放課後。一日の授業が終わってから残された追試組に追試結果が返却される。ゆっくりと目を開けて解答用紙を恐る恐る確認し、そこに堂々と大きく書かれていた予想外の点数に思わずその場で「え!」と驚いてしまう。わたし突然天才になったのかと紙を持つ手が震える。なんだこの点数。わたしの身に一体何が起きたというのだ。明日地球が滅亡すると言われても不思議ではない。
「……はちじゅってん」
「この調子でこれからも頑張れよ」
震えた声でふぁいと返事をしてから自身の机に戻った。三年生になって初めて先生から褒められたような気もする。本試じゃなくて追試だし、たくさんの人に教えてもらったからなのかもしれないけれど、でも、それでも。毎回ギリギリ通過をしていたわたしが80点だなんて高得点を取ったのは初めてで嬉しさ通り越して恐怖すら感じる。
四度目の正直というのだろうか。オサノ氏に訳してもらった長文を元に荒船先生による追試対策講座もここ数日間受けていて。「次で合格できなきゃどうなるかわかってんだろうな」と彼からの背筋の凍るような圧も加わり、絶対落とすわけにはいかなかったのだ。落ちたらきっと狙撃の的代わりにされて蜂の巣状態か、彼の弧月によりみじん切りにされていただろう。
「先生、わたしこれから天才目指しますね!」
「無謀な挑戦はやめとけ」
「即答されたかなしい」
「この時期に追試になっているようじゃなあ」
確かに。高校3年生の夏、受験生のみんなはそろそろ追い込みのピークだろう。そんな状態でここまで追試だらけなのはわたしくらいで。推薦があるからと言ってこのままは流石に問題があるのかもしれない。
「中津は推薦のためにも小論文の練習くらいはしとけよ」
「しょーろんぶん」
そうだった小論文。推薦は小論文と面接がある。面接はなんとかなるかもしれないけれど、小論文は先生の言う通り練習しておかないといけないなって思う。漢字書けるようになっておかないと。今度諏訪さんやつつみんにどんな小論文だったか教えてもらおう。お二方はもうすでにボーダー推薦経験者だしね。
「面接は問題なさそうなのが救いだな」
「せめてアホがばれないように口調は直しておきます」
そうだ、面接もあるんだった。受け答えの本も読んでおかなきゃ。思ったよりもやることが多かった。
何はともあれ夏休みまでに追試をクリアできたのはかなり大きい。今年は高校生活最後の夏休みだし精一杯遊びたい。もちろんボーダーの仕事もあるし、小論文の練習もしなければならないけれど。それでもやっぱり夏休みという響きにわくわくしてしまうから。みんなと思い出たくさん作れたらいいなあ。
10 奇跡の高得点
「……明日地球滅亡するんじゃねえか?」
「開口一番それ?」
荒船隊室に制服のまま駆け込んで、何も言わず紙を荒船の目の前に突き出したらそんなことを言われた。もっと飛び跳ねるくらい驚くと思っていたので拍子抜けする。同じことをわたしだって思ったけども、自分が思うのと言われるのは感じ方が全く違う。先生はちゃんと褒めてくれたのに!
「まあ、中津にしたらよく頑張った方だな」
「よく頑張った方じゃなくて頑張ったんだよ! もう! もっとしっかり褒めて!」
「褒めてんだろ」
「わかりにくいよ! 飼い犬を褒めるみたいにして!」
「俺が犬嫌いって知っててそれ言ってんのかよ」
ほらと頭を突き出せば仕方ないとばかりにゆるりと撫でてくれた荒船。ようやく満足できて、ふへへと気の抜けた笑みを落とした。
「で、話は変わるんだけど。あのね夏休みにね、お祭り行きたいの! 祭り!」
頭を撫でられながら夏休みにやりたいことの一つである夏祭りを彼に提案する。まるで高得点を取ったご褒美をくれと言わんばかりに片手に80点のテスト用紙をチラつかせながら。撫でる手が止まり、頭からそっと離れる。
「祭り? どこであるんだよ、そんなの」
「三門神社のやつあるじゃん」
「ああ、あの花火あがるやつか」
「うん、それそれ! 去年行けてないんだよね、うち防衛任務被ってたから」
トリオン兵を倒しながら遠くから花火の音を効いていた去年の花火大会当日、グラスホッパーで無理やり上に飛んで見てみようとしてみたけれど、ギリギリ見えなくて悔しかったことを思い出した。夏祭り会場側の夜空は花火による煙で曇っていたが、わたしの周りは諏訪さんの撃ったアステロイドとトリオン兵が倒れた際に舞った土埃で曇っていた。文句を言いながら重ねたメテオラで、さらに埃を舞い上がらせていたのを覚えている。
