毎週水曜日、ボーダー本部で開かれる柚宇ちゃんと倫ちゃんとわたしによるプチ女子会は普段はそれぞれの隊室で開かれるけれど、今日は夏休みとあって昼ごはんも兼ねて食堂で開かれた。

「え! 荒船くんとお祭り⁉」
「うん! へへ、楽しみなんだ」

 ポテトを摘みながらポロリとこぼした荒船と祭りに行くという話題に食いついてきたのは倫ちゃんだった。倫ちゃんは荒船隊だし知っているものだと思っていたけれど、どうやら荒船は言ってなかったらしい。ほう。ということは穂刈も知らないのかなあ。

「えっ、ちなみに二人で……?」
「その予定だよー」
「それって……」
「おうおう、大事件の匂いがしますなー」

 うーんと柚宇ちゃんが探偵のように顎に手を当て考えるような素振りを見せる。そしてわたしに問いかけた。

「ずっと気になってたんだけど荒船くんとみのりんっていまどんな感じなの? 柚宇さんに話してみなさいな」
「うん? どんな感じって言われても」
「そう! それ私も気になってた! で、二人でお祭りだなんて知らない間に発展しすぎ!」
「えっ、発展?」

 うまく話が噛み合わない。きっとこれはいつものアレだ。荒船とわたしの関係がどうとかそんなやつで、この二人はわたしたちの関係を良く知ってるはずなのに。
 全くもう、そんな勘違いをするなんて荒船に失礼極まりないよ。荒船はもっと大人しくて、大和撫子のような女性が好みだと思うし。たぶん。
 乙女スイッチが入り目を輝かした二人に向けて特に大きな変化はないよと返した。

「えーつまんないー」
「つまんなくありません!」

 ぶうぶうと唇を尖らせた柚宇ちゃん。だって本当に特に変化はないのだ。……うん、無いはずだ。最近あったいいことといえば追試で80点を取ったことくらいだし、荒船とはたまにボーダーで会ったり穂刈を加え三人でお好み焼き食べに言ったりはしたけれど、でもそれくらいだ。
 変わったこと、……変わったことかあ。ひとつだけ思い浮かんだことはあった。それは荒船とわたしの関係が、とか、そういう話ではないけれど。わたし自身が感じている変化で。

「……強いて言うなら、狙撃手の荒船を見るのはすこし嫌なことくらいかも?」

 それは前からときどき感じていたもやもやと、どろっとした黒い感情のこと。はじめてふたりの前で口にした。

「狙撃手の…? ってどういうこと?」
「つい数ヶ月前まで荒船って攻撃手だったじゃん。なんだかそのイメージが抜けなくって、狙撃手訓練してる姿がどうにも見慣れないの! 見るたびになんだかなあって、なんか、うまく言葉に出来ないけど、……くやしい、みたいなさ」
「あ〜、なるほどね」

 夏休みだから防衛任務がなくても暇をもてあまして本部に遊びに来ているときも多いから。だから狙撃手の訓練に向かう荒船の姿を見かけることも多くって。すこし話して、当たり前のようにわたしを置いて訓練場に向かう荒船の背中を見送りながら、どうしようもなく胸の中に広がったじりじりと焦げるような痛みが広がる。わたしはこの感情の名前を知らなかった。この感情を表に出してしまうのはよくない気がして。だけど、抱え続けているのも苦しくて。さみしくて。
 この間のB級ランク戦で諏訪隊と荒船隊が当たる機会があったけれど、当たり前のように彼は狙撃手位置にいたから。まあ、うん。彼が転向してからそれなりに日も経ってるしだいぶ見慣れてはきてたんだけども。やっぱりどこか寂しさもあった。腰には弧月が刺さっているのにそれが抜かれることはなくて。なんだか急に遠い世界の人に思えてしまったり。
 前に当真に話した時もそうだったけれど。この感情は一体なんなんだろう。はじめての痛みがずっと胸の中に居座り続ける。

「いったいなんなんだろうね、これ!」
「なにって、ねえ」
「普通に嫉妬じゃない?」
「ですなー。よっ、やきもち焼きなみのりん〜」
「へ? いやいやそんなんじゃないよ! それになにに対しての嫉妬⁉」
「うーん、銃に対して……?」
「それは流石に心狭すぎなのでは」
「でも、銃に荒船くんが奪われたんだよ」
「……そう、だけど」

 ランク戦ブースで荒船を全く見かけなくなったのが嫌だ。自分は意外と狙撃手に向いていたのかもしれないと嬉しげ報告されるのが嫌だ。なにより荒船が離れていくのが嫌だ。嫌で嫌で仕方ないけれど。でも荒船の夢を応援したい気持ちもあることは確かで。矛盾しまくりのこの感情に振り回されっぱなしなのだ。
 目の前の二人に言われた『嫉妬』という言葉にその場ではつい軽く返してしまったけれど。もしかしたらその通りなのかもしれないなって。


16 こんなの子供のわがままだ


 二人ってなんで付き合ってないの?

