どうやらボーダー内で荒船が攻撃手を辞めた原因は村上くんだって噂が広がっているらしい。
 そして何故かわたしの世話にも疲れたからだという噂も同時に広がっているようだ。解せぬ。

 あれからわたしは今まで通り荒船の隊室に遊びに行ったり、カゲとか緑川くん誘って試合したり、順調にポイントを下げ続けていた。かなしい。9000近くあったポイントが500くらい彼らに取られてしまった。かなしすぎる。というか、緑川くん強すぎませんか? わたしより何年も後から入ってきたはずなのに彼はみるみるポイントを稼ぎ続け、いつの間にか並ばれていた。年下だからといって侮れるわけもない。同じようなトリガーセットで、戦い方もわたしに似たスピードアタッカーだから戦っていてとても楽しいし学べることも多くって。良い新人が入ってきてくれたなあと素直に思うけれど。最近負け続きなので、彼に勝てるようにわたしも鍛錬を積まねばだ。


08 ポテト監督いざ参る


 小腹が空いたのでボーダーの食堂に顔を出した時だった。
 ふんふんとポテトを買って席を探している中で見知った顔を見つける。荒船と鈴鳴支部の来馬さんがなにやら二人で密会を開いていた。密会って言っても開放的な空間だし、険しい表情をしているわけではないけれど珍しい組み合わせになんの話をしているのか気になってしまう。ポジションも全く違うし、隊長としてなにか話し合っているのだろうか。それとも、荒船の木崎さん量産化計画のために今から銃手の話を聞いている可能性もあるけれど、狙撃手になったばかりなのにそれは流石に気が早すぎるかもしれない。
 机の横からひょっと顔を出して手を振ってみる。そしたらわたしに気づいたように来馬さんがにっこりと笑顔を浮かべた。

「なんだか珍しい組み合わせだね」
「ひとりか?」
「うん。お腹すいたから誰かいないかなって覗きにきたら二人がいたの」

 荒船が少し横にずれてくれたから、隣に腰掛け熱々のポテトを一つつまんだ。おいしい。

「やあみのりちゃん、久しぶり」
「来馬さんお久しぶりです! 荒船と何してたんですか?」
「ああ……その、鋼のことで荒船くんに用があってね」

 まさかの村上くんのことだった。荒船の計画全く関係なかったみたい。

「村上くんの件ってしかして、あの噂のことですか?」
「なんだおまえも知ってんのか」

 気まずげに口にした来馬さんに合わせてわたしも少し小声にして聞いたら、どうやらビンゴだったらしい。隣に座る荒船がわたしの手元からポテトを何本か奪いながら驚いたような素振りを見せる。
 そりゃあもちろん知っているし、何ならわたしまで巻き込まれているのですが。まあわたしは荒船が狙撃手に転向した理由を知っているから噂のことはあんまり気にしてないし、本当にわたしの世話に疲れたのなら荒船は素直にわたしに言うだろうから問題ないのだ。
 最近村上くん本部で見かけないなとは前から思ってはいた。前まで防衛任務が無くたって頻繁に来ていたのに。村上くんは学校も違うし支部所属だから本部に来なければ会うことなくって、もしかしてその噂が原因で本部に来にくいのかもしれないなと思った。そりゃいけない。

「噂とか馬鹿馬鹿しい」
「でも事のすべては荒船が急に狙撃手になるなんて言い出すからなんだよ。ほんとまったく!」
「はぁ? なんだよそれ」
「荒船さ、ちゃんと周りに理由言ってから転向したの?」
「……そういや言ってねえな」
「絶対それが原因じゃん! 噂の! 村上くん聞いて落ち込んでないかなあ」
「みのりちゃん……その通りなんだ。急に荒船くんが攻撃手辞めちゃって、その原因は自分にあるって鋼すごく落ち込んでて」
「やっぱり」
「それは、あの馬鹿の考えすぎですね」

 荒船の一言に大きく頷いた。もちろん馬鹿というところに頷いたわけではない、そこで頷いてしまったらきっとわたし村上くんに怒られてしまうし村上くんに失礼である。そもそもあんな素晴らしいサイドエフェクトを持っている彼に馬鹿だなんて言える荒船がすごい。
 村上くんの能力ってドラえもんの暗記パンみたいなものだとわたしは思っている。むしろ忘れることがないから上位互換である。わたしにもそんな力があったらってたまに思ってしまうくらいに村上くんのサイドエフェクトは素晴らしいもので。そしたら追試なんて経験しなかっただろうし、きっとものすごく頭が良くなったと思う。

