ほぼ毎日のように会っていたのにあまりにも会わなければ勘のいい荒船のことだしそろそろ勘付いてしまうだろう。なんならわたしが避けてる理由すら勘付いてしまうかもしれない。というか避け続けるのにも流石に限界があって。ボーダーに所属する以上どうしたって彼に会わねばならない時だってくる。

「えっ、次の防衛任務荒船隊と一緒⁉」

 オサノ氏から回ってきた次の防衛任務シフトにさっと目を通したら、なんともまあ運がいいのか悪いのか荒船隊と被っていた。普段望んでもなかなか被ることなんてないのに、あまりにもタイミングが良すぎである。

「えーなにー、みのりんいつもなら喜ぶのにどうしたの?」
「えっ、そ、そんな顔に出てた? いやあ、ちょっとね」
「喧嘩?」
「ううん、ちょっと顔合わせにくい事情がありまして……」
「わかった、宿題のことでしょー。だいじょうぶだよ、わたしもまだ手つけてないし」
「オサノ氏……」

 シフトを見ながらうーんと唸っていたわたしを見てオサノ氏が聞いてくる。良い意味でも悪い意味でも感情が顔に出やすいわたしだから、きっとかなり困った顔をしていたのだろう。適当にはぐらかしたら課題ことだと勘違いされた。
 グッと親指を立てて自慢気に言い切るオサノ氏。違うけど、違わない。たしかに課題もまだやっていないから怒られるのは目に見えてるし会いにくい。嘘ではないのでわたしも合わせてグッと親指を立てておいた。この場に諏訪さんがいたら怒鳴り込んできそう。


21 その感情の名は


 あの花火大会からもうすぐ一週間が経つし、そろそろ本格的に対応を考えねばならない。作戦室のソファに座ってうーんと対策を練ってみるもののこれといったいい案は浮かばなかった。
 新学期が始まったらどうしたって荒船と顔を合わせるし、聞こえてないふりして過ごしてもどこかで確実にボロが出てしまう気しかしない。嘘をつくのは苦手だから。
 もういっそのこと都合の悪い記憶だけを消せる素敵なアイテムを謎のトリオン技術で生み出してくれないかなあ。エンジニアさんならできる気がする。寺島さんとか。お願いしたら作ってくれないかな。あ、でもいまから開発に取り掛かっても新学期までには間に合わないか。

 もう、どうしたらいいかわかんないよ。

 考えても考えても、やっぱり荒船の前から姿を消す選択ばかりが浮かんでしまって。でもそんなの無理だもん。荒船がいなくなるなんて、そんなの嫌だ。ぜったいなにがなんでも選びたくない。
 ……もうこうなったら最終手段に手を出すしかない。

 重たい腰を上げて、作戦室から出た。目的の場所に着くまでに荒船に遭遇するかもしれないので、ミッションインポッシブりながらなるべく早足で廊下を進む。
 無事に誰にも遭遇することなくたどり着いた扉の前で、海より深く深呼吸をした。
 ひっひっふー。ひっふっふー。ふっふっふー。

「こんにちはー! 影浦雅人くんはいますか‼」
「……うるせーのが来た」
「うるさくないです! あの、ちょっとご相談があるのですが」
「アー? 却下」
「聞く前に却下しないで⁉」

 目的地は影浦隊作戦室で。中に入ってすぐに叫べば奥のソファに携帯を触りながら寝そべるカゲがいた。
 たぶんカゲのことだからわたしが扉の前に来た時点で気付いていたと思うし、わたしが貴方様に助けを求めてるということも気付いているはずなのに、心底迷惑だって顔を浮かべながらいつものように軽くあしらわれる。まあわかっていたけどつらい。

 別にカゲとわたしは仲が悪いわけではない、むしろいい方だと思ってる。まあ荒船や穂刈のようにマブダチとまでは言えないかもしれないけど。
 カゲがこんなにもわたしを嫌がる理由は彼の体質にあって。
 彼は感情が刺さる? というちょっと変わったサイドエフェクトをお持ちなので、わたしの感情がダイレクトにアタックされるそうなのです。ゾエ曰く感情が豊かで素直で直球なわたしの感情は人よりも鋭く刺さるそうでグサグサと痛いらしい。
 なにそれ都合のいいこと言ってるだけなんじゃないかとはじめは思ったけれど、どうやら本当に痛いらしいから彼といる間はなるべく感情が暴れないように気をつけていたりする。

 きょろきょろと作戦室の中を見渡してみた。どうやら今はカゲ以外だれもいないみたい。
 コタツの魔人である仁礼ちゃんすらいないのは珍しい。絶好の相談チャンスだ。ぐっとこぶしを握りしめて小さくガッツポーズをした。
 当のカゲはというと携帯からまったく顔を上げる様子がなくて。たたたと画面を叩く音だけが室内に広がる。アプリゲームでもやっているのかな。わたしが来てるのに。つらい。けどこの扱いにはもう慣れていた。

