星霰に願ふ



例えば沈みかけの夕陽や山の上から見える夜景とか、綺麗なものを、好きなものを。例えば今日起きた楽しかったことや過去の酷く悲しかった出来事を。それらを誰かと共有することって、とても素敵だことだと思うんです。

人理継続保障機関フィニス・カルデア、通称カルデアに来てから、もう数ヶ月が経とうとしていた。標高何千メートルもの高さの位置に存在するこの建物の周りには何もない。あるのは地に積もる雪と、そう、夜空に無数に輝く星だけで。

『綺麗ですね、はるちゃん』

建物の上の上。最上階ではないものの外が見えるくらい高い位置にまできて、空に輝く星を指差しながら隣に立つ少女  星来悠さんにそう声をかけた。彼女はこのカルデアにいる魔術師の一人であり、ここで出来た友達の一人でもある。悠、と書いてはるかと読むため、はるちゃんという呼称で仲良くしていただいているのです。

「きれい?雛ちゃんどれのことを言ってるの?」
『星ですよ、ほら、お星様。今日の夜空には沢山星が咲いているんです』

私に被さって見えなかったのであろう、きょとん目を丸めるはるちゃんにこちらにきて、とガラス張りされた窓に誘導して。ほらあそこと指差した先にあった星を見てはるちゃんは「ほんとだ!」と底なしに明るい私の大好きな笑顔を浮かべたから。良かったです、はるちゃんも見れてと安堵しつつ二人で夜空を眺めた。

「なんだか星って、王様みたいだね!」
『王様…ギルガメッシュさんのことですね。えっ、似ていますか?』
「似てるよー、たぶん!」
『多分って…うーん』

確かにギルガメッシュさんの宝具はキラキラと輝いていますし、本人自身もとても眩い人だとは思いますが。どちらかというと、彼は夜空に輝く星ではなくて大空に咲く月のような…はたまた陽の光で地を照らす太陽のような。そんな偉大な存在のような気もしますけれど。

『あのですね、はるちゃん。』
「んん?なぁに?」
『私は星はギルガメッシュさんではなく、はるちゃんの方だと思います』
「えーと、わたし?確かに名前に星が入っているけど…星かなぁ」
『ふふ、そうですね!でも名前だけじゃありません、月に寄り添う無垢な光という意味でも、やはりはるちゃんは星だと思います。』
「?」

ギルガメッシュさんという月に寄り添い、夜空を彩るお星様として。はるちゃんの笑顔のように可憐に咲いて、このカルデアを彩っているではありませんか。さらにほら月が綺麗に見える時…星はさらに輝きを増すのですよ、その点でもはるちゃんはお星様のような人だと思います。

「なら、雛ちゃんもお星さまだね!」
『…?わたしも?』
「ほらビリーと一緒に輝いてて…うーん、でもビリーが月はちょっと違うような…?なら雛ちゃんが月…?うん!カルデアという夜空に咲くお月さまだ!で、ビリーはその横の眩いお星さま、どう?」
『うふふ、  嬉しいことを言ってくれるのですね、はるちゃんは』
「嬉しい?雛ちゃんが嬉しいのならよかった!」
『でもね…月だなんて素敵なもの私にはもったいないです。」

そんな素敵な比喩を私にしてもらえることがとっても喜ばしい反面、なんだか無性な寂しさも同時に感じて。私は月だなんてそんな人の上に立つものではない、ましてや人を照らす力なんてないということを、私自身がよく知っているから。

私は、月じゃない。どちらかというと夜空に輝くそれらよりも、空から降り注ぐ雪の方が私らしいだろう。

冬の合間だけ街を白く染め、幸せを届けるお手伝いをするのです。そして時期が来れば溶けて消えてしまうという意味も込めて。

だって私はいつまでここにいられるかはわからないから。一応現段階では藤丸さんたちと人理を修復するまでと父から言われているけれど。でも私は、  楠川雛菊は。ここにマスターとして英霊と寄り添い世界を救うヒーローになるためではなく、楠川家として、魔術師としての生き方を。他の魔術師さんや英霊と触れ合う機会が多いこの空間で学ぶために来ているのだから。

