大きな爆発がおこり、あっという間に目の前のスクリーンが土埃で埋め尽くされる。
 視界が晴れた頃には全員星となり、あっという間に飛んでいった。
 残った少年ただひとりだけスクリーンに映し出され、そのまま試合が終了する。この試合で玉狛第二に8点が加算され、一気に中位にまで上り詰めた。

 一体何が起こったんだとわたしは呆然と画面を見つめたまま固まっていた。
 
 冬のB級ランク戦初日夜の部、吉里隊と間宮隊と玉狛第二の試合。小さな少女と少年が、観戦者全員の意識と興味をいとも簡単に奪っていく。この子達は何者なんだとざわめく観客席のひとつにわたしはいた。
 玉狛支部。木崎さんや迅さんがいる最強支部……のイメージがわたしのなかにあったけれど、そのイメージはもしかしたら間違いではなかったのかもしれない。最近隊を組んだばかりの新人で、隊服だってC級のままなのに。動きはまったく素人のそれではなかったから。

「くがくんと、あまとりちゃん」

 実況の桜子ちゃんと解説の佐鳥くんが言っていた名前を口にした。
 くがくんは知っている。あの緑川くんとソロで勝ったらしいC級の子。もうB級に上がってきたんだ。あまとりちゃんは知らないけれど、狙撃手の子だったら荒船は知ってたのかもしれない。
 次の第二戦で玉狛第二とあたるのは、うちと、それから荒船隊だった。今回の試合が玉狛の初試合だから、情報がほとんど無いに等しくて。ここまで事前情報が少ない相手との試合は久しぶりだから、なんだかわくわくしてしまう。隊の戦術も動きの癖も知っているようないつもの相手との試合もたのしいけれど、新しいひととの戦いは新鮮でまた違ったたのしさがあるから。
 今回はきちんと諏訪隊ミーティングを開いて情報共有しないと。荒船にすごい新人がいるよとメッセージを送りたい気持ちをぐっと我慢して、席を立った。


21 ふたりでなら、どこまでも


「次の試合、荒船隊ともあたるらしいね」

 学校からの帰り道。荒船と一緒に本部に向かっている途中、思い出したようにそんな話題を投げ掛けた。

「負けてやるつもりはないぜ」
「そりゃあわたしもだよ! ちなみに荒船隊は今回どんな作戦なの?」
「言うわけねえだろ」
「ちぇー。実は諏訪さんにミッションインポッシブルしてこいって言われてるんだよ。荒船に一番近いのはお前だみのり、バレねえように荒船隊の情報盗んでこいって。」 

 諏訪さんの真似をするようにくわえタバコの動作を入れながら言った。

「待て諏訪さん、それは人選ミスがすぎんだろ」
「どういうこと⁉ わたしだってスパイのひとつくらいできるし!」 
「俺から少しでも情報を抜き取ってから言え」
「……いまのはまだウォーミングアップだよ、本気を出したらすごいんだから」

 荒船隊の情報盗んでこいって言っていたのは本当だけれど、きっと諏訪さんは本気で言っているわけではなくて。正直、今回の試合で気をつけなければならないのは荒船隊よりも玉狛第二だ。
 あのとんでもない大砲に、すばやい動きの攻撃手。それから、もうひとり。記者会見に出ていた眼鏡の男の子。どんな戦いかたをするのかわからないけれど、風間さんと引き分けたって聞いたから、きっとあの子も相当実力があるんだと思う。気になって仕方がなかった。
 次の試合のステージ選択権は玉狛にあるから、地形戦では有利を取られてしまう。前の試合のようにあまとりちゃんを生かす戦略だったら狙撃手有利なマップを選ぶだろうけど、今回は荒船隊もいるからどうなるかわからないなあ。荒船隊がいるのに狙撃手有利マップ選択はリスクが高すぎる。

「ねー次マップなんだと思う? 河川敷とかどうだろ」
「玉狛がどんな作戦で来るかにもよるが、複雑な地形に慣れてねえチームだし無難に市街地選択だと思うがな」
「市街地だったらDが好きだなあ。屋内戦好きだし」
「狙撃手対策マップじゃねえか。まあ、俺たちに不利なマップを選ぶなら有り得ない選択じゃねえな」

 考えるように顎に手を当てた荒船。でもさ、とわたしが続けて唇を開く。

「荒船隊向きではないけど、荒船向きではあるよね」
「? なんでだ」
「え、だってほら飛び降りやすいし」
「俺をなんだと思ってやがる」

 わたしの頭をこつんの軽く叩く。痛くないけど癖で「あいた」と声が出た。

 風がビュウと吹いて、冷たい空気が肌を刺す。首元にはマフラーを巻いているけれど、手袋はしていないから指先が冷たく冷え切っていた。もうすっかり冬だ。
 付き合ったのは夏だから時間が経つの本当にはやいなあ、なんてぼんやりと考えた。
『荒船くんとみのりん、ようやく付き合いはじめたんだ』
 夏休み後、学校がはじまってすぐ友人に報告した際に言われた言葉だった。夏で一気に近寄ったと思っていたけれど、周りから見たらわたしたちは随分ともどかしい関係だったらしい。みんな口を合わせて『荒船くんおめでとう』なんて言うから。「おめでとうを言うのはわたしが先なんじゃないの!」と拗ねていたのがまだ最近のようだった。
 荒船と出会ってから3年。その大半を隣で過ごしてきた。
 親友として。戦友として。いまは、恋人として。
もっと昔からずっと一緒にいるような、そんな気がしてしまうほど荒船が隣にいるのがもうすっかり当たり前になっていて。荒船のいない人生は考えられなかった。

