「今日の日替わり定食、親子丼なんだって!」
「珍しいな、いつぶりだ?」
「1ヶ月ぶりとかじゃない? でもね、問題がひとつあってさあ」
「弁当持ってきたとかか?」
「わたしいま唐揚げが食べたいの」
「はあ? 食えばいいだろ」
「いやだってさあ、鳥&鳥になっちゃってものすごく鳥好きな人みたいなるし恥ずかしくて」
「中津が何食ってるかなんてだれも見てねえよ」
「まあそうなんだけどねえ」

 昼休み。荒船と共に食堂へと向かう途中に友達から得た情報を共有する。親子丼、美味しいんだけれど今の気分は唐揚げなのだ。少量では売られていなくて、大きなサイズで5個は入っている。親子丼と唐揚げ並べたらメインとメインになってしまう。誰も見てなくたってさすがに胃のキャパシティ的にも選べない。

 うちの六頴館の食堂はメニューが豊富だ。食べ盛りの高校生には嬉しいポイントのひとつで、がやがやと賑わうそこで席を確保しわたしたちは食券の列へ並ぶ。正直まだどっちにするかは悩んでて。
 うーん、うーん……日替わりの親子丼って珍しいから食べたくなるよね、でもいまものすごく唐揚げが食べたい。多分昨日の夜に見たテレビ番組が原因だ。美味しそうに食レポしてて、明日は絶対唐揚げ食べるぞ! と意気込んでいたところに親子丼様が舞い降りてしまった。由々しき事態である。唐揚げは定番商品だからいつでも食べれるし明日のお昼に回すという手もあるけども、でも明日になったら違う気分になってるかもしれないし、やっぱり今日で2個とも食べてしまうべきなのかもしれない。頑張ればいける気がする。予想外のフードファイトだ。

 あ、そうだ! 帰りにコンビニで唐揚げ買うという手はどうだろう! ボーダーに行く前の腹ごしらえにいいかもしれない。それなら乙女のギリギリ許容範囲である。

「荒船はやっぱ日替わり?」
「ああ」
「あっ、冷奴も買ってる! チョイスが渋いね」
「美味えじゃねえか冷奴。夏だしな」
「夏になるといつも食べてるよね」
「おう。冷奴置いてる食堂最高だぜ。中津も結局日替わりか」
「うん。唐揚げは帰りコンビニで買うことにした」
「……食ってばっかり」
「我慢は良くない」
「太っても知らねえぞ」
「すぐそういうこと言う! 大丈夫ボーダーで運動するし!」
「トリオン体で動いても意味ねーだろが」

 それもそうだ。それに、少し太った気もする。夏場で薄着だからかもしれないけれど、こう、二の腕あたりがもちっとしてきたような。太刀川さんところでお餅いっぱい食べたり諏訪さんちで流しそうめんとかしたし……それだけが原因ではないと思うけど、でも思い当たる節が多すぎる。ボーダー帰りによくする買い食いやお好み焼きも!


05 女は欲張りな生き物


「……わたしってさ、そんな太ってる?」

 席について親子丼を食べながら聞いてみた。前に座る荒船は食べていた冷奴を飲み込んでから口を開く。

「いや、まだ平気だろ」
「まだって! やっぱり多少は太ってきてるんだ!」

 少し気まずそうに目をそらした荒船にわたしは親子丼を食べる手を止めながらショックで目を見開いた。どうする中津みのり、この反応は少々やばい反応なのではないか。平気だと荒船は言うけれど、このまま体積を増やし続けたらいつの日かエンジニアさんに頼んでトリオン体をスリムに調整してもらうことになてしまうかもしれない!
 わたしの動きが止まって心配に思ったのか荒船が「おい」と声をかける。

「悪かったな、気にするようなこと言ってしまって」
「わたしはおでぶ予備軍……」
「まだ平気だって言ってんだろが」
「ランニングしよかな……荒船明日から付き合ってよ朝ラン」
「……本当に言ってんのか、前もそう言ってすぐやめただろ」
「うっ……そうでした。だって早起きしんどいもん」

 言われてから思い出した。そういえば去年の冬、どこからか「トリオン体は生身の体力や身体能力が影響されるらしい」と言う噂を聞いて、妙に意識を高めたわたしは荒船を早朝ランニングに誘ったことがある。
 これまで部活動以外で早朝ランニングなんてしたことのないわたしは、まあ続くわけなくって。三日坊主ならぬ四日坊主をかましました。冬だから寒くて起きれなかったという理由もあるけれど。でも今回のは体力向上ではなくダイエットと引き締めなので荒船や穂刈たち筋トレ部の二人に頼んだら意気揚々に筋トレメニューを作ってくれそうだなって。想像するだけできつそうだけど。
 特に荒船は教えるのも上手だけど、鬼教官の素質があるし、彼自身がストイックの塊だから「まだいけるだろ」の一言で毎回メニューが増えていく気しかしない。わたし向けで組んだメニューなら流石にそこまできつくはしないのかもしれないけども。