「ねえねえ」
「うぜえ痛え近寄るな」
「うわーん! ひどい! ちょっとくらい聞いてくれてもいいじゃんかけちんぼ!」

 近寄るなと言いつつ彼のいるソファにずかずかと歩み寄る。
 いつもこうやって悪態はつくもののわたしを全力で押し返したりはしないから。ちょっと無理やり踏み込んでいっても平気なんだって知ってる。本当に怒ってるときは近寄らないほうが良策だけどいまは大丈夫だとわたしの女の勘が告げていて。
 とすんと空いてるスペースに腰掛ける。机に置いてあったポテチを我がモノのように一つつまみながら「それでね」と話を始めた。

「カゲさ、人から感情を受けるとなにか感じる体質があるでしょ。刺さるってやつ」
「今もな。テメエのは特に痛えんだよ」
「それはカゲが無視するからじゃんか。ね、その感情を受信するやつでさ、だれか女の子から自分を好きだって感情も受けたりする?」
「……あ?」

 なんだその質問という目で見られたけれど無視して続ける。

「ねえもしさ、もしもその感情が仲のいい友達から向けられてたとして、カゲならその子にどんな態度取る……? 気づいてないふりする?」
「……………は、荒船か」
「ほあ⁉」

 カゲの口から突然荒船って単語が出てきて驚いた。えっなんで。わたし一言も荒船なんて言ってないのになんですぐバレたんだろう。わたしの嘘をが下手だからなのか、それとももしかしてわたしの感情が荒船のことだよって叫んでたのかもしれない。さすがにないか。びっくりしすぎて変な声が出てしまった。

「や、ち、ちがうし! なんで荒船!」

 慌てて否定してみるものの、こんな反応、もう認めてるようなものだった。

「告白でもされたんかよ」
「こっ…⁉ さ、されてないけど⁉」
「嘘が下手かよ。話聞いてやるから本当のこと言えや」

 精一杯嘘をつこうと頑張っていたのに大きなあくびをしながら身体を起こしたカゲは気怠げにそう言いのけて。どうやらもうなにもかもがお見通しらしい。もうこうなったら観念するしかない。
 立ちかけていた腰を、きちんとソファにおろして座り直す。

「……わかったよ、言うけどぜったい秘密にしてね、ぜったいだよ」
「早く言え」
「うっ……あのね、荒船から、す、好きって言われたんだ。……花火見てるときに」

 あの日、夏祭りであった出来事をぽつりぽつりと口にしていく。説明が下手くそな分時間がかかるけれど、カゲは黙って聞いてくれた。
 実際カゲを頼りに来たのも対策のアドバイスが欲しかったというのもあるけど、こうしてわたしの話を聞いてもらうためだったりする。誰にも言えない悩みでも、カゲになら言えたりする。カゲは意外と面倒見がよくて、口が固くて信用できるからだ。わたしはカゲのこういうところが好きだ。

「たぶん荒船はわたしが聞こえてないって思ってて」
「……」
「このまま知らないふりをしようかなあと思ったんだけど、ほらわたし嘘をつくの下手くそだからさ。ずっと嘘をつき続けるのは無理だと思うんだ。だから、悩んでて」
「……中津はどうしたいんだよ」
「どうって……なに?」
「お前は、荒船とどうなりたいんだ」
「あらふねと、」

 どうなりたいか、なんて。
 そう問われて思考が止まる。どうなりたいって……それがわからないから、カゲに相談しに来てるのに。

 わたしはただ、荒船と気まずくなりたくなくて、このまま仲良しでいたくて、友達でいたくて。変わるのが、変わってしまうのが怖くて。
 荒船の何になりたいかと問われたら、うまく答えられないけれど。わたしは荒船の隣に居たいだけなんだ。ただ、それだけだった。
 そんなわたしの心情を見透かしたようにカゲが聞いてくる。

「そもそもお前は荒船のことをどう思ってんだ」
「どうって、そんなの大切なともだちだよ」

 一番大切で、だいすきな、代わりの効かないわたしの親友だ。
 荒船と一緒に過ごす時間が好き。毎日くだらない話をするのが好きだし、一緒に勉強するのも、ランク戦も、ぜんぶ。だいすき。誰よりも特別な友達だと思っていた。だからこそ変わることがこわくて、現状維持ばかりに目を向けて、荒船から逃げることばかりを考えてしまったんだ。
 冷静に考えることで、導かれることで、ぐちゃぐちゃになったあたまのなかがゆっくりとまとまっていく。無意識にかけていた本音の鍵が開いて、こじ開けられた気がした。
 荒船が狙撃手になってから頻繁に現れるもやもやとした感情は、柚宇ちゃんたちはやきもちだって言っていたけれど。そんな可愛い名前をつけてもらえるほど、甘ったるい感情じゃなかった。
 わたしの心のなかに潜むこの感情の名はもうわかっている。

