ラウンジでぽけえとしていたら荒船が通りかかった。どうやら狙撃手の合同訓練とやらに行くらしい。珍しく知り合いが誰もいなくて暇だったので訓練について行くことにした。
 わたしは狙撃手じゃないので見学だ。外から映像だけを見てるだけだけれど、諏訪隊に狙撃手いないからか、普段狙撃手の人とランク戦以外で絡むことって少なくて。だから新鮮に感じる。なんだかここに来るのは久しぶりだなあなんて思いながら音のない映像だけのそれを見て、ふわあと一つ欠伸を零した。


06 毒牙が蝕む


 合同訓練があるのって楽しそうだなって思う。A級もC級もみんな一緒になって戦えるのいいなあ。攻撃手はC級とは完全に分けられてるし、そもそも知り合い以外に気軽に試合申し込みにくいしね。今やってるかくれんぼ訓練とかすごく楽しそう。攻撃手もやったらいいのに。かくれんぼじゃなくて鬼ごっこ訓練とか、なんだか合同で練習していたC級時代がすごく懐かしく思える。

「あ、出てきた」

 今日の訓練は捕捉と掩蔽の訓練らしい。相手を撃ったらプラス5点、撃たれたらマイナス2点という単純な仕組みだけれど、攻撃手にはない面白い訓練だなと思った。ぴこんぴこんと体の至るところにマークの付いた子もいれば全くついてない人もいて。まあそりゃそうかC級とA級だったら実力の差があるもんね。
 出てきた当真と目が合った。観客席にいるわたしの存在に気づいたようで、手をあげてこっちに寄ってきた。

「よう中津。珍しいじゃねえか」
「やほ。当真すごいね、全然マークついてないや」
「おー、これが実力ってやつよ」

 さすがA級様。言うことが違う。全然どころかマークひとつもついていないのはかなり凄い。

「狙撃手たのしそうだね」
「まあまあ楽しいぜ。おまえも転向するかー?」
「しないよ、わたしぜったい狙撃手向いてないし! ほら、狙撃手って基礎が大事なんでしょ? わたし適当な所あるしだめだよ」
「人一倍適当な俺に言うのかよそれ」
「あはは確かに。どちらかというと感覚派だもんね、当真は」
「褒めんなよ」
「別に褒めてないよ。あ、でもさ、パーフェクトオールラウンダー中津って響きはかっこいいかも」
「はははそりゃ中津には100年はえーよ」
「うわ! 笑われた!」

 荒船で目指せてわたしじゃ無理なのか。まずはオールラウンダーからかな、と思ったけどわたしはすでにメテオラをトリガーセットしてるからすでにオールラウンダーの卵なのかもしれない。現状ではメテオラのポイントはほとんど無いに等しいからオールラウンダーからは程遠いんだけど。ただのたまにメテオラ使う攻撃手である。
 メテオラは扱えるようになったらかっこいいんじゃないかと思って入れているトリガーで、他のものに比べてまだあまり練習してないからたまに自爆してしまう。ランク戦で自爆した日には諏訪さんにものすごく怒られるので本当に必要な時しか使わないようにしている。

「ねーねー当真、荒船って強いの?」
「荒船のことは俺より中津のが知ってんじゃねーの?」
「わたし攻撃手の荒船や学校での荒船は詳しいけど、狙撃手の荒船は知らないよ」

 狙撃手になってからまだ一度もランク戦してないし、彼の活躍を側で見る機会なんてほとんどなくって。防衛任務でたまにうちと一緒になった時には見ることもあるけど、使いやすいのか急に弧月使い出したりするから、こうして狙撃手として戦う荒船をしっかり見るのはもしかしたら初めてなのかもしれない。
 だからふと思い浮かんだ疑問を当真に聞いてみたんだけれど、彼はそうだなあと少し考え込んでから「まあまあだな」と言った。