「荒船ちょっとかがんで」

 周りに誰もいないことを確認してから声をかける。膝を曲げて少しかがんだ荒船が、なんだよと不思議そうにわたしを見ていた。

「ん」
「えい! 手冷たい攻撃!」

 冷え切った手で、荒船の頬を包み込むように両側から触れた。じんわりと温かい体温がわたしの手のひらに移る。

「攻撃すんな」

 そう言いながらも抵抗することなくおとなしく頬を包まれている荒船。整ったきれいな顔が、わたしの両手で軽く押しつぶされて、なんだかかわいかった。
にへっと頬をゆるませて、しばらくそのまま頬の温かみを堪能する。

「荒船のほっぺたあったかい」
「……俺にこんなことするのはお前くらいだからな」
「穂刈とかにはされないの?」
「されてたまるか」
「へへ、じゃあこれもわたしの特権だ」

 だから荒船も、他の人にさせちゃだめだよ。
 言えば荒船はなんとも言えない顔でわたしを眺めた。意外なものを見るような、面白いものを見るような。

「意外と独占欲強めだよな。みのりは」
「いいじゃんか。わたしをこんなにしたのは荒船なんだから、責任とってもらわなきゃ」

 自分の知らない荒船の姿を見るたびにもやもやと現れていた嫉妬と独占欲。
 そんな棘の生えた感情がわたしの心に潜んでいたなんて、恋をするまで知らなかった。
 ずっと振り回されてきたふたつの感情は、付き合ってからすっかり身を潜めてて。荒船がだれかに取られる心配がなくなったからなのかもしれないなと今になっては思う。

「責任って。どういう意味かわかってるのかよ、それ」
「荒船がわたしとずっと一緒にいてくれるってことじゃないの?」
「あながち間違いではないが……まあ、いい。お望み通りとってやるよ、責任。お前の気が済むまでな」
「あはは、やった! ていうか独占欲強いのは荒船もだからね」
「……それは否めねえ」
「だからね、わたしもずっと一緒にいてあげる。」

 きっとこれから何年も、何十年も。荒船の隣はわたしの場所で。わたしの隣は荒船の場所なんだ。わたしと過ごすこれからの時間が、どうか、どうか幸せで、かけがえのない日々でありますように。そう願って。

「で、このままキスでもしてくれんのか」

 両手に包み込まれた瞳がわたしを映し挑戦的に笑う。いつの間にか両手首を掴まれていたから逃げられなかった。えっ、と一瞬かたまったけど、でもいつまでもやられてばかりのわたしじゃないから。すぐににんまりと笑みを浮かべて返した。

「──いいよ」

 そのまま落とした口付けは荒船の唇の上に。一瞬触れて、離れた。
 きっと荒船は慌てるわたしが見たかったんだろう。予想外だと言わんばかりにぽかんと丸くなった目は、次第に照れたように泳がせる。
 そんな反応を見て、ああ、好きだなあって。想いがあふれてとまらなくて。いつも荒船はこんな気持ちで真っ赤になったわたしを見ているのだろうか。胸の奥がむず痒く、じんわりと温か異気持ちで。

「あははっ、レアな荒船だ」
「おい、まて。こっち見るな」

 耐えられなくなったのか、荒船はわたしの両手から抜け出して立ち直す。すこし赤くなった顔を隠すように片手を顔のあたりに持っていった。
 こんな表情、友達時代には見れなかった。少しずつ知ってゆく、新たな一面に。どうしようもなく想いが強くなってしまうから。
 自分にも他人にも厳しくて、努力家で。器用になんでもやってのけるように見えて、でも実際はそうではない、彼のことを。

「もっと、知っていけるといいな」
「なにをだよ」
「ううん、なんでもない!」

 友達から、恋人に。少しだけ変わった関係性。そこから生じる素敵な変化の波がじっくり、ゆっくりと、わたしたちふたりを深みへと飲み込んでゆく。

 このなんでもないような毎日を、君と過ごせることに。わたしは幸せを感じているんだ。

 こうやって制服を着てボーダー本部へと向かうのも、もうあとすこし。春からは大学生になって、新生活が始まるんだ。新しいものはわくわくするけれど、何かが変わるきっかけにもなるってよく知ってるから。なにかあったらどうしようって少しだけこわいけれど、きっと荒船と一緒だったら乗り越えていける気がするんだ。
 荒船の前に立った。息を吸い込んで、それから、それから。腕を広げて、にんまりと笑う。

「あのね、荒船。わたし荒船がだいすきだよ」

大きな声で愛を叫ぶよ。
隣でずっと、飽きるぐらいに。

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