 これはきっと──『独占欲』というものだ。

 わたしの知っている荒船が、どっかにいってしまいそうで。だれかしらないひとのものになってしまいそうで。怖くて。わたしから荒船を取らないでってささくれた心が叫んでいる。
 荒船はわたしの所有物でもなんでもないのに、独り占めしたいなんて。こんな感情重たくて、みっともなくて、認めたくなかったんだ。でももう抑えてなんていられなかった。

「わたしは、ね。荒船がだれよりも大切で、失いたくなくて、どこにも行ってほしくなくて、ずっと一緒にいたいと思ってる」
「それで?」
「それで……」
「もう気づいてんだろ」

 わたしが言いやすいようになのか、また携帯に目を落としながらカゲが言う。
 そりゃあ、ここまで考えたらさすがのわたしだって答えに気づいてしまう。
 この感情を認めてしまったら、受け入れてしまえば、楽になるんだろうか。……だったらもう覚悟を決めてわたしの中にいる重苦しくていとおしい感情を口に出してしまおうか。
 カゲが早く言えと急かすようにちらりとわたしと目を合わせる。
 もうわかったよ、と諦めたようにへらりと笑った。

「……あのね、あのねカゲ。わたし荒船のことが好き」

 荒船が、好き。だいすき。
 友達としてももちろん。異性として、わたしは荒船のことが好きなんだ。

 口にした瞬間、ぼわっと体が熱くなった。自覚したおかげで余計に荒船の顔が見れなくなってしまうかもしれない。
 わたしの答えを聞いてカゲが「遅ぇよ」と言った。答えるのが遅かったからちょっとお怒りの様子だった。仕方ないじゃん! はじめてなんだもん! 
 でも、おかげでようやく納得できる答えに気づけてなんだかすっきりとした。まあだからといって現状はなにも解決はしていないんだけど。それでもすこしは前進したような気はする。
 話聞いてくれてありがとうとお礼を言おうとした瞬間、カゲが後ろを振り返り誰もいないはずの背後に向けて声をかけた。

「──だってよ、聞こえたか荒船」
「聞こえ……ん?」

 ……………………ちょっとまって。いま、もしかしなくても荒船って言った?
 この場にはわたしとカゲしかいないはずで。荒船がここにいるはずなんてないのだ。でも、でも、でも。なんだか嫌な予感がする!
 
 その予感は、まあ、的中して。背後から「ああ」といるはずのない荒船の声が聞こえてきて、サーッと血の気が落ちていく感覚がした。いつからそこにいたのだろう。どこから聞かれていたんだろう。どうして、というかちょっとタイミングが良すぎない⁉
 ぎぎぎ、と効果音が付きそうなくらいゆっくりと後ろを振り向いてみたらそこにはやっぱり荒船がいて。何度瞬きをしても目を擦っても、わたしのよく知る荒船哲次で間違いなかった。
 入り口を塞ぐように立ってるものだから逃げられない。いますぐにベイルアウトしたい。でもそんなことしたら怒られるからできないけど、そもそも本部内でベイルアウトできるのかな? いや今はそんなこと考えている場合じゃなかった。
 助けを求めてカゲの方を見たら片手に持った携帯を小さく持ち上げる素振りをした。
 えっ、なに、もしかして、

「カゲが呼んだ⁉」
「アー? 誰に何言おうが俺の勝手だろ」
「相談しにきたって言ったのにひどい!」
「シラネ」
「うらぎりもの!」
「うっせ痛えから早く荒船んとこ行けや」

 痛くなる原因を作ったのはカゲの方なんだけど! もしかしてわたしが作戦室に入った瞬間から荒船を呼んでいたのだろうか。だからずっと携帯から顔をあげなかったのか。騙された。
 ずっと逃げてきた報いなのだろうか。なんにも心の準備ができてないのに急に向き合う時が来てしまった。どうしよう。
 どうにかして逃げられないかなと思ったけれど、こういうときの荒船は絶対逃してなんてくれないんだ。荒船はそういう男だって、わたし自身が一番よくわかっているから。
 こうなったら腹をくくるしかない。今日がわたしたちの友達最後の日になるかもしれなくても。目の前の荒船と向き合おう。大きく深呼吸をひとつしてからソファから立ち上がる。心臓がやけに早く脈打っていて、騒がしくって、うるさくて。呼吸だってままならない。きっとわたしの顔は恥ずかしいくらいに真っ赤になっているんだろう。
 ソファから立ち上がって、壁にもたれるようにしてこちらを見ていた荒船と向き合う。

「ねえ荒船、話があるの」
「奇遇だな、俺もだ」

 どうか、どうか神さま。
 わたしに勇気を与えてください。
 そしたらね? そしたら、きっと。逃げ出さずに前へ踏み出せると思うんだ

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