夏休み前にあることと言えばそう、球技大会だ。

「よっと!」

 高校生活において体育祭に次ぐわたしが輝けるイベントの一つである。前期は男女に分かれて行うのが基本で、わたしたち女子は体育館でバスケットボールだ。投げたボールがネットに吸い込まれたと同時に試合終了の合図を聞いたわたしはジャージの袖で汗を拭いつつ観客席にいるクラスメイトにVサインを送る。

「いえーい! ブザービート!」
「流石だねみのりん!」
「ボーダー隊員は伊達じゃないね!」
「うふふ、それほどでも」

 自身のクラスメイトに駆け寄れば、みんなわたしの活躍を褒めてくれる。流石なんて日常であまり言われない言葉だから嬉しい。わたしは目に見えて浮かれていた。
 実を言うとわたしがバスケができる理由とボーダー隊員であることは何の関係もないんだけれど。普通に中学時代バスケ部だったからだ。勉強ができない分運動神経はいいほうで、一通りのスポーツは難なくこなすことができる。それなのに何故かメテオラだけは頻繁に失敗を繰り返しちゃうから不思議。いつになったらうまく扱えるようになるんだろう。思ったところに飛んでいってくれなくて、いっその事ゾエに弟子入りして適当メテオラを習得したほうが早いんじゃないかとすら思ってしまう。適当に撃っているだけだと思うので教わるも何もないのかもしれないけれど。


11 天然由来の爆弾


 ある程度試合が終わり、わたしのクラスは暫く試合が無いため各自休憩となった。
 自販機でスポーツドリンクを買ってから飲みながら体育館の外を歩く。グラウンドでは男子がサッカーをしているはず。次の試合まで暇だし、うちのクラスの順位くらい見に行ってみようかな。遠くからでも学年カラーのジャージが目立つ。

「あ、犬飼」

 その中でも明るい髪はよく目立つから、すぐに犬飼を発見する。ちょうどわたしがグラウンドについたとき、彼は華麗にシュートを決めていた。おお、かっこいい。それに女子のバスケよりも迫力が凄い。運動あんまり得意じゃなさそうなのに意外だ。きゃあと上がった女の子特有の歓声に合わせてわたしも遠くからパチパチと何回か拍手を送った。

(──あ。)

 彼のシュートを見てから数分が経った時、犬飼とぱちり目があった。わたしに向けて手を上げるから、が、ん、ば、れと大きく口パクで彼に伝える。犬飼は他クラスだけれど応援くらいしてもいいだろう。B組対D組の試合が始まったらもちろんうちのクラスをを応援するけどさ。


 グラウンドから離れて近くのベンチに腰をかけたら、日差しがやけに眩しくて少し目を細める。今日は湿度が低くからっとしたいい天気だからか、蒸し暑さはないけれど代わりにジリジリと押さえつけられるような鋭い熱に肌が焼かれる。こんな炎天下の中サッカーはいつもより体力奪われそうだなあ。バスケもサッカーも走り回る競技だけれど、直射日光に当たるサッカーのほうが堪えるだろう。このあと防衛任務があったのなら、疲労でうまく動ける気がしない。まあ、トリオン体だから関係ないのかもしれないけど。

「やっほ、中津ちゃん」

 もう一度ドリンクを飲もうとペットボトルのキャップを開けた時だった。わたしの名を呼びながら犬飼がこちらに歩み寄ってきていた。試合が終わったばかりなのか、首にタオルをかけながら汗を拭っている。

「犬飼お疲れ! シュート決めてたね」
「あ、見てたの?」
「うん、いいタイミングでこっちに来たから。犬飼サッカー得意なの?」
「どっちかといえば苦手な方だけど、今回たまたま決まったって感じ?」
「あ、そうなんだ」
「普段生身で運動しないから体力がねー」
「ボーダーなのに運動不足……」
「ボーダーだからこそ、でしょ?」

 それもそうだと笑いながら空を仰ぐ。ちょうどいい感じに犬飼が影になっていて眩しさが遮られていることに気づいた。眩しそうにしていたのを見られていたのかもしれない。このさりげない気配りができるところが犬飼らしいなと思う。
 犬飼と話すのは気が楽でいい。ボーダーの仲間だからっていうのもあるけれど、変な気を使わなくていいから話しやすくって。なにより会話のテンポが丁度良くて好きだ。

「あー喉乾いたな。でも一回座ったら動きたくなくなる」
「わかるわかる! あ、じゃあこれ飲む? 飲みかけで良ければだけど」

 そう言ってキャップが開いたままのペットボトルを犬飼へ差し出す。買ったばかりだからまだ冷たいし、飲みやすいだろう。半分くらいしか残ってないけど足りなかったら新しいのを買ってもらえばいいし。

「えっ、いいの?」
「うん、もうぜんぶ飲み干しちゃっていいよ!」
「……へえ、これは荒船も苦労するわけだ」
「え、荒船?」
「いやこっちの話? 気にしないで。じゃあ遠慮なくいただこうかな」
「? うん、どうぞ」

