ご報告致します。一回目の追試が終わりましたが皆様のご想像通り華麗に落ちました。

「何回教えりゃ覚えんだ」
「もうだめ、荒船様のスパルタ教育のおかげでわたしの頭はもう限界でございます! 休憩のご慈悲を」
「中津てめえさっきも休んでただろうが」
「五分! 五分休憩しよ! ほら温かいお茶でも入れてさ」
「却下だ」
「うわーん! 鬼教師!」

 荒船様の作戦室にて荒船メソッド追試対策講座バージョンを開いていただいております中津みのりです。荒船の教え方は、それはそれはわかりやすくわたしのようなおばかなにも理解しやすく講義をしてくれるのですが。それでもわたしの頭はショート寸前。
 それもそのはず、他よりも追試数が多いわたしは一度に4教科も頭に叩き入れなければならないからだ。朝から始めて現在時刻は午後四時を回ったくらいで。英語だけでもちんぷんかんぷんなのにそれにプラスして数学に日本史にって無理に決まってる。公式なのか英語なのかペリーなのかわからなくなってきたので休憩を希望したのに、彼は聞く耳を持たずわたしの前に追加でもう一枚プリントを出してきた。鬼か。


03 飴と鞭の使いよう


「荒船先生、わたし思いついたんですが」

 しばらく勉強を続けてから、監視官のように目の前で腕を組みわたしがサボらないか見守る荒船先生に手を上げて提案してみる。怪訝そうに眉間にシワを寄せながら荒船は「なんだよ」と言った。

「一度に4つクリアしようとせず一つに集中してやるってのはどうですか。今回は数学だけやるみたいな」

 じゃないと多分わたしの頭ではこの量を覚え切るのは不可能であります。一つ覚えたら一つ抜けるこのポンコツ頭では一追試で一つしか合格ラインに立てないよ! 三回以内でクリアするとかなんとか言ったけど長期戦に持ち込みましょう、そうしましょう。
 わたしの出した案に「それも悪くねえな」と言って、一つではなく二つに絞ろうということになった。二つなら……まあなんとか……合格ラインギリギリには立てるんじゃないかな。

「俺が教えてギリギリ取ろうと思ってんじゃねえぞ」
「なんでわたしの考えてることわかったの!」
「顔に書いてんだよ顔に! 目指すは満点、分かったか?」
「無理! 無理に決まってる!」

 赤点を取るレベルのわたしによくそんなことが言えるよ荒船くんや。追試は少しだけ簡単になってる場合が多いとはいえ満点なんて夢のまた夢である。……いや取れたら嬉しいけども。
 荒船の頭の良さを一時的に借りたいなあ。わたしにもサイドエフェクトがあったら……ほら、村上くんの寝たら覚えますみたいなやつとか。彼は彼で大変らしいけれど、でも藁にも縋りたい気持ちのわたしにとっては夢のような能力だと思う。
 というか荒船ってボーダーの隊長だし学校の難しい授業にもついていけてるし優等生だし運動神経もいいし、あと筋肉もあるし、普通にすごい人なのでは。わたしのようにいっぱいいっぱいになっている様子も見たことないし、いつも余裕そうに何でもこなすから荒船は本当にすごい。

「あ、解けたかも。これ答え3だ!」
「やればできんじゃねえか」
「えへへ」

 考えながらも手を動かすのはやめていなかったわたし。ずっと悩んでいた問題が解けて、荒船に褒められる。その度にぽんと頭に手が置かれゆるりと撫でられて。フッと笑った荒船に釣られてわたしもへらりと笑みを零す。
 鬼だけど、褒める時はきちんと褒めてくれる荒船がとても大好きだ。飴と鞭のスペシャリストだなあ荒船先生は。嬉しくって、嬉しくって、じゃあ次の問題も頑張ってみようかなあと思えるから。わたしってば想像以上に単純なのかも。荒船は昔からそうだった。わたしのことをからかったり悪態ついたりすることもあるけれど、なんやかんや甘やかしてくれるしすごく優しくて。


