それが私の幸せの形



荒船誕生日小説。2人は付き合っております。







夏休みが終わってすぐに、我が六頴館高校には試験があって。夏休みの課題ですら最後の数日で必死に詰め込んだわたしにとって、それは苦痛でしかなく。ほぼコロコロ鉛筆の神様頼りで乗り切った。それで、試験が終わって落ち着いた頃にそれはなんの前触れもなく来た。

ふらり、ふらり。おぼつかない足取りでボーダーまで来たものの頭が痛くて仕方なくって、隊室のソファーに倒れこんだ。はあ、と吐いた息はいつもより随分と熱い。

流石に馬鹿なわたしにだってこれが風邪によるものだってことくらいわかる。でも、それでも。体を引きずってボーダーにやってきた理由は一つしかない。


今日は9月9日、荒船の誕生日なのだ。







「送ってやるから帰れ」
『うう』

案の定諏訪さんは眉間に皺を寄せそう言った。それでも駄々をこねてせめてこれだけ渡したいとお願いしたそれは荒船に用意したプレゼントである。平日だったら学校で渡せたものの今日は生憎土曜日で、ボーダーに来るしかなかったのだ。体調が悪いとか熱があるとかそんなの知らないしわたしの管理不足だもん、荒船の誕生日は待ってなんてくれないし。

そんなことを考えてふと思った。なにも考えずにここまで来てしまったけれど荒船がボーダーにいるとは限らないじゃないか。映画オタクな彼のこと、誕生日だからって1日映画でも見に行ってるかもしれないし、流石の隊長様だって自分の誕生日に防衛任務はするか?いいやしないだろう。流石に上層部の人たちだってそんな意地悪はしないよね!?うわーん!せっかくここまで来たのに家までトンボ帰りとか嫌だ…!

「みのりのそんなふらついた姿見ても嬉しかねえだろ、荒船も」
『でも誕生日は今日しかないんだよ、今日祝うのと明後日学校で祝うのとじゃわけが違うんだもん』
「まあな。その気持ちはわからんでもないけど」
『うー、ほら、幻覚まで見えてきたこれやばいやつだうわあ』
「は?幻覚って…」
『すわさんの後ろにあらふ、ね…』

そのまま私は意識を手放して、それはそれはめちゃくちゃに寝ました。意識を手放す直前に諏訪さんの後ろに荒船の姿がうっすらと見えた。隊服ではなく私服だったため視界が霞んでいて一瞬判断に迷ったが帽子を被っていたため間違いはないだろう。






『んお』

目を覚ましたそこはわたしの部屋だった。どうやら諏訪さんが送ってくれたみたいだ、記憶にないが服はボーダーに向かった時のまんまで、汗でへばりついて少しばかり気持ち悪い。う、と小さく声をあげながら身体を起こせば、部屋にある一人用のソファに誰かが座っている様子が見えた。

「…起きたか」
『あれ、え、…荒船?』
「おう。体調はどうだ?」
『え、えっと、うーん…わからないけど昼よりはいい感じ』
「そうか、とりあえず熱測って服着替えろ、流石にそこまでは俺じゃ出来なかった」

ぽかん、と間抜けな表情を浮かべつつ荒船の問いにそう返せば体温計と着替えが渡される。わたしが普段よく着てるパジャマだ、何故これがわかったのだろう……ってそんなことよりも!

『なんでここにいるの!?』
「は?見てわかんだろ、無理してボーダー来やがった中津を家に送り届けたんだろうが」
『それはありがとう…って、ちがう、そうじゃなくて!』
「……誕生日なのになんでこんなところにいんだって言いたいわけか」
『そう!それだよ!』

聞きたいことは色々あるけどまずはそこだ。誕生日なのに!ここにいるってことはやっぱりわたしの予想通り防衛任務も無いってことで、だったらもっと休みを謳歌すればよかったのだ。こうして家まで送ってくれたのはありがたいけれどここにいつまでもいる必要なんてなくって、わたしの世話なんて放っておけばよかったのに。だってほらきっとリビングにはお母さんだっているし、休日だからお父さんもいるのかもしれないしさ……

「諏訪さんに頼まれたんだよ、中津を送り届けてくれって」
『諏訪さん!』
「クソほど高熱のなのに無理してボーダーに来たらしいからな俺の彼女様は」
『返す言葉もございません…』

わたしってばいつもこうなのだ。大事な日に限って熱を出す。普段の行いはいいはずなのにね、おかしいなあ。うー、と呻き声をあげたのとちょうど同じタイミングで体温計が音を鳴らした。貸せ、と手を伸ばされたので渡せば荒船が僅かに眉を顰めたから。どうやらまだ相当熱が高かったらしい。昼よりはだいぶマシなんだけど、それならば昼はどれだけ高熱だったんだという話になるね。きっとあれだ、荒船にプレゼントを渡すというミッションがあったからかも。あのりんりんみたいなホルモン的な何かが出てたんだろう。

