「狙撃手に転向しようと思ってる」
「えっ」

 それを聞いたのは先月の話で。ファミレスでハンバーグを食べていた時に唐突に言われたことを覚えている。

「狙撃手って……荒船が穂刈になるってこと?」
「穂刈にはならねえよ」
「まあそれは冗談なんだけど。それさ、もしかして前言ってたやつ?」
「ああ。本格的にレイジさんを継ぐ第二のパーフェクトオールラウンダーを目指そうと思う」
「それ冗談かと思ってた。」
「なわけねえだろ。それでいつか俺の理論によりパーフェクトオールラウンダーの量産化が目標だ」
「木崎さん量産化? すごい、ボーダーが筋肉まみれになるね」
「かっこいいじゃねーか」
「暑苦しくない?」
「あ?」
「こわいなあ、睨まないでよ」

 荒船が狙撃手になったら、狙撃手三人編成の隊になるのかあ。新しくて面白いかも。
 と、その時の私は全然これっぽっちも不安は感じていなかった。もやもやした気持ちもちっともないし、荒船はいろんなこと考えて行動してすごいなあ、パーフェクトオールラウンダーかっこいいなーと呑気なことばかり考えていた。狙撃手になるということがどういうことかあまりわかっていなかったのだ。


07 予想外の落とし穴


「荒船!」
「なんだ。俺に用か?」
「用っていうかいつものやつ! グラスホッパーのね新技思いついたから練習したいの、試合付き合ってよ」
「……中津」
「どしたのそんな顔して、ブースいこうよ!」
「おまえ、俺が狙撃手になるって聞いてなかったのかよ」
「あいたっ」

 荒船が狙撃手に転向してから一週間ほど経過した頃だった。
 いつものように、荒船を探して練習に誘ったけれど、何故か手刀を落とされた。何が起こったのかわからなくて、突然の暴力にきょとんと目を丸めてわたしは首をかしげることしかできなくて。そんなわたしに荒船は溜息を零す。

「こっちには合同訓練があるんだよ」
「うん。それがどうかしたの?」
「……それがってお前な」
「えー、じゃあ今日は無理?」
「今日はっていうか……中津、よく聞け」

 狙撃手は個人戦をしない。そう言われてようやく気付いたのだ。確かにランク戦ブースに狙撃手さんはたまにしか来ないし、来たとしても防衛任務までの暇つぶしでモニター観戦しているって人が多くて。

 ……あれ、もしかして。もしかしてだけどこれって。荒船ともう試合ができなくなってしまったってことなのだろうか。

 その事実に気づいてから荒船との距離感を顕著に感じるようになった。学校ではいつも通りだけれど、ボーダーで顔を合わせる事が少なくなってしまったんだ。わたしから荒船隊に遊びに行けば会えるし、うちと一緒に防衛任務に当たることだってあるけれど。荒船が個人戦ブースに顔を出さなくなってからはカゲや村上くんがいない日はぼうっと試合を見ることしかやることがなくなってしまった。
 荒船がいないと、たのしくない。ボーダーが一気につまらないものになったように感じてしまう。

「珍しいな、見てるだけだなんて」
「びゃ!」
「がっ」

 急に背後からかけられた声に驚いて飛び跳ねてしまう。頭に当たったそれは相手の顎だろう、ガチンと大きな音を立てお互いうずくまる。わたしは頭を、相手は顎を抑えて。

「あたま凹んだ気がする……」
「平気だろう、変わらないぞ、いつもと。…それより取れてないか? 俺の顎は」
「大丈夫、ちゃんとついてるよ」

 トリオン体だから痛みは感じないはずなのについ痛いと言ってしまいたくなる。うー、と呻き声を上げながら振り返った先にいたのは穂刈だった。狙撃手なのに彼はたまにここに来る。荒船のように攻撃手トリガーをセットしているわけではないのに、何故だろう。でもまあ話し相手が見つかったのでよかった。
 見ているだけが珍しいという言葉に「だって、誰もいないんだもん」と返す。狙ったわけではないが口を尖らせて言ってしまったから、拗ねているように捉えられたかもしれない。

「いるぞ、あそこに米屋とか緑川とか」
「違うの、荒船とか村上くんとかカゲとか、同い年のひとが全然いなくって」
「ああ。荒船は転向したからな、狙撃手に」
「そう、それ! だからすごく暇なの!」
「何か関係あるのか? 荒船が転向したことと中津の暇が」
「だって! ……だって、狙撃手とは個人戦できないじゃん」

 つい数日前まで楽しく戦ってたのに、急にわたしの世界から消えてしまった。寂しくて、つまらなくて、でもそんなこと穂刈に言ったってどうにかなるわけじゃないのに穂刈は黙って聞いてくれている。わたしだってこんな事言いたいわけじゃないのに、次から次へと口から漏れ出してしまって、止められなくって。

「狙撃手ってさ、こんなに遠い存在だったんだなあって気づいたんだ」
「まあな。遠いぞ、俺からしたら攻撃手のほうが。全く違うからな、立ち回り方が」
「あは、たしかに。穂刈は攻撃手やってみたりしないの?」
「ないな、考えたこと」

 流れで聞いてみたが、攻撃手の穂刈は想像つかない。身長が高いから弧月が似合いそうだ。穂刈が転向したら、新生荒船隊が面白いことになってしまう。戦術の幅が広がるぜ、と喜ぶ荒船の顔が浮かんでしまったのが面白くってふふふと笑ってしまう。穂刈と荒船が弧月を持って背中合わせで戦う構図を一度は見てみたい。

「ほんと、全く罪な男だよ荒船哲次は!」
「罪な男」
「こうなったらむかつくから荒船がいないうちに攻撃手のポイント引き伸ばしてやるもんね!」
「ああ、中津らしいなそれも」

 ふんっと気合を入れて立ち上がってみたらなんだか一気に元気が出た。穂刈すごい。穂刈なにもしてないんだけど、穂刈と話しているうちにもやもやとした気持ちが晴れて胸が軽くなったから。ひとまずカゲあたりに声かけてみようか。カゲだと逆にポイントを取られてしまいかねないけれど。でも、戦う相手選んでたら強くなれっこないし、カゲからポイント奪えるような強い攻撃手になって荒船をびっくりさせてやりたい。

 その後呼び出した影浦様にポイントをごっそり取られ、あの時やめとけばよかったと悲しみに暮れるわたしの姿があったとかなかったとか。

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