「だからさ、今年は一緒に行こうよお祭り」
誘えば、荒船は少し眉間に皺を寄せつつ、はあと一つため息を零した。えっ、どうして。
「……つか、俺とでいいのかそれ」
「えっ、ダメとかあるの?」
「他の女友達とか、諏訪隊と行ったりしねーのかって意味だ」
「あー、どうだろう。まあでもさ、向こうで会ったりするんじゃない? そんな大規模のお祭りってわけじゃないし」
「……おまえな」
「荒船なんでそんな機嫌悪そうなの」
当たり前のように承諾してもらえると思っていたから、荒船のこの反応は予想外だった。
どうしてそんな事言うんだろう。一緒に行って向こうで誰かに会ったら合流すればいいだけなのに。……もしかして、わたしと花火大会に行くのが嫌なのだろうか。そう思っているのなら、悲しいかもしれない。わたしは荒船のことを大事な友達だと思っているけれど、荒船はそうじゃないってことだから。
わたしの表情と声音にまずいと思ったのか、荒船は一瞬黙り込んだが、考え込むような素振りを見せたあと再度溜息を零した。その仕草でさらにわたしの心にダメージが重なる。
「あっ……もしかして、もう一緒に行く人決まってたりする?」
「いや、違う」
「じゃあなんで。わたしと行くの、嫌なの」
「……中津は、いいのか」
「なにが」
「二人でいるとこ他の奴らに見られたらきっと今まで以上に噂になるぞ」
渋ってから言った荒船の言葉に「ああ、それね」と軽く返す。
わたしたちの関係について噂になっていることは前々から気づいてはいた。わたしと荒船は学校でもボーダーでも一緒にいることが多いけれど、恋人関係ではなくて。ただの友達同士だ。
だけれど、どうしても距離感が近いからか恋人に間違われることも多くって。度々根も葉もない無い噂が広がるのだ。一緒に帰るだけでからかわれたりもするし、クラスの子と女子会を開いたときには荒船との話題になることだってある。
わたしは、荒船の好みのタイプとは全く違うはずなのに。荒船は大人しくて頭のいい文学少女みたいな人が好みだとどこかから聞いたことがあるから。あまりにもわたしとかけ離れているものだから、昔のわたしは噂になるたびに申し訳ないなという気持ちになっていた。
でも、でもね。わたしは、そんなことで関係を変えたくなんてないから。
「ていうかいまさらじゃない?」
「今更って」
言えば、荒船は眉間の皺を更に深くする。僅かに低くなった声に、負けじと返した。
「だってわたし、荒船と行きたいんだもん。他の人より、荒船と思い出作りたいんだもん。だから、噂なんかに左右されたくない」
「!」
唇を尖らせて少し拗ねたように言った。荒船だって、そうじゃんか。そんな噂一つに揺らぐような人じゃないのに、今更どうしてそんなことを聞くのだろうか。村上くんの時だって微塵も揺らがなかったのに。
噂とかそんなの勝手に言わせとけばいい、とか言いそうなのにね。変なの。
作戦室内の椅子に腰掛けて、もう一度手元の解答用紙を見つめ直した。こんなに高得点取れたのも、高校最後の思い出をたくさん作りたいからで。もちろんそのメンバーに荒船も含まれてる。
今年荒船は狙撃手になったし、ボーダーで一緒にいられる時間が少なくなってしまっているし、夏休みは授業がないからこそなにか理由がないと一緒にいられないんだ。だからこうやって約束をしてしまいたくて。一緒にいられる理由を作りたくて、誘ったんだ。もしかしたらそれはわたしの我儘なのかもしれないけれど。
「ね、一緒にいこうよ。ほらわたし、荒船の射的見てみたいな。せっかくだしどっちが多く撃ち落とせるか勝負しようよ!」
高校生活最後の夏くらい我儘言ったって、いいでしょ? ねえ。
テーブルに座る荒船に向かって人差し指と親指で銃を作りパンッと撃つ動作をした。そんなわたしを見て荒船は諦めたように一つ息を吐いて、その後自信たっぷりな様子で笑う。
「上等だ、全部撃ち落としてやる」
「ほう、やる気だね? あ、でもわたしの分も残しといてよ!」
「中津はりんご飴でも食って見てろ」
「あれ、勝負は!?」
こうして笑う日々もいつまで続くかわからない。来年の夏がどうなってるかとか、そんなこと考えたってわたしには想像もつかないから。だったら今この時間を大切にして、毎日楽しく過ごそうと思うんだ。
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