ことを学んだのなら早々に実家に引き戻される可能性だってある。もしかしたら明日にも帰ってこいとの連絡が来るかもしれない。そうなった場合は、綺麗に立ち去るしかないだろう。もちろんその場合ははるちゃんだけでなく私の英霊ビリーともここでお別れなのだ。

だから、ほら。いつまでこうしてみんなと笑っていられるのかなあ、とこうしてふとした時に考えてしまう。カルデアには機密の情報が多すぎるから去る時には記憶を消されたりしちゃわないかなあとか、そんなことを。

…月、だなんて。勿体無すぎるんです。だって月が消えてしまったら地を照らす光が失われてしまうじゃないですか、それじゃ星も輝かないもの。それじゃ、だめなんです。

「なにしてるのマスター、と、なぁんだ悠といたんだ」
『ビリー』

建物から空ではなく下を見れば、流石は標高何千メートルの位置だ、たくさんの雪が降り積もっていて。私の身長くらいなんて等に超えてしまうくらいには積もってるんだろうなあ。ここに降り積もる雪ならば夏が来てももしかしたら解けることはないのかもしれないな、と思っていれば私の相棒がくるりくるりと片手で銃を回しながら現れて。遅いから迎えにきたよ、って私の横に立つ。そうだ、このあとまたレイシフトの予定があるんだった。

なにをしていたのと聞かれたので外の景色を見ていたの、ほらはるちゃんって星みたいでしょ?とビリーに言えば「ふうん、悠が星ねえ」と口にした。

「まあ、わからなくもないかな。月は悠の言う王様のことでしょ?」
『うん!流石ビリーね』
「えへへ!嬉しいなぁ。なら雛ちゃんもお月さまだねって話もしていたの!ビリーはどう思う?」
「雛が?………うーん」

考えるような素振りを数秒、その後「それはちょっと違う気がするな」と言ったビリーにきょとんと目を丸めたはるちゃんは、ならビリーはなんだと思うの?と聞いた。

「そうだなぁ…雛は雪とか。うん、雪が似合う」
『!』
「あー!雪もいいね!白くてふわふわで、綺麗だもん!雛ちゃんってシロップかけて食べたら甘い味がしそうだもんね」
「それシロップの味なんじゃないの…でもまあいいかそれで」
「かき氷食べたくなってきたねえ」
『うふふ、また夏に一緒に食べましょうね』

ビリーが雪だと言ってくれたことが、その事実が。嬉しくて、嬉しくてたまらない。私と同じことをビリーも考えていてくれていた、それだけでこのあとのレイシフトも無事に頑張れそうだと思えるから。

来年の夏、それまで私がまだここにいられるかはわからない。わからないけれど、でも、それでも夢を見ることくらいは許されるでしょう。解けない雪を夢見ることくらいは。

「さあて、マスターそろそろ時間だ。いくよ」とビリーに手を引かれカルデア内を歩き進める。はるちゃんはこのあと別件で用事があるようなのでここでお別れだ。少しの合間だったけれど一緒にお話ができて幸せだったなあ。

「ていうか、よかったの?夏だなんて、そんな約束」
『嘘にはしないよ!夏じゃなくたって帰るまでにはきっと。だって、エミヤさんに頼めば季節が違っても作ってくれるでしょ?』
「そっか。ま、雛がいいならそれでいいさ」
『貴方は…ビリーは、雪が解けても一緒にいてくれる?』
「どうだろうね、雛がここにいるうちはそのつもりだけど」

雛がここにいるうちは。私がいなくなればきっと彼は当たり前のように座に戻るのだろう。人理が修復していなくても、でももしかしたら実家に帰らなければビリーはずっと私のそばにいてくれるのだろうか、なんてことを一瞬思い浮かべてしまった。  そんな私を、神様はきっと許してくれないだろう。

雪が解ける日は必ず来る。だったらそれまでは、自分の思う幸せを、愛を、想いをたくさんの人に伝えていけたらいいなぁと思うんだ。


例えばそう。綺麗なもの、好きなもの、楽しいこと、嬉しいことを誰かと共有できたのならば。


それがきっと、私の幸せ。


星霰に願ふ