 なんだか誤魔化された気分だけれどまあいいか。差し出したペットボトルを受け取った犬飼はこくりと喉を潤した。

「荒船のところに行かないの」
「んー。見つけたら声掛けようかなとは思ってたけど、犬飼しか見つかんなかった」

 グラウンドに着いたときにうちのクラスを探したけれど、すぐに見つからなくて。トレードマークの黒い帽子を身に着けていてくれたのならすぐに見つけることができたのかもしれないけれど、今日はかぶっていなかったから。犬飼のシュートを見てしまった流れでそのままD組を応援してしまっていた。クラスの順位を確認しに行くつもりでグラウンドに出たのに、結局確認し忘れてたな。

「さっき試合の合間にさ、荒船と中津ちゃんの話してたんだよね」
「えっ」
「夏祭り、行くんだって?」
「あ、その話か」

 なんだ荒船、あんなに渋っていたくせに犬飼に話すくらいには浮かれていたんだ。そんなに射的が楽しみなのだろうか。

「夏休みなにするのって聞いたら祭りに行くって言ったから聞き出したんだ。どこの女と行くんだって」
「残念ながらわたしでした」

 荒船が自ら言ったわけではなかったのか。荒船がわたしやボーダー関係の女の子以外と休みの日に一緒にいることなんて少ないから、面白がった犬飼に散々聞き回されたのだろう。容易に想像つく。

「中津ちゃんとのお祭りデートなんて面白そうだからおれもついていっていい? て聞いたら普通に断られた」
「デートって! そんなんじゃないよ!」

 犬飼の口から発されたデート≠ニいう単語を慌てて否定したものの、言われてみれば荒船は男性で、お祭りという最高のデートスポットに二人で行くのは……それって、デートなんじゃ。
 あのときは荒船と行きたかったから特に意識せず誘ったけれど、荒船は気づいていたのだろうか。だから荒船は素直にお誘いに乗れなかったのかもしれないなって、今になって気づく。
 日常的に一緒にいたり、学校帰りに買い食いをしたり、そういうのとはわけが違うから。誰かに見られでもしたら今まで以上に噂になるのは間違いないだろうなって、そう思った。
 
 ……もし、荒船と二人じゃなかったら。
 
 穂刈とか村上くんが一緒だったら。柚宇ちゃん、今ちゃんも一緒だったら。だれも噂なんてしないのかもしれない。
 でも、でもね、そうだとしても。わたしは荒船と二人で行きたいって思ってしまう。せっかくのふたりだけの約束に、誰かを混ぜ込んでしまうのはなんだかもったいない気がしてしまうから。

「ねえ犬飼、そのことあんまり言いふらさないでね」

 言えば犬飼は意外そうな表情を浮かべながら意味深そうに「へえ」と言った。

「珍しい、中津ちゃんがそんな事言うなんて」
「だ、だって変に噂になってほしくないから!」

 慌ててそう言えば、軽く笑った犬飼が「犬飼了解」とボーダー風に返す。言いふらさないでと言ったら彼は絶対広めないだろう。そういうところはとても信用できる相手だから。


 時計を見れば休憩に入ってから思ったよりも時間が経っていた。そろそろうちのクラスの出番が近いかもしれないから戻らないと。よっこらせ、と言いながら立ち上がったわたしに犬飼が「戻るの?」と声をかける。

「ん! そろそろ戻っておかないと。今日のわたしはクラスのエースだからね」
「そういや中津ちゃんバスケ得意だっけ」
「知ってたんだ。球技大会はこの学校でわたしの輝ける唯一のイベントだから気合が入るよ」
「ちょっとまって、唐突に悲しいこと言わないで!?」
「あはは冗談冗談。ほかにもあるよ、ほら体育祭とか」
「身体動かす行事ばっかり」
「運動神経には自信あるから!」

 運動できるくせになにもないところで躓いたりするので、鈍くささはあるのだが。そこは恥ずかしいので目を瞑っていただきたいところ。
 体育祭は二学期にあるので夏休み明けだ。高校最後の体育祭だし、実質人生最後の体育祭なのだ。全力で楽しみたいと思っている。こうして最後のイベントがどんどん終わっていくのは寂しいけれど、すべて悔いないように、ぜんぶ頑張ろうと思う。
 体育館の方向へ数歩歩いてから「あ、そうだ」と思い出したように振り返り犬飼を視界に捉える。

「言い忘れてたけど、犬飼のシュートかっこよかったよ! 偶然だったけど見れてよかった」
「!」

 彼は驚いたように少し目を丸めてから「ありがと」と笑う。もう行きなと言わんばかりに手をひらひら振るから満足げに体育館へと向かって走った。

「あは……ほんと、怖いよねえ中津ちゃんって」

 困ったようにひとり呟く犬飼。握りしめた空のペットボトルがくしゃりと潰れる音がした。

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