もうすぐ夏休みだというのにわたしはまだ追試がクリアできていません。残りは英語だけだけれど、3回以内で合格っていう目標は当たり前のように達成できなかった。悲しみしかない。
 追試システムのおかげでなんとか留年することなく進学できているので、救済措置をとってくれている学校側にとても感謝している。が、しかし普通に考えて3点から合格ラインである60点まで上げるのなんて普通に無謀な挑戦なのではないでしょうか。英語嫌いを克服しようと何度も字幕版の洋画を見てみたり、洋楽を聞いてみたり、自身に暗示をかけてみたりしたけれど、英語だけはどうしても身につかなくて。補語とか目的語とかよくわかんないしリスニングなんて全く聞き取れなくて子守唄同然である。


09 神様は実家に帰省中


 まあしかしながらこのまま追試を受け続けるわけにもいかなくて。
 今回わたしが受けている追試は学期末テストのものなのだ。つまり、夏休み前なのである。来週の追試に合格できなければ夏休みに補習という地獄ルートに一直線で。何が何でも次の追試では合格点を取らねばならないんだ。ちなみに去年と一昨年のわたしは補習を受けている。自主的に補習を受けに来た意識の高い人達がいる中で本物のおばかのわたしは居心地が非常に悪かったことを覚えている。今年こそはクリアしたい。したいんだけれど、

「もうだめだ」

 隊室でたくさんの参考書に埋もれるわたしの頭は過度の勉強によりオーバーヒート寸前だった。もうわからん。英語読みたくない。なにもしたくない。もうだめだの一言にわたしの気持ちがすべて詰まっている。

「諏訪さんわたしがいなくても防衛任務頑張ってくださいね……」
「やる前から諦めてんじゃねえよ!」
「無理なもんは無理ですよ! どう頑張っても60点は取れないですって!」
「ああ⁉ 追試なんて何回か受けてりゃわかってくるだろうが!」
「うちの試験の難しさ半端ないんですよ⁉ 英語の長文読むだけで1時間経っちゃいますから!」
「お前のご自慢のコロコロ鉛筆のクソ神様はどこにいらっしゃるんだよ!」
「知りません! 夏休みだから帰省でもしてるんじゃないですかね!」

 いつもならこのベストタイミングで助けに来てくれる神様が今回ばかりは全く振り向いてもくれなくて。何故なのでしょうか。もしかしたら今までのテストで神様ポイント使いきっちゃったのかもしれない。それは非常にまずい。神様がいなければわたしは追試クリアどころか学校の卒業も危うくなってくるわけで。ボーダー内の学生はもうほとんどの学校で試験が終了した様子で、どこもかしこも夏休み気分だ。海や花火大会、キャンプなどの話題が飛び交う中、わたしは話題に参加できないまま参考書とタッグを組み続けている。もはやボーダーにも学校にもわたしの居場所なんてなかった。ボーダーではなく図書館で勉強すればいいのかもしれないけれど、あんな静かなところはわたしにとっては逆効果で、睡眠学習一直線である。
 ある程度監視のある状態のほうが勉強が捗るのでボーダーまで来たのはいいけれど、作戦室にいたのは諏訪さんだけで。どうやら大学生はもう夏休みらしい。早いし長いし大学生羨ましい。

「諏訪さん英語できたりしません?」
「できてりゃ教えてるっての」
「ですよね」

 がくりと態とらしく机の上に頬をくっつけて弱音を吐き続けていたら諏訪さんに文句言ってねえで手を動かせと怒られる。だってわかんないんだもん。動かしようがない。学校の問題集の最終ページに答案が載ってはいるものの、簡素で、解説が付いていない。そのため自力で解読しなければならないのだ。切実に解説が欲しい。

「やっほー、すわさんとみのりん」

 シュンと軽い音を立てて開いた扉からは棒付きキャンディーを咥えた制服姿のオサノ氏が入ってきた。冷房の効いた作戦室がよほど快適なのか一度大きく伸びをしてから。どさっとわたしの横に荷物を置いて参考書の山を覗き込んでくる。