 荒船との出会いは学校じゃなくってボーダー入隊試験だった。
 ある人に憧れて入隊希望をし、いざ筆記試験! というタイミングで消しゴムを忘れてしまったことに気づいたわたしは絶望で頭を抱えていた。書き間違いができないなんて、チャレンジャー過ぎないか? ぜったい不合格じゃんやばいよ。知り合いだっていないし、中学の友人でもいればなあ、と思っていたその時に「……ほら」と消しゴムを貸してくれたのが荒船だった。その時も荒船が隣の席だったんだ。あの時は本当に神かと思った。今でも神に違いはないんだけれども。

「消しゴムありがとうございました! わたし中津です!」
「知ってる」

 試験終了後、借りていた消しゴムを返却する際についでに自己紹介もした。自己紹介と言っても名字だけなのだけれど、なにかお礼がしたかったからと、試験に合格したらお互いボーダー隊員になるのだし事前に知り合いになれたらいいなと思ったからだ。が、まさか自分のことを知られているとは思わずほあっと素っ頓狂な変な声あげてしまう。

「中津みのりだろ? 知ってるよ。」
「えっまって、なんで知ってるの? 会ったことあったっけ、それともわたし知らない間に有名人になっていた……とか?」
「いや同じ学校だろうが」
「え、高校の?」
「高校の」
「えっ……そうだったんだ。ごめんまだ同学年の人全員覚えてなくって! それならまた会うこともあるかもしれないね」

 同じ学校どころかクラスメイトなんだけれど、荒船のいじわるなのかそのときには教えてはくれなかった。
 人の顔や名前を覚えるのが苦手なわたしはまだクラスメイトの顔を覚えてなかったのだ。入学してすぐだしゆっくり覚えてこーと思っていたのに、どうやら荒船はわたしの名前を知っていたらしい。あの時は流石進学校様だ覚えるのが早い、天才まみれだなとびっくりしたけれど。あとから聞いた話、わたしは入学してすぐのテストのぶっちぎり最下位だって学年の有名人だったそうだ。そのくせB組だから裏口入学者なんじゃないかと噂にもなっていたらしい。つらい。そんな事実知りたくなかった。

 それ以来わたしと荒船はよく一緒にいる。というよりわたしが彼に付きまとってると言った方が適切なのかもしれない。
 同じボーダー隊員で、入隊時期も一緒で、好きな食べ物もお好み焼きだとかいうお互いの共通点がたくさんあったから。仲良くなるのも一瞬で、一緒にC級時代を乗り越えてきた仲間である。他にも入隊時期が一緒の子はたくさんいるのだけれど、やっぱりわたしの中で荒船は特別で、荒船の隣にいるのが心地よくって、どうにも離れがたいのだ。まあ単純に同じクラスだからって理由もあるのだけれど。他の人よりも多く同じ時間を過ごしているから。

 きっとこのまま卒業まで、ううん卒業してからも、荒船の近くで笑っていられたらなあ、なんて思ったりもする。そのためには無事に高校を卒業しなくてはならないし、今は追試を乗り越えることだけを考えなければならない。

「ねえ荒船」
「今度はなんだ」
「ううん、問題のことじゃないんだけど。あのね荒船、いつもありがとね」

 ずっと一緒にはいたい。いたいけど、でももしも、もしかしたら。来年には外部のどっか遠くの大学行っちゃうかもしれないし、荒船と会えなくなっちゃうかもしれない。もしそうだとしたら荒船と学校で過ごすことができる日々もあと1年も無いのだ。お礼は言える時に言っておこう。どちらか片方がボーダーを辞めるかもしれないし、大喧嘩して絶縁しちゃったり、そんなことは考えたくないけれど、でも、人生何が起こるかわからないから。

 呆気に取られたようにぽかんと目を見開いた荒船は数秒固まった後「いきなりなんだ」と言って照れたように目を逸らす。でも嫌がったりはしないから。そんな彼を見てわたしはふへへと笑った。

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