「六頴館なんて無謀な挑戦だ、やめておけ」

 中学時代に何度言われたか分からないその台詞、そんなことわたし自身が一番わかっていた。
 わかってたけれど、やっぱり諦めきれなかったのは、あの人の背中を追いたかったからだ。

「……やっぱり、綺麗だなあ」

 教室の窓の外から見下ろした、サラリと流れる綺麗な髪はわたしがずっと憧れてきたひと。同じ学校に入ったって、同じ組織に入ったって、今のわたしじゃまだあの人と並ぶことなんて到底出来ないけれど。夢を見るくらいは、いいよね。


 きらきらと輝く星が似合うあの人のようになりたかった。ただ、それだけだった。
 けれど現実はあまりに残酷で。
 ボーダーに入ってからもあの人との距離をひしひしと感じてしまう。

「もうやめておきなよ。やっぱり向いてないんじゃない、射手は」

 犬飼が言う。自分の放ったアステロイドで自分を傷つけるたび犬飼はなんとも言えない顔でわたしを見ては、困ったように笑うんだ。個人ポイントに差がついていくばかりで、わたしのは一向に伸びる兆しがない。

「やだ。やるもん。犬飼、もう一回おねがい」
「まあいいけどさ……おれは個人ポイント増えるし。でも、中津ちゃんがいいのかなあって思って」
「よくないけど! ポイントが減ってくたびに内心震えてるけど! でも、でも、練習しなきゃうまく扱えるようにならないんだもん……」

 キューブを華麗に操る射手はあのひとと同じボジションだから。
 C級のわたしが最初に選んだトリガーは勿論アステロイドだった。本当に使いたいトリガーはメテオラだけれど、でも、アステロイドが使えなければメテオラなんて夢のまた夢だから。
 犬飼とわたしは訓練用トリガーとして弾丸タイプを最初に選んだから、なにかと一緒にいることが多かったから練習にもよく付き合ってくれていて。
 トリガーを使ってみた結果、わたしはどうやら弾丸トリガーに向いていない様子だった。
 簡単そうに見えたアステロイドの操作は想像していた以上に難しくて。トリオン量が足りていないのか、わたしのセンスが無いだけなのかはわからないけれど、何度使っても思うように飛んでいかない。それどころか自分に返ってきた弾丸で、身を削ってしまうこともあって。

 向いてない、無謀だ、そんなこと言われるのは慣れてる。出来ないなら周りより多く努力すればいいじゃんか、と練習を繰り返すものの、一向に上達する気配がなくって。他の人達ははどんどんとポイントを稼いでいくのに、わたしはずっと変わらないまま。

「……かなしいなあ」

 突きつけられた『射手適正無し』と書かれた一枚の紙がわたしに現実を伝えてくる。
 高校一年生のわたしの夢は、儚く無残に閉ざされたのだった。


14 いつかその星を掴むことが出来たなら


 トリオン供給器官破壊、ベイルアウト!
 頭の中で鳴り響いた電子音を聞いて、ぼふっと落っこちたのは見慣れた諏訪隊の隊室だった。あちゃあ、またやってしまった。よっこらせと体を起こしオサノ氏がいるであろうオペ室まで歩みを進める。モニターの前でキーボードを叩くオサノ氏はわたしを見て「もー」と言った。

「みのりんまた自爆〜」
「ごめん! 今回こそはいけると思ったんだけど、やっぱだめだった」
「まあいーよー、みのりん一点取ってくれたしおっけーおっけー」
「良くねえよ‼ あれほどランク戦でメテオラは使うなって言ったじゃねえか!」
「一点取ったからいいじゃないですか! 諏訪さんもはやく一点取りましょ、ほら近くに二宮さんがいます! チャンス‼」
「ああ⁉ 無茶言ってんじゃねえ! 相性最悪だっつの‼」