 ボーダーでも、学校でも、何度も聞かれたその質問。なんでと聞かれても困ってしまう。だってそんな雰囲気になったことがないからで。ただ同じクラスで仲が良くて、ボーダーだから一緒にいる時間が多いだけなのに。異性ってだけですぐこうだ。
 付き合うとか恋愛とか興味がないわけではないけれど、正直恋がどういったものなのか自分自身でもよくわかってなくて。少女漫画や恋愛小説では恋をするとどきどきと心臓がうるさくなるらしいし、顔が赤くなって、目が見れなくて、おちつかないらしい。
 でも、そんなのひとつも当てはまらなかった。
 荒船と一緒にいると安心するし、目も見れるし、顔は赤くならないし、むしろ落ち着くもん。だから、わたしは荒船に恋をしているわけではないんだと思う。……たぶん。きっとそれは荒船だって同じだろう。

 ……けど、うん。

 意識して考えたことはなかったけれど、荒船に彼女ができるのはすごく嫌だなあとは思う。荒船の隣に自分以外の女の子が立ってる姿を想像するだけで、胸の奥がつきりと痛んだ。

 荒船のあの優しい目がわたし以外に向くなんて。
 想像するだけでもやもやと黒い感情が流れ出して侵食される。

 でも、いつまでも荒船が自分の隣にいてくれるわけではないとわたしの頭でも理解はしている。荒船だっていつかは恋をして、いつかは誰かと付き合うんだろう。そうなったら今みたいに気軽に遊べなくなってしまうかもしれないし、花火大会はもってのほかだし、映画も防衛任務後のお好み焼きも、二人でなにかをする機会が今よりも随分減ってしまうのは仕方がないことで。わたしが今いるポジションは、当たり前のようにだれか見知らぬ女の子に譲らないといけない。
 彼女が出来ても、今まで通りわたしとも仲良くしてほしいなんて、

「そんなのわがままだよね」

 勉強は苦手だ。それはもう、すごく苦手だけれど。でも気遣いができないほど頭の悪い女ではない。今までだってそう、異性の友達に彼女ができたときは自然と距離ができて離れていってしまう。今までは恋愛絡みで疎遠になってしまったってそれは全て仕方のないことだと思ってきたけれど。

 でもね、荒船は例外だった。

 やっぱりどんな理由があったとしても、荒船がわたしのそばから離れていっちゃうのは嫌だ。性格が悪いって言われたって、わがままだって言われたって、譲れないものだから。嫌なものは嫌なんだ。

「我儘ってなんだ、でかい独り言だな」

 背後から声が届いた。ハッと振り返ればそこには怪訝そうな顔をした荒船がいた。
 声音は低くて鋭いけれど、わたしの好きな優しい目をしている。

「噂をすれば荒船だ」
「なんの噂だよ」
「へへ、秘密! あ、そうそう、わたし荒船に用事あったんだよ!」
「用事?」
「今日帰りにお好み焼き食べにいこ、カゲのとこ!」
「用事って飯の誘いかよ。今日防衛任務は?」
「ない! 荒船隊もでしょ、さっき倫ちゃんに聞いたんだ」
「ああ。夕方に合同訓練が終わるからそのあとでいいか?」
「もちろん!」

 ぷはっと笑った荒船の笑顔にわたしも釣られてにししと笑う。わーいお好み焼きだやったね。荒船ほどじゃないけど、わたしももうすっかりカゲのお店の常連客だ。

「そういや中津、お前ちゃんと課題やってんのか?」
「夏休みの? 一個もやってないよ」
「即答すんじゃねえ」
「うっ……というかそもそも三年生で夏季課題あるってなんなの、学校側がおかしいよ!」
「おかしくねえよ。去年よりは比較的少ないだろが」
「そうだけどさ!」

 終わりかけに泣きついてくんじゃねえぞと言ってわたしの頭の上にポンと手を置いた荒船はそのままくしゃりと髪をかき混ぜた。心地の良い大好きな手。このあたたかな手が、他の人に取られるのは悔しいなと思ってしまった。
まあ悔しいからってわたしが何かできるわけではない。荒船の手は荒船のものだから。どこに手を置こうが、だれの頭を撫でようが、それは荒船が決めることで。
 とりあえず今はこのまま荒船の隣で笑ってられるだけで十分だ。権利がなくなるその日までは、この日々が続きますように。

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