人生の分岐点、高校受験という大きな壁を。ちょっと頑張って、ううん、めちゃくちゃに頑張って背伸びをして乗り越えてみたけれど。

 その先に立っていた壁があまりにも高すぎて心が折れてしまいそうだ。

 進学する学校はできるだけ自分の学力に合った学校がいいよ、とわたしと同じ過ちをしようとしている後輩や妹や弟がいたならば全力で説得したと思う。

 自分の技量に見合わない学校に入る辛さをわたしは身を持って経験しているから。


01 人生山あり谷ありとはいうけども


「相変わらず酷いな」
「ちょっと荒船見ないでよ! これセクハラだよ、セクハラハロメント!」
「馬鹿、セクシャルハラスメントだろが」

 今わたしの手の中にあるのは『追試』と大きく書かれた一枚の紙で。教師から受け取り自身の机に戻った瞬間、横に座るクラスメイトの荒船に覗き込まれた。くつくつと笑う荒船に見ないでよと意志を込めて紙の裏面を向けて威嚇するものの、茶髪頭はさらに横から覗き込むように体を傾けてくるものだから全く効果が見られない。わたしも合わせて体を動かして応戦を試みる。

 このクラスメイトの茶髪頭こと荒船哲次はわたしの友達のひとりだ。かなり仲のいい方でマブダチと言っても過言ではない。まぶい友達と書いてマブダチ、なんて言ったら彼からはものすごく嫌そうな顔が飛んできそうだけれど、少なくともわたしはそう思ってる。マブダチって言い方が古いって? じゃあなんて言えば良いんだろう……親友、もしくは悪友とか?

「あっ!」
「……どうやったらこんな点取れるんだ」
「わ、もう! 返してよわたしの英語のテスト!」

 そんなことを考えながら攻防戦をしていたが、敗北したのはわたしのほうだった。
 一瞬の隙を突かれ、わたしの手元から紙がするりと抜き取られてしまう。追試3点と大きく赤字で書かれたそれを見て荒船は僅かに眉間にシワを寄せ、怪訝そうな表情を浮かべた。さっきまで笑っていたじゃん、いっそのこと笑ってよ。
 気づけば荒船だけでなく近くに座る他のクラスメイトにも横から覗き込まれていて。うわ中津やばいなといった声がわたしの元まで届いてしまう。うわーん! はずかしい!

 返却の際にはもはや恒例行事と化しているこの公開処刑には慣れつつある。というか慣れてしまった。三年も経てばそりゃあもう……。
 教壇で呆れた顔をする先生と目が合ったので気まずげにへらりと一つ笑ったら「この点は流石に笑い事じゃねえよ」と荒船から一喝される。毎回本当に申し訳ないと思っています、いやほんとうにごめんなさい。今回は平均点くらいあるんじゃないかなあとこれでも少し自信があったほうなんだけど、そもそも平均点を大幅に下げている主犯格はわたしなんだから、わたしがどんなに頑張っても平均点に追いつくことはないんじゃないか。一生気づきたくなかった真実に気がついてしまった。つらい。

 わたしの通う六頴館高等学校はボーダーが提携する進学校で。そう、進学校。難関大学を目指すような学生が勢揃いのものすごく頭のいい学校だ。
 この学校に入学した理由は、まあいろいろあるにはあるんだけれど。制服が可愛かったからだった。どうしてもブレザーを着たかったのだ。チェックのネクタイがかわいくて、それだけでときめいてしまう。
 そんな理由で受験した過去のわたし。受験日当日にお守りを何個もぶら下げて挑んだからか、コロコロ鉛筆の神様が舞い降りて奇跡の合格となった。
 無事に入学することができたのはいいけれど、さすがは進学校……授業内容が想像していた以上に難しくって。いやもう難しいってレベルじゃないな、入学初日から異世界に来たかのような気分だった。柚宇ちゃんや今ちゃんのいる第一高校に入ってもたぶん下の中あたりであろう学力のわたしは入学して僅か数日で気付いた。これはもしかしたら入る学校を間違えてしまったのではないか、と。

「ついこの間追試を終えたばっかりなのにまた追試だよ! わあん、つらい!」
「中津のは追試じゃねえよ、追追試だ」
「違うよ、追追追追試だよ」
「知らねえよ! 何回受けてんだ」
「わたしだって一回で合格したいよ、でもうまくいかないんだもん! また追試漬けの日々だよ、おねがい荒船様助けて」
「とりあえずテスト範囲の単語くらい覚えてから来い」
「うっ」

 うるりと目元を潤す作戦は彼には一切通用しなくって。おでこにデコピンを落とされてしまった。痛い。ごもっともだけれど、わたしだって覚えられるのなら覚えてますよ。でも何ページもある単語をすべて覚えることなんてテスト前の数週間ではどう頑張ってもできっこなくて。それに単語を覚えたくらいじゃ高難易度の長文の解読はできないから。
 でも進学校の彼らは平然と高得点を叩き出すのだからほんとうに凄いと思う。荒船に関してはボーダーの隊長様でもある。さらに人よりも多いタスクをこなしながら学校の試験でも高得点を出すのですごすぎる。語彙力のかけらもないからすごいとしか表現できないけれど。その頭の十分の一でいいから分けてほしい。
 うーっと恨めしそうに荒船を見つめてみたら怖い目で睨み返されたので大人しく引き下がることにした。今は荒船様の力を借りるのは難しそうだ。機嫌がいい時を見計らって再チャレンジしよう。ひとまず今回は三回以内で追試をクリアすることを目標にして、明日からまた勉強の日々だ。そう思いながら遠い目で両手を合わせてお祈りをした。コロコロ鉛筆の神様よ、わたしを救ってくれたまえ。今度の追試もお守りはたくさんぶら下げていくので、どうか、どうか。

「今度は何してんだよ」
「追試合格させてくださいって鉛筆に念を込めてる」
「神に頼ってないで実力で頑張れよ」
「……実力で頑張った結果がこちらになります」
「……」

そのあと返ってきた数学のテストにも当たり前のように赤文字が書かれていて、再度荒船に呆れた目を向けられた。人生つらい。


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