 荒船の弟子になんてなってしまったら3日で逃げ出す気がするなあ、なんて思った。しんどいと一切弱音を吐かない村上くんは本当に凄い。なんて失礼なことを考えながら親子丼を再度手に取ってもぐりと一つ鶏肉を口に入れる。おいしい。

「お」

 鶏肉を飲み込んだところで荒船が何かに気づいたように視線をわたしの背後にやる。そしてそのあとすぐに誰かに頬を突かれた。左右両方から突き立てた人差し指でぷにんぷにんと。唇が押し出されたわたしの顔はさぞ不細工であろう。

「なにやつ! わたしの親子丼を奪いにきた刺客か!」
「あはは、なにそれ」
「やっぱり犬飼だ!」
「なんだ気づいてたの」

 だってこの学校でこんなことをしてくるのは犬飼しかいないもん。そう言っていひひと笑う。鶏肉を飲み込んだ後で良かったなと思った。犬飼も同じくボーダーの友人の一人で、クラスは違うものの仲は良い。もともとA級だった彼は一般人からも知られていて、トリオン体のスーツとのギャップが一部の層の女子に高評価らしい。確かにジャージタイプの部隊がほとんどだからスーツは珍しいし、わたしたち高校生がスーツを着る機会って少ないからロマンがあるんだろうなあ。隊長である二宮さんも、辻くんも、氷見ちゃんも進学校だから、うちの学校では二宮隊は有名なのだ。

「犬飼ひとりなの?」

 そんな犬飼が一人でいるのが珍しくって問いかけたら、片手をゆるやかに振って否定するような動きをした。どうやら仲のいいグループメンバーと一緒だったけどわたしたちを見かけたからこちら側に来たらしい。

「中津ちゃんと荒船相変わらず仲良いよね」
「うん。仲良し……って、あ!」
「えっ、なに」
「唐揚げだ」

 隣の席へ腰掛けた犬飼の皿の上には唐揚げが乗っていた。食べたかった唐揚げが横にある。ずるい。ダイエットしようかと考えていたこのタイミングで横から唐揚げが現れてしまって、食べたい欲がぐぐぐっと上がってしまう。目の前の荒船からの視線がすこし痛い。

「唐揚げ?」
「食べたかったの……ギリギリまで悩んで日替わりにしてさ」

 いいなあ。揚げたてのいい匂いがする。マヨネーズが添えられていて、そこがうちの食堂の嬉しいポイントなんだ。

「へー、なら一個あげる」
「! えっ、いいの?」
「おい甘やかすんじゃねえ犬飼」
「だってそんな物欲しそうな顔されたらねー」

 わたしの親子丼の上にぽん、と置かれた唐揚げをキラキラとした目で見つめる。なんて美しいフォルムなんだ、厚めのザクザクとした衣の中にはジュージーなお肉が待っているのだろう。早く食べてしまいたい。嬉しくてすっかり頬が緩んでしまっていた。唐揚げ一つでここまで喜べるのだから単純な女である。代わりにわたしのお漬物をあげるね、と犬飼に渡すと別にいらないのにと笑っていた。
 早速食べようと唐揚げを箸でつまんだ時、横から視線を感じた。ちらりと横を見れば、じーっと犬飼がこっちを見ていて。嫌な気はしないけどすごく食べにくい。

「そんなに見ないでよ犬飼、食べにくいよ」
「んー、なんていうか中津ちゃんの笑顔見てると癒されるなって」
「わたしの笑顔はマイナスイオンでも発してるのかなあ」
「発するわけねえだろ」
「荒船うるさいやい!」
「うん、そういう表情豊かなところ、かわいいよね」
「かわ……」
「ごほっ」

 かわいいだなんて唐突に言われて、びっくりして唐揚げが落っこちるかと思った。動揺してしまったけれど、犬飼の言う『かわいい』はおそらくは小さな子供や小動物に向けて言うそれと同じような意味合いなんだろう。今のセリフを犬飼のファンに聞かれていたら刺されてしまうかもしれない。そんな熱狂的なファンがこの学校にいるかどうかは知らないけれど。
 ごほごほと目の前で咽ている荒船に「大丈夫?」って声をかける犬飼。一応ありがとうと一言言ってから唐揚げをたべた。味の付いた鶏肉もおいしい。

「ほっぺたのぷにぷに感とか最高だしね、赤ちゃんみたい」
「えっ、それは嬉しくない!」

 可愛く言ってくれてるけれどそれってつまりは肉付きがいいってことだよね! やはりダイエットをしなければならないのかもしれない。……でも、唐揚げ食べたいし、明日からにしよう。頑張れ明日からのわたし、と心の中で気合を入れた。

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