「まあまあ……」
「ま、センスはある方なんじゃねーの。始めたばっかにしたらな」
「ふうん。まだ当真のが強い?」
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってんだ、ボーダーNo.1狙撃手様だぜー?」
「へえ、当真が狙撃手1位なんだ! それは凄いや」
「知らなかったのかよ」

 けたけたと楽しそうに笑う当真を横目に、そうか荒船は強いのか、と考えていた。
 正直まだわたしの中の荒船像は攻撃手時代で止まったままだ。楽しそうに弧月を振るう荒船と戦うことが大好きだった。毎日一緒にボーダーに来て、時間が合えば個人戦ばかりしていたのに。でも、もうそんな楽しかった日常はなくなってしまった。
 今わたしの目の前の荒船は狙撃手の集団の中に溶け込んでいて。なんの違和感もなく、さも当たり前のように狙撃手の荒船哲次がそこにいる。

 それを見てまたもやりとした感情が胸の中に現れる。誰よりも近いはずなのに、今の荒船はずいぶんと遠い存在に感じた。狙撃手の荒船は、わたしの知らない荒船だ。

「なーにむくれてんだ」

 ポンと頭に置かれた手のひらは当真のもので、そのままわしゃりとかき混ぜられる。うわーっと言ってる間に髪が一瞬にしてぐしゃぐしゃになってしまった。トリオン体だとはいえ髪はボサボサになるし自分の手で戻さないと元には戻らなくて。結ばれた三編みだけは一切崩れていなかったから、そういうところはトリオン体らしいなと思う。もう、当真め。そのかっこよく固められた髪型崩してやる。と一瞬思ったが普通に無理だった。多分彼の頭にわたしの手は届かない。ギリギリ頑張れば届くかもしれないけど当真という動く的相手には無理だ、きっと避けられる。お返しするには穂刈というオプショントリガーを連れて挑まなきゃ。あまりにもリーチが足りない。

「ぐしゃぐしゃなっちゃったじゃん!」
「いいじゃねーか、似合ってるぜ?」
「えっ、ほんとに?」

 巷ではくしゃくしゃヘアが流行ったりしてるらしいからね、もしかしたらこれもありなのかも? へへへーと笑っていればそんなわたしの反応を見た当真が軽く音を立てて悪戯っぽく笑う。

「まあ嘘だけどな」
「‼」

 嘘つきだ!
 ささっと髪を整えてからぽかんと当真の脛にパンチした。トリオン体の当真にはもちろん効かないから悔しい。

「ていうか、別にむくれてなんかないよ」
「羨ましそうな顔で見てたじゃねーか」
「身長のこと? それは羨ましいけど」
「はは、ちげーよ。あいつだよ。そんなに荒船が狙撃手になったの嫌だったか?」
「えっ。嫌っていうか……あれ、わたし嫌だったのかな」

 ころん。妙に納得してしまったように胸に収まるその言葉に、ぱちくり瞬きを繰り返す。
 
 確かにこの距離も寂しさも、全部荒船が狙撃手になったからで。……でも、嫌なんかじゃないはずだ。だってちゃんと荒船のこと応援したいって気持ちもあるもん。そう確かに思ってるはずなのにどろりどろりと湧き出るその感情は真逆のそれで。
 本当は行かないでって、わたしの側から離れないでって泣いて喚いてやりたいだなんて思ってしまっている。でも『嫌だ』という一言で収めるにはあまりに言葉が足りていない気がする。なんなんだろう、やっぱりこの気持ちを表す適切な言葉をわたしの頭では見つけることができない。

「もうわかんない」
「そーかそーか。ま、いつかわかる日が来るだろうよ」
「当真なんかお父さんみたいだね」
「せめてお兄ちゃんにしろよ」

 嫌だと、行かないでと、そう言ってしまえたらどんなに楽なのか。わたしと荒船はただの友人。あまったるい恋人同士ではないし、ましてや血のつながった家族でもない。彼にとってただの友人Aのわたしは、黙って見守って、このどろりとした感情に蝕まれていくだけだ。

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