 運が良かったのかなんなのか。珍しくメテオラで一点を取ることが出来たからって調子に乗ってしまったわたしは、ついでにもう一人と欲が出たところで自分のすぐそばで爆発したメテオラに巻き込まれて自爆しました。どうも、メテオラ自爆常習犯こと中津みのりです。わたしの視界の最後に映ったのはお腹を抱えて笑う犬飼の姿だった。くやしい。
 そんなこんなで二宮隊がB級に降りてきてからランク戦で初めてうちと当たり、こうして無残に散ったわけである。上位陣の壁はなかなか厚かった。やっぱり二宮隊は強かったです。流石は元A級、格が違うや。

 まさかこうして二宮さんと戦う日が来るとはあの頃のわたしは想像もしてなかった。だってもう別世界だと思ってたもん、いや今でも別世界には違いないんだけど。
 二宮さんはわたしの憧れの人──加古さんと同い年で、一年生の頃に学校でよく見かけていた。長い足で淡々と歩き、綺麗な顔で正論を言いのける。彼のイメージはそんな感じで、学校でもボーダーでも、だいたい彼の印象は似たような感じだった。

 二宮さんとは、数年前、まだわたしがC級時代にすこしだけ絡んだことがある。

「お、教えてくれませんか」
 ──その、綺麗な星の扱い方を。

 その頃の二宮さんは東隊の隊員だった。加古さんも同様で。
 加古さんのように、夜空にまたたく無数の星たちを華麗に操る魔法使いのような射手になりたくて。でも、でもね、どれだけ練習しても上達しなかったから。
 どうしてもその夢を叶えたかったわたしは、当時加古さんと並ぶほどの射手の実力者だった二宮さんに稽古をつけてもらいたくて、必死な思いで声をかけた。今思えばかなりの怖いもの知らずな行為である。学校でもボーダーでも何度もお願いを繰り返し、好物だと聞いたジンジャーエールを献上したりして、なんとか承諾していただけた。結局お世話になったのは三日間だけだったけれど、でもわたしにとってはかけがえのない三日間で。
 やめたくないと泣きつくわたしにため息とともに言い渡されたのは紙に書かれた内容とほとんど同じだった。でも、それでも。いまのわたしがいるのは二宮さんのおかげと言っても過言ではないから。

「人には適材適所というものがある、コレはお前には向いていなかった、それだけだ」

 言葉は冷たく鋭いくせに、不器用にわたしの頭を撫でる手は温かかった。彼の前で初めて流した涙の色は悔しさでいっぱいだったけれど、でも他の誰かに言われるよりもすんなりと心のなかに染み付いた。それまで頑なに手に取らなかったスコーピオンを手にしたとき、アステロイドよりも数段と身体に馴染んだあの感覚をわたしは一生忘れない。

 諏訪さんがエリア内を走っている中で。シュンとモニターに映った綺麗な星は勿論二宮さんのものだろう。まだゾエや犬飼が残る中でそう推測できたのは特徴的な三角錐形に割れたそれをわたしはよく知っているからだ。

「相変わらず綺麗だなあ」
「もしかしてみのりん、まだ射手になりたいの?」
「ううん。もうそんな無謀な挑戦はしないよ! 人には適材適所ってものがあるからね」

 言葉を借りて、自慢気に言い放つ。オサノ氏はわたしの方を一切見ること無く「適材適所なんて難しいこと言ってるみのりん、レアだ」と言いのけた。そんな難しい意味じゃないと思うけどな!?
 もちろん夢を忘れたわけではない。諦めたわけでもない。だから今でもメテオラをセットしているわけで。いつか華麗に扱えるようになって、全部を見返してやりたいって気持ちは健在だけれど。でも、それは必ずしもいまではない。
 あーあ、せっかく一緒に戦えたのだから、あれからわたしもかなり成長したんですよってことを伝えたかったな。こうして二宮隊と戦えるのなんて次いつになるのかわからないし、成長を見せるチャンスだったのに。

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