「じゃあ…それを鋼にも言ってやってもらえないかな?」

 来馬さんにパーフェクトオールラウンダーのメソッドを意気揚々に語り続ける荒船の横でわたしはポテトを貪っていた。ふむ、話を聞いたところによると、どうやら村上くんにもいつかその荒船理論を叩き込むつもりらしい。その野望はわたし知らなかったし初耳である。いいなあ、いつかわたしも伝授してもらおう。荒船の計画が仕上がったら、パーフェクトオールラウンダー中津も夢じゃない。
 まあわたしのことは置いておいて。来馬さんの提案にまたしてもわたしは大きく頷く。わたしですら初耳だったのだから、荒船の内なる野望を村上くんも知らないだろう。

「それは構いませんが、学校も違うしあいつが本部に来なきゃ言うものも言えませんよ」
「えー、メールとかじゃだめ?」
「こういうのは直接言った方がいいだろ」
「それもそうか」
「──…そのことなんだけど」

 動画を撮って、僕が鋼に見せるってのはどうかな、とスマホを片手に提案した来馬さんにわたしは「それはいい案ですね!」と少し前のめりに返す。

「あ! じゃあわたし監督やりますね、監督!」
「監督てなんだ」
「ほら、アクション! とかカット! とか言う係だよ。荒船そっちのが燃えるでしょ?」
「てめえ俺をなんだと思ってやがる」
「アクション映画オタク」
「……」
「うっ、痛い! 無言のデコピンやめて!」
「ま、まあ喧嘩しないで? じゃあ監督はみのりちゃんに任そうかな」
「やった!」

 ポテトを一本ずつ両手に持ちカチンコのように合わせて。いつもより少し控えめな声で「よーいアクション!」と言ったところ食べ物で遊んでんじゃねえと荒船に再度デコピンを落とされた。ぐぴゃっ。わたしの変な声が動画に入ってしまったかもしれない。でもまあ、これを聞いて村上くんが少しでも笑ってくれるのならいいのかも……?
 偉そうに指を差しながら撮影した荒船の表情がなんだか憎たらしくて少しばかり腹が立ったけど、荒船らしいからまあいいか。結局最後まで狙撃手になった理由を言ってないけれどいいだろうか。結構大事なことのような気がするけれど。こんなもんでOKですか? と言う荒船に合わせてカット! と言おうと口を開いた途端

「ついでにみのりちゃんも」
「はいカッ……え! わたしも⁉」

 くるりとわたしの方に来馬さんのスマホが向いた。まさか自分にも振られると思ってなかったから何を言うか考えてなかったし、両手にポテトを一本ずつ持って口の開いたままの間抜けなわたしがばっちりと映されてしまう。はずかしい。

「え、えっと。あのね村上くん、わたしの世話に疲れたからだっていう噂も一緒に流れてるからね! 大丈夫! 共にこの荒波を乗り越えよう!」

 今度こそはいカット!と言えば来馬さんは動画を止めた。そのままわたしは手に持っていたポテトを食べて、一息落とす。勢いで言ってしまったけれど、わたしのは何の慰めにもなっていない。もしかしたらこの動画を見てお前と同じにするなって逆に怒らせちゃうかもしれないなと思い急に不安になってしまう。乗り越えようってなんだ、わたしは村上くんに一体なんてことを……。

「……も、もう一回撮り直しませんか?」
「ふふ、みのりちゃんらしくていいと思うけど」
「わたしのせいでせっかくの荒船の決め台詞が台無しになってしまった」
「というかなにを根拠に大丈夫て言ってんだよ」
「根拠なんてあるわけないじゃん!」
「共に乗り越えるて、むしろ鋼の足引っ張ってばっかりだろお前は」
「うわーん! もう! わたしの傷にこれ以上塩塗りこまないで!」


 それから数日後、その動画を見て無事に復活したらしい村上くんを本部で見かけるようになったけれど、なんだか恥ずかしくて今度はわたしが村上くんと顔を合わすことができなくなってしまった。ちなみにわたしの噂の真偽はいまだにわかってない。解せぬ。もう荒船め、どうせならわたしの噂も否定しておいてくれたらよかったのに! おばか!

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