「…よくこの熱で来ようと思ったな」
『あのりんりんの力だよ』
「なんだそれ。アドレナリンだろうが馬鹿」
『アドレナリンだった』

あとりんしか合ってなかった。惜しいのがそうでないのか微妙なあたりだけれど荒船に伝わってたから良しとしよう。

と、まあ。ひとまず。

『荒船、ごめんね』

少し俯きながら彼に謝ればきょとんと目を丸めた荒船がいた。そのままベッドの横にしゃがみこんで顔を覗かれたのでへらっと笑っておく。

「はあ?なんで謝る」
『だって今日誕生日なのに、わたしの看病なんてさ。せっかくの時間無駄にしちゃってるし』

ぎゅう、布団を握り締めながらそう言いのければ荒船は大きな溜息を零した。それはそれは大きくて長い溜息で、同時に気まずい空気と沈黙が部屋に流れる。

『う、うわわ荒船ごめんって!そんな怒らないでプレゼントあげるからって、あうう』
「怒ってねえからあんま叫ぶな」

その沈黙に痺れを切らしたのはわたしの方で、慌てて叫んだところ荒船にピンッとデコピンを落とされた。病人に何をするんだ、と言い返したくもなったけれどそんなこと言える立場でもないしなにより普段なんかとは比べ物にならないくらいに随分と軽いものだったから全くもって痛くなかった。でもひとまず痛い、と言いながら両手でおでこを押さえながら荒船の方を見た。彼はというと少し照れ臭そうな表情を浮かべながらそっぽを向いていて。予想外な表情にぽかんとその顔を眺めた。

『荒船…?』
「…諏訪さんに頼まれたのは送り届けることだけだ、今日防衛任務あったんだろ?だから俺に任された」
『うん…』
「だから、まあ…なんつーか、あれだ。…看病までは任されてねえんだよ」
『うん…?』
「だから、ここにいんのは俺の意思だって言ってんだ」

お前が心配だからここにいんだよ、気づけ

そのまま頭を撫でられて、心地いいそれにふにゃりと頬が緩んだ。今日は荒船の誕生日なはずなのに、わたしがこんな幸せな気持ちになっていいのだろうか。

わたしばかりが幸せで、荒船からいろんなものを貰ってばかりで。だから今日そこはわたしが荒船に色々してあげたいと思っていたのだけれど。結局今日も荒船に迷惑をかけてばかりだなぁ、なんて。

でも、なんだ、そっか。そうだったのか。
嬉しくって思わずへへっと笑えば気恥ずかしかったのか早くそれに着替えろと手に持つパジャマを指差して荒船は部屋を出て行った。着替え終わったら呼べとそう言って。


着替えながらふとプレゼントのことを思い出した。ああ、そうだ、忘れないうちに渡してしまおうと部屋をキョロキョロと見渡したけれどプレゼントが入った紙袋が見当たらなくって。あれ、そういえばわたしはどこに置いたのだろうか。倒れた隊室からの記憶がないのだ、もしかしたら置いてきてしまったのかも。非常にやばい展開にサーっと血の気が下がった気がしたけれど、

『…あ、』
「探してんのはこれか?」

ガチャリと開いた扉の向こうにはわたしのプレゼントをすでに身につけた彼がいたから、驚いた。

『あ、あー!それ!』
「おう。しっかり受け取ったぜ」
『わー!サイズ合ってた!』
「中津にしちゃ悪くないセンスだ」

毎年荒船にプレゼントを用意してきたけど、今年はその、少しだけ特別だ。友達としてではなく彼女として荒船に用意したのだから。本当はアクセサリーとか財布とか、定番のものがいいのかなって思ったけれど!でもやっぱり荒船が毎日使って大切にしてくれるものはなんだと考えた時に、これしか思い浮かばなくって。

用意したのは黒を基調とした帽子と、それからシンプルなデザインの腕時計だった。腕時計には青緑のラインが入っていてどことなく荒船隊の隊服に似ているそれを見つけたとき、これしかないと思ったのだ。帽子はいくつも持ってそうだから手持ちと被らないように最善の注意を払った。

へへ。よかった、似合ってる。しっかり考えたものだから喜んでもらえてとてもうれしい。

『ね、荒船、』
「あ?なんだ」
『あのね、お誕生日おめでと!』
「ああ、さんきゅ」

それからだいすきだよ、と付け加えれば荒船は「俺も」と柔らかく笑った。ボーダーではしっかり者の隊長様だけれど、こうして2人の時は少しだけ表情と声音が柔らかくなる。そんな彼を知っているのはわたしだけだ。

「風邪治ったら出かけようぜ」
『ん!』
「だから無理すんな、そんで早く治せよ」
『ん』

甘くて柔らかいその声音も、わしゃわしゃと撫でてくれるその手のひらも、すべてが愛おしい。その気持ちを、こうして少しずつ、少しずつだけれど、彼に伝えていけたらいいなぁと思うんだ。

こうしてわたしを甘やかしてくれるその存在に、今までもこれからも、きっとわたしは頼っていくんだろうから。