「みのりん、まだ追試のお勉強ー?」
「まだまだお勉強です。オサノ氏は今回追試なし?」

 お世辞にも頭が良いとは言えないオサノ氏。わたしの参考書を引っ張り出してわからーんと嘆いている姿も度々見かけるので聞いてみれば、返事の代わりにいえいとピースサインが向けられる。くやしい。

「不甲斐ない先輩でごめんよ」
「みのりんが追試に追われてるのなんていつものことだからへーき」
「それはそれで悲しい!」
「……あれ、みのりんここ間違えてるよ」
「え」

 ほらここ、と指を指されたそこは単語の意味を解く問題だった。電子辞書で調べれば確かに間違っていて、ギョッとした顔でオサノ氏と教科書を見比べる。

「えっ、うそオサノ氏もしかして英語できる人なの?」
「うーん、他の教科に比べたらー? みのりんよりはできると思う」

 驚きのあまりそういえばたまに海外小説を読んでいる姿を見かける。ほとんどが日本語に翻訳されたものだけれど、たまに自身で翻訳して独自の解釈を交えながら読んでいたりする。前に見かけたときも驚きはしたが「高校生でも読める簡単なやつだよー」と言っていたのでさぞ簡単なものを読んでいるんだろうと流してしまった。よくよく考えたら高校生でも読める簡単な洋書ですらわたしには読めないのでその時点でオサノ氏はわたしより英語能力が高いと言える。

「えっ、じゃあこれ読める?」
「んー……わからない単語もあるけど、調べたら読めるかもー」
「神がこんなに近くにいらっしゃった!」

 オサノ氏すごい。歳下なのにすごい。尊敬してしまう。のんびり屋さんに見えて結構天才気質な彼女をそう褒め称えると満足気ににんまりと笑った。
 このまま彼女に教えてもらおうか。進学校の癖に歳下に教わる構図は非常に恥ずかしいものなのだろうけど気にしたら負けだ。わたしには夏休みがかかってるんだ、つまり諏訪隊の運命までもがわたしの結果によって左右するのだ。いやそれは流石に言いすぎかもしれないけど。
 もしわたしが追試に落ちて補習まみれの夏休みになったって、防衛任務にわたしがたまにいなくなるだけだし、諏訪さんつつみん日佐人の三人でも十分強いし問題ないから。けどそれを口にしてしまったらうちの隊長様は少し不機嫌そうにこう言うのだ。「お前がいてこその諏訪隊だろうが」と。ぶっきらぼうな言い方だけれど頭を撫でる手は優しくて、温かくて。だからこそこの人のもとで、この人たちと頑張りたいと思うんだ。

 スッと彼女の前に問題集を開き差し出しながら、ここの長文が読めないのですと頭を下げる。

「オサノ先生どうか教えていただけないでしょうかよ!」
「いいよー、プリン二個ねー」
「二個でも三個でも買ってあげる! うどんも食べに連れてってあげる!」
「やったー、すわさん食べちゃだめだよ?」
「そうだよ諏訪さん前にわたしのゼリー食べたからね、気をつけないと」
「食ってねーよ!」
「あーそれたべたの私だよ」
「まさかのオサノ氏」

 諏訪隊のアットホームな雰囲気が好きだ。諏訪隊に限らずボーダー自体が大好きだから、やっぱり夏休みもここに来たいって思う。
 もちろん仕事だけじゃなくて夏休みを満喫したい気持ちももちろんある。海に行きたいしプールだってお祭りだっていきたい。花火もしたい! 去年の夏休みは見事補習にかかりあまり夏らしいイベントには行けなかったのだ。今年は高校生最後の夏だもん。ぜったいぜったい追試を乗り切って、みんなと一緒にたくさんの素敵な思い出を作りたいんだ。

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