの守護者としてすずが立っていても、ベルが立っていても、何も不思議じゃない。
すずは悔しげだけれど、戦って簡単に決着がつくような二人でもないからこうしてゲームで勝敗を決めた選択は良かったのかも。正式に決まる前に守護者候補が二人ともいなくなる未来があったかもしれないから。そうしたら、……もしかして守護者枠に私が投入されていたのかしら?嵐なんて私には合わないけれど。他に候補者がいないのなら可能性はある。
私が守護者……。ほんの少し考えただけで嫌になった。守護者が何をするのかはわからないけれど、きっと今よりは自由が減ってしまう。スクに文句の一つ言えば考慮してくれるかもしれないけれど、でも、それでも嫌だった。向いてないわ。
「そんなに守護者になりたかったの?」
そこまで執着するほどの肩書ではないはずよ、そういう意味を込めて問えばすずはぐっと少し押し黙った。
「……そうね、正直に言えば嵐の守護者って肩書きには興味はないんだけど、単純にヴァリアーの特別な立ち位置をベルに取られたことが悔しいの」
「ふふ。そうよね。でも、リングが無いからすずが弱いという理由にはならないわ」
「当たり前でしょ」
当然だと笑ってみせるすず。自信に溢れるその言葉が、嘘偽りないことは私もよく知っている。すずはヴァリアーの攻撃の要だもの、むしろ守護者だなんて肩書きがないほうが束縛なく自由に動けていいのかもしれない。本当はすずもわかっているんでしょう。
ふふ。と言葉を返すことなく微笑んで、紅茶をひとくち口に含み香りを楽しんでいれば、すずが「一つだけ念押ししたいんだけど」と言う。なにかしら。カップを置いて、首を僅かに傾ける。
「あのね……別にベルが守護者に向いてないとは思ってないの。むしろ向いてる。攻撃の核なんて私とあいつ以外にいないでしょ。ベルも強いもの、私と十分並べるくらいにはね」
「あら、すごい褒め言葉。ベルが聞いたら喜ぶわよ、言ってあげたら?」
「はあ?言ったら調子に乗らせるだけよ。喧嘩になったら綾菜が止めてくれるのならいいけど」
「止めようとして誤って二人とも動けなくしてしまうかもしれないわよ、永遠に」
「綾菜が言うと洒落にならないわね……」
「ナイフでできた怪我を治すくらいはしてあげるから、死なないように気をつけて」
「誰に言ってるのよ。ベル側の心配しなさいよ」
「ふふ、優しいのね」
ピピピと携帯が鳴る。すずの仕事用のそれが一定間隔で震えていて、画面の表示にはスペルビ・スクアーロと書かれている。隊長からのお呼び出し、それはお茶会の終了の合図で。震える携帯をじいっと眺めながら残った最後のカップケーキを手に取ったすず。しばらく経って一旦切れて、また数秒後にかかってきたから、もぐもぐと咀嚼しながら、しつこいわねと言い捨てた。通話に出れば、スクの怒涛の叫び声が飛び込んでくる。
「休憩中に何の用よ」
『休憩なんてとっくの前に終わってんだぁ!』
「五月蝿いわね。いいでしょ、遅れたって」
『良くないに決まってんだろぉお!!早く戻れぇ!!!』
「ああもうわかったわよ、行けばいいんでしょ!もう!綾菜、隊長が来てって」
「ええ、聞こえたわ」
『綾菜もそこにいるのかぁぁ!!携帯はどうしたぁ!』
「そうだった。電源を切っていたのを忘れていたわ♪」
スクの大きな声が私のところにまで届いた。どうやら私も探していたみたい。ごめんなさいね、そう言う前にすずが携帯を切る。何か言いたげのスクアーロの言葉が途中で問答無用に遮られた。
「もう。いつも真面目に働いてるんだからこういう時くらい甘くみてほしいわね」
「スクにしては甘いほうじゃないかしら」
「それもそうね」
部下に一つ指示を出して食器の片付けをお願いしては、立ち上がる。んーっと伸びをしながら歩き出したすずに並んで私も歩く。
「ねえすず。守護者じゃなくてもすずも日本に行くのでしょう? 頑張ってきてね、お土産楽しみにしているわ」
「あのねえ。他人事のように言ってるけど、綾菜も行くのよ?」
「……そうなの?」
私は本件とは無関係だと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。私も行くんだから綾菜も行くに決まってるでしょ、と、すずが言う。日本……行くのは久しぶりね。お寿司に、和菓子に、食べたいものだらけ。着物を着て京都を歩くのもいいわね。すずは着物似合うかしら。ふふ。
「楽しみね」
「遊びに行くんじゃないのよ」
「スクにバレなきゃちょっとくらい平気よ」
そう言えばすずは「あんたはそういう女よね、知っていたわ」と呆れたように笑った。